Culture
2019.10.18

三重県桑名市で生まれた「連鶴」とは?千羽鶴とは何が違う?最高97羽も繋がるって本当?

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折り紙を渡されたら、あなたは何を折りますか?

ほとんどの日本人が鶴を折るのではないでしょうか。子どもの頃から、手遊びの一つとして覚えた折り鶴。小さな鶴に思いを込めて、お見舞いや激励に千羽鶴を折ったり、海外へのお土産に持って行ったり。「折り紙外交」なんて言葉もあるように、目の前であっという間に小さな鶴ができあがる様子は、外国の人々に、日本人の繊細さや手先の器用さを伝えられる瞬間でもあります。

そんな美しい折り鶴ですが、ここで問題です。

次の折り鶴は、何枚の紙を使って折っているでしょう。

2羽の鶴が愛らしい「相生」

末広がりの八羽で縁起の良さそうな「八橋」

もっとも難易度が高いといわれる「加陵頻」

実は、この折り鶴、すべて1枚の和紙から折られているんです。

一人の僧侶が編み出した繋がる折り鶴

1枚の和紙に切込みを入れて、正方形をいくつも作り、それを折ることで、2羽から最高97羽まで繋がった鶴、連鶴ができあがります。

連鶴は、222年前に三重県桑名市にある長圓寺の住職・魯縞庵義道(ろこうあんぎどう)が考案したものです。
これらの連鶴は、1797年(寛政9年)に刊行された『秘伝千羽鶴折形』に記されていました。折り紙の製図と鶴の名称、完成した連鶴の絵、そして、それに関連した狂歌が描かれています。遊びの折り紙本としては最古といえるもの。当時、それが話題となり、増刷もされて、全国に広がったようです。

『秘伝千羽鶴折形』に記されていた97羽の鶴がつながる「百鶴」の折形の製図や仕上がりの絵(「長圓寺蔵 映像提供桑名市博物館」)

千羽鶴は千羽ではなく、たくさんの鶴と長寿を掛け合わせた言葉

ただ、『秘伝千羽鶴折形』には、連鶴の折り方の説明も製図の意味も書かれていませんでした。どこをどうやったらあの連鶴になるのか? これを誰もが折れるようにと、義道の描いた絵図を読み解き、連鶴を現代に蘇らせたのが、桑名市博物館学芸員の大塚由良美さんです。

ここ桑名市では、この連鶴を『桑名の千羽鶴』と命名し、無形文化財に指定。高度な技術を要する連鶴を伝える技術保持者を選定しました。大塚さんはその二名のうちの一人でもあります。

「この原書と出会い、立体的な連鶴のデザインの素晴らしさに魅了され、難しい製図を読み解き、誰にでも折れるように工夫を凝らしました。義道は紙の不要な部分を切り落とさず、折り込んで作っていますが、それでは折りにくいので、私の作った製図は切り落とし、必要な部分の正方形だけを残す形にしています。1羽の鶴が折れれば、数羽を繋げる連鶴は簡単に作れるようになります。それと著書名にもなっている『千羽鶴』ですが、これは1羽の鶴を糸で繋げて千羽にする現在の形ではなく、たくさんの鶴と鶴の長寿を重ねて、千羽鶴と名付けたのではないかと言われています」と大塚さん。

1987年(昭和62年)に初版が発行された大塚さんの著書「桑名の千羽鶴」

1羽の折り鶴が何羽も連なることでアートな世界に!

1枚の和紙がなぜ、このような立体的で複雑な形の鶴になるのか、頭ではなかなか理解できないので、実際の工程を見せてもらいながら、お話を伺いました。

1)和紙の裏に製図を描き、数mm残したところまで切込みを入れる

2)一番中心となる大きなところから鶴を折っていく

3)大きな鶴につながっている部分の紙で鶴を折る

4)外に向かって、1羽ずつ鶴を折る

5)机の上に置かないで折るのが桑名の千羽鶴。形を整えられて、折りやすい。

6)出来上がり!

7つの鶴が仲良く繋がっている様子は、なんとも微笑ましい連鶴です!
2016年に開催された「G7伊勢志摩サミット」に関連して、桑名を主会場とした「ジュニア・サミットin三重」に参加した7カ国の子どもたちに、この「布晒」を、7カ国と7羽をかけて、プレゼントされたそうです。1羽の鶴は見たことがある子どもたちも、連鶴には感嘆の声を上げていたとか。

桑名市では、桑名市博物館をはじめ、体験レッスンや市民講座などで「桑名の千羽鶴」を広める活動をしています。体験される方々は全国はもちろん、海外からもいらっしゃるそうです。一度、連鶴を完成させると、もっと高度なものへチャレンジしたいと、引き込まれていくそうです。

布晒

花車

釣舟

江戸の風情を楽しみながら、伝統が伝統を支えていく

江戸時代の裕福な商家の座敷で、折り鶴遊びをしている様子が描かれている(「長圓寺蔵 映像提供桑名市博物館」)

桑名市では、無形文化財である「桑名の折り鶴」を伝承するにあたり、美しい連鶴を作るために掲げた原則があります。
1.一羽の鶴が折れること
2.「楮(こうぞ)」「三椏(みつまた)」「雁皮(がんぴ)」を原料とした和紙を使用すること
3.切り残し部分はなるべく少なくすること
4.卓上で折るのではなく、手に持ったまま折ること

福井県越前市今立地区で製造されている和紙。品質、生産量とも日本一の和紙の産地

連鶴を伝えていくためには、日本古来の和紙が必要となってきます。年々生産量の減っている和紙ですが、この千羽鶴を折るには、ねじったり、穴をあけてそこから鶴を通したりと、かなりの力を加えるため、和紙の強度が重要となります。また色柄によって変わる、仕上がりの美しさも和紙ならではといえます。「桑名の千羽鶴」は、福井県の越前和紙を使用していますが、鶴を折りながら、和紙の手触りや彩りの美しさに癒されていきます。連鶴が形になっていくうちに、江戸時代にふっとタイムスリップしたような、粋な遊びを楽しんでいるような気分にもなって。

「桑名の千羽鶴」保存会のメンバー、桑名市博物館学芸員の大塚由良美さん(左)桑名の千羽鶴和紙取扱所郷司房夫さん(右)、桑名の千羽鶴を広める会の長坂喜代美さん(手前)

江戸時代の粋な僧侶。藩主から文化人まで幅広い交流を持つ魯縞庵義道

それにしても、この連鶴を考案した魯縞庵義道(1762年~1834年)とは、どんな人物であったのでしょう。連鶴を知る前から、桑名の文化史に登場する魯縞庵義道を研究していた大塚さんにとって、発見当初、義道と連鶴のイメージが結び付かなかったとか。

「義道は洒落者で、歴史や文化に造詣が深く、多くの著書を残していました。漢詩や俳句も嗜み、文化人との交流も盛んだったようです。当時人気のあった旅ガイド『東海道名所図会』に義道の句が掲載されていますが、この本の編著者をしていた秋里離島(あきさとりとう)とも交流があり、離島に刺激を受け、『久波奈名所図会』を執筆しています。藩校立教館の教授であった片山恒斎をはじめ、藩主とも交流があったようです」

今でいう有名文化人だった義道ですが、義道自身の著書や本人に関する資料は、1945年(昭和20年)の戦災で焼失し、生没年すら明らかではなかったとか。

魯縞庵義道が所持していた『秘伝千羽鶴折形』(「長圓寺蔵 映像提供桑名市博物館」)

それが2014年(平成26年)に長圓寺の現住職により、伊勢湾台風の被害にあった書類の中から、義道の著書『秘伝千羽鶴折形』と、その原点となる『素雲鶴』の一部や『新撰 素雲鶴』などが発見されたのです。
「『素雲鶴』跋文には、義道が幼少の頃から折り紙が好きであったこと、寺に滞在していた人に秘伝の折形を伝授されたことなども書かれていました。さらに1793年(寛政5年)に30種類の連鶴を完成させ、さらには、翌年、100種類の連鶴が完成し、和紙の裁断方法と題と句を添えた『素雲鶴』という小冊子を描いたことが記されていたんです」と大塚さん。

パズルの1ピースのような史実や受け継がれてきた事柄が一つに繋がった瞬間。歴史を紐解く楽しさは、こういったことが起こる故ともいえます。華やかな交流を好む、洗練された文化人の義道と、新たに浮かび上がる子どもの頃から折り鶴に興じていた義道の姿は、なんとも微笑ましいものがあります。

三重県桑名市は、東海道五十三次の42番目の宿場として栄え、徳川四天王の一人本多忠勝などが藩主を務めた城下町でした。伊勢神宮に参る際、「お伊勢参らばお多度もかけよ、お多度かけねば片まいり」といわれてきた多度大社もあります。この多度大社は、最近では上げ馬神事で有名になっています。また、NHK大河ドラマ「いだてん」のロケ地として登場し、話題となったジョサイア・コンドルが設計した「六華苑」など、歴史的見所もたくさんある観光地です。伊勢参りに訪れた際には、ぜひ、桑名に立ち寄って、歴史散策を楽しみながら、この連鶴を折ってみてはいかがでしょうか。

「桑名の千羽鶴」セットが購入できる場所

桑名の千羽鶴保存会のメンバーでもある「めがね工房 ごうじ内」では越前和紙の取り扱いから、初心者でも折りやすい3種、6種の2つのタイプの製図が描かれた和紙をセットを販売。3種類500円、6種類1,000円。

◆桑名の千羽鶴 和紙取扱所
住所 〒511-0088 三重県桑名市南魚町86 めがね工房 ごうじ内
TEL 0594-22-2717
公式ホームページ

「桑名の千羽鶴」の折り鶴体験ができる場所

桑名市博物館では、50種類の連鶴と『秘伝千羽鶴折形』の複製本を展示。また、寛政5年(1793年)に義道が初めて考案した連鶴を復元し、展示している。

◆桑名市博物館
住所 〒511-0039 三重県桑名市京町37番地1
TEL 0594-21-3171

六華苑では、常時「桑名の千羽鶴」の体験ができます(和紙代200円が必要です。席に限りがございます)。重要文化財に指定されている大正ロマンあふれる邸宅や美しい庭園は一見の価値あり。

◆六華苑
住所 〒511-0009 三重県桑名市大字桑名663-5
TEL 0594-24-4466
開館時間 午前9時~午後5時
(ただし入苑時間は午後4時まで)
休苑日 月曜日、年末年始(12月29日~1月3日)
(月曜日が休日の場合、翌平日)
入苑料 一般460円(団体料金390円)中学生150円(団体料金70円)
※団体は20名以上
公式ホームページ

書いた人

旅行業から編集プロダクションへ転職。その後フリーランスとなり、旅、カルチャー、食などをフィールドに。最近では家庭菜園と城巡りにはまっている。寅さんのように旅をしながら生きられたら最高だと思う、根っからの自由人。