2020年夏も「美味しい浮世絵展」(森アーツセンターギャラリー)「The UKIYO-E 2020」(東京都美術館)など、浮世絵の展覧会が目白押し。近年、アートや美術鑑賞がビジネスパーソンにとっての教養として注目され始めている中、近代西洋美術へ多大な影響を与えたとされる浮世絵にも関心が集まってきているようです。
これを受け、最近は浮世絵の入門書や画集の刊行点数もうなぎのぼり。初心者にもわかりやすい良質な解説書が簡単に手に入るようになってきました。
しかし!!!
専門家が浮世絵そのものを解説した入門書はあっても、不思議なことに「浮世絵展」での楽しみ方や鑑賞法について指南してくれる入門書は、どこを探してもありません。一般の浮世絵ファンにとって、浮世絵の「実物」との最大の出会いの場は美術展です。でも、その展覧会での鑑賞の仕方について詳しく教えてくれる書籍が未だに存在しないのは、ちょっとした謎だと思うのです。
ならば、僕がここで書いてやろう!と思い立ったのが本稿であります。
脱サラする5年前まではまったくアートに興味がなく、広重と北斎の違いも良く理解していなかった超雑魚キャラだった僕が、せっせと美術館に通い詰めて実地で体得してきた「浮世絵展」の攻略法を浮世絵ファンの皆様に共有させていただくことにいたしましょう。
専門家が決して書かない(書けない?)赤裸々なレポートになっております。ぜひ、寛容な心で最後までお付き合い頂ければ幸いです!
それではいってみましょう!
良作と出会い、浮世絵鑑賞眼を磨ける最強の場所は美術館!
「浮世絵をもっと深く理解したい!」「浮世絵の見方を学びたい!」
そう思って、浮世絵鑑賞のための審美眼を身につけようと思ったら、一つでも多くの良い作品(=実物)と出会うことが何よりも大切です。実物を至近距離で鑑賞することで、作品の本質や、本物だけが持つ作品のオーラを感じ取ることができるからです。
では、私達一般の浮世絵ファンが、こうした「本物」と効率よく出会える場所はどこなのでしょうか?
もちろんそれは美術館です。
世の中に数十万点、数百万点と現存する大量の浮世絵の中から、毎回テーマに沿って名品や傑作を選り直ぐって集められる浮世絵展は、まさに学びの宝庫。買えば1点数十万円~数百万円もするような貴重な優品を、わずか1,000円~1,500円程度で好きなだけ至近距離で観られるのです。私達は、展覧会でコツコツ浮世絵を観ていくことによって、少しずつ作品を観る目が養われていくのです。
したがって、浮世絵の鑑賞眼を養うということは、浮世絵展で如何に楽しく学びが得られるか、ということとほぼ同義であるといっても良いでしょう。本稿のタイトルでは、まるでTVゲームを攻略するかのように「浮世絵展攻略法」と書きましたが、せっかくなので是非楽しみながらゲーム感覚で浮世絵展から学びを引き出してほしいな、という思いから敢えて大袈裟に書いてみました。
本稿では、「事前準備」「展覧会当日」「復習」と時系列に沿って浮世絵展鑑賞のノウハウをまとめています。それでは、早速「事前準備」編から見ていくことにしましょう。
浮世絵展攻略法その1:事前準備編
今から自分が行こうとしている浮世絵展のタイプを判別する
一口に「浮世絵展」といっても多種多様なテーマで開催されていますよね。実は、浮世絵展をざっくり分析してみると、以下の2つの種類に分けることができます。
1.浮世絵そのものの美しさや歴史をテーマにした展覧会
例:「大浮世絵展」(江戸東京博物館/2019年)「UKIYO-E 2020」(東京都美術館/2020年」「新・北斎展 HOKUSAI UPDATED/2019年」など2.浮世絵に描かれた日本の伝統文化を特集した展覧会
例:「おいしい浮世絵展」(六本木森アーツセンター/2020年)「江戸の土木」(太田記念美術館/2020年)「ニャンダフル 浮世絵ねこの世界展」(大阪歴史博物館/2019年)など
例えば前者の場合、展覧会でクローズアップされているのは浮世絵の美術的な価値や歴史、各絵師の技術・技巧、貴重な優品です。海外の大コレクターや美術館が実施する里帰り展などもたいていこのカテゴリに入ります。このタイプの展覧会では、素直に作品一つ一つの美しさを味わったり、普段滅多に見られない作品との出会いを楽しんだりすることに集中すれば良いでしょう。
これに対して後者のタイプでは、浮世絵の美術的な価値よりも、作品の中に描かれたモチーフの面白さや江戸時代、明治時代の文化史に焦点が当たっています。こうした展覧会の場合では、展示作品の出来不出来、完成度へのこだわりはそこまで期待できません。その代わり、日本文化や歴史の面白さを体感するんだ、という気持ちで鑑賞すると満足度が上がりやすいのです。
よって、行きたい浮世絵展を見つけた場合、まずこれから見ようとしている展覧会は上記2タイプのどちらに属しているのかな?と軽くあたりをつけてみましょう。こうすることで、それぞれの展覧会にフィットした心の準備・向き合い方ができるようになります。
入館前の5分間が、鑑賞の出来不出来を分けるカギ!
美術展には、様々な鑑賞法が存在します。たとえば現代アートの展覧会では、敢えて事前知識を何も持たず、五感全てを総動員して作品と向かい合うのが好き、という方も多いのではないでしょうか。
では浮世絵の場合はどうでしょうか?
現代アートのように直感のままに鑑賞し、心が震えるほどの感動を即座に味わえることがあるのかどうかというと、残念ながらそういったケースは少ないように感じます。なぜなら、浮世絵は作品のサイズが小さい上、作品のテーマやモチーフを読み解く際に200年前、300年前の時代背景や歴史文化が前提知識となるケースが多いからです。
したがって、浮世絵展での鑑賞体験を深めるためには、事前の「予習」が非常に大切になるのですね。
とはいっても、私達は浮世絵の研究者ではないので、鑑賞前に全ての専門知識を仕入れることは到底不可能ですし、詳しく勉強している時間もあまりないわけです(笑)。
美術館へ向かう電車の中では、いつものLINEやYahooニュースを開くのはぐっとこらえます。その代わり、展覧会の公式サイトを眺めます。先に展覧会のツボや見どころを抑えることで、これから観る浮世絵展が何倍も面白くなってきます。
そこでオススメなのが、5分程度でよいので、入館直前に主催者や美術館が用意してくれた特設サイトや公式HPをさらっと眺めておくこと。展覧会の見どころや章立て、オススメ作品をざーっと抑えておくのです。すると「じゃあ、この作品だけは見ておこうかな」と目的意識が高まり、鑑賞経験が非常に豊かなものになってきます。
美術館に向かう電車の中や、到着してから車を降りる直前でOK。たった5分でいいです。ぜひ時間を投資してみて下さい。この5分間が、鑑賞時の充実度をぐぐっと高めてくれますから。
最近では、Youtubeなど、動画形式で学芸員さんがポイントをまとめてくれていることも多いので、是非活用してみましょう。
浮世絵展攻略法その2:展覧会場での行動編
さて、ここからは展覧会場に入ってからの鑑賞法をご紹介します。
せっかく1000円、1500円とそれなりの入場料金を払ったわけですから、私達はとかく「見る作品全部を楽しんでやろう」とつい力が入って意気込んでしまいがちです。(※その証拠に、浮世絵展では入口付近が一番混雑します。)
しかし、それは浮世絵鑑賞でハマりがちな典型的な罠なのです。
なぜなら浮世絵展では、西洋美術など他の展覧会に比べて、1点1点のサイズが小さい分、出品点数が多めになるからです。たとえば、2020年最大の浮世絵展と目されている「The UKIYO-E 2020」(東京都美術館)では、約450点と超大量の展示が楽しめます。もちろん、これだけの作品を観られるのは嬉しいことではあります。
ですが、全部血眼になって見ていたら、1時間や2時間では絶対に見終えることができません。
そこで必要となるのがメリハリをつけた鑑賞なのです。
自分なりのテーマや視点を定め、その基準に沿って観るべき作品をしっかり観る。そうでない作品は、思い切って流して観る。それくらいの割り切りが、かえって鑑賞体験の質を高めていきます。
では、どういった絞り込みが有効なのでしょうか。早速いくつか僕が実践して効果があった方法をお伝えするといたしましょう。
自分なりのテーマを絞り込んで鑑賞しよう!
鑑賞体験を向上させる一番の秘訣は、その日観る浮世絵展で「何を主体に観たいのか」をはっきり決めることです。たとえば、その日は美人画を見たい気分なのであれば、「今回は美人画だけしっかり観る!あとは流す!」と決めて美人画に絞り込む。
あるいは、色やモチーフに絞って鑑賞するのもいいでしょう。たとえば、浮世絵の歴史を俯瞰できるような大型展だった場合、「今日は赤に注目してみてみる」と決めて臨むのです。すると、黎明期に手彩色で着色された淡い朱色が特徴の「丹絵」「紅絵」から、欧米から輸入したアニリン染料と言われる鮮やかな発色の化学染料が多用された明治初期の「赤絵」まで、様々なタイプの違う「赤」が時代によって使われてきたことが体感できます。
ここ数ヶ月、どの浮世絵展に行っても、ひたすら女性の髪型の変遷を注目して見てきました。どうですか?左から右までわずか100年程度ですが、女性の髪型が驚くほど変わっていくことが浮世絵に描かれた女性像を通してわかります。
ちなみに僕が最近良く見ているのは女性の「髪型」。18世紀中盤まで主流だった長い髱(たぼ/後頭部の首の付根の部位の髪)は、1780年代になると消え、替わって燈籠鬢(とうろうびん)といって、頭部の両サイドに大きく張り出す髪型へと劇的に変化します。さらに幕末頃になると島田髷(しまだまげ)に多数のバリエーションが生まれ、女性の髪型が多様化していきます。あるいは、町娘と吉原の高級遊女、未婚の若い女性と既婚者でも髪型は全く違います。そういったファッション・風俗の変遷を女性の頭部の描写に絞り込んで観るのが、最近の僕の楽しみでした。
そして、こうしたテーマの絞り込みは、展覧会の特集テーマと全く違っていても構いません。たとえば、「広重・北斎の風景画展」といったような展覧会があったとします。展示室では「叙情的な風景美」がクローズアップされていることでしょう。でも、そういった展覧会であっても、風景の美しさそっちのけで、絵の中に描かれた「食べ物」だけをひたすら観ていってもいいのです!(※実際、広重の「東海道五十三次」系の名所絵ではかなりの確率で食べ物が描かれることが多いです。)
ぜひ、自由にその日の自分なりのテーマを設定して浮世絵展に臨んでみて下さいね。
状態の悪い作品は飛ばせ!いいものだけを見ればOK!
さて、浮世絵展では、必ずしも美品・優品とは言えないようなボロボロの作品だったり、紙全体が茶色く劣化して彩色が曖昧になってしまっている作品もよく見かけます。
引用:国立国会図書館デジタルコレクション
状態の悪い作品は、薄暗い展示室内では非常に見辛いことが多い。
もしあなたが浮世絵初心者であれば、そうした状態の悪い作品は、思い切って見ずに飛ばしてしまってもOKです。なぜなら、浮世絵を観る目を養い、脱初心者を目指すのであれば、まず自分の中で「美品」となる基準作をしっかり目に焼き付けておくことが最優先事項となるからです。しかも、浮世絵展の場合、館内はかなり照明が落とされて暗めの展示空間であるはず。劣化した作品を快適に鑑賞することはかなり難しいでしょう。だから、そういった作品は優先順位を下げるのも一考。思い切って見ない!と決めてしまっても構いません。
もし、どうしても作品を見ておきたいのであれば、その時は展覧会の公式図録を頼りにすると良いでしょう。両目をひん剥いて展示室で粘るよりも、適切な照明下で撮影された作品画像を観るほうが、よほど何が描かれているのか把握できます。
レア作品の見分け方とは?!
引用:Wikimedia commons
浮世絵の「アイコン」とも言える写楽の「江戸兵衛」も、実は現存する良品が数少ないレア作品の一つです。
同様に、各展覧会で目玉作品の次くらいにクローズアップされているのが、いわゆる「レア作品」です。世界に数枚しか現存しないうちの1枚です…といったような触れ込みで展示されると、思わず「これは見ておかないと!!」と力が入ってしまいますよね。
ですが、敢えていいましょう。「レア作品だからといってクオリティが高いとは限らない」のです。
実際、そうしたレア作品を見てみると、「なんだこの汚い(or下手な)作品は?!」とがっかりすることも多数。「有名作品のバージョン違い」や「版元倒産など何らかの理由で巨匠の秀作が少量しか流通しなかった」といった特殊事情によってレア化しているのならばいいのです。でも、大半は「そもそも良い作品ではなかったので、残らなかった」というケースが多いのではないでしょうか。だから、ひと目見て自分の心に響かなかった”普通の”レア作品は、別にレアだからといってしっかり見なくても大丈夫です。それ以外の優品・秀作に集中したほうが満足度は上がります。
では、どんなレア作品なら見ておくべきなのでしょうか。それは、以下の2つのケースのどちらかに当てはまる場合です。
・摺物(すりもの)
・巨匠の肉筆浮世絵
摺物とは、仲間内やパトロンなどによる特別注文によって制作された非売品の版画のことです。力量のある浮世絵師が、制作・流通コストを度外視して少量だけを徹底的に作り込み、上質な紙に金・銀などを含むゴージャスな多色刷りで表現されているケースも多数。したがってクオリティも高いものが多く、見ておいて損はありません。
引用:Wikimedia commons
贈答品など、採算性とは関係ない「非売品」として制作された摺物は、金泥入りの染料や多彩な彩色が施されるなど、クオリティの高い凝った作品が多いので見逃せません。
また、浮世絵師は版画だけでなく、本人の肉筆による絵画作品を残すこともよくありました。勝川春章(かつかわしゅんしょう)、鳥文斎栄之(ちょうぶんさいえいし)や葛飾北斎のように、キャリア晩年期では錦絵を卒業して肉筆画に専念する巨匠も数多くいました。肉筆浮世絵はその性格上、同じ作品は世の中に1点しか存在しませんので、全てがレア作品といっても良いでしょう。
版画と違い、肉筆浮世絵は絵師の持てる技量・こだわりが画面にストレートに反映されます。だから、特に巨匠が手掛けた肉筆浮世絵には良質な作品が多く残っています。肉筆浮世絵(巨匠に限る)を見かけたら、まずは足を止めてしっかり作品を鑑賞しておくと良いと思います。(※ただし上手ではない絵師の肉筆浮世絵は…^_^;)
疑問点はその場で解消!スマホでググりまくれ!
浮世絵を楽しく鑑賞するための周辺知識は、あればあるほど嬉しいもの。ですが、展覧会場では、作品に集中できるように鑑賞の手助けになるようなキャプションや解説は必要最低限に留められていることが多いものです。すると、「岩井半四郎って誰なの」とか「東海道五十三次の水口宿ってどこにあるの」などと、作品を理解する上で大切となる前提知識がわからずモヤモヤしてしまうことが出てきます。
こういう時はどうすればいいのでしょうか?
ググればいいのです。その場で。
展覧会場でわからないことが出てきたら、迷わず近くのベンチに座るなどして、手元のスマホでググって即座に不明点を解消しちゃいましょう。これは僕が敬愛するアートブロガーの草分け的存在、「青い日記帳」Takさんも著書『いちばんやさしい美術鑑賞』で強く推薦されています。(もちろん、展覧会場によってはスマホを取り出すのはご法度な美術館もありますが、そういった場合は、一旦会場外の通路へと退避するなど、マナーには気をつけてくださいね。)
こうして現地で自ら調べた情報は、自分の血肉となって記憶に長く定着してくれます。ぜひ、作品と向かい合っていてモヤモヤしてしまったら、思い切って手元でググってみましょう!
閉館前30分は浮世絵鑑賞のゴールデンタイム!
美術展での鑑賞において「混雑」は鑑賞効率を落とす最大の障害といっても過言ではありません。浮世絵は、1作1作のサイズが非常に小さいため、少しでも人が増えてくると、すぐにお客さん同士で肩を寄せ合って1枚の作品を覗き込む事態になりがちです。
では、浮世絵展が一番混雑しづらいのはどの時間帯なのでしょうか?
それは、閉館前なのです。
特に、閉館30分前は「ゴールデンタイム」といってもいいでしょう。美術館を独り占めできます。
夕暮れ前の東京国立博物館。所蔵数8000枚超とされる日本屈指の大コレクション「松方コレクション」を擁する浮世絵展示のメッカの一つです。
「閉館前より、朝一に行って思う存分ゆっくり見ればいいのでは?」と考えてしまいがちですが、実は朝一番はできれば避けるべき時間帯です。なぜなら、土日を中心として意外と混雑することが多いからです。
浮世絵展では、50代以上の年配層がメインの来場者層となります。年配の方は、朝に強い。辛抱強く開場前から並ぶことを厭いません。しかし、その反面、彼らは夕方前になると早々に帰宅することが多いのです。15時30分以降になると、すでに見終わって近くのカフェでお茶を頂いているはずです(笑)。
ただし、ジャスト30分前に美術館へ入場するのでは全部の作品を見終えるには少し厳しいです。だから、閉館90分前頃を狙って入場し、徐々に会場のお客さんの波が引いていく中で閉館30分前の「ゴールデンタイム」をバッチリものにする作戦が良いでしょう!
浮世絵展攻略法その3:復習編
人間の脳の構造は、1日、2日と日数が経過するにつれて、学んだ内容をどんどん忘れていってしまうようにできています。展覧会も同じですね。美術館を出た直後は鮮明に内容を覚えていたとしても、1週間、1ヶ月後にはすっかり何を見たのかも忘れてしまっていることも。「あー、あの展覧会良かったよね」というポジティブな思い出のみがなんとか記憶の片隅に残っている、ということも珍しくありません。
ですが、せっかく浮世絵展を楽しんだのですから、作品を鑑賞した際の具体的な内容を長く記憶しておく方法はないものでしょうか?
もちろんあります!それは、「復習」をすることです。
一番いいのは、2度3度と同じ展覧会を見直すことです。でも多忙な中、それはなかなか難しいですよね。そこで、展覧会を1度見ただけで、鑑賞体験を自らの血肉にするためのちょっとしたコツをいくつか紹介してみたいと思います!
お気に入りの作品を3つ覚えてから会場を後にしよう
引用:国立国会図書館デジタルコレクション
筆者の葛飾北斎のマイベストは絵本『隅田川両岸一覧』。展覧会でひと目見て気に入って以来、国立国会図書館のデジタルコレクションからダウンロードして、時間がある時にちょくちょく眺めて楽しんでいます。
中規模以上の浮世絵展では、一度に200点以上の作品が展示されることも珍しくありません。これだけたくさんの作品を目にすれば、必ずお気に入りの作品もいくつか見つかるのではないでしょうか。
僕のオススメは、こうしたお気に入りの作品だけでも、しっかり脳裏に焼き付けてみては?ということです。美術館を出て帰路に就く最中で良いので、今日見た作品の中で、「マイベスト3」を決めてみてはいかがでしょうか?
そして、このベスト3だけは、しっかり記憶に残す!と強く心に決めて、作品の細部をありありと思い出す作業をやってみるのです。美術鑑賞用のノートやメモを付けているならば、そこに書き込んでおいても良いでしょう。僕は、スマホとPCで毎日簡単な日記代わりの作業ログを記録しているので、特に良かった作品の特徴や感想を簡単にメモするようにしています。
こうして自分の中で特別な地位を与えられた作品は、意外に長く記憶の中で定着しているものです。「マイベスト3を決める」という作業、楽しいので是非やってみて下さい。
ミュージアムカフェやレストランの意外な効用とは?
旅行に行った時、観光地で食べた名物料理って意外に長く覚えていたりしませんか?
僕も、昨年盛岡県の中尊寺に行った時、新規オープンした話題のレストランで前沢牛のステーキ丼を頂いたのですが、その時の前沢牛のとろけるようなクリーミーな味わいが強烈で、今でもその舌触りや匂いを鮮明に思い出せます。そして、その前沢牛をトリガーとして、中尊寺金色堂で見た黄金世界や広大な境内を巡った記憶がゆっくりと蘇ってきます。
これはいわゆる「連想記憶」の仕組みを美術鑑賞に応用しているわけですね。やはりこうした「五感」をフルに使った記憶は非常に脳に定着しやすいです。
だから展覧会を見た時には、美術館のカフェやレストランで(多少無理をしてでも)企画展限定のタイアップメニューを食べておくのが非常におすすめです。例えば最近の例でいうと、2019年の「新・北斎展」の期間限定コラボカフェ『茶寮 北斎』で食べた「赤富士カレー」は色々な意味で本当に衝撃でした。
新・北斎展の開催中、期間限定でオープンしているコラボカフェ『茶寮 北斎』で赤富士カレーを注文。メニュー表にはありませんが、プラス200円で赤富士の標高を高くすることができます!
手前が「大盛」、奥が「普通盛」。違い、分かります?! pic.twitter.com/l0PucYMd7D
— かるび(主夫アートライター) (@karub_imalive) January 19, 2019
美味そうかどうかと言えば、非常に微妙な感じですよね。ですが、見た目が斬新で面白い。だから僕はこれを見てチャンスだと思いました。これも学びのためだ、これを(我慢して)食べれば、きっと「新・北斎展」の内容はずっと覚えていられるに違いない!と。
そこで「大盛」をためらわずに注文したわけですが、本当にこれは面白い体験でした。(味も見た目よりは美味しくて★★★★✩くらいでした!)だから未だに、この「赤富士カレー」をきっかけとして、約1年半経過した今でも、展覧会で見た作品の内容をありありと思い出せるのです。
SNSで共有しても「いいね」がつきやすいですし、カフェやレストランでの飲食は鑑賞後の「復習」としては最強の手段の一つだと思います。ぜひ試してみて下さい。
ミュージアムグッズは積極的に日常生活の中で使い倒す!
カフェと同じく、ミュージアムグッズも、食事同様に展覧会の内容を芋づる的に思い出せる「連想記憶」のツールになります。絵葉書やクリアファイル、キーホルダー、一筆箋といった定番グッズは数百円もあれば購入可能なので、追加投資としては食事よりも「割が良い」のです。
これは優品満載だった企画展「隅田川に育まれた文化 浮世絵に見る名所と美人」(たばこと塩の博物館)で購入した絵葉書です。僕は読書も好きなので、絵葉書を本に挟むしおりとして使っています。
ミュージアムグッズを購入する際に気をつけたいのが、「ちゃんと日常使いする余地があるかどうか」考えてから購入することです。
購入後、もったいないからといって、未使用のままタンスの中にしまい込むのはやめましょう。それでは、学びが深まっていきません。そうではなく、常日頃から日常生活や仕事の中で意識的にガンガン使っていくのです。
こうして目に焼き付ける機会が多ければ多いほど、そのグッズにプリントされている浮世絵について自然に詳しくなっていきます。自分にとってかけがえのない、馴染み深い作品へと変わっていくと、次に別の展覧会で作品を目撃した時、ちょっと嬉しい気持ちも味わうことができます。
図録購入に迷ったときの選択基準はこれ!
そして「復習」に最も欠かせない最強の教材となってくれるのが、展覧会の公式図録。中規模以上の企画展・巡回展であれば、大抵の場合発行されています。ただ、2,500~3,000円程度と、少し価格的に値が張るのが難点といえば難点。僕も買おうか買うまいか、グッズコーナーで図録を前に良く悩むことがあります。
でも、「学びを深める」という観点で考えると、実は図録購入のための判断基準はとっても明快なのです。具体的には、以下の2つを軸にして検討すると良いでしょう。
・印刷/発色の美しさ
・解説の丁寧さ
印刷や発色の美しさは、展覧会図録の生命線です。どれだけ展覧会で見た実物と近いイメージを紙上で再現できているか。ここをチェックしてみましょう。「ああ、これはちょっと印刷が不鮮明かも・・・」と思ったら、無理して買わなくても大丈夫です。
なぜなら、浮世絵は基本的には著作権が切れているため、有名な作家や作品であればまず大抵の作品はネット上で鮮明な画像が入手できるからです。出来の悪い図録は1~2年後になれば半額程度になって古本屋で出回ることもよくあるので、慌てる必要はありません。
また図録によっては作品毎の解説が省略されているものも結構あります。こういった図録も、印刷が不鮮明なのであれば購入見送りで良いでしょう。なぜなら、浮世絵の鑑賞眼を身につけるには、プロの見方を学ぶのが一番ですから。制作背景や見どころが簡潔にまとめられた作品解説が読めないのであれば、せっかく購入しても復習にならないからです。
ぜひ、自分だけの浮世絵鑑賞法を探してみましょう!
大都市圏だけでなく、日本全国に浮世絵専門の美術館があります。ご当地ならではの浮世絵との出会いを求めて、旅行先で浮世絵展を観るのもいいですよ!
いかがでしたでしょうか。ここまで、浮世絵展を楽しく学び、脱初心者を目指す上で役に立つちょっとしたノウハウを「事前準備編」「展覧会場編」「復習編」と3つに分けて紹介してきました。
今回書かせて頂いたのは、僕が初心者の頃から浮世絵展を見はじめて、一つ一つ体験的に積み上げてきた展覧会鑑賞ノウハウです。
でも、きっとこれ以外にも、あなたにフィットした、あなただけの浮世絵展鑑賞法がみつかるはずです。ぜひ、既存の概念に囚われることなく、自分だけの斬新な展覧会鑑賞法を見つけてみてください。それこそが、専門家には決して教えられない貴重な浮世絵展の攻略法になるはずですから!