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Craftsmanship

2025.09.21

【短期集中連載】シャネルとメティエダールの聖地「le19M」を巡る物語 最終回 「ルサージュ」が継承する 針と糸で紡ぐ〝刺繡〟という芸術

シャネルがパリ19区に創設した「le19M」。メティエダール(芸術的な職人技)の聖地ともいえるこの施設には、パリのクチュール界を支えてきた世界屈指の技術を誇るメゾンダールが集結しています。連載の最終回に満を持してご紹介するのは、刺繡芸術のメゾンとして頂点を極め、テキスタイルの創作においても独創的なクリエイションで知られる「ルサージュ」。100年以上にわたる伝統と革新性が交錯する、豊かな創造性に満ちたアトリエを取材しました。

刺繍とテキスタイルのメゾンダールとして名高い「ルサージュ」は、1924年、アルベール・ルサージュによって創設されました。’49 年にその息子であるフランソワが事業を継承すると、卓越した技術と創造性を開花させ、クチュール界に欠かせない存在となります。そんなルサージュのサヴォアフェールは、20世紀半ば以降、数々のクチュールメゾンに創作のインスピレーションを与えてきました。
なかでも1950年代に始まったガブリエル・シャネルとの協働は、ルサージュの名を広く知らしめるきっかけに…。その後継者となったカール・ラガーフェルドにとっても、ルサージュの刺繡はなくてはならないものであり、コレクションにおいて幾度となく重要な役割を果たしてきました。
また、ビーズやスパンコールだけでなく、貝殻や金属などの多様な素材を駆使して生み出されるルサージュの刺繡は、独創性と美しさにおいて芸術作品に匹敵するといわれるほど。その7万5千点以上におよぶアーカイブは、次代に守り継ぐべき貴重な遺産であり、未来の創作の原点でもあります。
2002年、ルサージュはシャネルのメティエダールの一員に。そして2021年、le19Mに拠点を移しました。革新的な挑戦を続けるルサージュは創業から1世紀を経た今も、現代のラグジュアリーに新たな息吹を吹き込んでいます。

シャネルのクリエイションに欠かせない「リュネヴィル」という針を用いて、オーガンジーに刺繡を施す職人。針はオーガンジーの上から通すが、スパンコールは生地の下で固定されるため、職人は裏面から作業を進める。生地には刺繡のガイドラインとなる図案が写されており、それに沿って素材を縫い留めていく。写真はオーガンジーの下、つまり表面から職人の手元を撮影したもの。

スパンコールやラインストーンなどの「エクラ」と呼ばれる煌めく素材を用いたドレス用の刺繡。右ページと同じリュネヴィル針を使い、素材を1点ずつ糸で留めていく。本来、作業はオーガンジーの裏面から行うが、これは図案を見ながらサイズの異なる素材を選ぶため、表面から作業を施す。リュネヴィル針を用いた刺繡の技術を習得するには約1年、仕事として使えるようになるには約5年の歳月が必要だという。

伝えていきたい技巧と様式──革新的な刺繡芸術を未来へ

メゾンが教育や技術伝承の目的でアーカイブに保存している刺繡作品。ルサージュでは未来に技術を継承するために、さまざまな素材と技法を用いた作品をつくり、保管している。

1バッグの刺繡図案の見取り図と、紙で立体的に作製した原寸の模型。見取り図は、使用する素材やサイズがわかりやすく色分けされている。職人は、図案を見ながら作業を進めていく。2アトリエの壁一面に並ぶサステナブルな刺繡糸の見本。微妙な色彩が、絵の具のように揃っている。3ツイードのアトリエ。経糸の上げ下げは、織機の上部にあるカラフルなバーを操作して行う。緯糸を通すときは、一般的にも用いられる杼やシャトルなどの道具を使用せず、1本1本手で通していく。理由は、多くの緯糸を使っているため。ちなみに、このツイード生地の場合は10本の緯糸が使われており、もし杼を使用すると、10個の杼がぶら下がることになる。緯糸の種類はそれ以上になることもあり、リボンのような素材を織り込むことも…。そのため、手を使ったほうが早く、確実に作業を行うことができる。4シャネルのメティエダール コレクションのために制作されたツイード。多彩な糸を用いた生地は、手織りならではの風合いが魅力。

アーティスティック ディレクター、ユベール・バレールが語る
〝パリの刺繡〟を象徴する「ルサージュ」の唯一無二の価値と未来志向の創造性

メゾンダール「ルサージュ」のアーティスティック ディレクターとして、職人たちの技と感性を束ねながら、新たなクリエイションに挑み続けるユベール・バレール氏。彼が担う役割と刺繡芸術への情熱について、le19Mのアトリエで話を聞きました。
「私の役割は、刺繡を生み出すというよりも、アトリエに創造の息吹を吹き込むこと。つまり、職人たちの〝創造したい〟という気持ちを引き出すことなのです」
この特別なメゾンに敬意を抱きながらも、現代性をもたらすことが自らの使命だと語るバレール氏が、フランソワ・ルサージュの後継者に指名されたのは2011年のことでした。深い友情と尊敬に裏打ちされた両者の絆が、彼に決意を促したといいます。
「最初、自分には向いていないと思いました。いろいろな仕事に就いていたので…。しかし、ほかのクリエイティブな活動がルサージュに新たな視点をもたらすといわれ、ようやく〝はい〟と返事ができました」
初めてメゾンを訪れたとき、彼の頭に浮かんだのはリファレンス(模範)とイレヴェランス(挑発、不遜)というふたつの言葉でした。この相反する精神こそが、刺繡の世界に新風をもたらすのです。
「敬意を払いすぎていると、何も変わりません。既存の枠組みを揺るがすこと、物事を突き動かすことで、新しさは生まれるのです。だから、私はいつもそのバランスをとるように努めています」
外部のメゾンとの対話も、彼の重要な仕事のひとつ。とりわけシャネルとは、長年にわたり創造的な関係を築いてきました。
「シャネルとの仕事は、言葉から始まります。たとえば、〝月に行きたい〟とか、〝アラスカでカエルの歌を聴きたい〟とか(笑)。抽象的な話から始まり、そこから刺繡の物語へと発展していきます。まるで旅行代理店のように、〝旅をどうデザインするか〟を一緒に考えていくのです」
そして、メゾンが挑戦を続けていくうえで、le19Mの存在は欠かせません。
le19Mは、職人のために設計されたアトリエであり、私たちが〝呼吸をともにする場所〟でもあります。異なるメゾンが刺激を与え合ってコラボレーションが生まれ、展示や体験イベントも増えてきました。これまで隠れていた仕事が、人々の目に触れるようになったことが、何よりもうれしいです」
ユベール氏は、日々の仕事を通して向き合う職人たち、とりわけ若い世代に対して、創造に真摯な姿勢と〝厳しさ〟を求めてきました。しかし、その反面、創造的であってほしいという願いも抱いています。
「私の仕事は方向性を示すこと。骨組みだけの指針を渡し、あとは彼らに委ねます。すると、予想もしなかったアイディアが出てきて驚かされるのと同時に、それがとても興味深いのです。手を抜かず、創造に真摯に向き合うこと。さらに、感性の〝みずみずしさ〟も大切にすること。私が彼らに期待しているのは〝新しい視点〟にほかなりません。ルサージュは、そうして進化を遂げてきたメゾンダールなのですから」

Hubert Barrère
「ルサージュ」アーティスティック ディレクター

ユベール・バレール●コルセットデザイナー、アーティスト、「ルサージュ」アーティスティック ディレクター。パリ・クチュール組合設立の名門校にてファッションデザインを学ぶ。著名な刺繡メゾンのアーティスティックディレクターを経て、フランソワ・ルサージュの招きで2011年よりルサージュへ。現職に就任し、メゾンのクリエイションを統括している。
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福田詞子


撮影/小野祐次 取材/鈴木春恵
※本記事は『和樂』2025年10・11月号の転載です。
※価格は2025年9月1日時点のものです。
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