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2018.05.29

江戸琳派の祖酒井抱一「夏秋草図屏風」。名画に秘められた熱意とは?

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酒井抱一(さかいほういつ)は、姫路城主の孫として江戸に生まれました。暮らしの中で書画や俳諧(はいかい)、諸芸の才能を開花。花街でもその名を馳せていました。それが、諸事情により37歳で出家。抱一は、尾形光琳の作品に強烈に惹かれて絵師となったのです。模写のみならず、光琳百回忌をもプロデュース。遺作を調べ上げ、版画図版「光琳百図」を刊行します。

酒井抱一酒井抱一「夏秋草図屏風」重要文化財 二曲一双 紙本銀地着色 江戸時代・文政4(1821)年ごろ 各164.5×181.8cm 東京国立博物館 Image:TNM Image Archives

そんなリスペクトの結晶が、光琳作「風神雷神図屏風」の裏に描いた「夏秋草(なつあきくさ)図屏風」。抱一畢生(ひっせい)の名画に秘められた熱意を知ると、絵の趣はさらに深まります。

光琳作「風神雷神図屏風」の裏側を担当!

11代将軍徳川家斉(いえなり)の父・一橋治済(ひとつばしはるさだ)へ贈るため、生家の酒井家より注文を受けた作品は、なんと憧れの光琳作「風神雷神図屏風」の裏側でした。待望の機会を得た抱一は、地色に銀を用い、雷神の裏に雨に濡れた夏草、風神の裏に風になびく秋草を、光琳よりもリアルに描写。天空の神に対し地面の草花を選んだ点も含め、光琳への敬愛ぶりを数々の趣向に込めて表現し、みずからの画業の集大成としました。

酒井抱一尾形光琳「風神雷神図屏風」重要文化財 二曲一双 紙本金地着色 江戸時代・18世紀 各166.0×183.0cm 東京国立博物館 Image:TNM Image Archives

二曲一双だからできた“時間”の表現

俳諧をたしなんでいた抱一は、あらかじめ考えていた「中秋良夜瓢風驟雨(ちゅうしゅうりょうやひょうふうしゅうう)」の言葉をもとに、月のきれいな秋の夜と激しい風雨の後の野を描きました。右隻は夕立の後で左隻は野分(のわけ。今でいう台風)の後。銀地は、右隻では雨を、左隻では月夜を表し、右から左にかけて過ぎ行く季節を、繊細な草花で表現しました。本来、右隻から左隻にかけて春夏秋冬を描く屏風も二曲一双では自由になり、抱一はその特性を最大限生かして傑作をものにしたのです。

酒井抱一

デザイン的な草花で個性を発揮!

光琳にならいデザイン的な描写を追求してきた抱一は、本作の草花において、よりリアルで繊細な表現を行い、光琳とは異なる個性を発揮しています。夏のススキの葉の表と裏の色の違いや、花の咲き方など、デザイン性とリアルが見事に融合。昼顔や、赤い蔦の葉と青い実など、美しい色彩も印象的です。通常は水墨でさらりと描かれる屏風の裏絵で、この凝り方はとても画期的なことでした。

酒井抱一

「抱一の銀」ここに極まれり

光琳を師と仰ぎ模写をくり返した抱一。やがて“完コピ”から脱する道筋を探るようになり、光琳が金地に描いた作品を銀地に変えるという試みを行っています。その代表例が光琳の「波濤(はとう)図屏風」(メトロポリタン美術館)を銀にした「波図屏風」。この成功で抱一の銀が確立され「夏秋草図屏風」へ続いたのです。

酒井抱一酒井抱一「波図屏風」六曲一双 紙本銀地墨画着色 江戸時代・文化12(1815)年ごろ 各169.8×369.0cm 静嘉堂文庫美術館 静嘉堂文庫美術館イメージアーカイブ/DNPartcom

弟子もすごい!

宗達、光琳が京都で活躍したのに対し、抱一の活躍の場は江戸。そこから、第三世代の抱一は“江戸琳派”と呼ばれます。抱一の弟子には鈴木其一(きいつ)、池田孤邨(こそん)がおり、江戸琳派は幕末まで継続。中でも其一は、幻想的でエキセントリックな画風をもち、日本美術の新たなスターとして注目されています。金地の華やかな椿図(つばきず)と、寂しげな銀地の薄図(すすきず)という、珍しい組み合わせの「椿図・薄図屏風」。これこそが、其一の最高傑作にして琳派の集大成といえる作品です。

酒井抱一鈴木其一「椿図・薄図屏風」二曲一双 紙本金地着色(椿図)・紙本銀地着色(薄図)江戸時代・19世紀 各152.0×167.6cm フリーア美術館 Freer Gallery of Art and Arthur M. Sackler Gallery, Smithsonian Institution, Washington, D.C.:Purchase-Charles Lang Freer Endowment