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2023.10.26

写真家ソール・ライターの蔵書がおもしろい!書籍編集チームによる3つの新発見

ソール・ライターという写真家をご存知ですか? 1950年代よりファッション・フォトグラファーとしてニューヨークで華々しく活躍しながら、80年代以降は自ら表舞台を去り、ストリート・スナップの撮影に没頭。83歳で刊行された初の写真集『Early Color』(シュタイデル社刊)で注目を集め、「カラー写真のパイオニア」として再び脚光を浴びます。

ソール・ライターの蔵書がやってきた!

これまで「和樂web」でもライターの写真作品の魅力をお伝えしてきました。
写真家ソール・ライターの作品と広重の浮世絵の共通点とは?名作の魅力と比較を徹底解説!

ニューヨークの街並みを大胆な構図で切り取り、鮮やかな色彩で写した作品群とともに注目されるのが、ライターの遺した言葉です。2020年に刊行された作品集『永遠のソール・ライター』(小学館刊)でも、作品とともにライターの言葉が紹介されています。

『永遠のソール・ライター』p.66-67

私の人生は使われなかった機会で満ちている。
ちょうど数日前、本にはさまっていた1通の手紙を見つけた。
たぶん、30年はそこにあったのだろう。
手紙を開くと、展覧会への出品の依頼書だった。

『永遠のソール・ライター』p.88-89

私は、ときどき 無責任な人間になる。
税金を払う代わりに、本を買ったり。

ライターの言葉には、しばしば本が登場します。
イースト・ヴィレッジにあったソールの住まいには、至るところに本が山積みになっていました。大小の本が絶妙なバランスで積み重なっていたり、さらにその上に飲みかけのマグが置いてあったり。本が、ライターの生活の一部であったことが想像できます。
どうやらその中には、日本関係の本、しかも絵画の本が含まれていたようです。とあるインタビューでは、「ときどき、真夜中に目覚め、マティスやセザンヌ、宗達の本を取り出す。それまで気がつかなかった細部に、突然、引かれることがある。絵画は素晴らしい」と語っています。

※宗達:俵屋宗達(安土桃山~江戸時代の絵師)

さて、ここからが本題です。生誕100周年を迎えた2023年、東京・渋谷で大規模な回顧展が開催されました(「ソール・ライターの原点 ニューヨークの色」展 2023年7月8日~8月23日 渋谷ヒカリエ)。その関連企画として開催された「ソール・ライター日本関係蔵書展」のために、ライターが持っていた日本関係の蔵書およそ100冊のうち、90冊ほどが日本にやってきたのです。
ライターの日本関係の蔵書のうち9割が日本にあるという、これまでにない貴重な機会。『永遠のソール・ライター』編集チームは、早速撮影をしてきました。
ライターの蔵書に関する研究や日本の関係性についての解説は専門家の調査を待つことにして、今回は『永遠のソール・ライター』編集チームが撮影中に気がついた3つの新発見をお伝えしたいと思います。

発見その1 同じ本を3冊もっていた!

「放光」とプリントされたケースには、Japanese Woodcuts Early Periods First Edition 1950と書かれた色鮮やかな和綴の本が納められています。江戸時代前期の浮世絵を集めた作品集です。このとても凝った装丁の本、なぜか3冊ありました。

   

3冊あったのはこの本だけではありません。尾形乾山(江戸時代前期の陶工、絵師)の作品集も3冊ありました。更に、2冊あったものは4点も。
撮影しながら「なかなか新刊が出ないコミックスを見かけると最新刊かと思って買っちゃうことある」「もしかしたら鑑賞用、保管用、布教用の3冊買いかも」とさまざまな体験談や憶測が飛び交いましたが、真相はわかりません。

発見その2 本に何でも挟んでいた!

冒頭のライターの言葉で、展覧会への出品依頼書を本に挟んだままにしていたというエピソードが出てきましたが、今回撮影した本の中にも、確かに。いろいろなものが挟まっていました。

 

桃山時代の建物の壁や襖を飾った障壁画を集めた画集には、2005年にMOMA(ニューヨーク近代美術館)で開催された「セザンヌとピサロ」展の入場券が2枚。

俵屋宗達と尾形光琳(江戸時代の絵師)を中心とした江戸絵画の画集の同じページに、女性の写真とイラストが挟まれていた。イラストは、帽子と服を身につけた3人の女性の姿が細い線を重ねて描かれている。

このほかにも、知人からの手紙、ショップカード、ノートの切れ端などが撮影中に発見されました。特別な理由をこめて本に挟んだのか、それとも単にしおり代わりに挟んだのか。答えはわかりませんが、本と挟まれたものを見ているだけでも想像が広がります。

発見その3 浮世絵を模写していた!

これはちょっとした大発見です。
『浮世絵大成12』という本の中に、浮世絵を模写したスケッチが挟まっていました。
トレーシングペーパーのような半透明の用紙なので、写し絵のようになぞったのかと思いましたが、用紙と図版のサイズが異なります。図版を見ながら模写をしたのでしょう。
ライターの写真と浮世絵の構図の親和性はこれまでも論じられていたことですが、直接的に結びついている例のひとつを見つけたような気がしました。

 

絵師・左術(さじゅつ)による《東都日本橋之晴朝》という作品。日本橋の欄干の擬宝珠(ぎぼし)越しに望む富士山を描く。この本は日本国内で流通した書籍らしく、英語表記は一切ない。本の前半には大きなサイズの図版が並ぶが、ライターがあえてモノクロの小さな図版を模写していることも興味深い。

ここでは紹介しきれませんでしたが、本の中にはライターのメモやメッセージが直接書き込まれているものもありました。本をパラパラとめくりながら、ふとライターの言葉を思い出しました。

本があるのは楽しかった。
絵を見るのも楽しかった。
誰かが一緒にいるもの楽しかった、互いに大切に思える誰かが。
そういうことの方が私には成功より大事だった。

本と、絵と、互いに大切に思える誰かがいる人生を大事にしていた、ライター。本の一部分を見ているだけでも、そのことが実感できる撮影となりました。

『永遠のソール・ライター』

参考文献
『永遠のソール・ライター』 ソール・ライター財団監修 2020年 小学館
記事内のライターの言葉はすべて本書より引用。

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磯貝晴子

東京藝術大学美術学部芸術学科卒。小学館で美術書を中心に、書籍の編集を行う。
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