栃木県日光市にある中禅寺湖周辺には明治時代から各国大使や要人の別荘が多数建てられ、最盛期にはその数は40棟以上にのぼりました。その様子は「夏は外務省が日光に移る」と言われたほどで、国際避暑地として栄えた歴史を持ちます。交通の便も今ほど良くなかった時代に、なぜこの場所に競うように別荘が建てられたのでしょうか。
よく言われるのは、中禅寺湖がイタリアの有名な避暑地であるコモ湖に似ているということですが、実際には欧米人が日本の蒸し暑い夏から逃れるために、奥日光の中禅寺湖畔に別荘を建てたのがはじまりでした。暑さの厳しい東京から逃れ、過ごしやすい気候と美しい景色の中禅寺湖に彼らが魅了されたのは想像に難くありません。
中には本来の別荘としての役割を終え、一般見学できる建物も。今回は中禅寺湖畔の景色に溶け込んだ、見学可能な各国大使館別荘をご紹介します。
今のSNSのように広がった?避暑地としての中禅寺湖
中禅寺湖はおよそ2万年前の男体山噴火で誕生した湖で、782年に勝道上人(しょうどうしょうにん)により発見されたと伝わっています。
中禅寺湖のある奥日光が避暑地として海外に知られるようになったきっかけは、今から約150年前。医療伝道宣教師として来日していた “ヘボン式ローマ字” で知られるヘボン博士が、1870年(明治3年)に奥日光を訪れました。1872年(明治5年)には後の英国の外交官アーネスト・サトウも訪れ、その3年後の1875年(明治8年)には英文のガイドブック「日光案内」を刊行して海外に向けて日光を好意的に紹介しました。明治初期、つい先日まで江戸時代だったような時分に、彼らが日光に注目していたとは驚きです。
1878年(明治11年)には旅行家のイザベラ・バードも奥日光を訪れ、1880年(明治13年)に「日本奥地紀行」が刊行。
時間こそ今とは比べ物にならないくらいに要していますが、この広がり方はまさに口コミ!インフルエンサーたちによるSNS的な広がり方を感じます。
もちろん、はじめから外国人が泊まれる宿泊施設があったのではなく、ヘボン博士は日光の金谷家に滞在し、当主・善一郎に外国人用宿泊施設の必要性をアドバイスしています。善一郎はその3年後、外国人が宿泊できる「金谷カテッジイン」を開業し、ヘボン博士の薦めで奥日光を訪れたイザベラ・バードはこのカテッジインに滞在したという記録が残っています。
“金谷” でピンときた人もいるでしょう。この「金谷カテッジイン」は日本最古のリゾートホテル「日光金谷ホテル」の前身で、ヘボン博士のアドバイスで「金谷カテッジイン」を開業したのは、その創業者・金谷善一郎だったのです。
1890年(明治23年)には日光まで鉄道が敷かれ、アクセスも格段に良くなりました。アーネスト・サトウは1896年(明治29年)に中禅寺湖南岸に自分の別荘を建築し、その後も外交官を中心に多くの外国人が中禅寺湖周辺に別荘を建てました。明治中期から昭和初期にかけては欧米各国の大使館別荘が次々と建設され、中禅寺湖は各国の外交官たちが訪れる国際避暑地となったのです。
アーネスト・サトウは別荘で登山や植物採取などを楽しんだようですが、この別荘はのちに英国大使館別荘にその役割を変え、2008年(平成20年)まで実際に利用されました。
一般公開されている大使館別荘
湖水地方を思わせる、英国大使館別荘からの眺め
元は外交官アーネスト・サトウの個人別荘だった英国大使館別荘は、2008年(平成20年)まで利用され、2010年(平成22年)に栃木県へ寄贈されました。現在は一般公開されていますので、誰でも見学することができます。
館内では奥日光の国際避暑地としての歴史や英国文化、サトウの生涯を紹介した展示が行われ、2階の広縁からは中禅寺湖の絵に描いたような美しい風景を目にすることができます。確かにイタリアのコモ湖にも似ていますが、アーネスト・サトウはこの美しい中禅寺湖の眺めに英国湖水地方の景色を重ねたのかもしれません。
2階のカフェ「南4番Classic」では、優雅なティータイムを過ごせます。いただけるのは駐日英国大使館シェフ監修のスコーンと紅茶。本格的な味が楽しめること間違いなしです!
注意点は、街中にあるカフェとは違って閉店がとても早いこと。季節によっては14:30がラストオーダーです。スコーンがお目当ての人は早めに到着するようにしましょう。
◆営業時間◆
4月
10:00~15:30(ラストオーダー14:30)
5月~11/10
10:00~16:30(ラストオーダー15:30)
11/11~11/30
10:00~15:30(ラストオーダー14:30)
※詳しくは公式サイトでご確認ください
まるでコモ湖?イタリア大使館別荘からの眺め
英国大使館別荘のすぐ近くにあるイタリア大使館別荘は、1928年(昭和3年)に建てられ、1997年(平成9年)まで使用されていました。こちらも一般公開されていますので、隣の英国大使館別荘とあわせて見学するといいでしょう。手がけたのは旧帝国ホテルの設計をはじめ日本の建築に多大な影響を与えたアントニン・レーモンド。
イタリア大使館別荘には本邸と副邸があり、本邸は床板や建具・家具などをできる限り再利用して復元されています。パターンを変えながら杉皮張りで仕上げられた内外装が大きな特徴。どことなく日本の数寄屋建築と通じるものが感じられ、特に日本人の我々は居心地の良さを感じるのではないでしょうか。
副邸は、現在は国際避暑地歴史館として利用されています。
一般公開されていない大使館別荘も
ベルギー王国大使館別荘は現在も現役で使われているため一般公開されていませんが、2018年(平成30年)6月には建築90周年を記念して館内の一部が期間限定で一般公開されました。この建物は、1928年(昭和3年)にホテルオークラの創始者・大倉喜七郎男爵が建設し、当時のベルギー国王に寄贈したものです。
同じく一般公開はされていませんが、フランス大使館別荘も近くにあります。一般公開されていない建物は敷地内に立ち入ることはできません。遊覧船等に乗って湖上からその姿を楽しみましょう。
中禅寺湖に祖国の風景を重ねた外交官たち
多くの外交官や要人を魅了した中禅寺湖。赴任した異国の地・日本の、慣れない気候や生活様式。彼らは美しい中禅寺湖でそれぞれの故郷を懐かしんでいたのだと思われます。コモ湖にも湖水地方にも見える景色。もしかしたらベルギーやフランスにもよく似た景色があるのかもしれません。彼らは懐かしい故郷に思いを馳せ、ヨーロッパで避暑地として有名だったイタリアのコモ湖を引き合いにだして中禅寺湖の素晴らしさを彼らなりの表現方法で伝えたのでしょう。
英国大使館別荘の基本情報
住所:栃木県日光市中宮祠2482
開館期間:4月1日~11月30日
公式サイト:英国大使館別荘記念公園
イタリア大使館別荘の基本情報
公式サイト:イタリア大使館別荘記念公園
住所:栃木県日光市中宮祠2482
開館期間:4月1日~11月30日