舞台は舞台でもいつもと違う舞台
今年の7月末、「ヒストリーボーイズ」という舞台に主人公のデイキン役で出演させていただきました。2004年にロンドンで初演され、数多くの賞を受賞したイギリスの劇作家アラン・ベネットによる戯曲です。僕にとって初となる現代劇の舞台でした。この舞台のお話をいただいたのは、ちょうど映画『九十歳。何がめでたい』の撮影が終わった頃。近年は歌舞伎以外の映像作品に出演の機会をいただいていましたが、現代劇の舞台は経験がありませんでした。「次は現代劇の舞台の経験を積みたい」と内心思っていたところでしたので一つの願いが叶った形でした。
歌舞伎と現代劇ではお稽古から違う
歌舞伎と現代劇では、お稽古が始まったときからまるで違いました。
歌舞伎の場合、古典の作品なら出演者全員が揃ってお稽古するのは初日前の約4日間ほどです。古典は台詞も流れも分かっている前提で、お稽古がはじまるからです。でも今回は、初日までの1ヶ月間ほとんど毎日、皆でお稽古をさせていただくことができました。序盤は慣れないことも多かったのですが、なるべく皆さんと会話をするように意識して過ごして。みんなで本読みをし、役を深掘りし、考えを共有する工程のはこれまでにない経験でした。古典歌舞伎の舞台では演出家がいないので、演出の松森望宏さんとのコミュニケーションも新鮮でした。「目と目を合わせてセリフを言い合う」という稽古が取り入れられていて、これは本番でも、ここぞという台詞で敢えて相手の目を直視して言うなどしました。
ちょうどその頃、偶然同じお稽古場の別のスタジオでは、野田秀樹さん演出の『正三角関係』のお稽古も。幼い頃からお世話になっている松本潤さんや永山瑛太さんに、稽古終わりの立ち話ではありましたが、舞台についてお話を聞くことができました。瑛太さんと会った瞬間にハグし、潤さんと「お互い主演として頑張っていこう」と握手を交わしたことは大きなモチベーションになりました。
そんなこんなで僕自身は毎日頭を抱えながらも、一座は長谷川初範さんをはじめとした先輩方、同級生役を演じた同世代の皆さんの支えのおかげで稽古期間を終え、なんとか初日を迎えられました。いつも以上にワクワクし、緊張もしながら迎えた初日は、稽古期間に培った一座の一体感でなんとか乗り切ることができたように思います。
自分で自分をはかりながら
今回の舞台は1か月間の稽古をして公演期間は約1週間。歌舞伎の公演は基本的に約1ヶ月間続くので、あっという間に感じられました。それでも公演が始まると新たな課題が浮き上がり、焦りながらも修正に追われる毎日でした。
苦労したのは、ダメ出しをしてくれる先輩方がいないことです。自分にとって、舞台が終われば楽屋で祖父や父、先輩方からダメ出しをもらうのが当たり前になっていたことに気がつきました。演出家の方から必ずしも毎日フィードバックがあるわけではありませんから、自分で自分を測らなければいけません。日によって微妙に変わる芝居への力の入り方。終演後の達成感に近いもの。これらを比較して、良し悪しではなく日による違いとして自分を比較するようになりました。細かい心情の表現は自分との戦いで、歌舞伎も現代劇も変わりません。その中でも現代劇で許される範囲で日々アプローチの違いを楽しみ、悩みながら舞台に立たせていただいた次第です。
初めての現代劇は、経験や年齢の違いはあれど、先輩も同年代も皆さん一人ひとりが、ご自身の個性でそれぞれに役に向き合い、熱をもってお芝居されている姿を目の当たりにできたことが、僕にとって何よりも良い経験になりました。どんなお役でも思うことですが、またいつか挑戦させていただけたら。その時は関西でも上演できたら。そんなことを思ったりも。来年は『ハムレット』にも挑戦します。『ヒストリーボーイズ』の経験を歌舞伎はもちろん、今後の舞台に少しでも活かせればと思います。