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2020.09.03

よい石けんといえばあの石けん♪今だからこそ使いたい、赤と青の四角い箱

この記事を書いた人

マスクを探していました。トイレットペーパーも探していました。今年2月の終わりごろのことです。多くの人が同じようにないものを求めてドラッグストアに詰め掛けていました。在宅での仕事を終えた夕方のドラッグストアに、それらがあるわけがありません。消毒液も、ハンドソープも姿を消してしまっていました。

そんななか、わたしは見つけたのです。「あるじゃん!」「石けん、あるじゃん!」使い勝手が悪いと思われているのか、殺菌力が低いと思われているのか、はたまた現代の生活様式からはみ出しているのか理由は不明ですが、愛用している牛乳石鹸(青箱)は売り場で変わらず輝いていました。まだ自宅には予備があるけれど、なんだか残されていることが悔しいような気がして、3個入り1ケースを購入しました。

帰宅後、「なぜみんな牛乳石鹸を買わないんだろう、すごくいいのに」という思いが頂点に達し、「牛乳石鹸のことを伝えなくてはならない」という使命感にかられました。しかし、自分だけでは知識に限界があります。そこで、牛乳石鹸共進社株式会社 コーポレートコミュニケーション室の田原有紀さんにお話を伺いました。

牛乳石鹸はこうして製造が開始された

日本に初めて石けんが伝わったのは安土桃山時代。ポルトガルから鉄砲などとともに伝来したとされる石けんは「シャボン」とよばれ、ごくわずかな身分の高い人だけが使えるものでした。一般の人々も使えるようになったのは、貿易が自由化された明治に入ってから。それでも輸入品の石けんは高価で、庶民の手に届くものではありませんでした。

「殖産興業」の合言葉のもと近代産業への歩みを進める明治政府は官営の石鹸工場をつくり、その後は民間での製造も始まりました。そのうち各地に工場が作られるようになり、明治後半には国産品・輸入品共に広く流通、一般家庭にも石けんが普及するようになったのです。

全国でもとくに石鹸工業がさかんだったのは大阪でした。なかでも老舗の石鹸問屋・萩原東店に勤めていた宮崎奈良次郎は、石けんの販売が上手な男でした。1862年(文久2年)に奈良県桜井市で生まれた奈良次郎は幼少期から萩原東店に勤めており、店が最盛期を迎えたころには支配人となり、その働きぶりは業界でも評判だったといいます。この宮崎奈良次郎こそが、共進舎石鹸製造所(現在の牛乳石鹸共進社)の初代社長です。

奈良次郎は長年の功績により「のれん分け」を許され独立しましたが、当時の慣習で同じ業種の商売ができず、石けんではなく文房具製造業を始めました。ところが、そのころ萩原東店ゆかりの石けん工場が操業休止の状態にあり、これを受け継ぐことに。それまで製造経験はまったくなかった奈良次郎でしたが、販売経験を通して得た貴重な情報と大きな信用を活かし、1909年(明治42)年に牛乳石鹸共進社の前身である共進舎石鹸製造所(以下、共進舎)をスタートさせたのでした。

宮崎奈良次郎

奈良次郎は「販売に有利な石けんとは、良質の石けんである」という品質へのこだわりと誠実さを持っており、この考え方が後発メーカーでありながらも成長していく糧となりました。そして、この信念は現在にも連綿と受け継がれています。

もっとも、当初は質にこだわるあまり、どうしても割高になって売れ行きが伸び悩む状況もありました。しかし信念を曲げずに消費者の信頼を勝ちとり、経営基盤を固めていったのです。

当時、共進舎を含めてほとんどの石けんメーカーは、問屋の商標による請負生産をしており、「牛乳石鹸」もそのひとつだったといいます。「牛乳石鹸」は創業20周年を迎えた1928(昭和3)年に佐藤貞次商店から譲り受けた商標で、以後自社商標として製造販売することになりました。

田原さんによると、いま実は「牛乳石鹸」という商品は製造されていないそうです。「カウブランド 赤箱」「カウブランド 青箱」が正しい商品名。「『牛乳石鹸』は現在の社名である牛乳石鹸共進社株式会社の略称として使用しています。」(田原さん)

また、商標である牛のマーク(赤箱とデザインがリンクしている)は会社の精神を象徴したもの。田原さんによれば、「『商いは牛の歩みのごとく』という格言は『前へ進んでも後へは退くな、粘り強く前進せよ』を意味しています。赤箱は弊社にとって大切なシンボル商品でもあるんです」とのこと。牛乳だから牛のマーク……とずっと信じていた自分がすこし恥ずかしくなりました。石けんのように固い信念が込められていたんですね。

牛のバイタリティと温順な性格は誰からも愛され親しまれるものであり、堅実な経営の下、誰からも愛される製品を作り続けることは牛の姿に通じるものがある――いまでも大切にしたい心だと思いませんか。

パッケージの牛 実はちょっとずつ変化している!

「カウブランド 赤箱」「カウブランド 青箱」といえばリアルでデフォルメされていない牛が印刷されたパッケージが印象的です。しかし、実際はちょっとずつ変わっているのです。

共進舎が創業したころの石けんは、カタカナまじりで近代的なイメージを意識したもの、また高級な化粧品を意識したものが多かったようです。そのなかで、「牛乳石鹸」のように親しみやすいものはめずらしく、しかも当時のネーミングが現在まで受け継がれているのは貴重です。長い時代を超えて愛される商標を思いついた奈良次郎には先見の明があったといえるでしょう。

「農業に従事する人がまだ多かった時代、『べこ』とも呼ばれていた牛のことも念頭に置いてモチーフとしたのではないかと考える人もいます。赤箱92年の歴史を振り返ると、実は私どもにとってはだんだんと牛はデフォルメされ、やさしい雰囲気に変化させていっているつもりなのですが……。(笑)」(田原さん)

赤箱の変遷(牛乳石鹸共進社株式会社発行『牛乳石鹸100年史』[2009年]より)

たしかに、くらべてみると同じ牛でも時代によって違ってきていることがわかります。まったく節穴でした(謝)。そしてずっと見ていると、牛がなんだかかわいく思えてきました。

現在の赤箱

パッケージのデザインを少しずつリニューアルしてきた中で、牛のマークのイメージを損なわないよう「目元は愛らしく、しっぽは行儀よく、足元は清潔に」というポリシーが貫かれているとのこと。

歴代「赤箱」を並べてみると、赤い色に牛のマークとCOWの文字が少しずつ変化してきたことが見て取れますし、1949(昭和24)年のパッケージでは「Toilet Soap」、1967(昭和42)年以降は化粧石けんを表す「Beauty Soap」と変わっているのに驚かされます。これは石けんが、日用品から化粧品として位置づけられていったことによります。

一方で、発売時と現在でも基本的な製造方法と成分は変わっていないとのこと。現代に生きながら、伝統で癒してくれる、それが「カウブランド 赤箱」「カウブランド 青箱」の存在感につながっているのかもしれません。

「カウブランド 赤箱」「カウブランド 青箱」の違いとは?

どちらも魅力的な「カウブランド 赤箱」「カウブランド 青箱」。どんなところが違うのでしょうか。それとも箱が違うだけなのでしょうか。

実はしっかりとした違いがあります。見てみましょう。

●赤箱
ゆたかでクリーミィな泡立ち/スクワラン(うるおい成分)配合で、 しっとりとした洗い上がり/やさしいローズ調の花の香り/しっとりすべすべのなめらか美肌に洗い上げます。/ミルク成分(乳脂:お肌の保護成分)とスクワラン(うるおい成分)配合。
販売開始:1928(昭和3)年 現在92年目
レギュラーサイズ 1コあたり100g/赤箱125 1コあたり125g/ギフト用 1コあたり100g

●青箱
ゆたかでソフトな泡立ち/さっぱりとした洗い上がり/さわやかなジャスミン調の花の香り/さっぱりすべすべ肌に洗い上げます。/ミルク成分(乳脂:お肌の保護成分)配合。
販売開始:1949(昭和24)年 現在71年目
レギュラーサイズ 1コあたり85g/バスサイズ 1コあたり130g//ギフト用 1コあたり85g

しっとり[赤箱]、さっぱり[青箱]

赤箱と青箱は泡立ち感から洗い上がりの肌、香りのほか、大きさも違うことがわかりました。

牛乳石鹸を日本全国の方に使っていただくために、さっぱりとした洗い上がりが特長の青箱を開発。この青箱は、関東に住む方たちの間でたちまち人気商品となりました。このような歴史から、今でも関西では赤箱が、関東では青箱が多く販売されているのです(ホームページより)。

ホームページにこうした記載があるとおり、牛乳石鹸が1928年(昭和3年)につくられ始めた当初はまだ赤箱のみ。牛乳石鹸を本社のある関西だけではなく、日本全国のもっと多くの方に使っていただくために、他の地域の先発商品を意識し、赤箱とは特長・価格の異なる青箱を開発。この青箱は、関東に住む方たちの間でたちまち人気商品となりました。このような歴史から、今でも関西では赤箱が、関東では青箱が多く販売されているのです。

ドラッグストアなどを見て回ると、関東では青箱を見る機会のほうが多いように感じます。でもちょっと探せば赤箱も見つけることができます。今回、両方使ってみましたが、たしかに「しっとり」「さっぱり」の違いを感じることができました。いつもは「青箱」のバスサイズがお得な感じで利用することが多かったのですが、赤箱もさすが92年続いた商品。泡立ちから洗い上がりまで、相当な使い心地のよさでした。

わたしが石けんを使う理由に、ボディソープの香りが苦手なことがあるのですが、牛乳石鹸の石けんはやさしく香るので、そこもポイントが高いようにかんじます。

そんな赤箱と青箱の人気や生産量に違いはあるのでしょうか? 「話題性では赤箱のほうが大きいです。ただし、生産量は青箱が大きいですね」(田原さん)

牛乳石鹸が大切にしている「釜だき製法(けん化塩析法)」

牛乳石鹸の石けんは、創業以来ずっと国内の工場から消費者の手元へ届けられています。1年間に生産される石けんを縦に並べると、地球をほぼ4分の1周する距離に匹敵するほどの量です。これら赤箱・青箱を含めた牛乳石鹸の石けんは国内の工場において、そのほとんどが手間のかかる「釜だき製法」でつくられています。この製法は、食用原料となる高品質の天然油脂を主原料に、熟練の技術で加熱、攪拌(かくはん)、静置の工程を約1週間かけ、じっくりと熟成させるもの。

釜だき製法に使われる巨大な釜

「釜だき製法」でつくられた石けん素地には、天然油脂由来の良質な成分が“天然のうるおい成分”として含まれています。それらは牛乳石鹸の赤箱・青箱には不可欠。石けん「釜だき製法」ならではの肌あたりのやさしい石けんに仕上がっています。

牛乳石鹸安田工場(大阪市鶴見区)には「釜だき製法」に使用するための直径4メートル・容量60㎥という巨大な釜が11基あり、石けん工場としては日本最大の規模を誇ります。

「赤箱」「青箱」のほかにもあった「○箱」

特撮ヒーローなどは基本的に5人で5色。赤と青以外にも箱があるのでは?と疑問に思ったところ、ありました!

「かつては白箱、緑箱も存在しました。工場は戦争で一度全焼したのですが再建し、1949(昭和24)年に、赤・青・白箱の『牛乳石鹸』に限定した単一大量生産にふみきったという記録があります。昭和24年(1949年)ごろに赤箱50円、青箱35円、白箱30円、昭和40年(1965年)ごろに緑箱40円の記録は残っています」(田原さん)

ああ、やっぱりあったのですね。いつか違う色の箱も使ってみたいと思いました。いつか再登場することをひそかに願います。

かつてはさまざまな種類があった

なお、この戦後の混乱期には、悪質な業者がはびこり、粗悪品やヤミ石けんも横行したそうです。また、「家庭1号」と呼ばれた配給石けんも、化粧石けんと洗濯石けんの区別もない素っ気ないものでした。

しかし牛乳石鹸は可能な限り良心的な石けんづくりを目指します。採算が合わないことを承知のうえで、わずかに焼け残っていた香料を惜しげもなく使い、本格的な化粧石けんの提供を行いました。そのかいあって牛乳石鹸は高い評価を受け、配給石けんに選ばれた「花の香り」は暮らしと心にうるおいを届ける人気ナンバーワンの配給石けんになったといいます。

このころから、牛乳石鹸といえば「花の香りの石けん」といわれ、香りに対して高い評価を得ていました。この香りはもちろんオリジナルブレンド。のちに専務取締役を務めた吉本庄蔵の手によるものです。吉本は香りに関する専門知識を身につけ、調合技術の研究を重ねながら、感覚を磨きました。彼をはじめとした会社の人々は配給時代から自由販売時代を経て、その後も研究と改良を重ね、他の追随を許さない製品づくりを行ったのです。それは伝統に裏打ちされた彼らの誇りがなせる業だったといえるのではないでしょうか。

新しい時代の石けん文化をひらく

種類豊富なボディソープがたくさん販売されている現在、とくに思春期の女の子は「石けんはおばあちゃん、お母さん世代が使うもの」というイメージを持ちがちなのではないでしょうか。しかし田原さんによれば「最近ではSNSを中心とした口コミにより、若い女性にお使いいただく機会を得ています」とか。
「きっかけは、SNSで実際のユーザー様から、これまでの身体洗浄料としての機能の他に、洗顔用としての発信をしていただいたことです」(田原さん)

SNSでも情報を発信中。左:牛乳石鹸公式インスタグラム(@cowsoap)/右:カウブランド赤箱【公式】/赤箱女子インスタグラム(@cowakacp)

「これ、すごくいいな♪」と思ったら人に知らせたくなるのが人間の性。パッケージもあざやかな赤と青で映えますし、SNS時代に「カウブランド 赤箱」「カウブランド 青箱」は新たな層を獲得してきているといえるでしょう。

また、SNSも含め、数年前からカウブランドのプロモーションをよく目にするようになったように思います。

「企業広報として、交通系広告やキッザニア甲子園(兵庫県西宮市)への出展を行う一方で、赤箱へのSNSの口コミ、それを膨らませるコミュニケーション施策としての『赤箱 AWA-YA』などの取り組みが、現在につながっていると思われます。また、一方で2016(平成28)年10月、当社のこだわりと伝統が込められた固形石けん『カウブランド赤箱』『カウブランド青箱』が、その年度の『GOOD DESIGN AWARD』においてロングライフデザイン賞に選定されたことも大きかったですね」(田原さん)

「赤箱 AWA-YA」は若い女性を主なターゲットとしており、パッケージの「オシャレでレトロ」な感じも注目される要素のひとつでした。「賞という形でも評価いただいたこともブランドにとってはありがたいことでした」と田原さんは喜びます。

2018年、京都で開催された「赤箱 AWA-YA」で販売された赤箱グッズ。10日間で12,000人もの人々が集まりました。2019年には福岡で開催され、そちらも大盛況

牛乳石鹸は創業時より「共進舎製品なるが故に良品なり」と称し、品質にはこだわり、「国内生産」「釜だき製法」を続けてきました。赤箱、青箱は発売以来、ほとんどの製造方法を変えていないといいます。それでも何十年も続くブランドになっています。もはや国民的石けんと言ってもよいのではないでしょうか。

「今後は、新しいお客様とのコミュニケーションもとりつつ、これまで支えていただいたユーザーの皆さまの期待に応えて続けていくことを大切にしたいと思います。また、ボディソープも製造、販売しておりこちらも売り上げが大きいのです。洗浄料メーカーとしても石けんと同様の『品質のこだわり』でより良いものをお届けしていきたいですね」(田原さん)

コロナ時代を生きる石けんメーカーとして

牛乳石鹸では、9月17日(木)までTwitterにて「#モコチャレ」キャンペーンを開催、「もこもこ泡でつくった泡作品」の画像や動画を募集しています。

「コロナ禍のはじまりからwithコロナの時代となり、以前よりも『手洗い』の重要性が高まっています。そこで『#イマデキ(関西からスタートした、60社を超える企業・メディアが一丸となって、コロナ禍の世の中を元気にする活動)』に賛同。『きちんとこまめに手を洗うこと』を小さなお子様から年齢に関係なく全世代の皆さまに、能動的な習慣に変えていける取り組みの一環として『泡工作』に着目しました。まとまった雑菌やウイルスを洗い流してくれるやさしく強力な泡。そんな泡に触れる時間を少しでも楽しみや達成感のよろこび体験にし、『手洗いを楽しむ』きっかけにしていただければと思います」(田原さん)

こちらのキャンペーンに合わせて人気動画クリエイター「こうじょうちょー」さんも「泡工作」でモコモコチャレンジ!の動画を制作、配信されています。牛乳石鹸の商品、泡立ちもとてもよいのです。

また、企業HPも春から徐々に「withコロナwith手洗いモード」に変化。最初は手元にあった約11年前の100周年時に制作した手洗い動画をアップ、続いてフリーDLの正しい手洗いシートのアップ、最近では手洗いソングと手洗いの啓発動画を新たにアップしています。そのほかの情報も満載で、感染予防対策のコンテンツが充実。

ホームページでは、手洗い検定にもチャレンジできる

「よくある質問のページ」にも「石けんに界面活性剤は入っていますか? 新型コロナウイルス感染の予防ができますか?」「カウブランド無添加泡ハンドソープには殺菌成分が入っていませんが菌やウイルスに効果はありますか?」などの質問が追加され、適切かつ丁寧な回答が記されています(もちろんしっかりと洗えます!)。

「公衆衛生を担うメーカーとして地道ではありますが、世間の皆さまとこれからも一緒に過ごしていける施策を進めてまいりたいと思います」というのが田原さんの、メーカーとしての牛乳石鹸共進社の気持ち。伝統ある石けんを武器に、わたしもこのwithコロナの時代を生き抜いていきたいと感じさせられました。

牛乳石鹸は家族の象徴だった

最後に蛇足ではありますが、わたしが牛乳石鹸(カウソープ 赤箱、青箱)を好きになった理由をすこし聞いてください。

明治38年生まれの祖父は、小学校を出て丁稚奉公をしたのち、市内の一等地に店を開きました。「荒物屋・橋本商店」といいます。「荒物」という言葉もすっかりすたれてしまい、いまは知る人も少ないと思います。荒物とは、ほうき・ちりとり・ざるなど、簡単なつくりの家庭用品を指す言葉で、いわば雑貨店の一種でしょうか。洗剤やたわし、輪ゴムなども売っていたように思います。帳場の後ろにかかっていた「竹の皮草履」が、売り物だったのかなんだったのかもいまだにわかりません。

幼稚園に入るまで、わたしは祖父の仕入れによくついていきました。車酔いがいつもひどいのに、祖父の軽トラの助手席では不思議と酔ったことがありません。仕入れと言ってもそのころはもうずいぶん商売も縮小していて、顔なじみの問屋さんとお話をして回ることがほとんどだったように思います。

それから間もなく、実家の建て替えが行われ、祖父は店をたたみました。そしてマスオさんである父の会社がその場所にできました。店をたたみ、家を建て替えるにあたってわりと多くのものを処分したはずですが、商売をしていた時の名残ともいえる品物が、2020年現在も実家にいくつか残っています。

なかでも印象深かったのは、牛乳石鹸さんからいただいた紺色の大きなコンテナで、これはきょうだい4人のおもちゃ箱として役になってくれました。いまは倉庫の中にしまわれていますが、まだまだ使おうと思えば使える、とてもしっかりしたつくりです。

散らかし放題の4人きょうだいのおもちゃを収めてくれた牛乳シェービングクリームのコンテナ(写真は弟と末妹)

大人になってからおしゃれなハンドソープやボディソープに浮気したこともありましたが、いまでもわたしの手足や体は牛乳石鹸におまかせです。使い勝手がよいのはここまで書いてきたとおりですが、身近に「牛乳石鹸」と書かれた箱がそばにある暮らしをしてたのも、理由のひとつのような気がしています。

赤箱や青箱を使っていると、子どものころを思い出してピュアな気持ちになれます。一方で、赤箱も青箱も伝統を保ちながら現代のくらしにマッチした製品に。気持ちを落ち着かせてくれる白い泡。疲れた体を癒す入浴タイムに、一度取り入れてみませんか。

ノスタルジックでありつつ最先端の石けんは、2020年にふさわしいやさしさで、きっとあなたの肌をつつんでくれるでしょう。

 

●牛乳石鹸共進社株式会社
https://www.cow-soap.co.jp/

●赤箱ブランドサイト
https://www.cow-aka.jp/

書いた人

岡山市出身、歴史学の博士号をもつ大の歴史好き。レトロという言葉だけでは語れない、戦前の日本文化を伝えたいと思っている。趣味は読書と街歩きと宝塚観劇と漫才で笑うこと。紺野ともという名で詩人もしている。