あふれ出るユーモアとサブカル感!芸術の素養ゼロのわたしの目をはじめて釘づけにした謎絵画、それが大津絵。ここは、滋賀県大津市。都内の美術館さえ行かないのに、ある企画展を見るためにはるばる琵琶湖の西南までやってきてしまったのです。それは、2019年10月12日~11月24日に大津市歴史博物館で行われた「大津絵 -ヨーロッパの視点から」。
知識ゼロで臨んだのに、明らかにおもしろい絵が登場して思わずニヤリ。
大津絵といえばコレ。作品名は、『鬼の念仏』。大胆で迷いのない線なのに、どことなくヘタウマ調? そして、お茶目な表情で鬼なのにかわいいではないですか。
鬼モチーフは大津絵の定番であり、
美女を連れたこんな鬼もいました。作品名は、『鬼念仏藤娘図 温山良隠筆』。鬼と一緒にいるのは、藤の花を持った娘「藤娘」で、こちらも大津絵の定番モチーフです。
企画展の会場には、大津絵に登場する鬼を一覧にしたパネルがドーン。鬼さん、人気だなあ!
さらに、絵から飛び出して立体作品まで。こちらは『大津絵こけし 四代目高橋松山作・レストラン風月製(左端のみ)』(個人蔵)です。
西洋の人も熱狂!ピカソも大好き!?
この企画展は、2019年4月24日~6月15日、パリ日本文化会館において、ヨーロッパ初となる大規模な大津絵展「OTSU-E:Peintures populaires du Japon」を記念して開催されたもの。大津市歴史博物館では、パリ大津絵展から約70点の作品が出品されました。
2019年の大津絵展にパリの人が熱狂した通り、江戸時代から大津絵は西洋の人々からも大人気。浮世絵が圧倒的存在感を放つ中で地味な存在ながら、大津絵は審美眼を持つ人々から確かに評価されてきたのです。
江戸時代、ドイツ人医師のシーボルトは江戸に出向く際、大津絵を目撃したことが記されています。以下は、シーボルトが携帯したとされる当時の旅行ガイドブックのクローズアップ。
この企画展の仕掛け人である学芸員の横谷賢一郎さんは、「シーボルトが将軍への挨拶のため、長崎の出島から江戸へ向かう途中、旧東海道で大津追分を通り過ぎるときに大津絵を見かけて『マストスーベニア!』として惚れ込んだのでしょうか。愛用の旅行ガイドブックの大津のページにオランダ語で『Ootsue』とメモしています」と教えてくれました。
明治時代にはアメリカ人美術史家のフェノロサ、大正時代にはスペイン人画家のピカソが大津絵を所蔵したそうです。
この作品は、『猫と鼠』。学芸員による「ピカソイチオシ!」のコメントが誇らしげです。
軽くおさらい。大津絵って何?
大津絵は、滋賀県大津市の大谷町(おおたにまち)や追分町あたりで、江戸初期から明治にかけて制作された絵画。作家が趣向を凝らして制作する一点物ではなく、いわば大量生産された安価な庶民アートです。『鬼の念仏』や『藤娘』など、お決まりのモチーフを名もなき画工が生活のためにせっせと描き続けました。何やら文字が書かれているのは「道歌」。仏教の教えや道徳など教訓です。
最初は信仰の対象となる仏を描いた画からはじまり、日常を描く風俗画やユーモアあふれる戯画などの要素を取り入れ、独自に発展していったとされています。
これを見てください。作品名は、『大黒と外法の相撲図 富岡鉄斎筆』(個人蔵)。外法(げほう)とは福禄寿(寿老人)のこと。七福神の大黒様(財福の神)と福禄寿(健康長寿の神)が相撲を取っています。お金の願望と健康長寿の願望、それを競わせたその勝負の行方は?結局、犠牲になるのは健康長寿だという風刺です。
大津といえば、京都に近く旅人も多い土地柄、お土産物として好まれたようです。現在、わたしたちが旅先で求めるポストカードのようなもの、といったところでしょうか。わたしはお土産物店で大津絵一筆箋を買って帰りました。
企画展にもユーモアがなければ
この企画展がおもしろいのは、全エリア撮影可としたところ。横谷さんによると、「パリの大津絵展では、一部の美術館出品作以外は撮影OKの承諾をいただいていました。その流れもあり、また展示期間の関係で今回の企画展では全作品撮影OKとなりました。結果、展覧会を広く知ってもらえて、大津絵のおもしろさを効果的に発信できたと思います」とのこと。
絵に見入る人、スマホで撮ってSNSに投稿する人、同伴者と笑い合う人などがいて、みんな思い思いに楽しんでいたのも印象的。堅苦しくない、この自由な空気感ってまさに大津絵っぽい。お客さんからの感想アンケートの回収率も過去最多レベルだったそう。コメントも「これまで見た美術展でピカ一。素朴と風刺、興味が持てました。稚拙な感じで、とてもポップでグッドです」など、かなり好評だったそうです。
これから見たい人のための観覧ガイド
2020年は、巡回展「もうひとつの江戸絵画」で大津絵が見られます。内容は、近代の画家・文化人・数寄者ゆかりの大津絵を、画家たちの作品とともに展示し、彼らを魅了し、影響を与えた大津絵について紹介するもの。5月19日~6月28日は福島県立美術館、9月19日~11月8日は東京ステーションギャラリーで実施予定です。
なお、大津市歴史博物館の常設展示室でも、通年で、大津絵を絶賛パワープレイ展示中です(掛軸11点、版画11点、人形30点余り、土鈴8点、落雁木型2点)。もし大津に出かけるなら、町中散策もご一緒にいかがでしょうか。シャッターや欄干でも大津絵が見られますよ。
弁慶力餅(浜大津)、大津絵落雁(藤屋内匠の)などの大津絵にちなむお土産もののほか、大津機動隊(市役所裏)の特殊作業車のエンブレム(釣鐘弁慶)など、ちょっとしたところに大津絵を見つける楽しみも。長等神社門前参道の「大津絵の店」で、大津絵師5代目高橋松山さんの作品が購入できますよ。
◆取材協力=大津市歴史博物館
滋賀県大津市御陵町2−2
http://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/