Art

2026.05.01

KYOTOGRAPHIEの展示「光の薫り」が話題のフランス人写真家、ジュリエット・アニェル。その静謐な写真の原点とは?

今年で14年目を迎える写真アートの祭典「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」。京都の歴史的な建造物で、様々な国の写真アートを楽しめるイベントとして、国内外から多くのファンが詰めかけている。8つの国と地域・14組のアーティストの作品が展示される中で、和樂が注目するのは、有斐斎 弘道館で開催されているジュリエット・アニェルの「光の薫り」。過去にフランスで発表された〈Dahomey Spirit(ダホメの精霊)〉と〈Susceptbility of Rocks(石の感受性)〉というふたつのシリーズに加え、直前に屋久島で制作された作品〈Eternity(悠久)〉が展示されている。この3つの作品に込められた思いと、ヴァンクリーフ&アーペルがサポートする今回の京都での展示についてジュリエット・アニェルさんに聞いてみた。
Juliette Agnel / courtesy Galerie Clémentine de la Féronnière & Photo Days

「〈Dahomey Spirit〉はブードゥー教発祥の地=ダホメで古代からの植物が放つ気を表現したかったのです」

光に色をつけ、スモークをたいて夜に撮影された植物。Juliette Agnel / courtesy Galerie Clémentine de la Féronnière & Photo Days

和樂web :〈Dahomey Spirit〉はとても静謐で不思議な気持ちになる作品ですが、どのようなイメージで撮影されたのでしょうか?

アニェル:この作品は「Photo Days(フォトデイズ)」というフランスの写真祭のために2024年に撮影したものです。カルーセル ド ルーブルで展示されました。
以前知り合った方からアフリカのベナンにあるザンスー財団の研究用の庭に、本来ならその場所では育たない赤道直下の植物が生育しているという話を聞きました。それは約4500年前に「ダホメギャップ」と呼ばれる気候変動があり、気温が上がり、赤道直下の植物の種が根付いて、その後の気候変動も生き抜き、そこにだけ今も残っているということでした。不思議ですよね。その庭の写真を撮ろうと思いました。

この場所は、以前はダホメ王国と呼ばれ、ブードゥー教の発祥の地といわれています。ですから、ブードゥー的なものを取り入れたいと思い、祈祷師を呼び祈ってもらいました。ブードゥー教はアミニズムでもあり、人間と自然をつなぐ宗教だと思い、私もそのようなイメージで撮影しようと。植物のいくつかは染料にも使われるものなので、光に少し色をつけ、さらに植物の気配を表現したくてスモークなどの演出もしました。後でリタッチしたものではなく、実際に夜に撮影したものです。

和樂web :アミニズムを意識した作品は、八百万の神が宿るという文化のなかで暮らしてきた日本人には理解しやすいと感じます。夜中に植物の精霊たちが囁き合っているように見えます。アニェルさんは現実と想像の境界を表現したいとおっしゃっていましたが、その理由を教えてください。

アニェル:ある時、友人の女性に導かれて田舎道を歩いているときに、特に何かがある場所でもないのに、急に自分のなかにザワザワと感じる何かが込み上げてくるスポットがあり、少し歩くとそれがなくなり、不思議に思ってもう一度その場所に戻ってみると、また込み上げてくるものがある。その経験から、場所や自然そのものから湧き出てくるエネルギー、目に見えない気配やパワーを撮りたいと思うようになったのです。

「石それぞれにアイデンティティがあって人格があると感じたので、〈Susceptbility of Rocks〉は石のポートレートというような作品にしました」

ブルーバックで撮影された鉱石のポートレート。アニェルさんがもっとも心惹かれたのは右側のモノリスの力強いエネルギー。Juliette Agnel / courtesy Galerie Clémentine de la Féronnière & Photo Days

和樂web :哲学者ロジェ・カイヨワを取り上げた企画とのつながりでソルボンヌ大学の鉱物コレクションを撮影したと聞きました。石からはどんなエネルギーを感じられましたか?

アニェル:この写真は、ヴァンクリーフ&アーペルの「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」で展示されることになっていました。そして、同時開催でフランスを代表する作家であり哲学者のロジェ・カイヨワの鉱物コレクションの展示もあると聞き、私も石を撮影しようと思いました。撮影の数週間前にソルボンヌ大学に行き、20点の石を選びました。その時点で、背景をブルーで撮ろうと決めました。ブルーが石のバイブレーションを一番強く伝えてくれると感じたからです。

実際の撮影はじっくり石と対話してという感じではなく、ほぼ半日で次々と撮影しました。しかも、4×5インチの大きなカメラを使い、一回一回フィルムを交換しなくてはならないため、一度のシャッターごとに石のアイデンティティを感じ取りながら、ポートレート写真のように撮影しました。

私の一番好きなモノリスからはとにかくとても強いパワーを感じましたし、ブドウのような形状の石や、自然界のものとは思えない鮮やかな色の石など、それぞれに異なる振動を感じました。タイトルの〈Susceptibility of Rocks(石の感受性)〉は「Magnetic Susceptibility of Rocks」(岩石の帯磁率)という科学用語から名付けました。

「16年間、ずっと行ってみたいと思っていた屋久島で、12日間瞑想をしているような状態で撮影してきたものが〈Etenity〉になりました」

映像作品〈Eternity〉は茶室に座って心静かに鑑賞することができる。世阿弥の言葉に強いシンパシーを感じるとアニェルさんがいうように、どこか幽玄を感じる作品になっている。(C)Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2026

和樂web:今回、KYOTOGRAPHIEに先立って屋久島に行って作品をつくっていたそうですが、屋久島はいかがでしたか?

アニェル:16年ぐらい前から屋久島には行ってみたいと思っていました。屋久島は深い森で知られているので、自分が行くべき場所だと感じていたのです。私は森が大好きで世界中の森を歩きましたが、今まで行った森のなかでもっとも静寂を感じました。実際に深い森を歩いていると古木がたくさんあり、それが真っすぐに上に向かって立っているだけでなく、曲がりくねって生えていてまるでダンスをしているようでした。木や植物同士のつながりを感じましたし、動物のような存在感も感じました。

なかでも特に「苔」に惹かれました。畏敬の念をもって接しなくてはならないという思いとともに、写真を撮るという行為が憚られるぐらいのエネルギーを屋久島の森はもっています。

和樂web :屋久島での作品をなぜ、モノクロの映像にしたのでしょうか?

アニェル:今回、京都グラフィーのために新たに作品を制作するにあたり、スーパー8㎜フィルムで撮影する動画にしたい、音楽はクリフストル・ロドミストと決めていました。そして、他のfふたつのシリーズとのバランスを考えて「モノクロ」の作品が必要だと感じたのです。

モノクロの動画というのは観る人がその時間のなかに入っていくというか、時間を超越して作品に没入させる働きがあると思うのです。
12日間、屋久島の森で作品を撮りながらずっと深い瞑想しているような状態でとてもハッピーでした。その心理状態もスーパー8㎜フィルムのモノクロの映像では表現できていると思います。

「今まで別々の場所で展示していた作品を、日本の歴史的建物で3つのシリーズを同時に展示するという取り合わせが私も楽しみでした」

展示のセノグラファーは建築家の竹内誠一郎。美しい庭と一体化するように展示された〈Dahomey Spirit〉。下から入る自然光がカラーライトで撮影された植物を幻想的に浮かび上がらせる。(C)Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2026

写真を展示する背景のパネルは襖の骨組みに障子紙を両面張りしたもの。腰下に空間をつくることで、雪見障子のように畳に座った際には庭と作品を一緒に観ることができるように考えて設計されている。(C)Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2026

和樂web :今回のセノグラファーは竹内誠一郎さんでしたが、展示の感想を聞かせてください。

アニェル:今まで別々に展示されていた2作品と、新しく制作した作品という3つの作品の取り合わせがどのような効果を生むかがとても楽しみでした。今まで気づいていなかった作品同士のつながりを感じたり、京都のこの場所だからつくれた感覚を得ることができました。

和樂web:セノグラファーの竹内さんにもお聞きします。3作品の展示についてポイントは?

竹内:〈Dahomey Spirit〉では、有斐斎 弘道館の明るく綺麗な庭に対して、いわゆるナイトフォトを違和感なく展示する上で世界観のギャップをどう克服しようかを考えました。そこで作品を寝かせて展示することで庭の植物と視覚的につなげつつ、庭からの光をスモークアクリル越しに作品の背面に導入することで、写真の中の立ちこめたスモークが畳の上に溢れ出るかのように見えないかと。この場所が「老松」さんが保存再生をされてきた場所ということもあり、最終的な素材の質感は谷崎純一郎の『陰影礼賛』の羊羹のイメージに重ねてみました。

〈Susceptbility of Rocks〉は石の肖像というコンセプトだったので古典的なギャラリーの陳列壁のように展示するのがいいかなとまずは思いました。ただ南北の庭に挟まれた数奇屋建築という恵まれた空間の魅力を損なわないよう、壁の素材は障子紙を太鼓張り(両面張り)にしてなじませながらも庭の光が透けて感じられるようにして、腰下は雪見障子のように開けて庭が見えるようにしました。
最後に〈Eternity〉は他のふたつの作品に対してストイックなモノクロの作品ですが、弘道館の庭の美しい苔の色彩の残像がそこに投影されるようで不思議な安らぎを感じるのではないでしょうか?

気候変動よりも前から生き残る植物、ソルボンヌ大学の鉱石コレクション、そして屋久島の苔…。それぞれが発するバイブレーションをカメラにおさめることで、自然と人間の境界を表現するジュリエット・アニェルの展示「光の薫り」。静かでいながら心の奥に深いエネルギーを感じることのできる作品は、畳に座ってゆっくりと鑑賞することをおすすめします。

会場の有斐斎 弘道館は江戸時代の儒者・皆川淇園が開いた学問所でした。円山応挙、伊藤若冲、長沢芦雪といった江戸の人気絵師たちも訪ねたといいます。(C)Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2026

現在は公益財団法人有斐斎弘道館が管理。今回の展示期間中は作品をイメージした特別菓子とお茶を楽しめる呈茶もあります(有料)。詳細はKYOTOGRAPHIEのHPをご覧ください。(C)Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2026

JULIETTE AGNEL

ジュリエット・アニェル●1973年フランス生まれ。国立高等美術学校とパリ第一大学で美術と民俗学を学ぶ。アナログ、デジタル、実験的イメージの幅広い分野を通じて、現実と想像、自然と人間の境界、世界が発する振動などを探求してきた。今回の作品の日本での展示は初となる。

開催概要

ジュリエット・アニェル
光の薫り

Presented by Van Cleef & Arpels
セノグラファー:竹内誠一郎
有斐斎弘道館
09:30–16:30 休館日: 4月30日、5月13日
※入場は閉館の30分前まで
入場無料

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026
会期:2026年4月18日〜5月17日
会場:京都市内12会場
料金:パスポートチケット 一般6,000円、学生3,000円、エクスプレスパスポート15,000円 その他、各会場の単館チケット、無料会場、各種割引もあり
公式サイト:https://www.kyotographie.jp/

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和樂web編集部


文:高橋木綿子(和樂)
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