江戸時代に刊行された『新著聞集(しんちょもんじゅう)』は、日本各地の奇談や珍談、遺聞を集めた怪異奇談集である。ここには、ひょんなことから自分の死期を知った者たちの話が収められている。彼らは幸せに死んでいったのか、それとも……。
自分の死期を知る者たち(『新著聞集』より)
漁師、利兵衛の場合
出典:The Metropolitan Museum of Art(https://www.metmuseum.org/art/collection/search/39656)
利兵衛の本業は漁師だが、日ごろから狂ったように念仏を唱えていた。
網をかけるときも念仏、引き上げるときも念仏。口を閉じる暇なく唱えているというありさま。周りは不審がったが念仏のおかげなのか毎日、大漁。年老いても健康そのものだった。
寛文七年六月十五日。
利兵衛は突如、親類を訪ねてまわった。
「わしは今日、往生致す。ついては、この世の名残に盃を交わしたい」
盃を取り交わすと利兵衛は帰って行った。
「念仏を怠ってはならぬぞ。これは大事なことである。では、さらばさらば!」
利兵衛はその足で浜へ行くと腰まで水に浸かり、西に向かって合掌。高らかに念仏を唱え、いつの間にか死んでいた。
かねてから利兵衛は「自分が往生するときには雷があるだろう」と言っていたのを人びとは思い出した。
その頃は大干ばつだったが利兵衛が往生すると空が曇り、雷がとどろき、稲妻がひらめき、大雨に見舞われたという。
大悪党の死
出典:The Metropolitan Museum of Art(https://www.metmuseum.org/art/collection/search/54573)
あるところに、じゃじゃ庄右衛門と呼ばれる大悪党がいた。男は大悪党だったが、ある日を境に一心不乱の念仏者となり多くの人に念仏をすすめた。
じゃじゃ庄右衛門は、かねてから自分の死期を知っていたらしい。
死ぬ三日前、じゃじゃ庄右衛門は寺の本堂で仏像を前に合掌し、念仏を唱え、眠るように息絶えた。
「あの往生の様は、ただの人ではない」
寺では、じゃじゃ庄右衛門の死骸をそのままに七日の間拝んだ。すると空中に五色の花が降り、夜には燐光があがったという。
夢で死を告げられる
延宝七年、十一月二十四日。江戸は品川の伯船寺の住職の夢に、名高い僧が現れて言った。
「あなたは来年の二月二十四日に死ぬだろう。心得ておくように」
お告げどおり住職は二月の中旬頃から体調を崩し、二十四日にあっけなく亡くなった。
この住職は日ごろから大酒飲みで、仏道をおろそかにしていたから嘲りをうけていたのだが、いったいどうしてそんなふうに死ねたのか、人びとはいろいろ噂したという。
蘇ったと思いきや
一般的には死ぬことは一方通行だと思われている。死んだらそれきり、もう終わりだと。ただ、そうとは限らないことを『新著聞集』は教えてくれる。たとえば、こんな話がある。
元禄二年十二月一日。
山田彦七は、二十七歳の若さでこの世を去った。が、翌日に蘇生。そのとき左手には「冥途にて頂戴致した」という光り輝くものを握っていた。
「これは奇跡だ!」
山田彦七も喜んだが村人は、もっと大喜び。なにせ集まって念仏を唱えたくらいである。
しかし、その二日後。正午前後に山田彦七は往生を遂げた。
亡くなったあと、村人たちが骨を探したが見つからなかった。どうやら山田彦七が持ち去ったらしい。
本日、往生致します

出典:国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/2533799/1/23)
死んで、蘇り、また死ぬ。『新著聞集』で常識外れの話ばかり読んでいると、死ぬとはどういうことなのか、生きているとはどういう状態を指すのか考えこんでしまう。
蘇った男は、自分が二日後にもう一度死ぬことを知っていたのだろうか。もしそうだとして、生き返ったことは嬉しかったのだろうか。
そもそも「往生」は、「往(ゆ)いて生まれる」と書く。死ぬことには変わりないのだけど、ただ死ぬのとはちがう。
すごく簡単に説明してしまうと往生とは、死後に浄土に生まれる、という死の受けとめかた(考えかた)のこと。
死ねば終わり、無になる、というのではない。念仏によって浄土に生まれなおし、そこで覚りを開くことができるというもの。
『新著聞集』では、彼らの胸のうちまでは語られないから想像するしかない。だからこれは私の勝手な想像だけれど、往生することには、おそらく喜びがある。「往生した」と語られるのなら、きっとそれは幸せな死だったのだろう。
となれば、これから死ぬとは思えない漁師利兵衛の明るい去り際にも納得がいく。
別れを待つ日々をどう生きるか
気になることはほかにもある。
大悪党のじゃじゃ庄右衛門や漁師の利兵衛は、どのようにして自分の死期を知ったのか。熱心に念仏を唱えているうちにお告げがあったのか。あるいは突然、自分が死ぬ日に気づいたのか。
苦しむことなく往生(亡くなること)するのは、理想的な死にかたといってもいい。死期だけでなく死にかたまで選べるのなら、信仰心のない私でも念仏を唱えてみようかな、という気になる。
とはいえ死期を知らされて羨ましいかと言われると、そうともいえない。
毎朝、家族や友人の別れの日を思って悲しみながら目覚め、残していく人のことを思って眠りにつくことは、死に突然襲われるよりも辛いのではないか。死に捉われながら生きていくには、人の一生はあまりに短すぎる。
最後の日まで、彼らは幸せに生きたのだろうか。彼らの死をめぐる物語にはユーモアがあるが、笑えない。なにせ生きるか死ぬかの問題だ。自分だったらどうしただろうか。考えて、ぞっとする。
【参考文献】
「日本随筆大成第2期巻3」日本随筆大成刊行会、1928年
金子大栄編「親鸞著作全集」法蔵館、1964年

