Culture

2023.05.01

日本でお米が大切にされる、ある「約束」とは【彬子女王殿下が次世代に伝えたい日本文化】

 「神様にお供えするお米を自分たちの手で作りたい」

そんな思いから、心游舎のお米作りは始まった。心游舎では、おくどさんでご飯を炊くとか、自分で作った飯碗でご飯を食べるとか、お米にまつわるワークショップは創設当初から開催していた。なんといってもお米は日本人の主食であり、日本文化を語る上で欠かせないものだから。神棚のお供え物で、真ん中に来るのはお米。神社で御神前に御神饌が上がるとき、最初にお供えされるのもお米である。つまり、神様が召し上がるものの中で、一番大切にされているのはお米ということになる。神様に自分たちで作ったお米をお供えし、そのお下がりを頂くのが、何より贅沢なことなのではないか。そう思ったときから、神様のお米を作りたいという思いは膨らんでいった。

神代の頃から日本人が守り続けてきた約束

お米と一緒に必ずお供えされる水や塩と比べても、お米は食べなければ生きていけなくなるものではない。それなのに、なぜこのようにお米は大切にされ、日本文化の中で重要な役割を果たしているのだろうか。それには、ある「約束」が関係している。

神代の昔、瓊瓊杵命(ににぎのみこと)が地上世界に天孫降臨される際、天照大神は「吾(あ)が高天原(たかまのはら)にきこしめす斎庭(ゆには)の穂(いなほ)を以て、また吾が児(あがみこ)にまかせまつるべし」と、自らがお育てになった稲穂をお授けになり、天上世界のようにお米を作り、伝えていくように言いつけられた。つまり、お米を作り、大切に食べることは、神代の頃から日本人が守り続けてきた天照大神との約束なのである。

その年収穫された初穂をお供えする新嘗祭は、神々の食物を分けてくださった天照大神への感謝の思いを伝えるお祭り。何か書き残されたものがあるわけでもないのに、数千年の長きに亘り、天照大神への感謝の気持ちが現在に至るまでつながり続けているというのは、すごいことだと改めて思う。ご飯を手で握ったものを「おむすび」と言うのは、お米が神様とのご縁を「結ぶ」からなのだという。私はおむすびを頂くと、いつも心がほっこりとするのだけれど、これが神様とつながるという感覚なのかもしれない。お米は、神様の世界と人間の世界を結ぶ仲立ちをするものであり、神様の力が宿る御霊代でもあると思う。

『田植え』 歌川広重

共生社会の縮図を田んぼの中にみる

今から10年ほど前のこと、大学のゼミの先輩が実家に戻って農業をしているからと、夏休みにゼミの先生と先輩と一緒に新潟を訪ねることになった。先輩は、農薬も肥料も使わない自然栽培で野菜を作っており、ご自身の畑はもちろんのこと、自然栽培仲間の農家さんやワイナリーをいろいろ案内してくれた。そのとき訪れたのが、お米を作っておられる宮尾農園だった。

「せっかくだから、皆さんにも役に立つことをしてもらおうと思って!」と田んぼの草取りをすることになった。田んぼの畦道から草を引く。そのとき驚いたのは、草は全部取らなくてもよいと言われたこと。ご主人の宮尾浩史さん曰く、草や虫にはそれぞれ役割があって、土の乾燥を防いだり、田んぼの栄養となる微生物の働きを助けたり、水はけをよくしたりして、稲の成長を助けてくれる。稲刈りのときに、引っかかってしまうイボクサやコナギと言った草だけ抜いて、それも土に埋めて栄養にするということだった。生き物の命を決して無駄にはしないという姿勢に、頭が下がる思いがした。

そんな宮尾さんも、昔は躍起になって草取りをしていたのだと言う。「草が邪魔ものだと思っていたころは、草が暴れて本当に大変で。取っても取っても生えてくるしね。でも、あるとき、草には草の役割があるんだから、何か意味があってそこに生えている。本当に困る草だけ取ればいいやと思ったら、草が暴れなくなったんだよね」と。その言葉の通り、宮尾さんの田んぼは草も虫もたくさんいて、それぞれの世界があり、みんな生き生きとして楽しそうだ。そして何より、宮尾さんが楽しそうに、愛情深く田んぼの生き物たちについて語ってくれる。共生社会の縮図が田んぼの中にある。そう感じた。

食器などを載せて使うお盆に描かれた田植えの様子 『田植取入漆絵折敷』出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

こんな人に育てられているお米は幸せだろう。そう思った瞬間、「心游舎のお米を作りたいんです」と口から出ていた。「私たちが協力できることであればぜひ」と宮尾さんはその場で快く承知してくださり、とんとん拍子で翌年から國學院大學と共同で、新潟でお米作りのワークショップを始めることになったのだった。

お米作りのワークショップは年4回。田植え、草取り、稲刈り、心游舎がお世話になっている神社へのご奉納である。お米作りの体験というと、大体田植えと稲刈りというパターンが多いと思うけれど、心游舎では必ず草取りも行うようにしている。それは、私が初めて宮尾さんの田んぼで草取りをした翌朝、信じられないくらいの筋肉痛で体が動かなかったという経験から。こんな大変な作業を農家の方たちは毎日してくださっているのかと心から尊敬し、よりお米を大切に思うようになった。だから、学生さんたちにも「草取りを経験せずして、米作りを語ることなかれ」と毎年参加してもらうようにしている。

今年もそろそろ田植えの季節。今年も神様においしく召し上がって頂けますようにと祈りながら、新潟の田んぼに思いを馳せる。

アイキャッチは『江戸風俗十二ケ月の内 五月 田植之図 (江戸風俗十二ケ月)』国立国会図書館デジタルコレクション

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彬子女王殿下

1981年12月20日寬仁親王殿下の第一女子として誕生。学習院大学を卒業後、オックスフォード大学マートン・コレッジに留学。日本美術史を専攻し、海外に流出した日本美術に関する調査・研究を行い、2010年に博士号を取得。女性皇族として博士号は史上初。現在、京都産業大学日本文化研究所特別教授、京都市立芸術大学客員教授。子どもたちに日本文化を伝えるための「心游舎」を創設し、全国で活動中。
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