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Culture
2020.12.14

流れ星は天狗だった?ふたご座流星群直前、ちょっと意外な歴史を紹介

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12月13日の深夜から14日の夜明けにかけて、「ふたご座流星群」という流れ星が見られる。この2日間は1年のうちで最も流れ星が多く見られる日の1つと言われており、非常に楽しみだ。

ところで、古代と現代では流れ星に対する捉え方が全く違っている。飛鳥時代には流れ星に名前がつけられており、「天狗」と呼ばれるものもあったそう。流れ星がなぜ天狗? と思われた方も多いだろう。この疑問に答えるべく歴史を紐解いていくこととする。

現代の流れ星

現代で流れ星といえば、単純に願いを込める対象である。流れ星が流れている間に、3回お願い事を唱えられれば夢が叶うという話はよく聞く。その理屈としては、普段からそれだけ強く想うことがあるなら、きっと叶うだろうという話のようだ。

ディズニー映画の主題歌として、「星に願いを」という曲が作られたように、星は願いを込める対象として人々の暮らしや文化に浸透している。しかし、それは今だからの話。飛鳥時代や奈良時代など、日本国内に飢饉や争いが絶えなかった時代は、流れ星に対してもっと複雑で多様な感情を抱いたと考えられている。

中国の流れ星は天狗だった

古代、中国の流れ星に対する解釈はバラエティに富んでいて、とりわけ音の出る流れ星を「天狗」と呼んで恐れた。それが日本に伝わり、飛鳥時代の637年(舒明天皇9年)に天狗を見たという記録が『日本書紀』に残されている。その部分の記述を以下に引用する。

大きな星が東から西に流れ、雷に似た大きな音がした。人々は「流れ星の音である」といい、あるいはまた「地雷である(※)」といった。僧旻は「流れ星ではない。これは、天狗である。その吠える声が雷に似ているだけだ」といった。(宇治谷 孟, 『日本書紀(下)全現代語訳』より)

※「地雷」は「つちのいかずち」と読み、雷に近い現象を指したと考えられる。近代兵器のことではない。

流れ星は大気中に入らなければ音が聞こえないが、大気中に入ると摩擦で音を発する。このような細かな違いから、流れ星には様々な呼び名があったそうだ。また、『漢書音義』によれば、尾をあまり引かない流れ星を飛星、尾を長く引くものを流星または奔星と呼んだそう。他にも流れ星の色や方向などに細かく名前がつけられていた。

なぜこんなに名前がつけられているのかといえば、流れ星を天からの使いと考えたから。とりわけ音の出る「天狗」は流れ星の降る方角に狗(犬)が降りてくると考えられ、人々は怪しげな現象として恐れたのだ。先ほどご紹介した637年(舒明天皇9年)の天狗の前後には、洪水や旱魃(かんばつ)、蝦夷と朝廷の戦いなど、様々な出来事が起こり、人々はそれを流れ星と関連付けたのかもしれない。

流れ星と関連の薄れた天狗

その後、中国から入ってきた天狗という呼び名は日本に根付かず、流れ星と天狗の関連性は薄れた。そして、天狗は「怪しい技を繰り出す存在」として再認識されるようになったのだ。

Kurama Tengu 出典:シカゴ美術館

その後、山岳信仰や猿田彦の信仰などと結びついて、今日の山に籠る鼻の長い天狗のイメージが形成された。

天狗と山岳信仰

日本は中国などの外来の文化を日本に取り入れて、それを自分たちの文化としてアレンジしていった。仏教と神道が結びつくいわゆる神仏習合の流れが、天狗の伝来以後に進んでいったのだ。中国由来の天狗も日本の山岳信仰や修験道と結びついて、深山幽谷に住む怪しげな技を使う存在として認識されるようになった。普段は山奥に住み、時々里に降りて人を脅したり悪戯をしたりするというイメージである。源平合戦で活躍した源義経の歴史を振り返ると、武芸鍛錬の手助けをしたという鞍馬天狗が登場する。(参考記事:日本最古のマジシャン?鬼を弟子にした天狗?謎多き修験道の開祖・役小角とは

天狗とサルタヒコ

また、日本書紀や古事記など日本の始まりに関する神話に登場するサルタヒコと天狗の結びつきも非常に強い。サルタヒコは天孫降臨の際に道案内をしたと言われ、道祖神の元になった神である。この神は鼻が長くて顔が赤いことで知られており、これが中世以降に天狗と結びついたと言われている。確かに、日本の天狗を調べてみると、どれも鼻が長くて顔が赤い。芸能の世界で、天狗のお面が獅子舞の先導役として登場するのは、天狗がサルタヒコ という道案内の神と同一視されているからである。(参考記事:エ、エロティックだ!眼力で威嚇をする神・サルタヒコでもアメノウズメの誘惑には勝てなかった

流れ星の意味も変化

このように歴史を辿ると、天狗は元々流れ星のことだった。そして、その流れ星は人々にとって恐るべき対象でもあった。

江戸時代に描かれた天狗の絵。出典:シカゴ美術館

しかし、天狗は山岳信仰やサルタヒコなどと結びついて意味が変化した。同時に、飛鳥時代と比べれば飢饉や争いへの不安が減り、天文学などの科学も発展した。その過程で、流れ星に対する恐れも少なくなり、様々な呼び方も消えた。現代で流れ星はロマンチックに願い事を唱える対象だと少なからず認識されている。飛鳥時代に比べれば現代における不安や恐れはちっぽけなもの。小さな幸せをしっかり噛みしめたいと感じる今日この頃だ。

ふたご座流星群の情報

2020年12月13日の夜から14日の明け方にかけて、ふたご座流星群は活発になると予想されている。国立天文台(NAOJ)のHPによれば、14日の午前10時頃に極大となるそう。比較的観察しやすい時間帯に近い上に、15日が新月なので、月明かりの影響も少ないとのこと。12月なので外出するのは寒いかもしれない。しかし、街灯の少ない場所で立ち止まって空を見上げると、晴れていたらふたご座流星群がたくさん見られるはず。安全に注意しながら、流れ星の今昔に想いを馳せてみるのも楽しいかもしれない。

【参考文献 】
笹間 良彦, 『図説 日本未確認生物事典』, 角川ソフィア文庫, 2018年
宇治谷 孟, 『日本書紀(下)全現代語訳』,講談社学術文庫, 1988年

書いた人

千葉県在住。国内外問わず旅に出て、その土地の伝統文化にまつわる記事などを書いている。得意分野は「獅子舞」と「古民家」。獅子舞の鼻を撮影しまくって記事を書いたり、写真集を作ったりしている。古民家鑑定士の資格を取得し全国の古民家を100軒取材、論文を書いた経験がある。長距離徒歩を好み、エネルギーを注入するために1食3合の玄米を食べていた事もあった。