カメラを持つということ
今の時代、携帯を持っていれば、いつでもどこでも写真を撮ることができる。そして撮ったものを、すぐにネットという環境を通して多くの人と共有することができます。スマートフォンのカメラは年々進化を繰り返し、カメラを単体で持つ必要性は少しずつなくなってきているようにも思います。
ただ、そんな時代の流れに反するように、あえてカメラを持つことが若い世代の中でひとつのカルチャーにもなっています。例えば僕の親友である役者さんも、自分の表現活動の一環としてカメラを持ち歩いていたりします。そんな姿を見ながら、僕自身もここ最近、カメラを手にとって何かを撮ってみたい、という気持ちが少しずつ大きくなっていました。
思い返せば、幼い頃の僕にとってカメラはもっと身近なものでした。気持ちになんの障壁もなくカメラを持ち、撮った写真を親に見せては、「僕も写真のセンスあるよね」と得意げになっていた時もありました。けれど、彼――田原桂一がこの世を去ってから、僕にとってカメラを手にすることは、それまでとはまったく違う、大きな意味を持つ行為になっていきました。
田原桂一は、光そのものを表現として捉え、写真という世界で独自の表現を築いた写真家です。そして僕にとっては、幼い頃からすぐそばにいて、僕を育ててくれた父のような人でもありました。
一方で、僕は代々続く歌舞伎の家に生まれ、幼い頃から父や祖父の背中を見ながら、舞台に立つことを自分の表現として生きてきました。
だから僕の身近には、幼い頃からふたつの表現がありました。
ひとつは、歌舞伎。
そしてもうひとつは、写真です。
父や祖父に憧れて、小さい頃から握ってきた扇子は、いつの間にか自分の身体の一部のような存在になっていました。けれど、同じように幼い頃から身近にあったカメラは、歳を重ねるごとに遠い存在になっていきました。
歌舞伎の家に生まれた僕が扇子を手にすることには、ある意味で迷う余地のないことでした。けれど、写真家・田原桂一のそばで育った僕がカメラを手にすることには、どうしても迷いがあった。彼が生涯をかけた表現の道具を自分が握ることが、どこか彼の領域に足を踏み入れることのように感じられていたのだと思います。簡単には手を出してはいけないような気がしていた。それは彼に対する、畏怖の気持ちと言ってもいいのかもしれません。彼が遺したものに触れるということ。彼が生涯をかけた表現に、自分も足を踏み入れるということ。考えれば考えるほど、カメラという存在を自分の中で勝手に大きく、重いものにしていたのかもしれません。
しかし彼が亡くなってから丸9年が経つ今年のはじめ頃から、ふと、「そろそろ触れるだけでもいいかな」と思えるようになりました。
きっかけとなるような、大きな出来事があったわけではありません。なぜそう思ったのか、自分でもうまく解説することはできません。彼を少しでも近くに感じたかったのかもしれないし、彼が覗いていたファインダーという視界を、今の自分の目でも覗いてみたくなったのかもしれません。
ニューヨークの景色を撮る
今年5月、母に彼のカメラは今どこにあるのか。何が手元に残っているのかを尋ね、一眼レフを持ってきてもらいました。彼が亡くなる前、最後に使っていたカメラでした。
手にとるまでは、そのカメラには実体としての重さだけではなく、もっと別の、プレッシャーに近い重みが加わっているのだろうと思っていました。けれど、いざ持ってみると、そこにあったのはカメラそのものの重さだけでした。自分の心の中で、知らず知らずのうちに大きく、重くしていたものが、それを手にした瞬間、すっと解消されていった。むしろカメラの側から、優しさと赦しを伝えられたような、不思議な感覚がありました。
そして6月の頭、仕事でニューヨークへ向かいました。そこから、カメラを持って、写真を撮るために街へ出かけるようになりました。
ニューヨークは、2年前に初めて訪れ、多くの刺激を与えてくれた街。その景色を自分で収めてみたい。切り取ってみたい。その気持ちだけで、肩からカメラをぶら下げて、街を歩き続けました。

それまで「撮る」という行為は、自分の目に映った景色を、そのまま写真に収めるようなものだと思っていました。けれど、ファインダー越しに覗いた景色には、まったく違う世界が広がっていました。
ファインダー越しに見えた景色は、シャッターを切ることで、さらに別のものへと変わっていく。そのことがとても楽しく、同時にとても難しい。人の目に見えるものは、すべて光を反射し、あるいは自ら光を放っている。それをカメラのレンズという、もうひとつの瞳から覗いてみる。そして流れ続ける時間と景色を、二次元の一枚の中に切り取る。そこには、その瞬間にしか撮ることのできないものがあります。二度と同じものは生まれない一枚となり、ひとつの作品となって、そこに新しい命が宿る。
写真を撮りながら、そんなことを感じました。
扇子は、小さい頃から握り続けるうちに、いつしか自分の身体の一部になっていました。
カメラは、幼い頃から身近にありながら、一度は遠く離れてしまったものです。長い時間を経て、ようやくもう一度、自分の手で持つことができました。
彼が覗いていた「もうひとつの瞳」を、今の自分の目で覗いてみたい。そこから何が見えるのか。自分は何を切り取りたいと思うのか。そこで見つけたものを、これから少しずつでも自分の表現のひとつにしていけたらと思っています。
幼い頃から握ってきた扇子と、長い間握ることのできなかったカメラ。
僕にとってまったく違うものでありながら、今はどこかで繋がっているような気もしています。舞台の上では、扇子ひとつが風にもなり、盃にもなり、時にはそこにない景色さえ見せてくれる。カメラもまた、目の前にあるものをただ写すだけではなく、そこから何を見るのか、何を残すのかによって、まったく違う景色を生み出してくれる。まだそのふたつを、同じように語ることなんて到底できないけれど、どちらも結局は、自分が何を見て、何を感じたのかというところから始まるものなのかもしれません。
やっと手にとることのできたカメラ。芝居と同じように、こちらもどうやら底なし沼のようです。
ああでもない、こうでもないと、これから楽しく苦しんでいけたら幸せだなあと思います。

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