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2020.09.12

クイズ!織田信長が最初に築いた城の名前は?別名「麒麟の城」の正体に迫る

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NHK大河ドラマ『麒麟がくる』。9月13日(日)の放送では、主人公明智光秀がいよいよ織田信長と再会するシーンが描かれます。天下統一へと突き進む織田信長、どのような姿で光秀と再会するのか。今回の放送も見逃せません!
ところで、みなさんは織田信長が最初に築いた城の名前をご存知でしょうか。
岐阜城? 安土城? その答えは……。

愛知県「小牧山」で大発見!?

信長が最初に築いた城はどこか。
その答えは、愛知県にある「小牧山城」です。

実は平成16年の小牧山城の調査スタート時、学会でも信長の本拠地は清須にあるとされていました。小牧山城は、美濃を攻めるときに少し立ち寄るぐらいの「仮の出城」レベルの認識で、重要視されることはなかったのです。

ところが近年の発掘調査で一転!

主郭地区など本来出るはずのないところから石垣を築くためであろう裏込石(うらごめいし)や石材がゴロゴロと出土。さらに、天目茶碗や青磁の茶碗も出土し、小牧山の山頂一帯に信長一族の居宅があったという可能性が一気に高まったのです。信長が最初に築いた石垣の城は、安土城と言われていた時代。まさか小牧山に信長の城が?と騒然となりました。

安土城に酷似した構造

小牧山城の面積は約21ヘクタール。縄張り研究では、大きく6つの地区で構成されていたと考えられています。
中でも山の麓の東部帯曲輪地区は信長の下屋敷と考えられている南西隅のひときわ大きな曲輪を起点に、反時計回りに重臣の屋敷と考えられる曲輪が取り囲んでいます。さらに本丸へのアプローチは、南に設けられた大手口から上がり、大手道は直線的に中腹まで登り、そこから折れて本丸に入る構造です。これらの構造が、安土城の姿に酷似していることから、安土城と共通する信長の思想が表れているといわれています。

平和な世を願う「麒麟の城」

織田信長の花押(サイン)にも使われている文字は「麟」。それにあやかり小牧山城は「麒麟の城」とも呼ばれています。
平和な世の中が訪れたときに現れる伝説の生物「麒麟」、信長が「麟」の一文字を花押に採用した背景に、天下統一を目指す強い決意を感じられます。

参考:愛知県「小牧山城」発掘調査で明らかになった史実とは?織田信長との関係は?