ご先祖様と同じ食卓を囲む、武者小路千家のお盆

千麻子(以下 麻子):今日は、武者小路千家のお盆と、その期間中にいただく精進料理についてお話を伺いたいと思っています。
結婚式が2019年の6月にあって、最初の大きな家族の行事といえばお盆。8月13〜15日の三日間を精進料理だけで通したのは新鮮でした。私の実家の方は、そこまで大人の食べるものは厳密ではなかったですし、新盆の7月13日からの三日間で、お飾りも京都とは違うものなので、地域によってかなり異なるんだなと驚きもありました。
千和加子(以下 和加子):実は、私が嫁いだときも、ここ(千家)では、家族が食べるものはそれほど厳密に決まっていなかったのですよ。京都ですから精進の食材は豊富。何も困ることはなかったです。
私の実家は島根県吉田村(現:雲南市吉田)なので、そちらでは畑で採れたものを使うような感じだったかな。ただ千家と異なったのは、実家の方はお盆の献立が毎日決まっていたということです。大家族ですから、お手伝いしてくれている人たちが、とにかく献立を見れば作れるようにしておかないと家が回らないので。
麻子:先代夫人(千澄子)はいくつかの書籍の中でお盆の献立を書いておられましたよね。
13日はぜんまいと高野豆腐の焚き合わせ、ささげのおひたし、黄ゆばときゅうりの酢の物、生麩と椎茸のお汁、白飯、奈良漬、おはぎ、すいか、14日には、なすのおひたし(ごまあえ)、のっぺ汁、かぼちゃと麩、15日は、冷やしそうめん、椎茸、ゆば、赤いものうま煮、ひりょうず、と毎年同じ献立のようでした。
和加子:澄子先生は仕事で出ておられることが多かったから、実際私が台所に立つことも多かったけれど、この日にこれと決まったことを教えられた記憶はありません。でも、私の実家もそうでしたし、お盆中は殺生を忌み嫌うから精進料理をいただくことは自然なことだと思っていました。
麻子:なるほど。あとびっくりしたのは一日中棚経(たなぎょう)があって、各寺院のお坊さん達が出入りしていることでした。みなさまをお迎えするために仏間でひたすら正座をする一日ですよね(笑)

和加子:以前は、お盆の期間中にポロポロとみなさん来ていたのだけれど、迎える側も大変だから13日の一日にまとめさせてもらったの。それで、一時はうちで必ずお昼を召し上がるお坊様もいらしたから、「大徳寺一久」さんから精進弁当を頼んでいます。

麻子:京都で精進料理というと、やはり一久さんは欠かせないんですよね。先代からのお手伝いさんにお盆の食事のことを聞いたら、お盆中、澄子先生は自分で食べるために、毎年必ず一久さんに仕出しを頼んでいたとか。
和加子:そうね。まあとにかく、ご先祖さんが帰ってきているお盆は、私らもご一緒させて貰っているから、家族も精進料理をお相伴したらいいなと思ってそうしています。京都の家庭でも精進料理を続けている処は、今どきそう多くないかもしれないですね。
食べることも仏道修行。お盆にいただく精進料理の意味
麻子:僧侶でもある主人にこの間、精進の語源を教えてもらったんです。6つの修行、六波羅蜜の「精進」から来ているそうで、食事をすること自体が修行だと。仏になるための修行に励む、それを助ける料理だから精進料理というんですね。
和加子:ご先祖さんが帰ってきているお盆は、まさに仏道修行のための期間だから家族も精進料理で過ごすというのは理にかなっているかもね。
麻子:お盆中のご先祖さまのお食事は一日二回でしたか?実家では朝と夜ですが。
和加子:朝はお茶とお菓子。それからお昼にお供えしています。たとえば玉蜀黍(とうもろこし)のご飯に、湯葉と胡瓜の汁、ブロッコリーの胡麻和え、高野豆腐と人参を炊いたもの、それから香のもの。素麺の時もありますよ。
蓮の葉の「お盛りもの」と、京都の不思議な「追い出しあらめ」
麻子:お食事とは別にお盆の期間中にずっと出しているお野菜も実家の方とは異なっています。

和加子:京都では蓮の葉に載せて季節のお野菜を仏前にお供えするものを「お盛りもの」と言って、この期間はどこにでも売っているのよ。獅子唐や茄子、インゲンなど季節のものを盛りつける。ちょっと小ぶりで食べるためというよりはお供えのために作っているところもあるとか。それで、白磁の器に小さな蓮の葉と高野槙を入れておいて、これで毎朝お水をパッパッとかけると乾燥が若干防げるので。
麻子:私の実家の方は蓮の葉の上に米、細かく刻んだ茄子と胡瓜を108粒ずつ乗せておいて、別の器に入れた水をミソハギ(禊萩)に含ませて、この蓮の葉の上の食材につけていました。
和加子:数えるのが大変そうね。
麻子:母も最近は大雑把にやっていると言っていました。なんで108個なんだろうねとこの間話していて、仏様の数が108だと主人が教えてくれました。数珠の玉の数も、五体投地の正式な数も108。
そもそもお盆はインドの盂蘭盆(うらぼん)から来ていて、餓鬼の世界に落ちた釈迦の弟子の目連の母親を救うために、周りに施すことが起源ですよね。餓鬼たちは痩せ細って喉に食べ物を通すのが大変だから細かく切ってあげているのだとか。餓鬼は供養されたもの以外を口にしても火になって食べられないから、私たちがミソハギで水を予め与えているんですね。
和加子:なるほど。
麻子:そういえば京都のお盆でもうひとつ驚いたこと、「追い出しあらめ(荒布)」があります。
和加子:そう、あれ不思議なんだけど。澄子先生に必ずするようにと言われて、嫁いだ時から続けています。15日の夜に海藻の「あらめ」を水につけて戻しておいて、16日の朝にあらめのお粥をいただきます。それで戻し汁は玄関に撒く。

麻子:なんであらめなんでしょう?ひじきじゃだめなんですかね?
和加子:そこはよくわからないんだけど、一説にはあらめは伊勢の方で採れるから、まあ近いからというのもあるのかしら?
麻幹をまたぐ風習や切子提灯。地域によって異なるご先祖様の送り方
麻子:お義母さんのご実家の方って送り火はどんな感じでされていましたか?
和加子:家族みんなで近くの川辺に行って、お花を供えてお線香をたいて、手を合わせてからお墓に行ってました。ご先祖様を背中に乗せると言っていましたね。
麻子:私の実家ではご先祖さまを送る際は、仏壇の火を灯篭の蝋燭に移して、外に出てからその火を麻幹(おがら)に移して、この上を跨いてご先祖様また来年!と言っています。
あと胡瓜と茄子で作った馬と牛にお米と茶葉を背負わせてご先祖様のお土産にしていました。でもどうやらこの野菜で作った馬と牛は七夕に由来するみたいですね。七夕の時にお飾りしたり川に流しているところもあるらしく。
7月7日の七夕と、新盆の7月13日からのお盆が近いから一体化している地域もありそうです。もともと七夕の行事は農村儀礼に由来していて、七夕さまを送るということに重きをおいていたとか。水に乗せて悪いものを持って行ってもらうような側面もあった。
和加子:そういえば私昔からお盆の時の提灯で下にひらひらしたのがついているの、怖くてしかたなかったわ。京都では見ないけど。あれもなんとなく七夕っぽい雰囲気があるわよね。
麻子:切子提灯というらしいです。提灯にしろお盆といっても各地域、それから宗派によって本当に多様性がありますね。
五山の送り火とともに精進明け。京都の水が支えるお盆の食卓
和加子:京都で送るというと、やはり16日の夜の大文字は欠かせません。五山、実質六山だけど、大文字の火が消えると不思議とどこからともなく涼しい風が頬を撫で秋の到来を実感します。京都の山に火が灯され、街には鴨川が流れているから壮大よね。

麻子:確かに。そして大文字と共に人間の精進生活も終わる(笑)
和加子:そう、澄子先生の時分から夜はかしわのすき焼きですね。
麻子:待ちに待った!というすき焼きですね。この期間は修行の意味もあるとの話ですが、普段食べ慣れているものが突然三日間も食べられなくなるとやっぱりそわそわしてきます。
和加子:でも流石に肌がつるつるになりますね(笑)
京都は精進料理を作るには適している地域だと思います。新鮮な野菜、お豆腐やお麩なども豊富ですから。なんといっても京都の水が要なんだと思います。
麻子:井戸水が枯れないように、これからも大事に守っていきたいですね。
では後編で、お盆の時期に欠かせない食材について教えていただきます。

撮影/内藤貞保(スナップ以外) 取材協力/千宗屋 構成/千麻子、石川ともみ

