役者の仕事は撮影が終わって、次の作品まで、ぽっかりと時間が空いてしまう事があります。 私は今、その時間をとても大切にしています。 20代の頃には、次から次へと作品が重なり、休む暇もなく演じ続けていましたが、ある日、身体が悲鳴をあげ、演じる事ができなくなってしまいました。 それからは心と身体が何を求めているのかを朝起きた時に聞いてあげるようにしています。40代になってからは、仕事と仕事の合間に出来た貴重な時間を、今までやってみたかった「初めての経験」に使ってみようと思うようになりました。そして私が今、足繁く通っているのが「さをり織り」※1の教室で、マフラーやバッグ作りに挑戦しています。
さをり織りの自由に織れば良いという考えが、生き方を楽にしてくれた
実は玉結びもちゃんと出来ないくらい不器用で、最初は体験で「オリジナルのマフラーを1枚作ることが出来たら素敵だな」ぐらいに思っていました。緊張の初日、自分の好きな糸を選び、シャトルという器具にヨコ糸を通し、織り機にセッティングしてあるタテ糸の間を左右に動かして、交互に織っていきました。ヨコ糸を入れる度に、足のペダルを踏み替えて、タテ糸を上下に動かしていくのですが、不器用な私は足と手の動きがちぐはぐになってしまい、穴のような空間ができたり、歪んでしまったりしたんです。うまくできなくて、戸惑っていた私に、スタッフの方が、「素敵ですね。さをり織りには、失敗という言葉はないんですよ」と声をかけてくださり、その言葉に心が柔らかくなるのを感じました。そして、創始者の城みさをさんの言葉を教えてくださったんです。
「機械にできることは機械に任せればいい。自分が織るのだから、自分の織りをすればいい」
そう、さをり織りには、自由に織ること、織り方に間違いや失敗はないという考え方が根底にあるんです。この言葉に惹かれた私は、さをり織りにすっかりはまってしまいました。
57歳で新たな挑戦を始めた城みさをさんの生き方に共感
みさをさんがさをり織りを始めたのは57歳の時でした。その時に、織りあげた作品を呉服店に持っていったところ、タテ糸を一本抜いた状態で織ってしまっていたため、欠陥品として扱われました。でもその時、みさをさんは「キズもの」と言われても、それを欠陥品ではなく、赴きがあると気に入り、それならと、さらに何本かタテ糸を抜いて織りあげました。この時、これはキズではなくて味になると思ったそうです。その後、「こんな織りは見たことがない。面白い!」と買い取ってくれる呉服屋さんが現れたのだとか。このみさをさんの常識にとらわれない逆の発想を楽しむという考え方が、私にはとても魅力的に感じました。
私も撮影で役を通して、想像しながら喜怒哀楽を表現するのですが、完璧ではない不完全な人間だからこそ美しいと感じることが多々あります。そんな部分がさをり織りと重なったのかもしれません。さをり織りは誰もがアーティストになれる感性の織り物と言われています。 織りの専門の知識がなくても、裁縫が苦手でも、素材も色合わせも自由に心が赴くまま、好きなように織ることができるのです。また、オリジナルの機織りの木の温もりを感じながら織り進めていくと、段々と自分の心地良い感覚がわかってくる時があります。さっきまで凝り固まっていた頭と身体がじんわりと柔らかくなっていく……。そうすると、使いたい素材や色が自然とすぐに選べるようになるのが不思議です。
人と違うから面白い。さをり織りの楽しさは演じることと似ている
みさをさんのお孫さんである城達也さんが、現在主宰されている手織工房じょうた。ここでは、1人で黙々と織る良さもあるけれど、他の人と一緒に織ると、また違う魅力のある作品ができたりすると教えていただきました。
確かに教室で周りを見渡してみると、自分では考えもつかなかった大胆な色の組み合わせや、ざっくりと隙間をいっぱい空けて織っているなど、その人の「好き」が、形として見えてくるのが楽しいのです。 「素敵な作品ですね」「この織り方どうやるんですか?」なんておしゃべりしながら、刺激をいただいています。
達也さんが着ていたジャケットも唯一無二のかっこ良さ。「これも、長く着ていて薄くなった部分を工夫しただけですよ」とにっこり。ジャケットの袖の部分には、ブルーの糸でザクザクと縫った斬新なデザインがほどこされています。
「僕も不器用なんです。でも作り方がわからなかったら、どうやったら成立するかをたくさん考えるし、工夫しようとする。例えば、ボタン穴を作りたいと思ったら、そのまわりに強度をつけるために革を使ってみようとか。その工夫した部分が自然とデザインとして周りから見てもらえたりするんです」と語ってくれました。
「自由」とは自分の「好き」と「苦手」と向き合うこと
自由に織る作業はワクワクする反面、簡単なことではありません。
壁一面に並べられたカラフルな糸を目の前にして 「この2色は組み合わせたらいけないのかな」 「周りの人はどう思うだろう」 余計なことばかりが頭に浮かび、糸を選ぶだけでもなかなか大変です。「自由」とは自分の「好き」と「苦手」と向き合う作業でもあるのかもしれません。
うまく出来なくても長く時間をかけたものが味になる。 不器用でも大丈夫と、さをり織りにあらためて背中を押してもらった気がしました。
構成・撮影/黒田直美
取材協力/手織工房じょうた
城達也 プロフィール
1975年、大阪府生まれ。国際基督教大学教養学部卒業後、2007年「第1回汐留クリエーターズ・コンペティション」にて「コミュニケーション賞」受賞(汐留シオサイト)。2008年初個展を開催。「みんなの作品展」を企画・参加(手織工房じょうたにて)【毎年開催】。現在、吉祥寺、自由が丘、横浜で手織工房じょうたを運営。
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