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2022.09.02

ヒルコはいつ生まれたの?鍵となる日本書紀サブストーリーを一挙公開!「ひねくれ日本神話考〜ボッチ神の国篇vol.16〜」

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リア充ヒーロースサノオをバッサリ切り捨て、謎のぼっち神ヒルコに迫ります!

三人姉弟?四人姉弟?ヒルコはいつ生まれたのか。

イザナギとイザナミの神婚による国生みと神生み。
正史「日本書紀」では円満な夫婦関係、現存する最古の史書「古事記」では泥沼の離婚劇が前提という違いがあるものの、双方ともに最後の最後でスペシャルに尊い神々が立て続けに誕生する。

まずは太陽の女神、次に月の神。ここまでは両書同じだ。だが、「日本書紀」はヒルコを挟んで最後にスサノオが生まれたとする一方、「古事記」はヒルコを全体の第一子とし、最後の神生みは三人、スサノオの誕生で締めている。

はたしてラストスパート組は三人姉弟だったのか、四人姉弟だったのか。
ここは多数決を取ってみるのが良さそうだ。もちろん、読者アンケートを取ろうというのではない。「日本書紀」が「一書」(と書いて「あるふみ」と読む)として補助的に記載している「その他の史書」ではどう扱われているかを確認するのだ。

「一書」11種を大検証!

第一の一書
三貴子はイザナギ単独の明確な意志によって生まれたことになっている。しかも「古事記」のように顔を洗ってたら生まれました、ではなく、左手に白銅鏡を持ったら大日孁尊(おおひるめのみこと)、右手に白銅鏡を持ったら月弓尊(つくゆみのみこと)、頸をぐるんと廻らせて顧みたら素盞嗚尊(すさのおのみこと)が生まれた、と。前二子は生まれつき明るく麗しかったが、素盞嗚尊は乱暴者だった。だから根の国を治めさせた、のだそうだ。
というわけで、第一の一書は「シンパパ、三子派」である。

第二の一書
まずは日月が生まれた。次に蛭児が生まれたが、これはまぐわい前にイザナミが先に言挙げしたせいだ。
次は素盞嗚尊が生まれたが性質が悪く云々は以下同。
しかし、神生みはここで終わらず、続いてさらに鳥磐櫲樟船(とりのいわくすぶね)が生まれたので蛭児をこの船に乗せて捨ててしまった、とする。次に軻遇突智(かぐつち)が生まれ、イザナミはこれにより重症をおい死亡。病床のイザナミからは埴山姫(はにやまひめ)と罔象女神(みつはのめのかみ)が生まれたと、ここまではこの順番に異同があるが「古事記」に近い。
だが、軻遇突智の行く末が大きく違う。というのも、ここでの軻遇突智はお姉ちゃんである埴山姫を娶って、稚産霊(わくむすひ)を生んだというのだ。「古事記」だとイザナギに切り捨てられたというのに、こっちじゃ子孫をもうけているのである。えらい違いだ。


なお、「古事記」の稚産霊はイザナギ/イザナミの子である。子か孫かどっちなんだ、って話だが細かいことを言っていたらキリがないのが神話だ。そもそも姉弟の近親婚だし。ちなみにこの子、頭の上に蚕と桑、へその中に五穀ができたそうな。養蚕と農業の神なわけで、本来であればもっと派手に祀られていいと思うのだが。
なんにせよ第二の書は「両親、経膣分娩、四子以上派」かつ「日月軽視、エピローグ重視派」であった。これもこれで新しい。

第三の一書
三貴子に関する記述なし。イザナミが火産霊(ほむすひ)を生んで神退り、つまり死亡し、その時に罔象女と埴山姫、さらに天吉葛(あまのよきずら)を生んだことだけ伝えている。また新しい子が出てきた。誰よ、天吉葛って思って調べてみたら、高天原にある良い質のかずら、のことなんだそうで。葛ってつる草でしょ? なんでそんなものをわざわざ特記したのやら。繁殖力旺盛だから、子孫繁栄的な寓意があったんですかね?(家の裏口のつる草抜きしなきゃいけないことを思い出しつつ)
すごく気になるところだけど、三貴子は完璧スルーなので、第三の一書は棄権、ということにする。

まさかの三貴神スルー⁉︎

第四の一書
またまた三貴子スルーで、イザナミの軻遇突智出産ネタ。嘔吐から金山彦(かなやまひこ)が生まれたとするのは「古事記」と同じ。罔象女と埴山姫にも触れている。今、これらの神って神社でもサブ扱いされることが多いけれど、昔はすっごく大事な神々だったのかもしれない。なんにせよ、第四の一書も棄権。

第五の一書
第五の一書は「イザナミの埋葬」について触れている。埋葬場所は紀伊国の熊野の有馬村で、土地の人々はイザナミの霊を祀るために花の時期には花を供え、鼓や笛で音楽を奏で、幡旗を持って歌舞を演じる、としている。
実はこの墓所、今も和歌山県にある。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に含まれる「花の窟神社」がそれだ。一度訪れたことがあるのだが、ちょっとよそにはない奇景で、日本古代の磐座信仰をヴィジュアルとして実感できる。未訪の方は一度行ってみるといいですよ。
というわけで、いきなりガイドブックっぽくなったので第五の一書も棄権組。

検索してみたらめちゃくちゃプリミティブな神社でびっくり!

第六の一書
大筋はほぼ「古事記」と同じである。だが、セリフなどのディテールは微妙に違う。また、「古事記」には記されていない神の名やエピソードも見える。なので、ここでは別の書とし、「シンパパ、三子派」への一票として扱うことにする。

第七の一書
軻遇突智ネタ、再びである。火の神が斬殺された折に発生した神々の名を追記するための項のようなので、棄権扱い。

第八の一書
またまた軻遇突智ネタ。斬られた時、ボディが五つに分かれ、それぞれから山祇(やまつみ)が生まれたとする山神起源神話で、軻遇突智の火山神としての側面を感じさせる。また、斬った血が砂石や草木にかかったので、砂石や草木は自然と火が含まれているのだという説明神話でもある。「砂石や草木は自然と火が含まれている」とはなんぞや、であるが、たぶん火打ち石や、積み上げた堆肥の自然発火みたいなことを指しているんじゃないかな。知らんけど。なんにせよ、棄権扱い。

第九の一書
イザナギ/イザナミの破局神話。黄泉下りの部分のみの抜書なので棄権扱いとする。

第十の一書
イザナギ/イザナミの破局神話なのだが、オリジナリティが高い。イザナミが腐乱する体を見られて恥ずかしがるのは「古事記」に同じだが、なぜかイザナミもイザナギの姿をガン見して、それをイザナギが恥ずかしく思って帰ろうとする、という謎エピソードが加わる。イザナギ、いったいどんな姿をしてたんだ。また、人間を一日何人殺すのやり取りはないものの、離縁と黄泉平坂での戦いには言及していて、「古事記」にはいなかった神々が生まれている。また泉守道者(よもつちもりひと)や菊理媛神(くくりひめのかみ)といったオリジナルキャラクターが登場する点で異彩を放つ。また禊によって生まれる神々も異なり、禍津神系には解説が手厚いものの、三貴子に相当する部分は最後に「大地海原の諸神を吹き出した」と超ざっくりで終了している。なので、「シンパパ」票ではあるが、「三貴子票」には数えられない。
微妙な立ち位置の一書である。

第十一の書
ようやく三貴子エピソードが! だが、誕生シーンはばっさりカット、いきなり統治圏を命じる場面からスタートする。名前は天照大神、月夜見尊、素戔嗚尊説を採用。しかも、唯一月夜見尊神話を詳しく紹介している。よって、この第十一の書は後ほどじっくりと読み込もうと思う。

ついにツクヨミにスポットライトが!

一書は以上だ。

さて、アンケート結果は…?

票は全数で11。うち古事記系シンパパ派ヒルコなしが3票、日本書紀系両親ヒルコありが1票、棄権が7票なので、古事記派が優勢だった。もちろん、棄権の一書は、記述が「日本書紀」と完全に重なるのであえて省いた可能性もある。だが、まったく無視説も考えられるので、やはり棄権は棄権としておこう。
こうして見ると、朝廷が公的に採用する「史書」では、ヒルコを三貴子に並ぶ神として書かねばならない動機があったとしか思えない。
ならば、その動機とは?
その辺りをひねくれ視点で考えてみたい。

▼毎月第1・3金曜日に配信!「ひねくれ日本神話考〜ボッチ神の国篇〜」シリーズはこちらからチェック!

アイキャッチ画像は国立国会図書館デジタルコレクションよりトリミング
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2563098/1

書いた人

文筆家、書評家。主に文学、宗教、美術、民俗関係。著書に『自分でつける戒名』『ときめく妖怪図鑑』『ときめく御仏図鑑』『文豪の死に様』、共著に『史上最強 図解仏教入門』など多数。関心事項は文化としての『あの世』(スピリチュアルではない)。

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平成元年生まれ。コピーライターとして10年勤めるも、ひょんなことからイスラエル在住に。好物の茗荷と長ネギが食べられずに悶絶する日々を送っています。好きなものは妖怪と盆踊りと飲酒。