東京都渋谷区出身。落語協会在籍。1991年、二代目古今亭圓菊に入門。五代目古今亭志ん生の孫弟子となる。1994年二ツ目に昇進。2003年真打昇進。NHK大河ドラマ『いだてん』では落語・江戸ことばの指導にあたり、自らも金原亭馬生役で出演。2020年落語協会理事に就任。出囃子は『元禄花見踊(追い回し)』。
日本舞踊尾上流三代家元である二代目尾上菊之丞(現・墨雪)の長男として生まれる。2011年8月、尾上流四代家元を継承すると同時に、三代目尾上菊之丞を襲名。新作歌舞伎、宝塚歌劇団、OSK日本歌劇団やアイススケートなど、様々なジャンルの演出・振付に携わる。

落語と日本舞踊、ふたりの菊之丞さん
尾上菊之丞(以下、家元): 菊之丞師匠には、まだ面識のなかった頃から親近感を覚えておりました(笑)。
古今亭菊之丞(以下、師匠): それは私もです。今となってはお互いに笑い話ですが、以前、お客様から「家元になったんですってね」と言われたんです。「いえいえ、家元にはなりませんよ。立川談志ではございませんので」とお答えしましたが、あとになり、お家元が菊之丞をご襲名され、お家元になられたのだと知りました(笑)。
尾上菊之丞(家元): 僕は僕で、結婚してから何年も経った頃に「ご結婚おめでとうございます」と言われたことがあったんです。菊之丞師匠が再婚されたと知った時に「これか!」と(笑)。
師匠: それから2018年に、文楽の竹本織太夫さんのご襲名パーティーで初めてお会いしたのでしたね。目が合った瞬間、お互い歩み寄り……。
家元: 「菊之丞さんですよね?」(笑)
師匠: 「菊之丞さんですよね?」と(笑)
家元: その後は、僕と狂言師の茂山逸平さんの二人会「逸青会」にもご出演いただくなどして。その節は、誠にありがとうございました。ぜひまたご一緒させてください。
師匠: いやあ。芝居はむずかしいなと思いました。落語なら、せりふの順番を間違えたって、自分ひとりなのでどうにかなります。でも芝居は、そうはいきません。噺家は、いつもひとりで喋っていますから、お相手のあることが苦手なんです(苦笑)
そんないい名前は、ないだろう
家元: 師匠は、「初代」の菊之丞さんですね。名前の由来を、お尋ねしてもよろしいですか?
師匠: 私の師匠は二代目古今亭圓菊といいまして、弟子の名前には必ず「菊」の字がつきます。入門初日、私は本名が亮太郎なものですから「菊太郎」になりかけたんです。兄弟子から「少し前に、その名前の前座さんが辞めたばかりだ」と。そこで師匠が「ひょろっとしているし、役者みたいな名前にしたらどうだ」と、つけてくれたのが《菊之丞》でした。

家元: 僕が申し上げるのもなんですが、前座さんが名乗るには、少々立派な名前ではありませんでしたか?(笑)
師匠: それはもう! はじめて五街道雲助師匠にご挨拶した時も、「菊之丞!? つ、け、た、ねぇ〜」と笑われました(笑)。そして「前座で、そんないい名前はないだろう。師匠のこと、大事にしろよ」とおっしゃってくださいました。それ以来、二つ目昇進、真打昇進でも名前を変えず、35年ずっと菊之丞です。
家元: 僕はまだ、菊之丞歴15年。大先輩ですね!

師匠: お家元は、三代目の尾上菊之丞さんですね。
家元: 日本舞踊尾上流は、歌舞伎俳優の六代目尾上菊五郎が、初代家元として創流した流派です。六代目の弟子だった祖父が、六代目から「初代尾上菊之丞」の名前をいただき、二代家元に。それから父、僕と受け継いでいます。ところで「丞」の字を使う名前には、若い響きがありますよね。師匠は、いつか名前を変えるお考えはありますか?
師匠: 私は、自分から変える予定はございません。こんなに良い名前はないと思っております。
家元: 僕は、考えることがあるんです。例えば30年後、息子はいくつになるだろう。「菊之丞」を譲るとしたら、自分は何と名乗るのか。「菊之丞」ではなくなることを想像すると、すごく不安になります。と考えると、僕に名前を譲った父は大変な決断をしたのだと、今になって分かります。実際に襲名直前は、父も相当に葛藤していたようでした。

落語の定席、寄席があってうらやましい
家元: 今日は新宿末廣亭さんにおじゃましていることもあり、落語の定席、「寄席」という存在を、あらためてうらやましく感じます。寄席では、連日前座さんから大ベテランの師匠までが高座にあがり、そこへ行けばいつでも落語を聞ける。日本舞踊には定席の劇場がありませんから、演者としても観客としても、大きな価値を感じます。しかもそれが、民間の運営なのですよね?
師匠: そうですね。都内の落語の定席、上野鈴本演芸場、新宿末廣亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場は、4軒とも個人の経営です。

家元: 番組(寄席の出演者や順番)は、どのように決まるのでしょうか。
師匠: 各寄席のお席亭(代表、社長)や、各協会の事務局長が話し合うんです。芸人の名前が書かれた小さな木札を使って、「こちらをいただきます」「では、その2時間前は、うちで」と割り振って。事務局長が「これ(この人)、どうです?」とすすめても、「いらない」と札を弾かれたら出られません(笑)。ですから、呼んでいただけるのは、本当にありがたいことなんです。
家元: 民間だからこそのシビアな面もありつつ、このようなシステムが今も続いているのは、やはり素晴らしいことだと思います。
綺麗事でなくちゃいかんのだ
師匠: 噺家からすると、日本舞踊のうらやましいところは、なんといっても綺麗なところです。中でもお家元は、モゥ……(ため息)。寄席に、こんなに綺麗な方はいませんよ。うらやましい!
家元: いやいやいや、ありがとうございます(笑)。師匠も、日本舞踊をされていますね。きっかけは?
師匠: 姉弟子のお母さんが、日本舞踊坂東流の名取だったんです。「落語が綺麗になるから、あなたもおやんなさい」と言われ、始めました。前座修業の中で、太鼓は言わば必修科目ですが、踊りは選択科目。でも私は、噺家はぜひ日本舞踊をやるべきだと思っています。
家元: 袖の扱いひとつとっても、綺麗にするには形が必要なんですよね。

師匠: 「綺麗事」という言葉がありますよね。あまり良くない意味での使われ方がよく知られていますが、褒め言葉として使うこともありまして。お寿司屋さんで、白木のカウンターの向こうの、短髪でこざっぱりとした形の大将が、美味しいものをさっと出してくれる。そんな仕事ぶりに、「綺麗事ですね」といった風に。今の鈴本演芸場の会長(鈴木寧氏)がお席亭だった頃に、言われたんです。「芸人は綺麗事でなくちゃいかんのだ」と。
家元: 今日は師匠の「お菊の皿」を拝見しました。ワッと笑いをとりながらも、お菊が皿を数えながら、ふと顔を上げる間の作り方や詰め方が緻密で、綺麗事、舞踊的だと感じたんです。その瞬間に、師匠の芸にとても近しいものを感じました。まさしく仕事としての「綺麗事」という言葉が、今、腑に落ちたところです。

師匠: 日本舞踊が噺家の役に立つのは、所作だけではないと思っておりまして。たとえば「ご隠居いますか?」「ハイハイ。ああ、八っつぁんかい」というやり取りでも、八っつぁんならば、まず“ご隠居はいるかな?”という顔をしなさい、と習います。踊りにも、そこにいない相手をいるかのように、という表現がありますね。
家元: はい。舞踊でも、作中に登場する相手が、必ずしも舞台上にいるわけではありません。ひとりで踊るときは、そこに相手がいると思って手をとり、顔があると思って見つめる。めいっぱい思い描いてリアルにやります。逆にふたりで踊り、相手がそこにいるときは、様式的に、舞踊の綺麗事でやる。「ないものほどリアルに。あるものほど綺麗事で」というのが、ひとつの考え方です。
師匠: 「噺家は綺麗事であるべきだ」と申しましたが、皆が同じ芸風では面白くありません。それぞれに、違うこだわりがあるから面白いんです。ただ私は、それを大切にしています。そして日本舞踊家さんは、皆さん綺麗でいらっしゃる。日本舞踊は、素敵なところを見せる芸なのだなと感じます。
教わり、受け継ぎ、観て、選ぶ
家元: 落語の世界で、一門や流儀の境界は明確にあるものですか?
師匠: かつては「古今亭はこの噺、柳家ならこの噺」というように、一門が得意とする噺があり、互いにその領域をおかさないようにしていました。今は、だいぶボーダレスになりましたよ。ただ、他の一門の師匠に稽古をつけていただくことは、昔からありました。志ん朝師匠も、おとっつぁんの志ん生師匠ではなく、八代目林家正蔵師匠のところへ稽古に通われたそうですしね。
家元: それは、古今亭の皆さまに限ったことではなく、落語界全体に言えることですか?
師匠: そう思います。弟子が師匠のコピーにならないように、といった考えもあるのでしょう。うちの師匠は(稽古を)つけたがりでしたから、僕は直接教わった数が多い方です。それでも他の師匠から教わったネタの方が、圧倒的に多いです。柳家小三治師匠のお弟子さんの中には、師匠から一席もつけてもらわなかった、という方もいるほどで。
家元: おもしろいです。それでも、お弟子さんなのですよね。僕らとは、師弟関係の捉え方が少し違うのかもしれません。
師匠: 師匠から習うのは、噺家としての「気持ち」。それが、そのお家の芸風になっていくように思います。
師匠: お家元は、やはり墨雪先生(三代目尾上菊之丞。家元の父)に習われたのでしょうか?
家元: 父親や、祖父のお弟子さんから、多くを習いました。僕は他のお流儀の先生や、歌舞伎役者さんに習う機会も多い方ですが、舞踊の場合、基本的には自分の師匠から習うもの。落語界と違うのは、一度お許しをいただいた演目も、自分のものになるわけではないことですね。他流の作品を踊る場合は、一度お許しいただいたものであっても、都度お断りを入れ、あらためてお稽古をみていただいたりもします。

師匠: 教わることとは別に、私たちは「とにかく見ろ。柳家でも三遊亭でもとにかく見とけ」とも言われます。そして、いいところは盗る。人のギャグを、そのままやるのは泥棒。そうじゃなく、「上手いな。こういうふうにやってんだ、あの人は」と学ぶわけです。ただし見るのは、舞台袖から。客席で見るなら、木戸銭払えよ?と言われます(笑)
家元: 日本舞踊の場合、舞踊家同士の交流は盛んでも、お客様の流儀を越えた行き来は少ないと感じます。公演は基本的に流儀ごとに行われ、客席にはご自身でも踊りを踊られる愛好家の方が多い。そのような事情もあり、自分の流儀や師匠の会には足を運ぶけれど、他流儀の舞台はご覧にならない方が多いんです。流儀や師匠の側による「囲い込み」もあるのでしょう。日本舞踊協会は、流儀を越えて芸に触れられる場をつくっていますが、もっとできることがあるのではと感じます。
師匠: お家元は、色々なものを観た方が良いだろうとお考えなのですね。
家元: はい。踊りに限らず色々な芸能に触れ、その上で「これは自分に必要ない」「次からは観なくてもいい」と判断すればいいと考えています。観たものすべてを、自分の中に取り入れる必要はありません。しかし何かを観れば、良くも悪くも、無意識のうちに何かしらを受け取るもの。どれを自分の引き出しに残すのか。色々なものを観ていなくては、その取捨選択もできませんよね。舞台に立つ側であればなおさらです。
師匠: 素直な人ほど、観たものをみんな自分の中に入れてしまったりしますからね。脇からみていて、「なんかに影響されちゃったんだな」と思ったりもします。
家元: 分かります。「あの人の、あれが良かった」と影響されても、それは、その人の“人となり”から生まれた結果の一部分。素敵に感じられた一部分だけをとってつけても、バランスがとれず、結局うまくいかないのですよね。
続けると決めた、その先で
家元: 菊之丞師匠は、中学生の頃から寄席に通い、高校卒業と同時に落語の世界へ飛び込まれたそうですね。前座さん時代は、やはり大変でしたか?
師匠: うちの師匠は、厳しかったので大変でしたね。基本的に優しい人でしたが、直弟子は毎日本当によく叱られました。

家元: 「いっぺん足を踏み入れたら、そこでやっていく」のが、師弟関係の基本的な考え方だと思うんです。ただ、どうしても考え方、やり方があわなければ、流儀を離れる選択をされる方もいます。その辺り、落語の場合はいかがでしょうか。
師匠: 少なくとも私が入門した頃は、自分の意思で辞めるにしても破門されるにしても、入門した師匠のもとを離れた人を、別の師匠が弟子に取ることは、基本的にはなかったですね。だから、どれほど辛くても、師匠にしがみついてがんばるわけです。
家元: それでも、辞めちゃおうかな、とお考えになったことはありますか?

師匠: 「辞めちゃおう」はなかったのです。「死んじゃおうかな」はありました(苦笑)。あまりにも叱られるので。私は通いの弟子でしたから、毎朝まず師匠の家へ行くんです。師匠の家はマンションの9階にあり、そこから寄席へ向かうためにエレベーターを待っていた時、「ここから飛び降りたら楽かもしれないな」と。
家元: それでも思いとどまれたのは?
師匠: おかみさんの言葉です。「ねえ、あなた辛いんでしょ。でもね、稽古してたら忘れちゃうのよ」と。その一言に、救われちゃいました。それが18、19の頃で、そこを越えてからは大丈夫でした。

家元: それほど、落語がお好きでいらっしゃったんですね。
師匠: お家元にも、そのような時期はありましたか?
家元: 「死んじゃおう」は、ありません(汗)。やると決めてからは、「やめちゃおう」もないんです。ただ僕の場合、やる気のない時期が長くありました。物心がついた頃から踊りや鼓などのお稽古は続けていましたが、踊りに対して面白みを感じてはいなかったんです。

師匠: 「この家に生まれたからには、当たり前に踊りが好き」というものかと思っていました。
家元: 姉(尾上紫)は、本当に踊りが好きで一生懸命やっていましたね。それと比べたら、自分は全然舞踊が好きではないと思ったんです。十代の終わり頃になり、ようやく「この道で生きていくんだ」と覚悟を決めて、打ち込むようになりました。その反動か、今は「あの頃の自分が、なぜ面白いと思えなかったのか」をヒントに、「自分が面白いと思うものを作りたい」という思いが非常に強いです。
師匠: お家元は、日本舞踊界だけでなく歌舞伎や宝塚など、たくさんの振付・演出でもご活躍です。その原点にある思いなのでしょうね。
家元: 落語は、なんの予備知識もなく惹きこまれて笑えもします。同じ日本の芸能として、その点も大変うらやましく、憧れるんです。日本舞踊でも、多くの方に分かりやすく魅力が伝わり、玄人の方にも楽しんでいただける作品はできないか。若い頃に興味を持てなかった自分が惹きこまれたような、まだ伝え切れていない日本舞踊の魅力を、どう伝えていくか。そんなことを考え続けています。

関連情報
古今亭菊之丞
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新宿末廣亭
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尾上菊之丞
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詩楽劇『武と建』 2026年10月3・4日 熊本城ホール

