今年はバーチャルで祭りを楽しもう!金魚絵師・深堀隆介と考える金魚と人間の深い関係

今年はバーチャルで祭りを楽しもう!金魚絵師・深堀隆介と考える金魚と人間の深い関係

今年はいつもの夏と違い、花火や盆踊り、縁日が各地で中止。夏の風物詩であった「金魚すくい」も目にすることができませんでした。幼い頃は祭りでとった金魚を飼うのが楽しみの一つで、あちこちの家に金魚鉢や水槽があり、ゆらゆら泳ぐ金魚の姿に癒されていたものです。私たちの夏の思い出には必ずと言っていいほど、金魚が存在していました。
(画像出典:弥富市歴史民俗資料館)

浮世絵にも描かれ、擬人化された金魚

そもそも金魚は、室町時代末期に中国からフナが変異した魚として伝えられた高級魚でした。それが江戸時代に入り、金魚売りなどが登場し、庶民も飼うことができる、今でいうペットのような楽しみ方が広がっていきました。擬人化した金魚を描いた歌川国芳の「金魚づくし」や歌川国貞の「金魚商人」などの浮世絵からも、いかに金魚が身近で人気があったかがわかります。現在では擬人化された金魚は、愛らしいモチーフとして商品化もされています。

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愛知県弥富市は金魚の養殖で有名に

私たちにとって身近な存在の金魚ですが、実はたくさんの種類があります。明治時代に入って、養殖技術が進み、品種改良が行われ、現在、金魚として系統図に示される数はなんと25種類と言われています。愛知県弥富市は、全国でも名高い金魚の産地で25種類すべてを養殖している金魚の町です。木曽川下流域に位置し、鉄分を多く含んだ豊かな水源に恵まれ、新田開発で開かれた土地は干上がることのない粘土質の土壌であったため、金魚池を作るのに適していたのだとか。昭和40年代の減反政策で、農家は金魚の養殖業へと転業。最盛期には300軒を超える養殖業者がいたそうです。

昭和40年代の出荷の風景。(画像出典:弥富市歴史民俗資料館)

早くから開通した国鉄(現:JR)を利用して流通経路も確保され、弥富の金魚は一気に主要産業へと発展しました。明治から昭和40年頃までは、水槽で運ぶ方法がなかったため、生産者が桶に金魚を入れて列車で運んでいたそうです。人々と一緒に列車に揺られる金魚というのも、なんとも微笑ましい光景の一つ。使用されていた桶は、現在、弥富市歴史民族資料館に展示されています。1994年宇宙での無重力実験に選ばれ、スペースシャトルに乗ったのも弥富の金魚でした。まさに弥富市にとって金魚は誰よりも有名人? いや有名魚なのです。

昭和40年頃まで使用されていた桶。(画像出典:弥富市歴史民俗資料館)

現代の金魚絵師・深堀隆介が生み出す世界!

この弥富市で広報大使を務めるのが、金魚をモチーフに創作を続ける現代美術家の深堀隆介さんです。独自の技法で透明樹脂に本物と見まがう金魚を描き、国内外から注目を集めています。代表作の一つには、桶の中に金魚を描いたものがあるのですが、まるで金魚売りが運んでいるようなリアルな金魚が群れをなして泳いでいます。この躍動感あふれる金魚を描くに至ったきっかけには、一匹の金魚と深堀さんの不思議なストーリーがありました。

自分の作品のスタイルが決まらず苦悩した日々を救ってくれたのが「金魚」だった

愛知県立芸術大学美術学部デザイン・工芸専攻学科を卒業後、ディスプレイ関係の会社に勤めた深堀さんは、4年後に作家として独立。しかし、なかなか自分の作品のスタイルが決まらず、苦悩する日々が続いていたと言います。

「作家としての活動にも行き詰まっていた頃、家の中で飼っていた金魚がふと目に入ったんです。金魚すくい屋さんにお祭りで残った金魚を大量にもらった時の最後の1匹で、たいして水換えも世話もしていないのに、気が付いたら7年も生きていた。その金魚がその時、突然美しく見えて、『これを描こう!』と突き動かされました。ものすごく生命力の強い金魚で、こんな過酷な状況でも生き抜いた強さが僕を救ってくれたんです。まさに僕にとっての『金魚救い』となりました」と深堀さん。

その後、覚醒したように金魚を描き続け、次々と斬新な作品を生み出していきます。金魚によって命を吹き込まれた深堀さんが、金魚の絵に新たな命を吹き込んでいったのです。

金魚鉢の水面は自分を映し出す鏡。僕は水槽の中の金魚でもあった

「あの時、水槽の中の金魚が狭い部屋にいる自分と重なったんですよね。彼らは金魚鉢から出られないけれど、僕が彼らの代わりに広い世界に連れ出してあげようと。『金魚救い』と呼んでいるこれらの金魚の絵を描き始めた時から、金魚ってこんなにかっこいいものなんだということを改めて認識しました。上から覗き込んだ時の背びれのシルエットの美しさや白地に透けて見える内臓など、昨日までのただの金魚が、まさに輝くほどの金魚となったんです。あの出来事があってから、ちゃんと世話をするようにもなりました(笑)」。

金魚鉢の水面は、自分を映し出す鏡だと深堀さんは言います。あの狭い部屋に暮らした金魚と自分。その閉塞感を打ち破るエネルギーが今も深堀さんの作品の原点なのかもしれません。

海外で金魚を見て、日本の金魚は文化だと思った

海外では、日本の「金魚すくい」のような文化もなければ、日常生活の中に金魚のモチーフがあふれていることもありません。深堀さんはそこには、日本人ならではの金魚への愛があると言います。

「僕が日本の和を表現するなら『金魚が究極の存在だ!』と思ったんです。自分が美しいと思う金魚を描けば、きっと海外の人にも金魚が日本の文化の一つだと伝わるんじゃないかと。そう思ったのは、海外に行った時に金魚と熱帯魚が一緒に売られているのを見て感じた違和感なんです。自分の中で、金魚と熱帯魚の間には線引きがあって、その線引きって、金魚とその他の熱帯魚というように、金魚だけを特別視していることに気づいたんです。海外の人にとっては、金魚も観賞魚の一つなんだけれど、日本人にとっては、もっと生活に密着した身近な生き物。古くから生活の中にいる金魚という素地があって、それが浮世絵に表現されたり、浴衣の柄などのモチーフになったり、子どもの頃にお祭りで見た金魚だったり。もはや金魚は僕にとって日本人としてのアイデンティティだと言えるほどになっていったんです」

透明なプラスチックという素材が金魚の美しさを浮き上がらせる

学生時代から樹脂を扱う工房で働いていたという深堀さんは、一時期、人工的であるプラスチックには関わりたくないと思っていたと言います。それが奇しくも金魚を表現するための一番美しい素材となりました。知り尽くしていたはずの素材が、不思議な巡り合わせで、深堀さんの作品をさらに広い世界へと誘ってくれたようです。

「透明樹脂に描いた金魚が、何層も樹脂を重ねる中で、立体的な金魚になるというのは、実は偶然から生まれたんです。樹脂が足りず、半分しか入れていない状態で固まっていたところに、絵を描いてみたらどうなるんだろうと。通常は、アクリル絵の具は水で溶かすので、石油由来の樹脂とは水と油でうまくいくはずはないと思っていたんですが、翌朝見てみると、絵の具も解けず、樹脂もそのままの状態で固まっていた。この瞬間、金魚がまさに水を得た魚になったんです。命が宿ったような感覚というか。あの透明な樹脂の上に金魚のひれを描き、次の層に胴体を描いていくと、めちゃくちゃリアリティが出る。金魚の体の透けるような皮膚の下にある内臓や血の色や青く光る細胞も透けた感じも表現でき、これは金魚のための技法なんだ!と。ここから一気に世界が開けていったんです」

深堀さんにとって、モチーフと技法、素材が融合し、第二の金魚との出会いが生まれた瞬間でした。この技法は一般公開し、誰でも描くことができるそうです。深堀さんは「金魚をより美しく、命宿る金魚を表現するために生まれた技法」だということを知ってほしいと語ってくれました。上から見ると立体の金魚が横から見ると何もない。そんな不思議な世界を浮き上がらせてくれたのです。

このコロナ禍、芸術はどこへ向かっていく?

新型コロナウィルスの影響で、現在、世界中で芸術が大きな壁にぶち当たっています。人が集うところに芸術が生まれる。その根底が崩れている今、芸術はどこへ向かっていくのか。

「コロナが発生してから、『自分はこの事態をどうやって表現していくんだ』と考えた時に、今の状況は金魚の棲む世界とすごく共通点があることに気づいたんです。金魚って生きているだけで水を汚してしまう。狭い水槽や金魚鉢の中は、汚れた水から細菌がどんどん繁殖し、水換えをしなければ爆発的に細菌が増え、彼らの体を蝕んでいきます。一匹が病気になれば、すぐに伝染して、最後には絶滅してしまいます。我々人間の世界も同じです。人間は水も空気も汚します。そういう中でどんどん細菌が増えて、病原菌が発生したというのが今回のコロナかもしれません。そう思った時に、金魚を描いて発信していく意味がより見えてきたんです」

禍の中、深堀さんが強く立ち上がれたのには、東北大震災の被災地で、遺品に金魚を描いた経験があったからだと言います。

「東北大震災の時もそうでしたが、大災害が起こると必ず芸術って真っ先にいらないものになるんです。でもその後、少しずつ時間が経つにつれ、心を癒す必要性が求められます。描いている僕たちも辛い思いはあるのですが、多くの人が作品を見て、『勇気が湧いた』とか『癒された』と言う声を聞くと救われます。芸術をやるのは何のためかと言えば、やはり人のためなんだなと思うんです」

東北大震災後に福島県の常圓寺で、作品の展示会ができないかと住職から相談を受けた深堀さん。その時、現地で見せてもらった遺品の写真の中に、お子さんの靴があったのだそうです。当時、「作家は何のために生きているのか」と、自問自答していた深堀さんは遺品の上履きに金魚を描かせてほしいとご遺族に頼んだと言います。気持ちが折れそうになりながらも、ある時「こんな金魚を描いて」と天からの声を聞き、金魚の絵が描けたのだとか。この作品は、痛みを抱えた多くの人たちを癒すきっかけにもなりました。

今僕らは、金魚鉢の中にいるのでは? そこから抜け出す方法を考えたい

「現在、人間の世界も末期状態で、金魚鉢と同じなんじゃないかと思う時があるんです。そういうメッセージを地球が発しているのではないかと。僕たちが吸っている空気は、実は恐竜時代から使っている空気で、それを循環してきただけで、地球の自然の濾過に頼っているのはもう限界なんじゃないかと。水槽でも濾過バクテリアを入れても完全な循環は難しい。地球は大規模だし、大丈夫だと思っていても、汚す量が半端なくなってきたら、果たしてすべてを地球が濾過してくれるのか。そう考えると、ちょっと怖くなってきたんです。私たちの生きている場所は限りあるものだということを、金魚を愛でることでそこまで意識が派生してもらえたらなと思っています。『金魚を愛でる』って『愛』と書くじゃないですか。ただ可愛がるだけの意味ではなく、飽きたら捨てるとかではなく、金魚を見ながら、水面に映った自分を見て、己を見て、考えてほしいなと。そんなことを考えながら、金魚を描き続けたいと思っています」

「地球は壮大な金魚鉢だ」という深堀さん。私たちに訪れた新たな日常から逃げることなく、自分自身を見つめ直す時期だと語ってくれます。いつかロケットに金魚を描かせてもらって打ち上げてもらうのが夢と言う深堀さんの金魚が、宇宙に飛び立つ日を私も夢見ています。

美術作家・深堀隆介 金魚養画場

器の中に樹脂を流し込み、絵具で金魚を描いて、立体化させていく2.5ペインティングと呼ばれる独自の技法を編み出す。本物そっくりの金魚が泳ぐ姿は、国内のみならず、海外からも注目を集めています。
公式ホームページ

和巧絶佳

開催日時 9月22日(火・祝)まで
場所 パナソニック汐留美術館
開館時間 10:00~18:00(入館17:30まで)
※休館日 9月16日
公式ホームページ

深堀隆介×博物館明治村 「甦る水の記憶」

開催日時 ~9月27日(日)
場所 博物館明治村
開催時間 10:00~16:30
休館日 会期中無休
深堀隆介×博物館明治村「甦る水の記憶」

金魚美抄2020

開催日時 ~9月27日(日)
場所   学びの杜ののいちカレード
開館時間  9:00~17:00
休館日   水曜日
公式ホームページ

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