創業 一五五〇年ごろ 『森野吉野葛本舗』
葛のおいしさは大人の味わい
限りなく透明で、やわやわだけど不思議な歯応え、つるるんとした喉越し。京都や奈良の甘味所でいただく冷たい葛きりは、観光名所を一日中歩きまわって疲れた体にしみわたるおいしさです。あるいは冬の夜、アツアツのお湯で練り溶かし、ショウガや和三盆でひりりと甘く味付けした葛湯を、ひとさじひとさじ口に運ぶひととき。子どもにはわかりにくい葛の味わいは、本葛を味わってこそ、その美味しさの真価を知ることができます。
葛の本場奈良県の宇陀に、創業450年以上というまさに「ニッポンの老舗」というべきが葛屋があります。純度の高い地下水と冷涼な気候を求め、吉野川流域から1616年に当地に移った『森野吉野葛本舗』、白洲正子さんの名著「かくれ里」にも登場する老舗です。
強い生命力が癒しの素に
山方(やまかた)が掘り出す葛の根を粉砕後、清廉(せいれん)な水に幾度もくぐらせると、土色から純白の澱粉(でんぷん)、本葛粉が現れます。それは10㎏の根からわずか1㎏しか採れないという大変貴重価値の高いもの。本葛は澱粉の中でも最高の品質を誇ります。冬季、かつては屋外で寒晒(かんざら)しの作業が続きましたが、今は厳密に衛生管理された工場で精製、乾燥を行っています。
本店の裏山は11代目の森野賽郭(さいかく)が拓いた旧薬園で、日本最古の民間薬草園。徳川吉宗(とくがわよしむね)の薬草調査に尽力した報償から珍しい薬草がこちらに送られ、賽郭は800種10冊に及ぶ彩色植物図鑑を後世に残しました。
『森野吉野葛本舗』の本葛粉。
葛は繁殖力が旺盛で、山野のあらゆる樹木に覆いかぶさるように生育するのだとか。生命力があり、根は薬にも重宝されるなどさまざまに活用されてきました。効能にもすぐれたものがあったため、古くから重用されてきたのです。
『森野吉野葛本舗』では、毎年植物である葛の「顔」を見て、葛を待つ老舗の菓子匠や料理人の声を聞き、慎重に製造されています。吉野本葛は1㎏¥5,250。併設された葛の館でふるまわれる葛きり(¥735)は歯触りよく、かすかな野生の香りとともに、のどをつるりと伝います。澄み渡る味わいに心身が生き生きとする、まさに〝山の精〟といった風味です。
-2014年和樂7月号より-
-写真/伊藤信-