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2021.04.20

アイドルオタクが能楽師と世阿弥『風姿花伝』を読んだら楽しかった、意外な理由

この記事を書いた人

アイドルオタクなら「なんで、私の推しがセンターになれないんだ。」「いつまでたっても推しグループが冠番組をもらえない!」などアイドル事務所の人事に理不尽な思いをしたことが一度はあるのではないか。筆者もアイドルオタクで、いろいろ悔しい思いをしたことがある。

ところで、日本史の授業で誰もが聞いたことがある「世阿弥(ぜあみ)」。じつは世阿弥も、センターになれないアイドルのような苦い経験をした人であることをご存じだろうか。しかもそのつらい経験を作品に落とし込んでいるらしい。推しの冷遇や引退に胸を痛める方へ、世阿弥のたくましい生き方をご紹介したい。

お父さんは漫画家かわぐちかいじ! 異色の経歴をもつ能楽師・川口晃平さんに世阿弥について聞いてみた。

川口晃平 シテ方観世流能楽師、梅若会所属。VR能『攻殻機動隊』国内ツアー公演のほか、国立能楽堂などでも多数出演予定。くわしくは川口さん公式ツイッターをご覧ください。

世阿弥について教えてくれるのは、能楽師の川口晃平さん。シテ方観世流能楽師、梅若会所属。川口さんは代々、能をやる実家に生まれたわけではない。というか、漫画家かわぐちかいじさんのご長男だ。都立高校から浪人して慶應義塾大学に入学。在学中に入ったサークルで能にハマった川口さん。企業などに就職した同級生が多い中、大学卒業後は梅若家(うめわかけ)で住み込みをスタート! 内弟子(うちでし)から能楽師をめざした異色の人だ。

尚、聞き手は会社の給湯室で抹茶をたてる団体「給湯流茶道(きゅうとうりゅう・さどう)」。聞き手の名称は「給湯流」と記載させていただく。

給湯流:歴史の教科書見ると「観阿弥・世阿弥が室町時代の能を大成した」って書いてありますよね。なんか、どっしりかまえて「初心忘るるべからず!」とかいってる怖いおじさんのイメージを世阿弥に持ってます。

川口:海原雄山的な感じですかね(笑)

給湯流:まさにそれです!

川口:でも実際の世阿弥先生は全然違ったと思います。あ、コロナ自粛期間中に改めて世阿弥の著作を読んだところ、リスペクトの気持ちが大きくなり、呼び捨てできなくなりました。先生って呼ばせてください!

給湯流:世阿弥と川口さんの関係性がエモい!

川口:世阿弥先生は役者、演出家、脚本家であるだけでなく、プロデューサーであり、座の経営者でもあった。多岐にわたる仕事をした人ですが、世阿弥先生の一番の功績はなんといっても「650年、世界最長ロングラン公演をつくった人」です。

給湯流:なるほど。長いロングラン、劇団四季もびっくりや!

川口:具体的には、世阿弥先生が室町時代に書いた脚本が今もほとんど変わらず演じられている、ということです。世阿弥先生は、最長のヒット作を連発した人といえますね。

給湯流:すごいな! シェイクスピアだって世阿弥よりもっと後の江戸時代の人ですもんね。世阿弥は世界を見回しても圧倒的に古い! なんでそんなに長く演じられる脚本が作れたんだろう。

世阿弥が能の名作を生み出したのは、「No1.アイドル」の座をキープできなかったから!?

川口:僕が一番の要因だと思うのは、世阿弥先生の同期に、圧倒的に人気の演者がいたことです。

給湯流:え! 三代将軍・足利義満(当時17歳)に世阿弥(12)が気にいられてボーイズ・ラブに発展、その後は順風満帆の人生だったんじゃないんですか!?

川口:そのジャンルの歴史だけ妙に詳しいですね(笑)おっしゃる通り、世阿弥先生は若いころ絶世の美少年。当時、京都の文化人サロンで大人気だったという話は、一部の間で有名です。でも世阿弥先生が能舞台の上で一番人気だったのは短い間だけ。

給湯流:なんと! 世阿弥にライバルがいたと! 知らなかったです。

川口:まず一人目が近江猿楽の犬王(いぬおう)。彼は幽玄な天女舞(てんにょまい)が得意で大人気でした。ちなみに松本大洋がキャラクター原案を担当してアニメ化されるそうです。(2021年公開予定)もう一人が増阿弥(ぞうあみ)。田楽というジャンルの名手で、世阿弥先生も「冷えに冷えたり」と絶賛したという記録が残っています。

給湯流:冷えに冷えたり……「超クールじゃん!」って意味ですね。

川口:「冷えに冷えたり」というコメントは、世阿弥先生の芸談を次男の元能(もとよし)が筆録した『申楽談義(さるがくだんぎ)』にあります。僕なりの解釈なのですが、犬王や増阿弥は舞台上でのパフォーマンス力や人気はすごいけど、能楽全体を盛り上げてカルチャーにしようってキャラじゃなかったと思うんです。一方、世阿弥先生は演者としては一番人気にはなれない。

給湯流:わかるわ~。たまたま同期に華やかな子が多いと、埋もれちゃうアイドルもいます。

川口:でも自分が死んだ後も、自分の肉声を書き込んだ脚本を演じる人がいれば、舞台の上に永遠に自分が現れて観客にみてもらえると。だから、長く人々に好まれる脚本を必死に考え抜いて、書いたのではないかと個人的には思っています。実際に世阿弥先生が書いた能を演じると、本当に本人が舞台に現れる感覚があるんです。

最強のライバルがひしめく今、自分は一生優勝できない…そんな自画像を脚本に封じ込めた世阿弥

給湯流:アイドル総選挙で上位に入れない、だったら違う軸で自分の売り方を考える……世阿弥・究極の処世術ってわけですね。もし世阿弥が生きている間、圧倒的に人気者の演者だったら、ここまで長く演じられる脚本を書けなかったかもしれない!人気者すぎて舞台出演にひっぱりだこ、貴族や将軍の飲み会によばれまくり、脚本を書く時間もなかったりして。

川口:そうですね。世阿弥先生が大量の脚本を書いたのも、処世術の一つかもしれません。数打ち当たれば……じゃないですけど、たくさんの脚本を用意すれば、必ずや1つや2つ後世に引き継がれる作品も増えるはず、と。また能を何百年、何千年と続く舞台にするために、世阿弥先生は脚本に人間の普遍的な要素を入れて書きました。

給湯流:いつの時代の人が見ても、「うっ」と心を打つ内容にしたってことですね。推しが人気投票で上位に来ない……そんなくやしい思いをしているアイドルオタクが見ても涙するような話!

川口:たとえば世阿弥先生が書いた『敦盛』という作品があります。平敦盛(たいらのあつもり)という笛を愛した美少年がでてきます。平家、武士の家に生まれたけど、本当は笛を吹き芸術的な人生を歩みたかったかもしれない。しかし源平合戦に駆り出され、死んでしまう話です。

給湯流:ぎゃああ、悲しい。たとえば、推しは演技の仕事がしたいって希望があるのに無視されて、変なバラエティー番組ばっかり出演することがあります。ほかのメンバーは映画の仕事ばんばん来て賞をとったりしちゃって。くやしい……アイドルオタクなら誰でも泣ける話だ!

川口:一方、常に戦い続ける運命をもつ武士の作品も世阿弥先生は作りました。そのひとつが『八島』。あの有名な源義経が出てきます。生前戦につぐ戦を生きた義経は、死後も修羅道(しゅらどう)という、戦の絶えない世界をさまようという話です。世阿弥先生は生前、ライバルとの舞台につぐ舞台で戦った人でした。そんな「修羅道」を生きる世阿弥先生の自画像が、『八島』に封じ込められていると思います。

世阿弥の作品は、自分の希望通りに推しが活躍できないアイドルオタクの「癒し」になる

給湯流:推しが歌もダンスもうまくて、顔も良い……でも、たまたまプロデューサーが作りたいアイドルグループのセンターと相性が悪い。だからグループに選抜されない。そんな修羅道に巻き込まれるアイドルオタクにも染みるストーリーですね! 日本文化の大偉人といえる世阿弥でさえ、こんなに仕事で苦労してたんだ。そう思うと、アイドルオタクのちっぽけな悩みなんてどうてもよくなる。これは究極の癒しとも言えますね!

川口:そういう解釈もありましたか(笑)たしかに、推しの人気がでない…なんてお悩みがあるオタクの皆様は、世阿弥先生のこういった「修羅物」(しゅらもの)と呼ばれる能を見るのがおすすめかもしれません。おそらく大規模な音楽フェスのようなエンタメは、コロナでしばらく中止だと思います。でも、能は基本的には静かに鑑賞できるので2021年もたくさん公演があります。少しでも世阿弥先生が気になった方は、ぜひ能の公演に足を運んで下さい!

給湯流:そうですね。ところで能・初心者の私は、まったく予習しないで見に行って、歌やセリフが聞き取れず寝てしまった経験があります(笑)

川口:寝てもかまわないんですよ。秀吉も、能を見ながら居眠りしてたみたいですし。

給湯流:能楽師の方はそうやって優しく慰めてくれるのですが、やはり自分ががっつり寝てしまうとショックも大きいです(笑)事前にスマホで検索してあらすじをさっと調べたり、ネット上に無料で公開されている脚本にざっくり目を通したりしたら、観劇が楽しめるようになりました。今回、能に興味を持たれた方はささっと予習しつつ、川口さんが出演なさる舞台などに足を運んでいただきたいです。

川口:ぜひぜひ、お待ちしております。

『風姿花伝』は、「創業者が亡くなって、崖っぷちの芸能事務所」2代目社長が書いた「アイドル指南書」!?

給湯流:ここからは世阿弥が書いた『風姿花伝』のお話を聞かせてください。

川口:世阿弥先生は能の作品もたくさん作りました。さらに、能楽論書も20種類以上書いています。『風姿花伝』は、1冊目の本。お父さんに教わったことをもとに、長い年数をかけて本人が増補、改訂したものだといわれています。

給湯流:おお! 一冊目が世間一般ではいちばん有名ってことか。

川口:世阿弥先生がまだ21歳のときにお父さんが亡くなりました。当時、世阿弥先生はめちゃくちゃピンチだったと思います。まだお父さんに聞きたいことがある年齢なのに、自分が座長をやらなくてはいけない。

給湯流:21歳でお父さんがお亡くなりに! それは大変だ。

川口:川口:物まねが中心だった猿楽(さるがく)に、父・観阿弥先生が最先端のいろいろな歌や舞をミックスして進化させた。ついには、貴族のサロンで演じられるまでの高尚な芸能にしたのがお父さんです。そのおかけで能は都でも大人気になりました。京都ではたくさんのスターが生まれたんです。犬王(いぬおう)や増阿弥(ぞうあみ)という田楽という天才がいたって話は先ほどしましたね。後年、六代将軍・足利義教は世阿弥先生の甥・音阿弥の座(グループ)の方をひいきにしました。

給湯流:マジすか! 今の「アイドル戦国時代」と似た感じですね。過酷だ!

川口:その流れで、世阿弥先生一座の公演が難しくなったこともあったようです。

給湯流:えー意外! 世阿弥、めちゃくちゃ苦労してたんだ。

川口:そうなんです。世阿弥先生は役者、演出家、脚本家であるだけでなく、プロデューサーであり、座の経営者でもあった。このままでは、父から受け継いだ一座が倒産してしまう。大ピンチの中、自分たちの座が長く残るように弟子たちに伝えようとした。具体的には「何歳までに、こういう稽古をしろ」「年齢別、舞台に出るときの注意点」「年老いてもお客様に飽きられず人気を保つための秘訣はなにか。」といった父親の教えを、自分の言葉で文章にしたのが『風姿花伝』です。

給湯流:だからか。『風姿花伝』に、芸術論みたいな偉そうなフレーズは一切出てこないんですよね。シンプルで、今日から実行できるよ! みたいな具体的な提案が多い。ライバルに負けないように必死で秘伝を書いてたんだなあ。

川口:お父さんの観阿弥先生は、演技が上手で天才肌でした。そして美少年だった息子をVIPたちにうまく売り込み、自分たちの芸能を一流にしたんです。上流階級を満足させる芸人としての極意を、少年だった世阿弥先生に叩き込んだのがお父さん!

給湯流:お父さん、かっこいい! なるほど。VIPに愛される極意が『風姿花伝』に書かれているのか。自分はアーティストではない。芸人である覚悟を持って客を喜ばせることに徹底しろ、と具体的な練習方法が書かれている! だから『風姿花伝』はアイドルオタクにささるのか。まことに身勝手で恐縮ですが、『風姿花伝』を当時のアイドル育成論……という視点でさらに掘り下げていきたいです。

川口:僕はアイドルはわからないですが、できるかぎりお手伝いします(笑)

『風姿花伝』の隠れたキーワード「立ち合い」=アイドル・オーディション

給湯流:今、能っていうと「人間国宝の●●さんが、国立能楽堂で4月●日に、なんとかって演目をやります。チケットは今日から発売」みたいな公演が多いですよね。でも世阿弥のころは全然違っていたとか?

川口:ぜんぜん違いました。「立ち合い」といって、バトルだらけだったんです。

給湯流:バトル?

川口:当時の能は、伝統芸能ではなくて最新の芸能。1日に何時間も公演をして、複数の座が出て点数を競ったんです。どっちの座のほうが面白かったかお客さんが決める。

給湯流:そうだったんですか!

川口:舞台にいろいろな座の人があがって、同じ曲で同時に舞うこともありました。今でいうダンスバトルですね。だれの踊りがいちばんかっこいいか、お客さんが見比べたんです。世阿弥先生はあるときのバトルで、曲の途中でかっこよく舞いを止めた。それに気づけずダラダラ踊り続けたほかの座の人が、客からディスられることもあったんです。評判が落ちたら、能楽師にとっては死活問題。もう同じ舞台にあがれなくなるかもしれなかった。

給湯流:まさに、アイドルのオーディション番組じゃないですか!

川口:客の食い合い。「世阿弥かっこいいなあ。敵の座はだめだわ」と評判を奪い合う。世阿弥先生はそういう過酷な場所で戦っていたんです。

給湯流:仲間と戦ってセンターを目指すバトル。どうやったらファンを増やせるか。そんな秘訣が書いてある!アイドルオタクが『風姿花伝』を読むと自分事のように楽しいのは、推しのアイドルが必死に勝ち抜くのと似た状況に、世阿弥がいたからですね。

風姿花伝に書かれる『花』とは、アイドルとファンの間でバチンッと放電されるエネルギーに似ている

給湯流:『風姿花伝』では、芸の極意がたびたび「花」に例えられています。能を研究している大学の先生などが解説しているのを見たことがありますが……。ずばり、現役で能舞台にたつ川口さんは、風姿花伝に出てくる「花」とは何と考えておられますか。

川口:いろいろな解釈があると思うのですが、ぼくには持論があります。「花」とは「能楽師がおのれを知っている。客が求めてるものを知っている。その2つが能舞台で合致したとき、自分とお客さんの間でバチンッとエネルギーが放電される」この瞬間が花です。

給湯流:自分がやりたいことを表現するのはアーティスト。でもアイドルはアーティストではない。ファンの需要を読み取るのがアイドル! ファンが喜ぶことを一生懸命考えて準備して練習して本番のステージにもってくる。コンサート会場でそんな瞬間に立ち会うとき、持ってる双眼鏡が熱気で曇ります。双眼鏡が爆発してステージが見えなくなる瞬間!

川口:爆発って(笑)以前『風姿花伝』の読書会をしたことがあったのですが、能鑑賞・初心者の方に「客に媚びるってことですか?」といわれたことがあります。違うんです。媚びるというのは、お客さんを下に見ている。「僕のファンは、こういうのが好きなんでしょ。はいはい、見せてあげますよ。」というのが媚びている状態。

給湯流:わかるぅぅ! めちゃくちゃ同意です。ファンって敏感だから「あ、今、私たちのことを見下したな」って瞬間はすぐバレる。そうすると客とステージの間での放電はなくなり、アイドルは飽きられていく……。

お客さんの予想するボーダーラインから越境することが大事。『風姿花伝』のキーワード「珍しきが花」

給湯流:ひどく具体的な話で恐縮なのですが……。以前、とあるアイドルのコンサートを見たんです。少し和風の演出で、両手に扇子をもって高く投げてはぴったり拾ったり、サーカスみたいにめまぐるしい振付で。

川口:(笑)

給湯流:ひっちゃかめっちゃかスピードがある曲なのにほんの一瞬だけ、アイドル二人が動きをとめてスッと近づく場面がありました。チューしそうだけど、してない、したの!? そんな0.5秒にファンがとても湧きました。まさに放電状態です!

川口:なるほど。『風姿花伝』は、どういう状態を能舞台につくると放電、花が咲くかを解説しています。「珍しきが花」という言葉がでてくるのですが、今おっしゃってたコンサートはまさにそれ。キスしたの、してないの? 越境しそうで、越境してしないかも…といった絶妙な感覚が「珍しき」です。境を超えそうで、客がおっとっととなる状態が大切。

客に釣り合った舞台がつくれるか? 『風姿花伝』知られざるキーワード「相応」

給湯流:もう1つ、アイドルの事例いいですか? アイドルのミュージカルで、男の子たちが怒りをあらわにして、上半身裸になって歌い踊るってシーンがあったのですが。

川口:(笑)

給湯流:童顔、小柄で人気があるアイドルがその中にいたんです。でも彼は、とても真面目で努力家。上裸になるシーンがあるから、ちゃんと筋トレして準備した。それでステージ上でムキムキの上半身を披露した。腹筋はシックスパック、二の腕もガチガチ。そしたら、ファンたちはげっそりしました。「童顔で華奢な感じが似合うのに、無理して筋肉つけちゃうなんて。私の需要と合ってない」というどんよりした空気が流れたんです。

川口:それは残念!

給湯流:でも、彼はその空気を察知しました。しばらく期間をあけて、ミュージカルが再演。そのとき、その子は筋トレ量を減らして絶妙な上半身を作ってきました! 二の腕はぽっちゃり、腹筋は一筋の線でしか割れてない。その子のファン需要にぴったりな上裸になったんです。客に媚びてるわけではない。お客さんがこういう姿を見たい! という思いを受け止めて、ちょうどいい腹筋と二の腕で舞台にアイドルがあがった瞬間、舞台と客の間で幸せな空気が流れていました。己を知り、客を知った先に花が咲く! まさに風姿花伝。

川口:『風姿花伝』には「相応」という言葉もあります。「相応」とは釣り合うという意味。会場の雰囲気、季節、どれくらい芸がわかってる客がくるのか、釣り合いをとっていく。正式な興行なのか、くだけている雰囲気か、大きい催しか……無限にある要素をコンピューターにぶちこんで「こういう番組だてにします」というのが相応。それができないと舞台が成功しません。

給湯流:そうだ、「番組」ってもともとは能の言葉なんですよね。「立ち合い」で何時間も敵の座とバトルするとき、複数の演目をどうやって組み立てるか。アイドルのコンサートのセトリみたいなものですかね。

川口:そうです。能は一番、二番、三番とあり、どう組み合わせるかを考えます。さっぱり、こってり、優美、強い鬼が出てくる曲。お客さんの状況に合わせて番組をつくるのが相応。それがうまくできないと公演が失敗します。相応ができる一流じゃないと一座は持ちません。役者バカで演技のスキルだけが高くてもダメ。客層を鋭くみる。今日は目利きの客が少なそうだから、あの曲はやめておこうか、など臨機応変に対応するのが「相応」です。

給湯流:なるほど。自分を客観視して、お客さんに釣り合うものを提供する。これはアイドルだけに限らず、仕事をしているすべての現代人に役立つ話ですね!

川口:世阿弥先生はたくさん研究され、いろいろな意見があります。でも能楽師として世阿弥先生の能楽論を読んだ僕の解釈を最後にもう一度お伝えさせてください。世阿弥先生は同期のライバルに舞台上では勝てないことを悟ったんだと思います。現世でトップをとることは諦めた。しかし能楽が一時的な流行で廃れないように、何百年、何千年長く客に愛される芸能にすれば、いつか自分の脚本が一位をとれる、とあらゆる工夫をしたのではないか。そんなアイディアが書かれているのが『風姿花伝』。ぜひ多くの人に読んでもらいたいです。

書いた人

きゅうとうりゅう・さどう。信長や秀吉が戦場で茶会をした歴史を再現!現代の戦場、オフィス給湯室で抹茶をたてる団体、2010年発足。道後温泉ストリップ劇場、ロンドンの弁護士事務所、廃線になる駅前で茶会をしたことも。サラリーマン視点で日本文化を再構築。現在は雅楽、狂言、詩吟などの公演も行っている。ぜひ遊びにきてください!