Craft
2020.01.28

「和紙スイーツ」がかわいい!透けるほど薄い紙・典具帖紙で手作りした和菓子アートの世界

この記事を書いた人

ウメ~ェ!グルメのヤギなら思わずペロリと平らげてしまいそうなショートケーキやフィナンシェ。それらがすべて紙でできているからです。出来栄えはヤギだけでなく人間をも唸らせるほど。作ったのは「和紙スイーツⓇ」作家の倉美紀(くら・みき)さん。幼いころ母親と一緒にお菓子作りをしていた倉さんは、勤めていた会社を辞めた後にケーキ作りの講師をしていたほどお菓子作りにのめり込みます。

しかし、倉さんが最終的に選んだのはケーキ教室講師ではなく、和紙でお菓子を表現する「和紙スイーツ」作家の道でした。パレットナイフをハサミに持ち換えて、特殊な製法で漉(す)かれる和紙、典具帖紙(てんぐじょうし)を使ったアート表現に挑む倉さんのアトリエにお邪魔しました。
「和紙スイーツ」を創った倉美紀さん。手に持っているのは典具帖紙

贈った相手を喜ばせた手作りのお菓子

――よくできていますね、このフィナンシェ。もともと本物のお菓子作りがお好きだったんですか。

和紙の精巧な細工でフランス人を唸らせた洋菓子の数々(ボルドーの合同展「日本文化・伝統と現在」で)

倉:はい。物心ついたころから母と一緒にお菓子を作っていました。手作りのお菓子をプレゼントすると、みんな喜んでくれるんです。受け取った人が喜ぶ姿を見ると自分も嬉しくなる。で、もっとがんばる。その繰り返しです。

――その結果、人に教える立場になってしまった。

倉:手作り教室でケーキ担当の講師として7年間、教えていました。人に好きな事を教える楽しさを感じましたね。

作りたいものを豊かに表現できる和紙

――倉さんが提唱された「和紙スイーツ」は商標登録されている創作活動ですが、なんで和紙に着目されたんですか。

倉:いろいろな紙を使って作り続けていくうちに、自分が作りたい、お菓子をテーマにした作品を最も豊かに表現できる材料として辿り着いたのが和紙でした。その柔軟性や温かな風合い、おいしそうな焼き色が作れるといった特徴は和紙ならではだと思います。

立体作品「マカロンの行列」。マカロンたちが人気スイーツ店に並んでいる様子を表現
――和紙の魅力ってなんですか。

倉:温かな質感と、強くて柔軟性があるところ。色の表現も豊かです。例えば、そのしなやかさで曲面にも沿えるし、紐や丸にも形を変えられます。色付きの和紙は重ね方次第でさまざまな色彩を表現できる。ちょうど、絵の具のように使えるので便利なんです。「和紙スイーツ」はお菓子から広がるイメージを和紙で表現できないかという発想から始まりました。

色付きの典具帖紙を撚(よ)って紐や丸にする

見た人を驚かせる典具帖紙の技

――一口に和紙と言っても、産地は全国各地にあります。となると当然、善し悪しとか相性とかもありますよね。

倉:そうですね。いろいろ試した中では典具帖紙の表現の幅がとても豊かなので、ずっと使い続けています。「和紙スイーツ」は典具帖紙あればこそ。典具帖紙はお菓子のふんわり感や微妙な焼き色を表すのに最適だからです。向こうが透けて見えるほど薄いのに、ずっと触っていると優しい気持ちになってきます。

――確かに、手に取ってみると、一組のティッシュペーパーを剥がした1枚よりも薄くて軽いですね。
2g/㎡の典具帖紙。下に置いたものが透けるほど薄い
倉:この紙はもともと、古い書物とか絵画とかの修復や「ちぎり絵」などに使われていました。そのどれもが平面的であるの対して「和紙スイーツ」は丸めたり、撚ったりする立体的な表現です。透ける。形を変えられる。重ねると濃淡が作れる。すべて典具帖紙ならではの技です。

――創作中はどんなことを感じたり考えたりしていますか。

倉:典具帖紙には今でも発見があります。その秘められた可能性にワクワクしながら創作しています。こんなこともできるんだ、こんな表情も出せるんだ、と発見するたびに感動したり驚いたりしています。

――作品をご覧になった皆さんの反応はいかがですか。

倉:和紙でできていることをお伝えした時にはやはり驚かれます。ほとんどの人が初めて見る薄い典具帖紙そのものへの驚き、そして、多様な表現ができる典具帖紙の可能性に対する驚きです。

――私も十分に驚かせていただきました。結婚式をテーマにした色とりどりの落雁「祝福」。手前2つは新郎新婦

正真正銘、たった1枚の典具帖紙で作る

――実際はどんな風に作るんですか。

倉:決まった手順はありません。心の趣くまま、作りたい形に整えていけばいいんです。例えば、下の写真の右側の和菓子は色付きの典具帖紙で何層にも覆った土台(緑の部分)を1枚の白い典具帖紙から作ったすだれで巻けば出来上がり。

立体作品「彩り」。四季折々の和菓子の質感の表現は日本の和紙ならでは

【制作過程】「彩り」の夏の和菓子の透明感のあるすだれ部分を作る

カットした典具帖紙を折りたたむ。試行錯誤を繰り返した大変に難しい作業

典具帖紙のすだれをふわりとかけて完成

【制作過程】「かくかくキラキラ」が平面から立体になる流れ

――こっちの作品はキラキラしてきれいですね。

倉:最新作です。その名も「かくかくキラキラ」。正真正銘、1枚の典具帖紙で作りました。柔らかな和紙に「かくかく」したシャープさを、マットな質感に「キラキラ」した光沢を感じるところがポイントです。温かく柔らかな和紙のイメージと対照的なところも面白いと感じています。

グラデーション染めの典具帖紙。3枚重なった状態

大小の四角を折る。グラデーションでさまざまな色になる

重なり部分は混ざり合って濃い色になる。それを積んでいく。光が当たり、キラキラ光る

さらに積み上げて完成

「何か」を教えてくれる和空間

――合同展や個展では毎回、典具帖紙を使った新たな試みを打ち出していらっしゃいますね。

倉:今、制作で一番興味があるのは1枚の和紙で表現する透明な世界です。クッキーや和菓子といったこれまでの作品は土台に厚紙や綿などを使います。ですから、表現もふんわり、柔らかなイメージになる。そこで、敢えて1枚の紙を折って四角にすることに挑みました。薄い和紙だけれど、きれいな角が出る。その形を保つ。透き通った四角は寒天のようでもあり、氷菓子のようでもある。典具帖紙ならではの表現です。

――フランス・ボルドーの合同展で、倉さんは「自分だけでなく、周りの人を温かな気持ちにしてくれるのも和紙スイーツの魅力」とおっしゃっています。展示会のあり方に対する思いはありますか。

倉:2018年に初めて和室で展示をしました。初めは戸惑いましたが、飾ってみると、なんとも味わい深いんです。つまり、和空間は何かを教えてくれるように感じました。そこに寄り添いたいという想いが生まれるんですね。
2019和紙スイーツ展「甘いおしゃべり」(文化のみち橦木館=名古屋)

2018年に開いた展示会では床の間に飾る寒天のしずくを創作しました。

――寒天のしずくですか。涼しげですね。

倉:吊るした和紙の寒天の下にフルーツみつまめの作品を置く。寒天が集まって一皿のみつまめになる。一皿のみつまめが広がって寒天のしずくになる。和室という環境の中で、その2つの世界が行き来するような楽しい空間になりました。

2018和紙スイーツ展「甘い夢」。白鳥庭園(名古屋)床の間に飾った作品「寒天のしずく」

誰もが知らないうちに和紙と対話している

――創作活動と共に行っている教室ではどんなことに力を入れていらっしゃいますか。

倉:和紙スイーツ教室を始めて12年になります。先生が参加者に教える「教室」と共に、先生と参加者が並んで歩くような「ワークショップ」も行うようになりました。今は、作業の過程で互いに発見し、喜び合えるワークショップに魅力を感じています。

――ワークショップ活動を重ねる中で「気づき」はありましたか。

倉:参加者の誰もが知らないうちに和紙と対話していると感じました。透ける和紙の特性を生かして、重ねて濃淡つけたり、貼ったりする。みんな手に取るのが初めてなのに、知らず知らず、和紙と向き合っているんです。初めはこの活動を通じて和紙の魅力を伝えたいと思っていたんですが、みんな、ちゃんと感じている。難しいことをわざわざ伝えなくても、自分で形にしていくことで手と心が感じているんだと思いました。
「和紙で作るアイスクリーム」。夏休みキッズワークショップより

自ら染色したモンブランのマロンクリーム

――お菓子をテーマにした創作の一つに物語のようなシリーズがありますね。

倉:モンブランをモチーフにした「栗太郎」というシリーズです。立体作品と額作品とがあります。小さな物語をつづるように、楽しみながら作品にしています。この作品からは思いがけない広がりがありました。
額作品「栗太郎」。和紙スイーツの人気キャラクター。背景の和紙の墨が雨筋に見える

――どんな広がりですか。

倉:2018年から「私の栗太郎を作ろう!」というワークショップを始めたんです。シンプルな材料と工程なんですが、典具帖紙のさまざまな表現を体験でき、個性あふれる仕上がりを見ながら皆さんで交流もできる、なんとも豊かなワークショップです。そのぶん、マロン色の和紙がたくさん必要になり、自分で染めることにチャレンジしました。1色は紅茶、もう1色は和紙作家さんからいただいた栗のイガの染液を使いました。

――紅茶と栗のイガの染液では色合いも違いますよね。

倉:はい。原料が違えば当然ですが、染液は同じものでも染めるたびに出てくる色が異なります。その和紙を使った栗太郎のワークショップでは参加者の好みが分かれました。紅茶か栗かだけでなく、濃淡でも分かれる。この経験を通して色に対する感覚が変わりました。特定の色ではなく、その時々の色すべてがいいんです。染める時に濡れた和紙に触れる。和紙に自分で色を付ける。和紙の何かを紐解くようでもありました。
立体作品「栗太郎」。このマロンクリームの色の再現を目指して試行錯誤した

作品から甘い笑顔を届けたい

――さまざまな試みを重ねてこられた倉さんの、今後の重点は。

倉:「1枚の和紙からの創作」と「和紙を感じて和紙と遊ぶワークショップの活動」です。

――改めて「和紙スイーツ」の創作活動を振り返って得たものはなんですか。

倉:好きなことを通して、たくさんの方と出会ったり、触れ合えたりしたことです。

――手作りのお菓子を贈った時に喜ばれるのが何より嬉しいと最初におっしゃっていましたね。

倉:そうですね。振り返ってみると、本当のお菓子を作っていた時、自分が食べるためにではなく、いつも贈る相手の笑顔を思い浮かべていました。ですから、これからも、お菓子に乗せた物語や「和紙スイーツ」から広がる笑顔を大切にしたいですね。

――展示会の写真を拝見すると、みなさん作品の前で微笑んでいらっしゃる。

倉:私にとって至福の時です。こちらも思わず顔がほころんできます。どの作品に笑顔がこぼれるかは人ぞれぞれ。これからも作品から甘い笑顔を届けられたら嬉しく思います。

額作品「華(はな)」。季節の和菓子を落雁のような長方形の中に表現した

和紙スイーツ

http://washi-sweets.com/

書いた人

新聞記者、雑誌編集者を経て小さな編プロを営む。医療、製造業、経営分野を長く担当。『難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことを真面目に』(©井上ひさし)書くことを心がける。東京五輪64、大阪万博70のリアルな体験者。人生で大抵のことはしてきた。愛知県生まれ。日々是自然体。