Culture
2019.10.29

漢文の授業は本当に不要?『新釈漢文大系』シリーズを刊行する出版社「明治書院」に聞いてみた

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ロックバンドのメンバーがツイッターで「漢文の授業ってまだあるの?」からはじまる漢文不要論を投稿し、賛否両論の反響が続々。すかさず反応したのが、国語・漢文関係の名門出版社「明治書院」。社長や編集者などにお話を聞いてきました。

国文学・漢文学の名門「明治書院」

老舗出版社と聞くと、書店街・古書店である神保町やお茶の水にあるのかなと思ったら、なぜか大久保。南に行けば歌舞伎町、北に行けば大久保コリアンタウンという、多様性のるつぼのような立地です。明治書院は1896年に神田錦町で創業し、今から15年前にこの地に移転してきたそうです。

私が明治書院に興味を持ったのは、中国古典のひとつである『易経(えききょう)』を学んでいるから。その延長で、ほ~んの少しだけ『論語』も読みます。学生時代は好きでも嫌いでもなかった漢文。あるきっかけで読みはじめ、「大人になって読む漢文はしみじみいいものだ」と感じています。だから、漢文不要論なんて残念だ。

明治書院の社長は、三樹蘭さんという爽やかな女性。会社は、現社長のひいひいおじいさまにあたる方が創業しました。根底には、「教科書の不備や、新時代にふさわしい教材の不足を痛感する。国語漢文の教科書発行を経営の柱として出版社を立ち上げよう」という教育者としての信念があったそう。

58年かけて中国古典120巻を完結

さて、明治書院といえば、『新釈漢文大系』シリーズ。昭和35年(1960)から刊行がはじまり、2018年5月刊行の第109巻『白氏文集(十三)』にて、全120巻・別巻1が完結しました。この偉大なる仕事が認められ、毎日出版文化賞と菊池寛賞を受賞しました。なお、2019年5月からは『新釈漢文大系』の続刊「詩人編」全12巻の刊行がはじまりました。出版不況の時代に、偉大なる仕事です。

以下は、1枚目が毎日出版文化賞、2枚目が菊池寛賞の受賞パーティー。箱入りの本がズラリと121冊並べられた様子は、大変な壮観だったという話。

「こちらが想定していた以上に、ほかの出版社の方からも祝福していただきました。『私が生きているうちに完結させてくれてありがとう』と言ってくださった読者の方も」と、社長。そのほか、「亡くなった家族が大事にしていたので、遺志を継いで少しずつ買い足して、読みはじめました」という報告も少なくなかったそうです。

大ヒット漫画『キングダム』(集英社)は、『史記』を元に創作されています。作者の原泰久さんも、明治書院のサイトに「新釈漢文大系完結に寄せて」というお祝い文を掲載しています。さらに、こんな直筆色紙まで!

ちなみに、私がかつて持っていた『易経』は上・中・下と3冊に分かれており、価格はそれぞれ9,600円、11,200円、8,800円(各税抜)と超高価!

1冊でも超分厚く、豪華な箱入り。おそらく、世界一内容が詳しい易経の本でしょうが、取り出すのがおっくうになることもありました。頑張って買ったのに。

……という挫折組は、私以外にも少なくなかったそうです。こうした読者を救済すべく、『新釈漢文大系』の一部は、新書版でも発行されました。易経は『新書漢文大系40 易経』として発行され1,000円(税抜)というプチプラ価格には感謝しかない!


こちら、新書漢文大系のシリーズも『論語』からはじまり、2019年9月に『易経』で全40巻が完結。「手元には新書版を置き、ハードな調べものがあるときは図書館で『新釈漢文大系』を読む」という新しいユーザーも呼び込むことに成功したそうです。

言葉って大事だよ。その歴史も含めて

明治書院といえば、国語教科書の出版でも知られています。生徒が使う現代文・古文・漢文の教科書のほか、先生が指導に使う書籍もあるんですよ。

漢文の教科書には「なぜ漢文を学ぶのか」という導入文が掲載されていました。

『新釈漢文大系』に憧れて入社し、現在編集を担当している木南伸生さんも、お話を聞かせてくれました。会社で2番目の古株となるベテラン編集者です。

「専門の研究者と意欲のある読者をつなぐ書籍であることを忘れないようにしています。作字(印刷所が特殊な活字を製作すること)も多く、組版(文字を組んで印刷用の版を作ること)できる印刷所も少なくなっています」

数千年とも言われる昔に成立した古典は、長い年月をかけて研究され、さまざまな注が付けられて今に至ります。それでも、新しい本として出版することになれば、著者、監修者や編集者が心を砕きます。なんと尊い営みなのでしょう。

最後に、社長が次のように語りました。

「時代の流れとしてすぐ役に立つ実用的な学問が主流になることは理解できます。とはいえ、漢文は日本語のルーツなので、それを否定すると日本語は成り立ちません。私たちは、こうした問題を踏まえ、漢文を含む美しい日本語をいかに後世へ伝えていくかを考え続けることが責務だと思っています」。

『新釈漢文大系』と『新書漢文大系』を一挙紹介

最後に、せっかくなので、『新釈漢文大系』と『新書漢文大系』の全書名をまとめてみました。膨大すぎて何から読めばいいかわからない! という方に最初の1冊としておすすめなのは、新書版の『十八史略』。歴史好きでなくともエンタメ感覚で読めると好評です。

そして、私からは新書版の『易経』を推薦。3000年とも4000年ともいわれる歴史を持つ易経の中には、今の自分が出合うべき学びがぎっしり。最初はさっぱりわからなくても、じっくり読み進めていってはいかがでしょうか。「五十にして以て易を学ばしめば、以て大過無かるべし(50歳ぐらいまでに易を学べば大きな過ちなくやっていけるだろう)」という言葉があります。50歳なんてまだまだという方でも、50歳を過ぎた方にもおすすめの1,000円で手に入る宇宙的名作です。

【新書漢文大系】
1 論語
2 老子
3 孫子・呉子
4 十八史略
5 戦国策
6 唐詩選
7 日本漢詩
8 古文真宝
9 文章軌範
10 唐代伝奇
11 孟子
12 荘子
13 韓非子
14 史記〈列伝〉
15 詩経
16 古文真宝〈前集〉
17 史記〈本紀〉
18 史記〈列伝二〉
19 文選〈詩篇〉
20 文選〈賦篇〉
21 世説新語
22 伝習録
23 楚辞
24 列子
25 荀子
26 文選〈賦篇二〉
27 孔子家語
28 蒙求
29 論衡
30 唐宋八大家文読本 〈韓愈〉
31 史記 〈世家〉
32 史記 〈世家二〉
33 墨子
34 淮南子
35 文選 〈文章篇〉
36 史記 〈列伝三〉
37 史記 〈列伝四〉
38 史記 〈列伝五〉
39 唐宋八大家文読本 〈蘇軾〉
40 易経

【新釈漢文大系】
1 論語
2 大学・中庸
3 小学
4 孟子
5 荀子 上
6 荀子 下
7 老子・荘子 上
8 荘子 下
9 古文真宝(前集 上)
10 古文真宝(前集 下)
11 韓非子 上
12 韓非子 下
13 伝習録
14 文選(詩篇 上)
15 文選(詩篇 下)
16 古文真宝(後集)
17 文章軌範(正篇 上)
18 文章軌範(正篇 下)
19 唐詩選
20 十八史略 上
21 十八史略 下
22 列子
23 易経 上
24 易経 中
25 書経 上
26 書経 下
27 礼記 上
28 礼記 中
29 礼記 下
30 春秋左氏伝 一
31 春秋左氏伝 二
32 春秋左氏伝 三
33 春秋左氏伝 四
34 楚辞
35 孝経
36 孫子・呉子
37 近思録
38 史記 一 (本紀 上)
39 史記 二 (本紀 下)
40 史記 三上(十表 一)
41 史記 四 (八書)
42 管子 上
43 管子 中
44 唐代伝奇
45 日本漢詩 上
46 日本漢詩 下
47 戦国策 上
48 戦国策 中
49 戦国策 下
50 墨子 上
51 墨子 下
52 管子 下
53 孔子家語
54 淮南子 上
55 淮南子 中
56 続文章軌範 上
57 続文章軌範 下
58 蒙求 上
59 蒙求 下
60 玉台新詠 上
61 玉台新詠 下
62 淮南子 下
63 易経 下
64 文心雕龍 上
65 文心雕龍 下
66 国語 上
67 国語 下
68 論衡 上
69 論衡 中
70 唐宋八大家文読本 一
71 唐宋八大家文読本 二
72 唐宋八大家文読本 三
73 唐宋八大家文読本 四
74 唐宋八大家文読本 五
75 唐宋八大家文読本 六 
76 世説新語 上
77 世説新語 中
78 世説新語 下
79 文選(賦篇 上)
80 文選(賦篇 中)
81 文選(賦篇 下)
82 文選(文章篇 上)
83 文選(文章篇 中)
84 中国名詞選
85 史記 五 (世家 上)
86 史記 六 (世家 中)
87 史記 七 (世家 下)
88 史記 八 (列伝 一)
89 史記 九 (列伝 二)
90 史記 十 (列伝 三)
91 史記 十一(列伝 四)
92 史記 十二(列伝 五)
93 文選(文章篇 下)
94 論衡 下
95 貞観政要 上
96 貞観政要 下
97 白氏文集 一
98 白氏文集 二上
99 白氏文集 三
100 白氏文集 四
101 白氏文集 五
102 白氏文集 六
103 白氏文集 七上
104 白氏文集 八
105 白氏文集 九
106 白氏文集 十
107 白氏文集 十一
108 白氏文集 十二上
109 白氏文集 十三
110 詩経 上
111 詩経 中
112 詩経 下
113 大戴礼記
114 唐宋八大家文読本 七
115 史記 十三 (列伝 六)
116 史記 三下 (十表 二)
117 白氏文集 二下
118 白氏文集 七下 
119 白氏文集 十二下
120 史記 十四 (列伝 七)
別巻  漢籍解題事典

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