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2019.04.28

すみだ北斎美術館「北斎のなりわい大図鑑」で大発見。 江戸時代の仕事ってなんだかすごく楽しそう!

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2019年4月23日(火)〜6月9日(日)まで、両国の「すみだ北斎美術館」にて、企画展「北斎のなりわい大図鑑」が開催中です。「なりわい」とは、生きるための仕事のこと。今回の展示は、いつも着目される「富士山」や「波」は一旦おいて、それらの手前に描かれた人物、それも「働く人々」に光を当てています。

2019年は北斎の没後170年ということで、様々な場所で、また様々な形で、北斎がフィーチャーされています。実際、「北斎はこないだ見たばっかり」という方もいるでしょう。しかし本展は、そんな北斎作品に慣れ親しんだ方にこそ、見ていただきたいのです! たとえお馴染みの「富嶽百景」や「冨嶽三十六景」でも、そこに描かれた人間模様に着目すると、あら不思議、江戸時代ならではの多彩な職業や、働く人々のいきいきとした表情が見えてきます。

本展では、そんな多種多様な江戸時代の「なりわい」を描いた作品が、前期・後期合わせて102点も展示されます! 江戸時代ファンはもちろん、北斎作品を何度も見ている人も、江戸時代の生活感に酔いしれること間違いなしです! さっそく、見どころをたっぷりレポートいたします。

見どころ 1 「江戸庶民」北斎の目を通して、改めて名画を見る!

葛飾北斎といえば、その作品は国内のみならず海外でもありがたがられる、名実ともに「日本を代表する巨匠」ですが、北斎その人の生活はとても「庶民然」としていました。散らかった狭い家に暮らし、風呂屋にたむろし、茶屋に行き、路上の屋台で蕎麦をすする。有名絵師でそれなりに収入はあったはずなのに、お金に興味がなくて常にビンボー、借金もしばしば。そんな「普通の江戸庶民」北斎が描き出す市井の人々の人間模様は、音声や匂いまで伝わってきそうなほどリアルです。技巧の利いた名画として名高い作品も、人物に注目して改めて見てみると、そこには北斎の人間に対するシンパシーや愛情が満ちているのがわかります。たとえばこちら。

葛飾北斎「百人一首うはかゑとき 源宗于朝臣」(前期)すみだ北斎美術館蔵

雪山での仕事の合間、暖をとる猟師が描かれています。炎と煙のユニークな形が印象的な名画ですが、人間に注目してみると・・・なんだか焚き火に交じりたくなるほど楽しそうではないですか。

左上の男性は、急に自分を襲ってきた炎に文句を言っているようでもあるし、その下の男性は、それをおもしろがっているようでもあります。「女房にゃ構ってもれぇねぇから焚き火とイチャイチャか、ごくろうなこったな」といったところでしょうか。雪山の寒々しさよりも、暖かそうな炎が目立つのは、そんな暖かな人間模様が描かれているからこそかもしれません。

見どころ 2  初公開! 北斎の「蛤売り図」が見られる!

北斎の名画を、別の視点で見られるのはとても楽しいことですが、今回の展示で見られるのは、「もう何度も見た北斎」だけではありません! 本展では、新たに「すみだ北斎美術館」のコレクションに加わった北斎の肉筆画が初公開となります。その名も「蛤(はまぐり)売り図」。実はこの絵、これまで「蜆(しじみ)売り」とされていたんだそうです。ハマグリでもシジミでも似たようなもんだよ・・・と思ったら、絵に添えられた賛にも、同じようなことが書いてありました。

葛飾北斎「蛤売り図」(前期)すみだ北斎美術館蔵「蜆子かと思ひの外の蛤は けにくりはまな思ひつき影 蜀山人筆」

「シジミかと思ったらハマグリだったなんて、まさに〈ぐりはま〉だなって思いついたよ」という意味です。「ぐりはま」というのは「はまぐり」をひっくり返して成った語で、「物事の食い違い」を意味します。ハマグリは漢字で「蛤」と書くように、同じ貝同士でないとピッタリと合わないからです。

北斎が描いた「蛤売り」を「蜆売り」としてしまうなんて、(賛に寄せた冗談として)確信犯だったのでは? なんて疑ってしまうほど、よくできた〈ぐりはま〉なエピソードです。もし冗談だったのなら、世紀を超えた「超ロングボケ」に、ここにきてツッコミを入れたことになりますね。

ちなみに、こちら「蛤売り図」は前期のみの展示(~5/19)となります。北斎のキャリア中期頃に描かれた貴重な肉筆画を是非お見逃しなく!

見どころ 3  江戸時代の仕事の自由さが炸裂!

今回の展示を見ていてニヤニヤが止まらない最大の理由、それは江戸時代ならではの、自由すぎる職業の数々が紹介されていることです。「江戸時代はお上が厳しくて、自由のない窮屈な時代」という旧来の認識が必ずしも的を射てはいなかったことがよくわかります。本項では、江戸人のアイディアが満載の職業を、ちょっとだけご紹介します。

江戸のエンタメ業は発想力が勝負!

葛飾北斎「覗機関」(前期)すみだ北斎美術館蔵

「覗機関(のぞきからくり)」とは、紐の操作で転換する数枚の絵を覗き穴から眺める見世物のことです。中には凸レンズが設置してあって、代わる代わる現れる絵が拡大して見えるようにしてあります。横に立つ人は、独特の「からくり節」で調子をとって、物語や歌を唄って聞かせました。単なる絵や紙芝居ではなく、3D映画のようなおもしろさのある覗機関に子供たちは大興奮。江戸時代のエンターテイナーは、一捻りする発想力で観客を沸かせたのです。

医師は無免許でおけ◎

葛飾北斎「北斎漫画」十二編 治療(部分)(通期)すみだ北斎美術館蔵

こちらは「北斎漫画」より、「治療」の様子。「治療」とはいえなんとなく深刻みに欠けるのは、当時町医者のほとんどが、治療といっても舌の色と脈を見て、薬を処方するだけだったからです。医者になるための資格などは一切なく、さらに医者になれば周囲に尊敬され、町奉行から許可を得ればタダで駕籠にも乗れるということで、志願者が多くヤブ医者も多かったとか。とはいえ、「免許なし」ということは評判が第一ですから、一時期には江戸の町だけで2500人いたという「医者」も、商売を続けられた人は一握り、だったはず・・・。

「仕事はなるべくサボりたい」派には、「油を売る」という選択肢があり〼

葛飾北斎「北斎麁画」隅田川遠桜(通期)すみだ北斎美術館蔵

描かれているのは、右に大根売り、そして左に油売りです。江戸の町ではありとあらゆる食品や日用品が天秤棒を振り担いだ「棒手振り」によって売られていました。棒手振りは貧しい人の職業だと言われますが、北斎の描く行商人はちっとも不幸そうではありません。むしろ、好きな時に元手なしでいつでも始められる振り売りは、「定職なんぞ、しゃらくせえ」と思っていた江戸っ子のいい選択肢だったのかもしれません。

ちなみに、「サボる」という意味で「油を売る」という言い回しがありますが、これは江戸時代の油売りに語源があります。油売りは、粘り気のある油を、大きな桶から客の持参した容器に注ぎます。客も油売りも、最後のしずくが垂れるまで延々と待っていなければならず、その間には世間話に花が咲きます。そんな様子がまるで怠けているようだから、「油売り」が怠けることを表すようになったのでした。実際に怠けていたわけでは、(たぶん)ありません。

「宵越しの銭は持たねえ」派なら、大道芸という選択肢があり〼

葛飾北斎「北斎漫画」十編 香具師(通期)すみだ北斎美術館蔵

江戸名物の一つに、大道芸があります。この図で北斎が描いているのは、煙草の煙を操る「煙草曲呑」、吊られた柿を食べる「鉤柿」、食べ物を放り投げて食べる「曲喰」、そしてただただ蕎麦を食べる「無芸大食」。最後は北斎の冗談かもしれませんが、もしかしたら本当にいたのかもしれません。なにせ江戸の町には大道芸人が多かったといいます。江戸は「粋」の世界ですから、笑ったら最後、いくらか出さなければ野暮と言われてしまいます。とりあえず今夜の酒代だけ稼げればいい、という場合には、今できることを考え出して、チップで稼ぐこともできました。

見どころ 4 現代につながるニッポンの仕事術がわかる!

北斎が描いた仕事の中には、現代へとつながるなりわいもたくさんあります。たとえば、日本のものづくり文化の要となる職人の仕事です。現代では機械化も進んでいますが、全ての工程を人の手で仕上げた江戸時代は、ほとんど全てのものづくりが「職人技」を要する仕事だったと言っても過言ではありません。また、それらの内の多くは、「伝統工芸」として現代の仕事に残っています。

葛飾北斎「冨嶽三十六景 尾州不二見原」(前期)すみだ北斎美術館蔵

こちらは有名な「冨嶽三十六景」シリーズのひとつで、桶職人を描いたものです。桶が転がっていかないように木槌をストッパー代わりに使うなど、リアリティーのある職人の仕事術が描かれています。

二代葛飾戴斗「万職図考」三編(部分)(通期)すみだ北斎美術館蔵こちらは、藍染を専門にした「紺屋」。楽しんで仕事をする職人の姿が生き生きと描写されています。

見どころ 5 現代の文化と「似ていて違う」江戸文化がおもしろい!

今展のテーマは、「北斎のなりわい大図鑑」です。なりわいとはすなわち、人間の文化・生活そのものです。展示を見ていると、テクノロジーの進んだ現代ならではだと思っていた文化が、実は江戸時代にも、江戸時代ならではのかたちで存在していたことがわかるのです。

現代と「似ていて違う」江戸文化:口上

牧墨僊「写真学筆 墨僊叢画」すみだ北斎美術館蔵(右は、左頁の「唐辛子売り」拡大。大きすぎる唐辛子型の張子に、小袋に詰めた七味唐辛子がたくさん入っています。目立つためには恥ずかしさなんてなんのその! です)

こちらの絵で描かれているもの売りは、みんな口を大きく開けています。これは口上(こうじょう)を述べながら売り歩いているからです。口上とは、現代でいう宣伝文句のこと。たとえば唐辛子売りの口上は「とんとん唐辛子、ひりりと辛いが山椒の粉、すはすは辛いが胡椒の粉、七味唐辛子」だそうです。現代なら宣伝コピーといったところでしょうか。これをほとんどの行商人がやるのですから、江戸の町は活気に満ちていたことでしょう。

 葛飾北斎「北斎漫画」十編 香具師(部分)(通期)すみだ北斎美術館蔵

宣伝のプロと言えばこの人たち、香具師(やし)です。歯磨き粉や薬などを売るために、商品とは関係ない大道芸で客を集めます。現代のテレビCMにも、最後の5秒まで一体なんのCMなのかさっぱりわからないものがありますが、時代が変わっても発想は同じです。

現代と「似ていて違う」江戸文化:駕籠

葛飾北斎「百人一首宇波か縁説 藤原道信朝臣」(前期)すみだ北斎美術館蔵

体の出来上がった屈強そうな男たちが、客を乗せて走る、疾走感のある絵です。車などない江戸時代、歩くのが嫌だったらタクシー代わりになるのは駕籠です。これがかなりスピードを出していたとのこと。ただし現代と違うのは、駕籠は乗る方も大変だったということです。

たとえば最速の「早(はや)駕籠」だと、担ぐ2人の他に、駕籠を引っ張る人と押す人がそれぞれ前後につきます。この場合、客も合わせて5人でテンポよく調子を取らないと上手くいかないのです。客の乗り方を「乗り前」(「腕前」の「前」です!)といって、乗り前が下手だと途中でも降ろされてしまうといいます。

現代のタクシーでも、運転手さんがお客さんに文句を言ったり、運転が荒くなったりすることはありますが、さすがに降ろされるなんてことは・・・ありますか?

現代と「似ていて違う」江戸文化:舟

葛飾北斎「東海道五拾三次 川崎」(前期)すみだ北斎美術館蔵

「ちょっとそこまで」なら駕籠で充分ですが、重たい荷物があったり、長距離を行きたい時、あるいはデートの時なんかは断然舟が便利です。江戸は水上交通が整備されていて、それは現代の首都高さながらだったといいます。北斎の描いた船頭はのんびり歌でも歌っていそうな雰囲気ですが、馬も荷物も乗せた重い舟を操作するのは至難の技。長年の経験が必要な船頭は収入も高く、女子にもモテたといいます。

見どころ 6 お金がない時はなんでもやった! 北斎のなりわいエピソードに胸キュン!!

「世界の」北斎だって、生まれた時から天才絵師だったわけではありません。本展では、北斎が下積み時代に携わったと伝わる仕事や、幼い頃から近くにあった仕事、お金がない時にしていた副業など、「北斎のなりわいエピソード」がところどころで紹介されています。北斎の絵はさることながら、その生き様にも惹かれているファンにはたまらない演出です。「絵師・北斎」の前にいる「人間・北斎」の姿に思いを馳せてみるのも、楽しいですね。

葛飾北斎「絵本庭訓往来」初編(部分)(前期)すみだ北斎美術館蔵

江戸時代を観光するつもりで、当時の空気感に浸ろう!

「森羅万象を描いた」と言われる北斎の目を通して語られる江戸時代のなりわい、それは驚くほど多種多様で、羨ましくなるほど自由で、見ているこちらまで元気が出るほど生き生きとしていました。そこには、「仕事=プライベートと分けられるべき労苦」という認識はありません。むしろ「なりわい」とは、ごはんを食べたり友人と会ったりするのと同じ、楽しむべき生活そのものなのだと思わせられます。「ワーク・ライフ・バランス」に悩むストレス過多の現代人には、デトックス効果バツグンの展示です。

この記事でご紹介したのは全体のうちのほんの一部です。今展では「大図鑑」の名にふさわしく、前後期合わせて100点以上の作品が展示されます。生活感あふれる北斎一門による絵は、まさに江戸時代にタイムスリップしたかのような気分にさせてくれます。いつものように、前後期で展示替え、場面替えがありますので、ぜひ何度でも、当時の空気感に浸りにいってくださいね!

展覧会情報

展覧会名: 「北斎のなりわい大図鑑」
会期: 2019年4月23日(火)〜 6月9日(日)
前期: 4月23日(火)〜 5月19日(日)
後期: 5月21日(火)〜 6月9日(日)
※ 前後期で展示替えあり
※ 休館日: 毎週月曜日 ※5/7(火)、5/13(月)、5/20(月)、5/27(月)、6/3(月)休館
公式サイト

書いた人

横浜生まれ。お金を貯めては旅に出るか、半年くらい引きこもって小説を書いたり映画を撮ったりする人生。モノを持たず未来を持たない江戸町民の身軽さに激しく憧れる。趣味は苦行と瞑想と一人ダンスパーティ。尊敬する人は縄文人。縄文時代と江戸時代の長い平和(a.k.a.ヒマ)が生み出した無用の産物が、日本文化の真骨頂なのだと固く信じている。