Art

2026.11.04

日本画の絵の具は意外な魅力満載!木と空を40年描き続ける画家・日高理恵子さんに聞いてみた

武蔵野美術大学・日本画学科出身で、木や葉、空などを独特のモノクロームで40年近く描き続ける画家・日高理恵子さん。日本画の絵の具を使いこなし、性質を知りつくしている。そんな日高さんの視点で、日本画材の魅力を教えてもらった。

日本画の技法と鉛筆ドローイングをどう結び付ける?

ーーー日高さんは日本画の画材をつかい40年以上にわたり木や葉、空についての絵を描き続けてこられました。美大を受験された頃のお話から伺えますか?

Installation view from “Rieko Hidaka Retirement Exhibition: Space, natural light. painting” at Tama Art University Hachioji Campus Art-Theque Gallery. Tokyo, Japan, 2025 Photo: (C)Risaku Suzuki / Artwork: (C)Rieko Hidaka 撮影:鈴木理策

日高理恵子(以下、日高): 進路を考え始める高校生の頃、一生つづけられることを探そうと考えました。そして画家になりたいという意識が出てきて、高校2年生から美術予備校に通い始めたんです。私が描いた絵を見た先生から「日本画学科の方が向いているかもしれない」と勧められました。当時はセザンヌやゴッホといった西洋絵画に興味があり、日本画はほとんど見たことはありませんでした。しかし先生の勧めなどもあり、美術館に通っていくうちに、日本画、特に日本画の素描(そびょう/デッサン※1)に惹かれ日本画学科を受験することを決めました。

ーーーたしかに日本の高校美術で、日本画を描いたり鑑賞したりする授業はあまりなさそうですよね。そんな状況で日本画学科を進路に選ぶのはチャレンジ!

日高:日本の美術大学、油画科入試なら受験科目で油絵を描きます。ですが、日本画学科の入試には日本画の画材を使う試験がないんです。日本画学科の受験生で日本画を描いた経験がある人は少ない。多くの日本画学科の学生が、入学して初めて日本画材に触れるというのが一般的なんです。

ーーーそれは知りませんでした!見事「日本画学科」に合格された後、日本画の授業はいかがでしたか?

日高:最初の授業で習ったのは、チューリップを描く課題でした。まず鉛筆でデッサンし、それをトレーシングペーパーでなぞり、さらに「念紙(ねんし)」というカーボン紙のようなものを使って本紙に転写する。そして転写された線の上に墨で線描きをし、最後に着彩していく。非常に多くの工程を踏んで作品を制作していく描き方でした。

ーーー日本画って、そんなにたくさんの工程を踏むのですね。すごい!

日高:日本画にはいろいろな描き方があり、このやり方はそのなかのひとつ。当時の私は、最初に目の前のチューリップを鉛筆で直接デッサンしていたときの感覚の方がずっと新鮮で、「もっとダイレクトに描きたい」という思いが強くなりました。そこから、日本画の手法だけにとらわれず、自分なりの表現を模索し始めるようになったんです。

※1:素描……鉛筆などの単色で描かれた絵。試作的な絵や下絵の場合もある。デッサンとほぼ同じ意味。ドローイングも鉛筆などで主に線で描かれた絵のことを指す。デッサンは「対象を正確に写し取る」要素が強く、ドローイングはより自由なニュアンスで語られることもある。

日本画材だからこそできる!岩絵具と膠、描いた後の表情、変化

ーーー日高さんは木をモノクロームで描いています。何か理由がありますか?

日高:ドローイング、素描への興味から、モノクロームの表現に繋がっていきました。

ーーーなるほど。日本画学科で、水墨画を鑑賞したことなども関係があります?

日高:特に水墨画を意識してはいませんでしたが、例えば速水御舟(はやみぎょしゅう※2)の作品「牡丹花(墨牡丹)」のようにドローイング、素描の中には、墨を使ったものもあります。そういった作品からの影響はあるかもしれません。

ーーー個人的に気になっているのは、黒い木や枝の部分にある、かすれのようなものです。

日高さんの描く木に近づくと、こすったり、けずったりした跡が見える/筆者撮影

日高:これは筆で描いた、かすれではありません。

ーーー失礼しました!

日高:塗り重ねた岩絵具(いわえのぐ)を後からこすったり、けずったりしているんです。

ーーーせっかく塗り重ねた岩絵具をけずってしまうのですか?

日高:日本画で使われる岩絵具は鉱物などを砕いた粉末で、それを膠(にかわ※3)で溶いて紙に定着させます。油絵や水彩画の絵の具は重ねることで濃淡や色の深みが出ますが、岩絵具はある程度塗り重ねると、どこまで塗ってもそれ以上色が変わらなくなっていきます。

ーーーそれは興味深い!

日高:岩絵具をいくら塗り重ねても色としての変化が止まり、ベタ塗りになってどこか息苦しさを感じてしまうんです。そこで描きながら、塗った絵の具をこすったり、けずったりします。膠で定着している絵の具は紙の上で描いて固まった後でも、水やお湯を含ませた布で拭いたり、細かな部分なら綿棒でこすったり、けずったりすることができます。

ーーー膠の性質って面白いですね。塗り重ねた岩絵具をこすったり、けずったりするのは、伝統的な日本画のやり方でしょうか?

日高:私の制作にとって必要な描き方ですが、特に伝統的な日本画の描き方ということではないと思います。

※2:速水御舟……大正・昭和時代前期の日本画家。
※3:膠……動物や魚の皮・骨などを水で煮てコラーゲンなどを抽出し、かためたもの。日本画では、岩絵具と混ぜてつかう。

日本画材の白…胡粉と水晶末を何度も塗り重ねる“空”

ーーー黒い樹木の背後に見える白い「空」はどのように描かれていますか?

Installation view at Tomio Koyama Gallery Kyobashi, Tokyo, Japan, 2026 (C)Rieko Hidaka, photo by Kenji Takahashi

日高:私にとって空は、直接描きこむ対象ではなく、「測りしれない空間」です。見上げて木の枝や葉と、同時に、空を見ること、描くことでその先にある途方もない空間をとらえようとしています。

ーーー空の部分につかっている白い絵の具は?

日高:「胡粉(ごふん)」と「水晶末(すいしょうまつ)」という白い日本画の絵の具を使っています。

日高さんが描く白い部分をよく見ると、ムラがある/筆者撮影

ーーー貝殻から作られる胡粉と、水晶を砕いた水晶末ですね。どのようにつかうのでしょう?

日高:胡粉と水晶末、それぞれを何度も塗り重ねていきます。どれだけフラットに塗ろうとしても、粒子の異なる絵の具を塗り重ねることで、画面には絶妙なムラができます。

ーーー何度も!

日高:白い空の部分も塗った後こすったり、けずったりしています。

ーーーなぜ空の部分をこすったり、けずったりされるのですか?

日高:塗り重ねた表面をこすったり、けずったりすることで特に自然光の中で作品を見ていただくと、光の反射と相まって空が単なる平面ではなく、測り知れない空間として立ち上がってくる気がしています。

日本画や現代美術といったジャンルを超える

日高:私は「日本画だから」とか「現代美術だから」といったジャンルを意識したことはありません。セザンヌがいう「感覚の実現」という言葉に、10代で出会いました。徐々に「感覚の実現」をリアルに感じ始め、自分自身にとっての「見る」とはどういうことなのかを探り続けてきた結果が今のスタイルです。

Installation view from “Rieko Hidaka Retirement Exhibition: Space, natural light, painting” at Tama Art University Hachioji Campus Art-Theque Gallery, Tokyo, Japan, 2025 Photo: (C)Risaku Suzuki / Artwork: (C)Rieko Hidaka 撮影:鈴木理策

ーーー私は絵画を、ジャンル分けして鑑賞してました。反省!

日高:線遠近法(※4)や、空気遠近法(※5)ではなく、私自身の遠近感で描く。私は首をできるだけ90度に曲げて枝や葉を、空と共にひとつひとつを合わせながら視点を無数にずらして描いています。

ーーー日高さんが身体感覚を描く現代美術の領域。そして、絵の具に粒子のムラがあったり、膠がお湯で変化したり……日本画材の多岐にわたる魅力。美術のジャンルを超えて絵画を鑑賞する楽しさを、日高さんに教えていただきました。今日はありがとうございました。

※4:線遠近法……透視図法ともいう。消失点に向けて収束するように描く。
※5:空気遠近法……空気を利用した空間表現法。遠くにあるものは霞んでみえるようにぼやかして描き、空間の奥行きを表す。
アイキャッチ:Installation view from “Rieko Hidaka Retirement Exhibition: Space, natural light. painting” at Tama Art University Hachioji Campus Art-Theque Gallery, Tokyo. Japan.2025 Photo:(C)Risaku Suzuki / Artwork: (C)Rieko Hidaka 撮影:鈴木理策
編集協力/小山登美夫ギャラリー

日高理恵子

画家。1958年東京都生まれ。1983年武蔵野美術大学造形学部日本画学科を卒業。1985年武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻修了。現在東京を拠点に制作活動を行う。1995~1996年文化庁芸術家在外研修員としてドイツに滞在。2009~2026年多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻教授を務める。

今までに国内外で数多くの展覧会に参加しており、主な個展に「近作展 22」(国立国際美術館、大阪、1998年)、「The Space of Trees」(アートカイトミュージアム、ドイツ、2003年)、「樹」(北の大地美術館、北海道、2004年)、「空と樹と」(ヴァンジ彫刻庭園美術館、静岡、2017年)、「退任展 日高理恵子 空間と、自然光と、絵と、」(多摩美術大学 八王子キャンパス アートテークギャラリー、東京、2025 年)等。

作品は東京国立近代美術館、東京都現代美術館、国立国際美術館など多くの美術館に所蔵されている。

日高理恵子 個展

2026.9.26 [Sat.] – 11.8 [Sun.]
11:00-19:00 日月祝 休(※最終日の11月8日[日]は開廊)
小山登美夫ギャラリー京橋

*本展は京橋、六本木での同時開催となります。
https://www.tomiokoyamagallery.com/exhibitions/hidaka_kyobashi_2026/

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給湯流茶道

きゅうとうりゅう・さどう。信長や秀吉が戦場で茶会をした歴史を再現!現代の戦場、オフィス給湯室で抹茶をたてる団体、2010年発足。道後温泉ストリップ劇場、ロンドンの弁護士事務所、廃線になる駅前で茶会をしたことも。サラリーマン視点で日本文化を再構築。現在は雅楽、狂言、詩吟などの公演も行っている。ぜひ遊びにきてください!
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