Culture
2019.11.06

「こっくりさん」はアメリカ生まれってホント?ニューヨーク出身の民俗学者が考える日本の妖怪

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妖怪とはいったいなんだろう。
古代から現代に至るまで、数多の作家や研究者が妖怪あるいは妖怪に関する事柄を問いかけてきた。マイケル・ディラン・フォスター著『日本妖怪考──百鬼夜行から水木しげるまで』(森話社)もまた、そうした不可思議な存在に疑問を投げかける一冊。シカゴ民俗学賞受賞を受賞したアメリカ人民俗学者による気鋭の妖怪論だ。

ニューヨーク出身のアメリカ人民俗学者は日本の妖怪をどのように見たか?

原題は“Pandemonium and Parade: Japanese Monsters and the Culture of Yōkai”。直訳すると『万魔殿と行進 日本の怪物たちと妖怪烏文化』。
著者のマイケル・ディラン・フォスター(Michael Dylan Foster)は米国の大学で日本民俗学・文学・大衆文学を教えるアメリカ合衆国きっての民俗学の俊英。長年、日本の妖怪や日本の行事・祭事、無形文化遺産などの研究をしてきた。

『日本妖怪考』がとり扱うのは、日本における妖怪の「言説」。
なんといっても驚くのが、参考文献の数。研究の対象は河童やヌリカベといったお馴染みの妖怪だけではない。江戸時代に編まれた百科事典や画集をはじめ新聞欄、週刊誌、漫画、アニメ、映画、学校の怪談話、作家の芥川龍之介、森鴎外、京極夏彦…と挙げたらきりがない。

西洋との比較で見えてくる日本の妖怪像

はじめに著者は、英語で妖怪について書くときの難しさについて述べる。
「monster」「spirit」「fairly」「demon」…たしかにどれも「妖怪」とはすこし違うかんじがする。物の怪、化物、お化け、さらには幽霊的な存在をも含む「妖怪」という日本独自の言葉を英語に置き換えるのは日本人であっても難しい。

しかし最近、アニメや漫画、ゲームなどの影響で「妖怪」は日本人が思っている以上に外国で受け入れられているらしい。著者は次のようにいう。

この現象については、米国の大学で日本の民俗学やポピュラーカルチャーを教える時、よく驚かされる。学部生であれ大学院生であれ、教え子たちの多くにとって、妖怪と日本民俗学は同義語のようなものである。日本文化について他にはほとんど何も知らない学生でも、なぜか、河童、狐、口裂け女については知っている。(中略)要するに、妖怪は日本文化の代表だと思われているわけである。「yokai」は「sushi」や「ninja」のように、いずれ完全に外来語として通用するようになるのではないだろうか。妖怪は日本のソフトパワーの主役として、すでに海を渡っている。(森話社『日本妖怪考──百鬼夜行から水木しげるまで(マイケル・ディラン・フォスター (著)、廣田龍平 (翻訳)』)

「こっくりさん」はアメリカ生まれ?

有史以来、日本文化の一部をなしてきた超自然的な現象、怪奇的で不思議な存在は西洋文化と切りはなして考えることはできない。1880年代、社会現象にもなった「こっくりさん」はおそらく、この時代に最も際立った妖怪だったにちがいない。そしてこっくりさんは「アメリカからやってきた、もっともトレンディーな『遊び』(カウンターカルチャー)でもあった」。こっくりさんが日本に入ってきた経緯にはいくつか説がある。

ひとつは、こっくりさんはニューヨークの科学者が発見したもので、1884年に若者たちの間で人気だったという説。翌年には横浜に上陸し、東京品川の歓楽街へと広がり、そこでキツネとタヌキの怪力と共鳴。当地の芸者たちに好まれるようになった。また別の説では、アメリカで理学を収めた日本人留学生によって紹介されたとも言われている。

ところで、電気が一般向けに供給されたのも1880年代だ。この事実は見逃せない。というのも、こっくりさんの仕組みは人間の身体をめぐる電気的な力の作用によるものという研究もあるからだ。

怪物が無から作られることはない。怪物は、色々な生き物の部位を寄せ集め、オリジナルな一つの全体をなすように縫い合わされたハイブリッドである。しかしそれは、単に諸々の特性を縫合して構築されるわけではない。むしろ撞着語法である。その組み合わせは、Aのように思われるが、しかしそれをBにするためのひねりが加えられている。(同上)

世間が電気を不確かにしか理解しなかったがゆえに、新しい神秘が大量に産み落とされた。ここに、こっくりさんが大流行した秘密があったのだ。ちなみに著者曰く「コックリは、酒や笑い声が入り混じって楽しまれる娯楽であり、百物語や妖怪かるたと同種の、不思議な娯楽という長い系譜に連なるゲームの1つだった」そう。

「見えないもの」に形を与えた漫画家・水木しげる

妖怪と言えば、漫画家・水木しげる(1922‐2015)を思い浮かべる人は多いだろう。水木は妖怪漫画の第一人者であり、妖怪研究家でもあった。代表作はもちろん「ゲゲゲの鬼太郎」。

幽霊族の末裔である鬼太郎は、一見したところ普通の少年だがその実、妖怪だ。鬼太郎の亡き父の肉体の一部である「目玉おやじ」と暮らしている。鬼太郎、目玉おやじ、ねずみ男などのキャラクターは水木のオリジナルである。ただ、登場するキャラクターの多くは、柳田国男(民俗学者)や鳥山石燕(江戸時代の浮世絵師)らが記録してきた妖怪たちを参考にしている。

たとえば、「ゲゲゲの鬼太郎」のレギュラーメンバーにヌリカベというのがいる。柳田国男いわく「ヌリカベ」とは夜中に歩いていると突然行く先が壁になるという厄介な現象のことだった。水木はこの不思議な存在と経験を見える化してみせた。
実際、水木の漫画やアニメのヌリカベは(体の割に小さな)目と足のある、巨大な四角形のコンクリート状のブロックとして描かれる。柳田が記した「行く先が壁になる」という記述に水木は「壁」という外見を与え、国民的キャラクターにまで仕立て上げたのだ。

さいごに

アメリカ生まれの外国人がどこまで日本文化である妖怪を理解できるのだろう…なんて甘くみたら必ず痛い目をみることになる。読者は読み進めるうちに何度も著者の幅広い知識に驚かされるはずだ。
「日本国外で良い妖怪に触れた専門的な文献のなかで、本書を引用していないものを見つけるのはちょっと出来そうにない」と指摘する翻訳者の言葉にも説得力がある。
ジブリ映画やポケモン、現代の小説家など妖怪に興味のない人でも知っているであろうキーワードもたくさん挙げられている。一見したところ乱雑な構成だが、それで「日本妖怪文化史」クリアに見えるように工夫されている。思わぬ場面で日本文化に気づかされて面白い。そして、間違いなくこれからの妖怪研究に欠かせない一冊だ。

【著者紹介】

マイケル・ディラン・フォスター(Michael Dylan Foster)
1965年、アメリカ・ニューヨーク市生まれ。カリフォルニア大学東アジア言語文化学科教授。スタンフォード大学Ph.D.(2003年)。
専門は民俗学と日本文学、特に妖怪や年中行事などに関する研究。

[訳者]廣田龍平(ひろた・りゅうへい)
1983年、福岡県生まれ。筑波大学人文社会科学研究科歴史・人類学専攻(一貫制博士課程)、東洋大学非常勤講師。
専門は文化人類学と民俗学、特に妖怪研究。

(参考文献:マイケル・ディラン・フォスター (著)、廣田龍平 (翻訳)、『日本妖怪考──百鬼夜行から水木しげるまで』、森話社、2017年)

書いた人

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。