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2026.03.05

心ときめく!女性を慈しむ思いが生んだ稀代の名作襖絵【大阪市立美術館 特別展「妙心寺 禅の継承」】

戦乱の世が明けてさほど時間が経っていなかった江戸時代初期に、これほど心をときめかせる襖絵が描かれていたとは! 京都の妙心寺の塔頭(たっちゅう/大きな寺院の中にある小さな寺院)天球院で狩野山雪が描いた『籬(まがき)に朝顔図襖』(※)を目の当たりにして、そんな感慨に襲われた。大阪市立美術館で開催中の特別展「妙心寺 禅の継承」で、多くの寺宝とともに展示されている。狩野山雪は、美術史家の辻惟雄氏が岩佐又兵衛や伊藤若冲らとともに顕彰して再評価が進んだ「奇想の系譜」の画家6人のうちの一人。では、この襖絵はどのように「奇想」ぶりを見せているのだろうか。

※本展では天球院の襖絵の作者は「狩野山楽・山雪」とされており、図録等に掲載された図版のキャプションでは2人の作としておりますが、筆者は主筆と目される狩野山雪作との立場を取っており、本文中では特に『籬に朝顔図襖』および『梅花遊禽図襖』については山雪の作として述べていることをお断りしておきます。山雪の義理の父親だった狩野山楽が制作に部分的に関わっていることを否定するものではありません。

本当にこんな形の垣根があったのか?

(まがき) 」は、竹などで粗く編んだ垣根を指す言葉。『籬に朝顔図襖』では、そこに朝顔の(つる) が蛇か何かのようににゅるにゅると絡んでいる様が、絶妙な風景を作り出している。

狩野山楽・山雪 『朝顔図襖』(部分) 江戸時代 寛永8年(1631) 京都・天球院 重要文化財 画像提供:天球院(綴プロジェクト)

まずひとつの問いをこの作品に投げかけてみたい。はたして描かれた当時、本当にこんな形の籬があったのか、と。4枚の襖からなるこの面が、四方を襖で囲んだ部屋の一面の一部であることに思いを馳せてみる。部屋の中に座ってこの絵と向き合い、画面を右から左に目を移しながら見ていると、高い垣根が途中でがくんと落ちている。しばらく目を移すと、さらに一段低くなっている。この絵の籬は、四角形を組み合わせたパズルのようにも見える。なかなか興味深い造形だ。

形で遊ぶ狩野山雪

山雪は、形で遊ぶのが大好きな画家だ。本展に出品されている同じ天球院所蔵の『梅花遊禽図襖(ばいかゆうきんずふすま) 』は、梅の木のくねり方が実に魅力的である。梅の木には現代の実物を見ても奇矯(ききょう) な形を見せている例があるが、はたしてこの梅の木は実物を写生したものなのだろうか? 襖というサイズと縦横比が決まった媒体の中で、山雪は思いっきり遊んでいるのではなかろうか。

狩野山楽・山雪 『梅花遊禽図襖』(部分) 江戸時代 寛永8年(1631) 京都・天球院 重要文化財 画像提供:天球院(綴プロジェクト)

ここで『籬に朝顔図』の話に戻ると、山雪の造形の妙が改めて見えてくる。籬に関しても、形の面白さを楽しみながら描いているとしか思えないのだ。

山雪の描写の面白さは細部にも及ぶ。描かれた籬に近寄って見ると、その大半の部分で、竹が垂直方向と水平方向に細かく編まれていることがわかる。

狩野山楽・山雪『朝顔図襖』(部分) 江戸時代 寛永8年(1631) 京都・天球院 重要文化財 筆者撮影

筆者には、この細密な描きぶりがたまらない。美しさを求めて、嬉々とした表情を浮かべながらひたすら細かく描き込んでいた山雪の姿が目に浮かぶ。そもそも垣根自体は、「源氏物語」の中でも登場するなど、少なくとも平安の昔から存在する。垣根の隙間から恋い焦がれる相手を盗み見るといった意味で使われた「垣間見る」という風情のある言葉の由来となる構築物でもある。『籬に朝顔図襖』は襖絵ゆえ、もともと部屋の中に設置されているのだが、逆に外を「垣間見」たくなるような、逆説的な楽しみも持たせているのかもしれない。そのための窓のような部分さえ描かれている。

さらに注目すべきは、籬に蔓で絡む朝顔である。金箔張りで絢爛豪華。装飾性の高い画面の中で、朝顔の花や葉は意外とリアルに描かれている。こうして、籬だけでも、朝顔だけでも表現しえない美の世界を、山雪は創り上げているのである。

一人の女性のために描かれた天球院の襖絵

江戸時代後期は園芸が盛んだったことが近年多く検証されているが、『籬に朝顔図襖』は江戸時代初期の作品だ。描かれたのは1631年。豊臣家が滅びた「大坂夏の陣」から、まだ十数年しか経っていない。徳川家が幕藩体制を整えるのに躍起となっていたこの時期に、京都では花を愛でる貴族たちの文化が残り、また発展していたということにもなろうか。実に感慨深い。

狩野山楽・山雪『朝顔図襖』 江戸時代 寛永8年(1631) 京都・天球院 重要文化財 展示風景 筆者撮影

妙心寺天球院は、姫路藩主、池田輝政の妹の「天球院(「天久院」とも)」という女性のために建てられた塔頭だ。建てたのは、岡山藩主だった甥の池田光政とその弟、光仲。建立されたとき、叔母の天球院は存命中だった。塔頭は亡くなった人の追善供養のために建てられることが多いというが、存命中に建てるとなると話が変わってくる。できるだけ快適に暮らしてほしいという気持ちをもってデザインされたということがあるのではないか。金箔貼りで絢爛豪華だが花を愛でる心をも喚起する『籬に朝顔図』は、天球院の喜びにあふれた日々を思い起こさせる。なんと思いやりのある貢物だったのだろう。天球院が亡くなったのは1641年。10年間ここで暮らすことができたのは、天球院に得難い幸せをもたらしただろう。

親子の虎が遊ぶ姿に心を和ませる

この展示を見て、女性の気持ちを慮ったと思われるモチーフが、天球院にもう一つあることに気づいた。『竹林猛虎図襖』に描かれた親子の虎だ。強さを象徴する虎は、武家の襖絵の定番だ。天球院もまた武家の女性ゆえ、虎をモチーフにした襖絵が設置されたのだろう。しかし、この襖では親虎と一緒に描かれた子虎があまりにかわいいのだ。

狩野山楽・山雪『竹林猛虎図襖』(部分) 江戸時代 寛永8年(1631) 京都・天球院 重要文化財 筆者撮影

おそらくこの虎の親子は、父と子である。右のほうから母と見られる(ひょう) の姿をした虎が、父子が遊ぶ様子を見ている。当時、豹は虎の雌と思われていたという。自分の尻尾で遊ぶ子を見る父と、少し離れた場所から見る母の眼差しは、ともにやさしい。当時日本に虎はいなかった。目の形状などから猫を参考に描いたと思われるが、心を和ませてくれる、慈愛に満ちた作品である。

狩野山楽・山雪『竹林猛虎図襖』(部分) 江戸時代 寛永8年(1631) 京都・天球院 重要文化財 筆者撮影

禅寺の塔頭の襖絵が女性を慈しむ心から生まれた経緯は、実に興味深い。狩野山雪は『梅花遊禽図襖』の梅の木のようなエキセントリックな図柄を描いたことで知られているが、『籬に朝顔図襖』や『竹林猛虎図襖』に関してはやさしさがにじみ出ていることに、大きな共感を持てる。こうした表現もまた、山雪の「奇想」だったのである。

特別展「妙心寺 禅の継承」展覧会情報

展覧会名:興祖微妙大師六百五十年遠諱記念特別展 妙心寺 禅の継承
会期:2026年2月7日〜4月5日
※展示替えあり/前期=2月7日〜3月8日、後期=3月10日〜4月5日
会場:大阪市立美術館
公式ホームページ:https://art.nikkei.com/myoshin-ji/

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小川 敦生

美術ジャーナリスト&日曜ヴァイオリニスト&ラクガキスト(雅号=Gyoemon)。そして多摩美大教授。新聞や雑誌の美術記者を経験しながら「浮世離れ」を目指し、今日に至る。音楽面ではブラームスのヴァイオリン協奏曲のソロをコンプリート演奏する夢を実現し、自己満足の境地へ。著書に『美術の経済』。
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※『和樂』2026年4・5月号 美術展カレンダーに誤りがありました。P.224で紹介しました、福岡県・久留米市美術館で開催中の「美の新地平ー石橋財団アーティゾン美術館のいま」の入館料は、正しくは一般1,500円となります。お詫びして訂正いたします。
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