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2019.10.10

雲上のパワースポット「雄山神社」とは?日本三霊山・富山立山連峰の伝説とともに紹介

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「日本三霊山」「パワースポット」「雲上」「7月~9月の期間限定」

どれもこれも、煩悩多き人間が飛びつくキーワードである。他人事のように書いているが、かくいう私もほいほいと飛びついたのはいうまでもない。

しかし、もしタイムマシーンがあるなら、この時の浅はかな私に言ってやりたい。よく考えろと。「日本三霊山」「パワースポット」「雲上」…うん?雲上?まさか、雲の上ってこと?

確かに、そんじょそこらの標高では「雲上」などとは言わない。それもそのはず。雄山神社(おやまじんじゃ)は標高3003mの位置におわします(いらっしゃる)のだから。嘘偽りなく「雲の上」の神社なのだ。

2019年9月30日に閉山するちょうど2日前。これは、9月28日に小雨の中、3000m級の雄山神社に登拝した記録である(※登山日記ではありません)

日本三霊山の一つである立山とは?

日本には三霊山と呼ばれる山がある。富士山(静岡・山梨)、白山(石川・岐阜)、そしてこの立山(富山)である。

立山連峰の雄山(おやま)頂上にある「日本三霊山」の立て札

じつは立山は個別の山の名前ではない。「立山連峰」と呼ばれ、雄山(おやま)、大汝山(おおなんじやま)、別山(べっさん)の総称である。このうち、一番高いのが大汝山の3015mで、今回登拝した雄山も3003mの山である。また、北と南に剣岳、浄土山など、標高の高い山岳信仰の修行の山が連なる。

既に奈良時代の『万葉集』には、立山に関する記述がある。
かの有名な大伴家持(おおとものやかもち)は、立山を「神が住まいし山」としてあがめ、当時の人々も「タチヤマ」(「タチ」とはそびえたつ山の様子で神々の権現の意味もあった)と呼んでいたようだ。

白鷹?熊?立山の開山伝説

この立山が実際に開山されたのは、もう少し後のこと。誰が開山をしたのかについては幾つかの書物に記録が残されている。

なお、雄山神社のホームページには、立山を開山した経緯として「白鷹伝説」が掲載されている。これは、江戸時代の辞書「和漢三才図会」にも記されている。以下、一部を抜粋する。

一三〇〇年余り前、第四十二代文武天皇がある夜夢を見られた。その夢で「いま、越中の国に騒乱絶えず。四条第の佐伯宿禰有若をして治めしむれば即ち平安に至らん」と神のお告げがあった。

こうして越中国司に任ぜられた佐伯有若(さえきありわか)は、移動の途中で白銀に輝く美しい鷹と出会う。これが「白鷹伝説」の始まりである。その後、国司となった有若は無事に国を治め、一男(有頼)にも恵まれる。この佐伯有頼(さえきありより)こそが、後世に開山の祖として伝えられている人物である。

立山頂上峰本社にある「白鷹の矢」

この有頼、16歳のときに、父に禁じられていた鷹狩りに勝手に出たところ、熊と遭遇してしまう。

有頼が怒って弓を引き絞り、はっしと熊を射れば、矢は月の輪の横にあたり、血を点々と流しながら走り去った。…中略…岩屋に踏み込めば、これはまた何事ぞ、暗い洞穴と思いきや、光明燦然として五彩に輝き、幽香ふんぷんとして極楽の霊境である。奥に阿弥陀如来と不動明王の二尊の聖姿が立ち並び、しかも己が射た矢が阿弥陀如来の胸に打ち立って血は傷ましく流れている。…中略…『これより直ちに当山を開き、鎮護国家、衆生済度の霊山を築け』…中略…有頼は地にひれ伏して拝み奉り、立山の御為に一生涯を捧げ尽くすことを誓い、直ちに下山して父有若にこの事を告げた。

有頼はその後すぐに出家し、立山開山に尽くすことになる。
熊が阿弥陀のお姿となって開山に至ったという伝承は、熊野と同様である。ここでいう「熊」は山の神の象徴であり、この山岳信仰が仏の姿に変わることで仏教思想と結びつき、「神仏習合」という立山の独特のスタイルになったようだ。

雄山神社3社の知られざる関係

じつは、雄山神社は3つの社殿から成り立っている。立山頂上峰本社(たてやまちょうじょうみねほんしゃ)・芦峅中宮祈願殿(あしくらちゅうぐうきがんでん)・岩峅前立社壇(いわくらまえだてしゃだん)である。ちなみに、ご祭神は、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)と天手力雄神(あめのたぢからおのかみ)である。

一般的に神社の本社は平地にあり、山頂の社は奥宮などのような形式になっている場合が多いが、雄山神社の場合、本社が立山頂上の峰本社となる。というのも、立山の冬は厳しく、季節によっては立山頂上の峰本社をお参りすることはできない。そのため、一年を通して参拝できるよう平地にも2つのお社があるのだそうだ。

霧につつまれた立山頂上峰本社

鳥居の後ろに影がうっすらと見える立山頂上峰本社

なお、雄山神社の立山頂上峰本社は7月1日~9月30日の期間しか開山されていない(2019年9月現在の情報)。

立山頂上峰本社(たてやまちょうじょうみねほんしゃ)

岩峅前立社壇(いわくらまえだてしゃだん)

芦峅中宮祈願殿(あしくらちゅうぐうきがんでん)

立山頂上峰本社のありがたいお守り

さて、室堂平駅から立山頂上峰本社までの道のりは平均2時間ほど(往路のみ)。
私が登拝した際は、決して言い訳ではないが、いわゆる濃霧状態。本当に一寸先も見えない悪天候だった。さらに小雨がぱらつき登山に適した環境ではない。重ねて言うが、決して言い訳ではない。そこをあえてと聞かれるなら書こう。3時間半かかった。それも往路だけで。どれほど難儀な登山だったかは別稿に譲るとして、そんな過酷な道のりを経て、立山頂上峰本社に着いたときは、嬉しいよりも安堵する気持ちが先にきた。

ようやく落ち着いたところで、改まって鳥居をくぐり、参拝料を納めると「立山頂上登拝」を頂いた。なお、ご祈祷もして頂ける。

入口で頂いた「立山頂上登拝」

また、立山頂上峰本社ならではのお守りや御朱印も授与所で頂くことができる。

左から「錦肌御守」「開運厄除御守」「縁結御守」

左から「病気平癒御守」「魔除災難除御守」「勝御守」

「ひょうたん御守」

立山頂上峰本社の御朱印

こうして、無事に立山頂上峰本社までたどりつくことができ、雄山神社への参拝を終えたのである。

ちなみに、頭がクラクラするのは、パワースポットのせいなのか、標高3000mを超え高山病手前の症状なのかは定かでない。ただ、一ついえるのは、空に近いということもあって、自然のエネルギー、天空のパワーを強く感じたということ(あくまで個人の見解とご理解頂きたい)。そして、登拝する道中で、岩場を進みながら、自分が本当に叶えたい願いとは何か、自分自身と真正面に向き合うことができた。

神との対話、そして自分自身との対話を望むのであれば、是非ともお勧めしたい神社である。

基本情報

名称:雄山神社 立山頂上峰本社
住所:富山県中新川郡立山町芦峅寺立山峰一番地
開山日:7月1日~9月30日
公式webサイト:http://www.oyamajinja.org/minehonsha.htm

書いた人

日本各地を移住するフリーライター。教育業界から一転、ライターの道へ。生まれ育った京都を飛び出し、北海道(札幌から車で4時間、冬は-20度)で優游涵泳の境地を楽しむ。その後は富山県、愛知県へと流れつき、馬車馬の如く執筆する日々。戦国史、社寺参詣、職人インタビューが得意。