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Craft
2020.01.05

ナイフと木材と林業問題。柄の材質から見える「社会問題」とは?

この記事を書いた人

ナイフと日本刀の違いについて話す機会があった。

そこで指摘されたのは、「ナイフはブレードと柄が常に一体評価」ということだ。

確かにその通りである。日本刀の柄は取り外しが利くが、ナイフのハンドルはそうでないもののほうが多い。ブレード、ハンドル、ヒルト、シース、これらが全て「ひとつのもの」として評価されるのがナイフの世界だ。

この記事では、ナイフのもうひとつの魅力である柄について解説していきたい。

ナイフの柄に最適の「マイカルタ」とは?

「ナイフの柄」と聞いて、大抵の人は木材を連想するはずだ。

だが、現代のカスタムナイフの業界において木材は主流派ではなくなっている。最も多用されているハンドル材は「マイカルタ」というものだ。何だそれ? と思われる読者が大半だと思う。ナイフコレクターでない限り、マイカルタなどという素材に触れることは滅多にないだろう。

マイカルタは、アメリカのウェスティングハウス社が開発したフェノール樹脂素材である。布、紙、合板等を固めたものであるが、現在は世界最大の製紙企業インターナショナル・ペーパー社がマイカルタの生産を手掛けている。

勘の良い読者はお気づきかもしれないが、「マイカルタ」とは登録商標即ち固有名詞である。

たとえば「スマートフォン」は普通名詞だが、「iPhone」は固有名詞。従って、Apple社が製造したものでなければそれは「iPhone」ではない。マイカルタも、それと同様だ。

防水性、耐久性、防腐性に優れたマイカルタは、そもそもは絶縁材である。しかし今では、世界中のナイフ職人がマイカルタをハンドル材に選んでいる。

マイカルタに続く人気素材は、アクリル系樹脂材のキリナイトである。美しいまだら模様と豊富なカラーバリエーションが特徴だが、日本では「鼈甲の代用品」という意味合いも含んでいる。

個人事業主に過ぎないカスタムナイフ職人で、鼈甲を取り扱っている人は何人存在するだろうか。タイマイはワシントン条約の保護対象で、自由な取引はできない。だからこそ、鼈甲模様のキリナイトの需要が発生するというわけだ。

ナイフの柄に最適な木材とは?

いずれにせよ、上記の2素材は化学製品である。経年変化というものがない。

対して木材は、触れれば触れるほどに味わいが増す。筆者自身、マイカルタやキリナイトのハンドルには若干の物足りなさを感じている。丈夫なのはいいが、人の手の垢を弾いてしまう感じがしていささか面白みに欠けるのだ。というわけで、筆者は木のハンドルが好きだ。しかし一口に「木」といっても、いろいろある。

どの木材を使うかは職人それぞれの判断によるが、ここで注目したいのはタモ材である。その理由は、日本は良質のタモ材に恵まれた国だからだ。

ところで、日本のプロ野球選手が使っているバットの素材は何かご存知だろうか?日本球界では、長年アオダモのバットが使われていた。このアオダモはとくに珍しい樹木というわけではないが、野球のバットになるような素材は最低70年の樹齢を重ねた北海道産のアオダモでなければならない。

このアオダモは、ナイフのハンドル材としても最適である。古い木製バットから切れ端を工面して、それをナイフの柄に加工してしまう手段もある。

そういえば、日本にはトネリコという木もある。これは日本原産で、とくに富山県には多く自生していた。富山県に木製バットの有名メーカーが多いのは、地元のトネリコを切り出して素材にしていたからだ。

柄にトネリコ材を使った一寸鉈や斧、ボウイナイフというものがもっと製造されていてもいいはずだ。しかし筆者の目から見ると、ハンドル材の出所にまでこだわりを持っているメーカーはそう多くはないように思える。

それはやむを得ないことだ。アオダモ、トネリコ、これらの素材は年々生産量が減っている。日本野球機構も、アオダモの植林事業に注力しているほどである。「日本は良質のタモ材に恵まれた国」と先述してしまったが、今やそれも昔話になりつつある。

ナイフの柄から見る「林業の危機」

日本の林業は弱体化著しい分野だ。

アオダモやトネリコに限らず、「いい木材」は手に入りづらくなっている。

筆者がなぜ、この記事でプロ野球のバットの話題まで出したのか。それは豪雨災害の相次ぐ今だからこそ、日本の林業の今を読者の皆様に知っていただきたいという思惑もあるからだ。

たとえば静岡県では、竹林の増加が問題になっている。

竹林は保水力がまったくない。従って、雨が降れば竹の生えている斜面は崩れ落ちる可能性が高い。しかも竹は繁殖力が極めて強く、人間が何もしなければ他の樹木を駆逐して竹林だけが増えていく。

バットにしろナイフにしろ、人が木を使用することを諦めたら、結果として山林はさらに荒廃する。植林も原生林の保全活動も、それらは未来永劫に渡って木材を使用し続けることを前提にした活動だ。

1本のナイフから、現代を取り巻く様々な問題が見えてくる。

書いた人

ノンフィクションライター、グラップリング選手、刀剣評論家。各メディアでテクノロジー、ガジェット、ライフハック、ナイフ評論、スタートアップビジネス等の記事を手がける。