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2019.05.21

日本美術の歴史と底力に感動! 「藝大コレクション展2019」は後期もすごかった!

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2019年4月6日〜開催中の「藝大コレクション展2019」は、もう行かれましたか? 東京藝術大学といえば、その前身である東京美術学校から数えておよそ130年の歴史を持つ、芸術家の登竜門的大学です。藝大では、その長い歴史の中で収集された歴代の在学生や卒業生の作品、歴代教員の作品、そして学生の教材として用いられる美術資料を豊富に所蔵しており、その総数はおよそ30,000件にのぼるといいます。

そして、藝大の大学美術館である「東京藝術大学大学美術館」が、豊富な所蔵品の中から選びぬかれた作品を、年1〜2回だけ一般公開してくれる極めて貴重な機会が、この「藝大コレクション展」なのです。今年は4月6日から第1期が開催されていましたが、ほぼ全ての作品が展示替えとなる第2期が、2019年5月14日(火)から始まりました!(第1期レビューはこちら)

「さすが藝大」と唸らせる実力派の掘り出し物から、普段見られない大家の作品、そして国家が威信をかけて世界に送り出した日本美術まで、第2期の「藝大コレクション展」もまた、ドラマチックな作品に溢れていました! 第1期を見た方も、逃してしまった方も、他の博物館や美術館とは一味違う、藝大ならではの歴史を感じさせる展示を、この機会にぜひご堪能ください。

見どころ1. 松岡映丘に連なる若手実力派の、幻の名画が見られる!

まず、藝大コレクション展第2期の目玉作品の一つがこちら、松岡映丘の「伊香保の沼」です。

松岡映丘「伊香保の沼」1925年(東京藝術大学蔵)

松岡映丘(まつおかえいきゅう)は、東京美術学校を首席で卒業し、教員も務めた藝大とは縁の深い大家の一人。映丘といえば、やはり大和絵です。明治の「文明開化」後、時代が西洋から流入してくる文物や美術表現に圧倒される中で、映丘は西洋美術にも比肩する技術を駆使した新しい大和絵、「新興大和絵」を掲げてその再興に尽力しました。この作品のタイトル「伊香保の沼」とは、現群馬県西部の湖「榛名湖」(はるなこ)の古名で、そこに身を投げたという姫君の伝説に取材した作品です。美女の物憂げな表情や今にも壊れてしまいそうな危なっかしい雰囲気はとても写実的で、なんだか現代の女性のようですが、視線をずらして背景の山を見てみると・・・平安時代の絵巻物のような、非現実の世界が広がっています。やはり「新興」大和絵なのです。

さて、東京美術学校で教員も務めた映丘は、当時の美術学生、若手作家にも多大な影響を与えました。本展では、今まであまり注目されてこなかった、映丘に連なる(当時の)若手作家の作品から、特に風景画に着目して、その影響と流れが辿れるような展示になっています。たとえばこちら。

花田實「熊野路」1927年(東京藝術大学蔵)

題材は、霊場として名高い和歌山県熊野地方の飛瀧権現、「那智の滝」です。一幅2メートルに及ぶ高さの絵が3幅対になった大作で、会場で見るとかなり迫力があります。まさに霊験あらたかな「飛瀧権現」という感じでかっこいいのです。しかし近寄ってみると、ディテールが細かく描き出されているのがよくわかり、作家の意気込み(あるいは性格?)が伝わってくるよう。国宝「那智瀧図」をはじめとして、古来から大和絵のポピュラーな画題として描かれ続けてきた名瀑「那智の滝」を3幅対の中心に据え、背景の山肌や熊野灘の洋上に「群青」と「緑青」を多用したスタイルに、映丘の「新興大和絵」の影響が伺えます。驚きなのは、こちらの作品が卒業制作だということ。(!)さすが藝大、無名作家のレベルの高さに唸ります。まさに「若手実力派の幻の名画」なのです。

見どころ2. 自由すぎる新興大和絵! 動物園すら題材にしてしまう斬新なスタイル

松岡映丘がパイオニアとなった「新興大和絵会」は、「新興」の名に相応しく、現代(当時)の市井の生活風俗と大和絵をコラボさせた新境地の風俗画も生んでいます。たとえば、昭和期の日本画巨匠として名高い、山口蓬春(やまぐちほうしゅん)はこんな作品を残しています。

山口蓬春「市場」1932年(東京藝術大学蔵)©公益財団法人JR東海生涯学習財団

戦後、洋風表現を大胆に取り入れたモダンな日本画で人気を博した山口蓬春もまた、キャリア初期において松岡映丘に師事したお弟子さんの一人。作品は旅先で訪れた平壌の市場を描いたもので、大和絵伝統の「吹抜屋台」(ふきぬきやたい)技法を応用した俯瞰的な画面で描くなど、外国なのに大和絵の古絵巻のような雰囲気を漂わせる不思議な作品です。

続いてこちら。
三浦文治「動物園行楽」1931年(東京藝術大学蔵)

こちらの作品、どこを描いたものかおわかりですか? 近づいてみると・・・


象に群がる人だかり、見覚えのある水禽舎・・・そう、藝大の目と鼻の先にある、上野動物園です。現代なら人だかりができるのはパンダの前ですが、学校の遠足で訪れた子供たちの様子や家族連れ、カップルまで、当時も今も変わらない上野動物園の活気が伝わってきます。

見どころ3. さすが藝大! 日本画巨匠達の作品揃ってます!

本展を訪れた日本画ファンに必ず見ていただきたいのは、藝大縁の巨匠らの代表作や、レア作品の数々です。ここでは東京美術学校開校当時、絵画科の主任となった橋本雅邦に始まり、小堀鞆音狩野芳崖横山大観下村観山川合玉堂、と、明治以降の日本美術史の土台を作り上げた錚々たるメンツが名を連ねております。

小堀鞆音「武士」1897年(東京藝術大学蔵)

まずはこちら、小堀鞆音(こぼりともと)の代表作「武士」です。題材は平安末期の武将、源為朝だと言われていますが、こんなにリアルな「武士」を、江戸時代の絵画にみることができるでしょうか?それもそのはず、本作で描かれている鎧や装身具は、厳島神社に奉納された、実際に源為朝が使用したと言われる武具を見学するなど、きちんと時代考証を行った上で再現されているのです。本作の丁寧な描写や表現が、後の歴史画に決定的な影響を与えたというのも頷けます。

続いてこちら、東京美術学校の第1期生であり、近代日本画壇の巨匠と言われる横山大観の作品。

横山大観「四季の雨」1897年(東京藝術大学蔵)

こちらは、横山大観が、明瞭な輪郭線を持たない「朦朧体」(もうろうたい)と言われる技法を始める直前に描かれた貴重な作品の一つ。題材は「雨の降る竹林」で、季節ごとに表情の違う竹の様子を描き分けています。うーん山水画のような、風景画のような、素敵な絵! すでに各所に用いられているぼかし表現が、これから「朦朧体」につながっていくことを感じさせます。巨匠の「試み」の過程を見ることができるのは、後世の人間の特権ですね。

本展では、他にも重要文化財に指定されている橋本雅邦の「白雲紅樹」、狩野芳崖の「不動明王」など、巨匠たちの代表作を見ることができます。お見逃しなく!

見どころ4. 起立工商会社の工芸品図案が最高にドラマチック!

本展のもっともドラマチックかつ胸キュンなパートは、「起立工商会社」の工芸品の図案を集めたセクションです。「起立(きりゅう)工商会社」とは、明治期に日本美術を海外に売り出した貿易会社の一つ。

明治の急速な近代化に際して、当時輸入超過だった日本の貿易を変えるため、また近代国家の要件の一つである、「固有文化の存立」を西洋に対してアピールするため、夢と希望と国家の威信をかけて作られた会社がこの「起立工商会社」なのです。鎖国を解いてまもなく、まだナイーブな国だった日本が、西洋と肩を並べるために多大な資金をかけて「ジャパン」を世界に紹介しようとしたのです。なんと、ドラマチックなお話ではないですか。

本展では、起立工商会社が西洋に対して「日本的表現」として売り出そうとした工芸品の下絵がずらりと並び、当時の美術家の技術の高さと彼らの意気込みや近代化にかける思いがぐっと胸に迫ってくる内容となっております。

たとえばこちらのカラスの図案。

作者不明「烏図壺」下図「起立工商会社工芸図案」より。(東京藝術大学蔵)

工芸品の壺になると、こんな感じになります。

杉浦行宗「烏図壺」(東京村田コレクション蔵)

高浮彫で立体的に表現されたカラスの重層感、リアルな羽の表現、そして何よりカラスがケンカ(?)する様を壺にデザインしようと思うハイセンスにあっぱれです。

会場に並ぶ下絵は、実際に織物や壺、家具、漆器などの工芸品の図案となった資料ばかりです。こちらは鏡の図案。

遠くからだとあまりわかりませんが、近寄ってみると、描かれた絵の緻密さがよくわかります。

会場ではぜひ、画面にへばりついてひとつひとつゆっくりとご覧ください。どれも感動的なまでに美しいのです。この鏡欲しい! こんな扇子が欲しい! と思うものがたくさん見つかるはずです。

また、下の図のように文字が書き込まれている図案も多くあり、画家たちが色や使われる素材にまでこだわったのがよくわかります。

これらを描いた画家たちがどんな経歴の持ち主なのか、非常に気になります。キャプションを見ていくと「作者不明」のものも多いですが、わかっている作家たちは、どうやら江戸琳派の末裔が多かったようです。たとえばこちら。

描いたのは江戸琳派の祖、酒井抱一の後継者である鈴木其一の次男、鈴木誠一です。近づくとこんな感じ。

日本の市井の鳥といえばスズメ、ということでしょうか。スズメってこんなにかわいかったっけ・・・と、公園にいるスズメを見直したくなります。鈴木其一は「歴史上の人物」だと思っていましたが、明治に活躍した息子さんがいたというと、なんとなく親近感が湧くのは私だけでしょうか。

ここではほんの一部しかご紹介できませんでしたが、会場の大きな一角を占める下絵群はどれも美しく、ゆっくり見ていただきたいものばかりです。ミュージアムショップでは、関連書籍も絶賛発売中ですから、持ち帰って部屋でゆっくり図案を眺めたい方はこちらを購入してみるのもアリです。

黒川廣子・野呂田純一「起立工商会社の花鳥図案」

本を開いてみると、会場で見ていた起立工商会社の下絵が美しい写真とともに紹介されています。また会社の発足から解散に至るまでの詳しい経緯や、会社がジャポニズムへ貢献することになったドラマも解説されていて、お得感があります。ドラマを知ると、国家が威信をかけて西洋に示そうとした「ジャパン」が、こんなに素晴らしいものだったのかと胸がドキドキします。

見どころ5. 前期に引き続き、有名洋画家の作品も揃ってます!

まだまだあります「芸大コレクション展2019」! 最後にご紹介するのは、前期に引き続き取り揃えている、有名洋画家たちの作品。「前期に引き続き」とはいえ、後期にしか展示されない作品もありますから、前期訪れた方でもまだまだ発見があります。後期の目玉の一つはこちら。

山本芳翠「西洋婦人像」1882年(左)ジョン・シンガー・サージェント「ジュディット・ゴーティエ像」1883-85年(右)(いずれも東京藝術大学蔵)

山本芳翠の「西洋婦人像」(左)と、アメリカ人の画家、ジョン・シンガー・サージェントの「ジュディット・ゴーティエ像」(右)です。実はこれ、どちらも同じ女性を描いたものなんだそうです。描かれたのはフランスの女流作家ジュディット・ゴーティエ。サージェントと山本芳翠はゴーティエの別邸で出会ったのだそうで、サージェントの作品は、記念品として山本へ贈られたもの。それにしても、山本芳翠のゴーティエは「憧れの女性」的だし、サージェントのゴーティエは「飾らない普段着の女性」という感じがします。見る人によって、相手の見え方が全く変わるというのはおもしろいですね。私はこれを見て、「恋心は脳の錯覚」という確信を強めました。(笑)

本展の洋画セクションでは、前期に引き続き、高橋由一の「鮭」や黒田清輝の「婦人像(厨房)」も展示されています。まだ見られていないという方は、この機会にお見逃しなく!

巨匠の作品から若手実力派まで!底知れない藝大コレクションを楽しんで!

美術館や博物館が軒を連ねる上野公園内で、毎年他とはひと味もふた味も違った展示を見せてくれる「東京藝術大学大学美術館」。そのコレクション約30,000件の中から、今回見せてくれたのは、他ではなかなか見られない巨匠のレア作品や、レベルの高い「無名作家」の作品、そして教材として美術品を所蔵する藝大ならではのマニアックな下絵の数々です。どの作品も藝大に縁があり、偉大な画家を輩出し続けている藝大が担ってきた歴史の深さを感じさせるものでした。第1期に引き続き、第2期もまた、今まで知らなかった日本美術の底の深さに出会えますので、ぜひ心ゆくまで何度でも足をお運びください。藝大の校内を抜けて、美術学生に交じりつつ美術館に向かうのも、学生気分で楽しいですよ。

展覧会情報

展覧会名「藝大コレクション展2019」
会場 東京藝術大学大学美術館
会期 第1期:4/6(土)~5/6(月)/第2期:5/14(火)~6/16(日)
公式サイト

書いた人

横浜生まれ。お金を貯めては旅に出るか、半年くらい引きこもって小説を書いたり映画を撮ったりする人生。モノを持たず未来を持たない江戸町民の身軽さに激しく憧れる。趣味は苦行と瞑想と一人ダンスパーティ。尊敬する人は縄文人。縄文時代と江戸時代の長い平和(a.k.a.ヒマ)が生み出した無用の産物が、日本文化の真骨頂なのだと固く信じている。