子どもの世界を描く眼差し
デンマーク出身のイラストレーター、イングリッド・ヴァング・ニイマン(1916〜1959)は、スウェーデンの作家アストリッド・リンドグレーンによる1945年の名作『長くつ下のピッピ』のオリジナル挿絵を手がけながらも、その功績は見過ごされがちであった人物です。彼女の描いた世界は後に、宮崎駿が『パンダコパンダ』(1972年)を制作する際の大きな着想源にもなったとされています。
ニイマンは、子どもの成長に対する鋭い共感と深い理解を持っており、ユーモラスなもの、異国情緒あふれるもの、愛らしいもの、そして既成の枠を超えるものまでを包み込んだ、豊かな子どもの世界を絵の中に作り上げました。

、鉛筆・ペン・グワッシュ・チョーク、デンマーク、1955年
イングリッド・ヴァン・ニイマンの全作品はデンマーク、ヴェイエン美術館所蔵 (C)アストリッド・リンドグレーン・アクチエボラグ
Ingrid Vang Nyman, Tillykke Moster Metha med fødselsdagen. Marts 1955
Pencil, pen, gouache and chalk, Denmark, 1955
All works by Ingrid Vang Nyman belong to Vejen Kunstmuseum, Denmark
Copyright: Astrid Lindgren Aktiebolag.
また、ニイマンが日本の子どもたちを描く際には、ストックホルム滞在中に世話をしていた、在スウェーデン日本大使の子どもたちをモデルにしていました。
かつてのジャポニズムがそうであったあったように「カワイイ(kawaii)」の文化は、過去数十年にわたって西洋のポップカルチャーに大きな影響を与えてきました。それは多くの場合、スイートでピンクな世界観として解釈されがちです。
しかし、ハローキティや現代のキラキラした虹、ぬいぐるみが登場するよりも遥か前、20世紀前半の風景を見ると、そこにいたのは、獰猛なトラ、遊びや学校に夢中になるクリエイティブな子どもたち、そしてユーモラスで毛むくじゃらな生き物たちでした。さらに北欧には、世界一強い女の子「ピッピ」がいました。彼らはみな、それぞれに異なる、まぎれもない「カワイイ」の形だったのです。

Ingrid Vang Nyman, Pippi paper doll with red vest, Pencil, pen, gouache on carton, Denmark, c. 1949

Ingrid Vang Nyman, Pippi paper doll with blue dress, Pencil, pen and gouache on carton, Denmark, c. late 1940s
日本美術との出会い-浮世絵とジャポニスム
ニイマンは、それ以前の世代の西洋人芸術家たちと同様に、日本の視覚世界に深く魅了されていました。その扉を開いたのは、葛飾北斎(1760–1849)の風景画をはじめとする浮世絵との出会いでした。
ニイマンの作品には、日本美術の直接的な影響が見られることもあれば、先達の日本美術愛好家であるフィンセント・ファン・ゴッホ(1853–1890)の作品を通じた、より繊細な美的解釈が反映されていることもあります。

Hitoshi Kiyohara, Children viewing the full moon, Woodblock print
Japan, c. 1940s, Vejen Kunstmuseum, Denmark
数百点もの浮世絵を収集したファン・ゴッホは、日本美術から絶えずインスピレーションを得ており、彼自身もまた20世紀の多くの若い日本人芸術家たちにとって、そしてニイマンにとっても、創作の源泉となりました。ニイマンが描く室内風景には、ファン・ゴッホの作品との共通点が見られます。
ファン・ゴッホは1890年7月29日に、ニイマンは1959年12月13日に、共に自ら命を絶ちました。
ファン・ゴッホが画家であったのに対し、ニイマンは主に児童書のイラストレーターとして活動しました。特徴的な対比色、洗練されたパターン、遊び心あふれる構図を通じて、子どもたちの創造性・学び・幸福を中心に据えた世界を軽やかに描き出しました。

Ingrid Vang Nyman, Studies of Japanese girls’ and women’s faces, Pen, gouache and chalk, Denmark, undated

Ingrid Vang Nyman, Japanese Girl Wearing a Blue Kimono with Cranes, Pencil, watercolour and gouache, Denmark, 1957-59
日本の子ども文化と「かわいい」の原型
子どもの成長や遊びを通じた学びへの尊重は、日本においても共通して見られます。1918年創刊の『赤い鳥』や1922年創刊の『コドモノクニ』といった子ども向け雑誌は、著名な芸術家・作家・詩人・作曲家たちの寄稿による、豊かな視覚的・文学的世界を読者に届けました。これらの雑誌は子どもたちの娯楽を目的としながら、同時にその教育と創造性の育成をも大切にしていました。

Shimizu Yoshio, Purple Hill, Cover of Akai Tori Vol. 2, Issue 3, Japan, March 1919 (modern reproduction), Collection of Malene Wagner

Shimizu Yoshio, Grasshopper Aunt, Cover of Akai Tori, Vol. 19, Issue 1
Japan, July 1927, (modern reproduction), Collection of Malene Wagner
『長くつ下のピッピ』の初版が出た1945年と近い時期、日本では雑誌『少女の友』に1938年から『くるみちゃん』という物語が連載されました。イラストレーター・漫画家の松本かつぢ(1904–1986)による作品で、彼は昭和初期における少女漫画の先駆者です。松本はかわいらしい絵柄を通じて、陽気な女の子・くるみちゃんの日常生活を描き、このキャラクターは最初期の「かわいい」アイコンのひとつとされています。
連載は戦争のため1940年に中断されましたが、1949年に『少女』誌上で『くるくるくるみちゃん』として復活し、1954年まで続きました。
連載当初、くるみちゃんはピッピと同じ9〜10歳として描かれていましたが、やがて松本は5〜6歳の女の子へとキャラクターを変化させていきました。少し大きめの頭、丸みを帯びた足、髪のリボンというそのスタイルは、現在も広く親しまれている「ふっくら系」かわいい美学の原型であり、おそらくハローキティ(1974年)のデザインにも影響を与えたと考えられています。
日本と西洋をつなぐ文化の往来
興味深いことに、くるみちゃんを生み出した松本自身のインスピレーションは西洋に由来していました。マーガレット・G・ヘイズの『キディ・ライムズ』(1911年)に登場するアメリカのキャラクターや、イラストレーターのローズ・オニールが1909年に創作したキューピーがその源泉として挙げられます。キューピー人形は1925年に日本のマヨネーズのマスコットとなり、現在も日本を代表するかわいいアイコンとして親しまれています。

ローズ・オニール《イースターのお祈り》ポストカード、アメリカ、1915年頃、マリーヌ・ワグナー・コレクション
Kewpie postcard
Rosie O’Neill, My Easter Wish, postcard, USA, c. 1915, Collection of Malene Wagner
戦後のアメリカン・ポップカルチャーが与えた影響は、1952年に連載し始めた手塚治虫(1928〜1989)によるマンガ界の金字塔『鉄腕アトム』にも明らかです。イタリアの古典童話ピノッキオをベースに、手塚はこのロボットの少年のビジュアルの着想源を、日本でも人気だったミッキーマウス、フィリックス・ザ・キャット、ベティ・ブープなどのアメリカのキャラクターから得ていました。
20世紀前半の子どもの本や絵画の世界には、日本と西欧の間で絶えず行われていた異文化交流やデザイン表現の相互影響がはっきりと表れています。しかし、このトピックがこれまで本格的に注目されることはあまりありませんでした。
展覧会「かわいいノスタルジア——日本からピッピへ」

Exhibition poster for Kawaii Nostalgia: From Japan to Pippi, Vejen Kunstmuseum, Denmark, Design by Will Clement
デンマークのヴァイエン芸術博物館で現在開催中の展覧会「かわいいノスタルジア——日本からピッピへ」は、世界大戦とその惨禍と並走しながらも力強く息づいていた、かわいいノスタルジアと無邪気さ、遊びと教育の世界へと小さな窓を開いてみせます。スカンジナビア初、そしておそらく世界初となるこの展覧会は、20世紀前半に大陸を越えて育まれた子ども文化の展開に光を当てるものです。

First room of the exhibition at Vejen Kunstmuseum, Denmark

Second room of the exhibition, showing paper dolls from Denmark and Japan at Vejen Kunstmuseum, Denmark

The children’s ‘drawing corner’ with tatami at Vejen Kunstmuseum, Denmark
本展は、ヴァイエン芸術博物館が所蔵するニイマンの作品を、『赤い鳥』(1918–31年)の誌面、日本の木版画、玩具やゲーム、1900〜1960年代の写真資料とともに展示します。展覧会を企画したのはマリーヌ・ワグナーで、会期は2026年9月13日までです。

The entrance to Vejen Kunstmuseum, Denmark
※イングリッド・ヴァン・ニイマンの全作品はデンマーク、ヴェイエン美術館所蔵 (C)アストリッド・リンドグレーン・アクチエボラグ

