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Craft
2020.04.24

姫の病気を治したヒーローは刀だった!大典太光世の神エピソード

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刀は古来、厄災除けの宝物としても重要視されてきました。

名刀・大典太光世(おおでんたみつよ)にも、そうした発想から生まれたエピソードが色濃く残されています。

大典太光世とは?

大典太光世は、いわゆる「天下五剣(てんかごけん)」と呼ばれる5振の1つで、国宝の指定を受けている名刀です。※その他の天下五剣は、鬼丸国綱(おにまるくにつな)・三日月宗近(みかづきむねちか)・童子切安綱(どうじぎりやすつな)・数珠丸恒次(じゅずまるつねつぐ)。
足利将軍家に伝えられた重宝で、その後に所有者となった加賀前田家では神格化されるなど、非常に大切にされてきました。

室町幕府15代将軍・義昭から豊臣秀吉に贈られ、秀吉から前田利家に贈られたと伝わり、大正時代に加賀前田家が財団設立の資金のために所蔵刀剣を多数手放した際にも、この大典太光世を含む3振のみは残されたといいます。

刃長は2尺1寸5分弱(65.1センチ)、刃とは反対の背部分=「棟(むね)」に近い平らな部分=「鎬地(しのぎじ)」の幅がかなり広く、全体的に薄く作られ、手元に近い部分には表裏とも中央に「棒樋(ぼうひ)」と呼ばれる溝が彫られています。

名付けの由来

立派で堂々とした姿の、典太光世(でんたみつよ)の太刀、という意味だと考えられています。

姫の病気を治した大典太光世

戦国武将・前田利家の四女で豊臣秀吉の養女・豪(ごう)が、嫁ぎ先で病気になった際、父の利家がこの太刀を秀吉から借りて枕元に置いたところ、すぐに回復しました。しかし太刀を返却すると再発し、また借りて治る、といったことが続いたため、秀吉が利家に太刀を与えたのだといいます。

また、別の説もあり、エピソードの内容は同じなのですが、病気になったのは江戸幕府2代将軍・徳川秀忠の娘で前田利常の正妻・珠(たま)だとも伝わります。

どちらの説が本当だったのかは不明ですが、大典太光世は病気になった姫を救ったヒーローだったのです。

光世とは?

大典太光世の作者は、平安時代末期に筑後国三池(現在の福岡県大牟田市)で製作に励んだ刀工・初代典太光世とされます(桃山時代の作という説もあり)。

光世の作は、まっすぐな刃文を主体にして小さく乱刃(みだれば)と呼ばれる不規則なうねりが入り、幅広で太い樋が入るのが主な特徴です。

丸棟(まるむね)と呼ばれる、棟が丸い形をしているのも大きな特徴の1つです。

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書いた人

人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。