日本文化の入り口マガジン和樂web
10月26日(火)
人が通ったところに道ができる。(カフカ)
日本文化の入り口マガジン 和樂web
日本文化の入り口マガジン 和樂web
10月25日(月)

人が通ったところに道ができる。(カフカ)

読み物
Craft
2020.02.05

佐賀県の窯元が作る腕時計の文字盤がすごい!開発秘話と有田焼製作方法も紹介 

この記事を書いた人

佐賀県に”後世に残る焼き物を創る”を理念に「手作り手描き」を貫く窯元があります。

有田焼とは陶石を主原料とした伝統的な焼き物です。佐賀県有田町を中心に焼かれる磁器で、1616年に陶祖・李参平こと初代金ヶ江三兵衛が泉山で磁器の原料となる陶石を発見し、上白川に窯を築いたことに始まります。

以来、有田は磁器の一大産地となり、鍋島様式や柿右衛門様式といった様式美が完成されました。そして、17世紀にはヨーロッパの王侯貴族からの注文により、多くの製品が輸出されました。ドイツのマイセン磁器は有田磁器に大きな影響を受けていると言われています。

1830年に鍋島藩の庇護の下、藩窯として築かれた「しん窯」は「後世に残る焼き物を創る」を理念に今も「手作り手描き」を守り続けている窯元。2019年9月に発売された「セイコー プレザージュ 有田焼ダイヤルモデル」を手がけた名窯です。

日本磁器発祥の地、泉山磁石場

佐賀県西松浦郡有田町泉山にある泉山磁石場は、日本磁器発祥の地です。初代金ヶ江三兵衛により陶石が発見され、採掘が始まり、良質な陶石が安定的に採れるようになると、鍋島藩の庇護の下、本格的な焼き物づくりが始まりました。

しかし後年、埋蔵量が豊富な熊本県天草諸島で採れる天草陶石が主流となります。天草陶石は不純物が少なく粘りがあり、カオリンを多く含むため、とても白く焼きあがります。その表面に釉薬を施すことでガラス質の透明な皮膜が形成され、強度や耐水性が高まるのです。

古陶磁の風合い残す暮らしの器「青花」

有田町でも伝統ある名窯の一つしん窯は、伝統の「手作り手描き」を守り、藍色と白の染付を中心とした「青花(せいか)」ブランドを展開しています。

青花は、藍と白の染付を意味する中国語の青花=チンホワに由来。中国から韓国、有田へと続くセラミックロードに思いを馳せてブランド名にされました。

1830年、初代梶原利左エ門が当時共同窯であった山辺田窯や多々良元窯に続き、新しく鍋島藩の藩窯として築いたのが黒牟田新窯の始まり。山の斜面に作られた登り窯で「荒物」と呼ばれる大皿や大鉢を製作していたことから「新登り窯」と呼ばれ、それが「新窯」となり、現在の社名「しん窯」に受け継がれています。

豊かなアイディアと行動力で歴史ある同窯を率いる8代目当主梶原茂弘氏は、1975年、たった一つの出会いから、ハンディキャップのある方のための食器づくりに取り掛かります。

ユニバーサルデザインという概念が日本にはまだない時代、「体の不自由な方のための食器」と呼ばれていたものは種類も少なく、楽しく食事をするというイメージからは遠く離れたものばかりでした。

「器が食べにくくて食事が楽しめない」との声に社会的意義を感じた梶原氏は、食器が持つ本来の役割とは何かを考え、暮らしの器に特化し、人に喜ばれる食器を作ることこそしん窯の進む道だと決意します。

当時、同窯の主力製品は料亭等の営業用食器であり、使いやすさを追求した磁器食器の開発は初めて。しかし「ハンディキャップのある方が使いやすいということは誰が使っても使いやすいはず」と3年に及ぶ試行錯誤の末、ついにユニバーサルデザインの食器「すくいやすい器」を完成させます。

丸みのあるコーナーにすることでスプーン等ですくいやすくなっている皿や

取っ手を大きくし、握りやすくした倒れにくいマグカップはたちまち反響を呼び

「介添えなしで食べることができるようになった!」「食事が楽しくなった!」との声が多く寄せられました。

「すくいやすい器」は1988年にはグッドデザイン賞を、1999年にはロングライフデザイン賞を受賞し、現在では病院や福祉施設等で数多く使われています。

そして、そのときの経験が青花ブランドの誕生につながるのです。

世界中から焼き物好きが集まる場所に

開かれた窯にしたいとの思いから、同窯の敷地には門がありません。そして、焼き物好きが世界中から訪れる場所になるよう、敷地すべてがバリアフリーになっています。

登り窯を築くために用いた耐火レンガの廃材や使い捨ての窯道具を赤土で塗り固めて作った塀を「トンバイ塀」と言いますが、同窯には明治から今に続く塀を見ることができます。

また、江戸時代から作られてきた有田焼も壁に埋め込まれ、年代別に見られるようになっています。

5,000坪の敷地には今も190年前の古窯跡が残され、

古窯を模した50分の1サイズのミニ窯もあります。

これまでになんと88回も焚かれています。

古窯跡から見下ろすと、煙突がいっぱいあることに気づきます。

薪、石炭、重油、石油、プロパンガス、電気と、燃料ごとにすべて煙突が違い、そのすべてが今も残っているとても珍しい光景です。

「青花」はこうして生まれる!

同窯の製品はすべて職人が手作りしています。その製作工程をご紹介しましょう。

◆成形する

作るものの形や特性にあわせて「電動ロクロ」「圧力鋳込み」「手鋳込み」という3つの方法で成形されます。こちらは電動ロクロによる成形風景。

天草陶石を粉砕し、水を加えて調整した粘土を電動ロクロで成形します。乾燥させた後、外側をカナと呼ばれる刃物で削り、生地(きじ)を作ります。試作品や特注品等がここでデザインされることもあります。

圧力鋳込みは、天草陶土に水と解膠剤を加えた泥漿(でいしょう)を圧力をかけながら石膏型の空間に隙間なく流し込む方法。5~10個の型を重ねて作るため、短時間で生地の生産ができます。

石膏型から外して乾燥させた後、一つひとつ削り仕上げ・水拭き仕上げをします。

現在、製品のほぼ9割が石膏型を使用した成形品。一度作った石膏型を変えるのは難しいため、十分検討した上で原型は製作されます。作られた石膏型はこのように積み上げられ、管理されています。

◆素焼きする

十分乾燥させた生地を約980℃で一度素焼きします。素焼きを行うと生地が丈夫になり、吸水性が大きくなるため、絵付けや釉薬掛けがしやすくなります。

天草陶土に含まれる微量の鉄分により、素焼きをすると生地の色が淡紅色に変化します。強度が増すため、長期間保存しておくことも可能となります。

◆絵付けをする

絵付けする工程(線、輪郭、色塗り、銘書き)はそれぞれ分業になっています。

線を引く人を「線引きさん」、紋様の輪郭線を書く人を「書き手さん」、濃淡の色を付ける人を「濃み手(だみて)さん」、ブランド名「青花」の文字を入れる人を「銘書きさん」と呼びます。









使う絵の具を「呉須(ごす)」と言います。墨のような黒い色をしていますが、主な成分が酸化コバルトであるため、焼成すると美しく澄んだ藍色に変化します。

◆釉薬をかける

有田ではもともと、柞灰釉(いすばいゆう)という、柞(いす)の木の皮を灰にした釉薬に使っていました。

わずかに鉄分を含むため、淡く青みがかった美しい白い色を醸し出します。

同窯では有田焼の原点である柞灰釉を今も使い続けてており、一つひとつ手作業で釉薬をかけています。

釉薬をかけられた青花は真っ白です。

◆本焼成する

釉薬のかけ終わった製品を窯いっぱいの高さまで積み上げ、本焼成します。

同窯には2つの本焼窯があります。ブタンガスを使用し、約1,250度で18時間かけて焼き上げます。

そして、ようやく完成です。

4年の歳月をかけて誕生!「セイコー プレザージュ 有田焼ダイヤルモデル」

2019年9月、セイコーウオッチの日本の美意識を発信するブランド「セイコー プレザージュ」より「有田焼ダイヤルモデル」が発売されました。

同ブランドは伝統とテクノロジーが融合した幅広い商品ラインアップでグローバル展開されており、世界中で高い評価を得ていますが、この有田焼ダイヤル製作を監修したのが同窯の陶工・橋口博之氏です。

橋口氏は丁寧で精緻な技と洗練された染付け技術により、通産大臣賞をはじめ数々の賞を受賞。

伊万里・有田焼下絵付伝統工芸士であり、青花を発展させた新ブランド「青花匠」は非常に高い評価を受けています。

有田焼ダイヤルモデルは柞灰釉の淡く青みがかった色味が再現されており、文字盤上面はカーブがかかり、磁器ならではの質感や立体感が味わえる逸品。

技術的に困難とまでいわれたいくつもの課題をクリアし、4年の歳月をかけて完成されました。

有田焼ダイヤルモデルの開発が始まったのは2015年9月。薄さ1mm程の精巧さと高い強度が要求される腕時計の文字盤に磁器を使用するためには極めて高い技術が求められます。

同窯としてもセイコーが要求する品質・精度を実現するためには未知の領域に挑まねばならぬため、想像を絶する困難が予測されました。

その一方で、世界的時計ブランドであるプレザージュの文字盤に有田焼が生かせるとしたら、有田にとって大きな財産になる――。

まずはやってみよう! どんな場合でも必ず打開策はあると信じ、開発は始まります。

しかし、同窯の卓越した技術をもってしても最初は失敗の連続。橋口氏は「陶磁器はまるで生き物。思い通りにならないということを改めて実感した」といいます。

「まず腕時計の文字盤にふさわしい強度を持つ素材として使用する陶土には、佐賀県窯業技術センターが開発した強化磁器材料を採用しました。陶土は焼くと縮みます。その収縮具合は陶土の粒子の大きさや含水率、攪拌(かくはん)のスピードに左右されるだけでなく、気候によっても変化する。だから、決められた枠の中に入れるものを作る、ということはとても難しいんです。何しろ10ミクロン単位の精度が求められる話。目に見えない世界との闘いですから」

泥漿の最適な水分量や鋳込んでからの時間、型から取り出し乾燥させる時間など、ありとあらゆる組み合わせを試し、最適な成形精度が得られる組み合わせをようやく導き出しました。

通常、器は900℃ほどで一度素焼きをし、釉薬を塗って約1,300℃で本焼成しますが、それでは収縮が管理できません。そこで橋口氏は、まずは最初に高温で焼き、2度目は低い温度で焼き上げることにしました。

そして、均一に収縮するよう焼成時に素地を置く台を完璧な平滑に磨きあげる工夫を加えると、薄さと強度が両立したベースがようやく完成したのです。

しかし次に、釉薬をいかに均一に施すかという課題が持ち上がりました。

試行錯誤の上、スプレーガンを使い、ダイヤル全体に釉薬が薄く均一に行き渡るよう複数回に分けて施す方法に辿りつきます。

最適な量を導き出すにはかなりの時間を要しましたが、職人たちは繰り返し技を磨き、一丸となって取り組みました。

そして2019年9月7日、有田焼ダイヤルモデルの発売にこぎつけました。

「いくつもの壁はありましたが、ものづくりの分業化のチームプレーを学べるいいチャンスだったと思います。まさにワンチーム。これまで何度も新しいことにチャレンジしてきましたが、やはりいつもそこから何か得られるものがあったんです」と当時を振り返ります。

「製品を無事納められたことはもちろんすごいことですが、関わったスタッフたちがとても成長しました。柔軟な考え方ができるようになり、自ら提案したり計画書を作ったりして、目標達成のために自分たちが何をなすべきかを考え、どんどんスキルアップしていったんです。

それはしん窯にとって、とても大きな財産ではないかと思います。視野が広くなり、スタッフの言葉の端々に自信がみなぎるのがわかりました。コスト感覚も備わった。なかなかそのような職人はいません。それは汗を流した人でなければわからない感覚ですね。お金では決して変えない無形の財産です」

有田焼ダイヤルモデルへの挑戦は、有田焼、そして、しん窯の歴史にとって間違いなく大きな1ページとなりました。

土や陶石といった地を使い、水を加え、風で乾かし、火で焼く。そして、空=空間を作る――。

自然の織りなす5つの要素(地・水・火・風・空)すべてに関係する焼き物は、自然の恩恵そのものだとしん窯は考えます。

有田焼窯元 しん窯青花

住所:〒844-0022 佐賀県西松浦郡有田町黒牟田丙2788
公式サイト:https://shingama.com/

書いた人

医療分野を中心に活動。日本酒が好き。取材終わりは必ず美味しいものを食べて帰ると心に決めている。文句なく美味しいものに出合うと「もうこれで死んでもいい!」と発語し、周囲を呆れさせる。工芸であれ、絵画であれ「超絶なもの」に心惹かれる。お気に入りは安藤緑山と吉村芳生。