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2023.06.30

台本は使わない…師匠の芸を肌で吸収する、狂言の稽古を初体験。阿部顕嵐が語る「あらん限りの歴史愛」vol.3

20代の阿部顕嵐(あべあらん)さんが、日本文化について自由に語る連載。今回は、阿部さんが狂言の稽古に初めて挑む。しかも、300年の歴史を持つ加賀前田藩お抱えの狂言・野村万蔵家の野村万之丞(のむらまんのじょう)さんに稽古をつけてもらえることになった。

尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。

少年野球で共にプレイした「虎ちゃん」に稽古の袴を着せてもらう

今回、阿部さんが向かったのは狂言・野村万蔵家の稽古場。現地に着くなり、阿部さんは「おじゃましまーす。おー、虎ちゃん。久しぶり!」と親しみをこめて声をかける。

「虎ちゃん」というのは野村万之丞さんの本名、虎之介(とらのすけ)の愛称。じつは二人は少年野球で同じチームにいた、おさななじみだ。二人は家族ぐるみで仲が良く、最近も野村さんが国立能楽堂で公演を行った際、阿部さんが観劇したそう。

野村万之丞(以下、野村):少年野球チームで、顕嵐は1年後輩です。顕嵐との思い出で、ひとつ強烈なものがありまして。毎年、夏休みに山で合宿をしたのですよ。

阿部顕嵐(以下、阿部):なつかしい!

野村:合宿中、山の中を走り回るマラソン大会がありました。僕は長距離が得意で、小学校・高学年の部で小5のとき優勝したのです。でも翌年、顕嵐が小5になり参加してきて、僕は負けた。それがとても悔しかったです(笑)。年下の顕嵐が1位で僕は2位。 顕嵐は本当に足が速いよな。

阿部:あはは。あのマラソン、めちゃくちゃ辛かったよね。合宿の最終日は川遊びもして、楽しかったな。

少年時代の思い出をたくさん共有している二人。稽古場に笑いの声が響き渡る。
ここで少し、野村万之丞さんをご紹介しよう。

野村さんは1996年生まれ。祖父は人間国宝・初世野村萬(のむらまん)、父は九世野村万蔵(のむらまんぞう)。3歳で初舞台、たくさんの公演で活躍してきた狂言界・若手のホープだ。2018年には大河ドラマ「西郷どん」で明治天皇役を務めている。

野村万之丞(以下、野村):稽古用の袴(はかま)を用意したから、着せてあげるよ。

阿部さんは普段、日本舞踊を習っている。日舞の稽古で使う着物を持参して、袴(はかま)を野村さんからお借りすることに。同じチームで野球に夢中だった少年ふたりがそれぞれの芸能の道で精進し、今再び一緒に稽古をする姿は尊い。

阿部顕嵐(以下、阿部):虎ちゃんはいつも自分で着付けしているの?

野村:そうだね。顕嵐の仕事みたいに、ヘアメイクさんは付かない。髪のセットも自分でやっているよ(笑)。

阿部:そうなんだ。すごいね。

給湯流茶道(以下、給湯流):阿部さん、袴の着心地はいかがですか?

阿部顕嵐(以下、阿部):とても落ち着く……姿勢がよくなりますね。しかも、とても歩きやすい。

狂言は、厳しい上下関係がある武家社会で人気だった「コント」。人の失敗を笑って許し、鑑賞者の気持ちを楽にする

ところで狂言がどんな芸能か、ご存じだろうか? 狂言がうまれたのは室町時代。当初は神社や寺などで上演され庶民も楽しんだ、今でいうコントのようなものだったらしい。

「文相撲」大名・野村万之丞 新参者・野村拳之介(左)撮影 荻島怜

しかし江戸時代になると武家がパトロンとなり、おもに武士が鑑賞して楽しむ芸能となった。代表的な構成のひとつは、主人と家来のコントだ。主人が家来に、無茶な命令をする。仕事をするのがいやな家来はズルをしたり、さぼったりするのだが最後はバレてしまう。または家来が知恵を働かせ、主人を丸め込むパターンなどもある。ちなみに家来の役柄を、狂言では「太郎冠者(たろうかじゃ)」と呼ぶ。

野村:狂言には、ずるい人間、失敗する人間がたくさん出てきます。人間の弱い部分、だめな部分を描写し、こらしめて許すおおらかな笑いがあるのです。鑑賞者が「ああ、こういう失敗って自分もしたことあるな。」と感じて、自分を見つめ直し、気持ち的にも楽になる。そんな効果もあるのだと思います。

給湯流:江戸時代、武士はきびしい階級社会ですよね。ちょっとしたミスでも、お殿様がお怒りになれば切腹になるプレッシャーがある。武士が毎日緊張して出勤している日々に、狂言はヒーリング効果もあったかもしれませんね。

野村:今のお笑い芸人さんも好きですし、コントもどんどん進化していると思います。ひとつの演目でわき起こる笑いの数では、現代のお笑いのほうが勝るかもしれません。でも、笑って疲れもとれる安心感は狂言の魅力だと思いますね。今は、少しでも失敗するとSNSなどで叩かれてしまう。みんな完璧な人間をめざす、みたいな世の中になっていますし。

給湯流:なるほど。窮屈な現代社会に疲れた人にこそ、狂言は見ていただきたいですね。

武士に召し抱えられていた芸能、狂言。常にきれいな姿勢をくずさない。

野村:今日は、師匠と弟子という感覚で稽古を始めましょう。まずは基本の姿勢を教えます。

阿部:よろしくお願いします。

野村:顕嵐の正座、きれいだね。ほぼ直すところがない。常に人前に出る俳優の立ち振る舞いだね。さすが! ちなみに狂言は、武士に召し抱えられていた芸能ということもあって、常に姿勢が崩れないようにするよ。

阿部:あ、なるほど。

野村:立っているときも座っているときも、肘をひし形のように構える。ほっそりせずに、どっしりしたフォルムにするのだよ。さらに、腰を入れる。腰を落とすのとは違うから注意してね。骨盤が前に倒れるような姿勢にするよ。

阿部:これが基本姿勢? きつい、きつい! 虎ちゃん、腰を痛めたりしないの?

野村:痛いと思ったことはないよ。でもマッサージ師のかたに診てもらうと、腰が固いですねって言われることもある(笑)。ではすり足で歩いてみよう。

野村:呑み込みが早いね。素晴らしい! すり足で歩くことで、体の軸を常にぶらさないようにしているよ。下半身だけ動かし舞台上を移動して、腰や上半身はグラグラしないようにする。これが僕らの基礎中の基礎。

給湯流:今、狂言の基礎となる体の動かし方を体験していただきました。阿部さんが普段やってらっしゃるダンスレッスンと違う部分はありますか?

阿部:狂言は、基本の型をくずさずに常にきれいに見せる、ということを今日知りました。クラシックバレエにも似ているのかも。現代のダンスだと、同じ姿勢をキープすることはない。そこが全然違うと感じました。もちろん基本的なポーズもダンスにあるのですが、今のダンサーは常にきれいに見せるということにあまり意識がいっていないと思います。自分がかっこいいと思う動きをいちばん重視しますね。自分の個性を主張するのが、ダンスですから。

野村:僕らも、ただ教えられたことをきれいにできるだけじゃ成長しない、とよく父と話しています。何のためにこういう動きをするのだろうか、と自分で考えることも大切にしていますね。最近も、自分で型を作る演目に挑戦しました。自分で考えることで、役者の感覚が磨かれていくところもあるのだと思います。

阿部:なるほど。自分の身ひとつで戦う、観客に何かを伝えるという根幹は、狂言も現代のステージも同じですね。今は便利なものもたくさんありますけど。

野村:たとえば、狂言をやる舞台にはスポットライトがない。自分に観客の目を向けさせるために、美しい姿勢、たたずまいが大切になってきますね。

台本は見ない。師匠の声を頭で覚えず、肌で吸収すると一生忘れない。

野村:ではここから、謡をやりましょう。小舞(こまい)というものの中から一節やります。小舞は、今でいうカラオケみたいなもので宴会の席で歌い踊るものだよ。先に僕が謡うから、思った通りに真似してみよう。

阿部:楽譜は無いの?

野村:楽譜のようなものは一応あるのだけど、最後に復習で使うことが多いかな。そもそも小さいときは字が読めないから、耳から覚えてきたし。楽譜があると、どうしても頭で覚えてしまう。時間が経った時、ほぼ抜け落ちてしまうのだよね。でも言葉と音とメロディーを耳で聞いて繰り返し真似をすると、肌で吸収できる。後になってまた謡うときに、すぐ思い出せるのだよ。耳で聞いて一節ずつ真似して覚えるのは、楽譜を見ながら練習するより、非効率にみえるかもしれない。でも僕らは長く体に残すために、耳だけで真似をすることを大切にしている。

阿部:そうなんだ。

野村:では始めるね。「やーなーぎーのーしーたーのー」

マイクも何もつけていない野村さんの声が、稽古場に大きく響き渡る。会話をしていたときの声の3倍、いや10倍の迫力があった。声の圧がとても力強く、感動!

阿部:「やーなーいー? の しーたーのー」

野村:「柳の下の」だよ。柳の「ぎ」が聞き取りにくかったかな。僕らは「がぎぐげご」を発音するとき鼻濁音(びだくおん)といって、鼻にぬけるように謡う。でも顕嵐、声の出し方は悪くない!さすが。じゃあ、次。「おーちーごぉ さーまーはー」

阿部:「おーちーお、ふぇーふぁーはー?」

野村:「お稚児様は」と言っているよ。子どもという意味ね。では、もう一度。「おーちーごぉ さーまーはー」

阿部:「おーちーご……?」

「お稚児」の「ご」も鼻濁音。現代の私たちは歌詞を見ないと、聞き取りにくいところがある。さらに「お稚児様は」の「児(ご)」は、「ご」を発音した直後に音程を下げて、母音の「お」を発音する独特のメロディー。この日、野村さんの手本をものすごい早さで覚えた阿部さんが、珍しく謡だけ苦戦していた。現代のJPOPの歌詞は、日本語の一つの音に、一つの音程が割り当てられることが多いので、ぜんぜん違う節回しで難しいようだ。

野村:よく聞いてね。「おーちーごぉ さーまーはー」

阿部:「おーちーごぉ さーまーはー」

野村:いいでしょう。こんな感じで謡を細かく分けて、一節ずつ先生が教える。覚えたら、だんだん長くして最終的に全部覚えていくよ。 次は、謡いながら舞っていきます。

扇を持ち、軽やかに謡い舞う野村さん。

阿部:すごい……歌って踊れるんだ! 日本舞踊だと、別の人達が音楽を担当して自分は舞うだけだけど。

野村:いやいや、歌って踊れるのは顕嵐のほうでしょ。顕嵐がやっているダンスと歌は僕はできないよ。確実に「ダンス踊れない芸人」になるわ(笑)。

今月はここまで。
次回は狂言の演技体験や、二人が熱く語りあった芸能論などをお届け! おたのしみに。

インタビュー・本文/給湯流茶道  写真/篠原宏明 スタイリング/野村万之丞・阿部顕嵐(私物) 撮影協力/株式会社 萬狂言

野村万之丞 お知らせ

YOUTUBE『萬狂言チャンネル』で、阿部さんと野村さんの稽古の様子が見られます。
全4回配信予定。チャンネル登録をおすすめします。

ファミリー狂言会・夏
2023年7月30日(日)午前11時開演 国立能楽堂

毎回親子連れでにぎわい、子どもから大人まで一緒に楽しめる狂言の公演です。初めて狂言を見る方にもわかりやすい解説とともに、「魚説法」と「犬山伏」という二つの狂言をご覧いただきます。「犬山伏」に登場する犬は皆さんが知っている犬の姿なのか否か…。ぜひ会場で確かめてください。

萬狂言 夏公演
2023年7月30日(日)午後2時30分開演 国立能楽堂

人間国宝の野村萬(万之丞の祖父)、野村万蔵を中心に、本格的な狂言の醍醐味を味わうことができる公演です。特に今回は、夏の風物詩ともいえる狂言の祇園祭の山車にまつわる狂言「鬮罪人」では、大蔵流の茂山千三郎さんを客演に迎え、万蔵演じる太郎冠者と、千三郎さん演じる主人の攻防戦が見どころです。

普及公演「横浜狂言堂」
2023年8月13日(日) 14:00~15:35 横浜能楽堂 
入場料2,200円 破格の安さと親しみやすさ!
初めて観る方にも、狂言ファンの方にも気軽に楽しく日本の古典芸能である狂言を満喫していただける公演です。8月は、大名と太郎冠者がお金もないのに雁を求めようとする「雁大名」と、長者の娘の聟になりたい男が、なんとか一芸を披露しようとする「八幡前」を、野村万蔵家を迎えてお送りします。

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阿部顕嵐 お知らせ

毎週水曜 23:00更新 / 聴くエッセイ : Artistspoken『Second.ID』
MORE INFO >> https://artistspoken.com/lp/

ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』Rule the Stage -Battle of Pride 2023-
2023年9月3日(日) at 大阪城ホール
2023年9月7日(木)~9月10日(日) at ぴあアリーナMM
※6月29日(木)よりオフィシャルFC『I OF THE STORM』にてチケット先行予約開始
MORE INFO >> https://hypnosismic-stage.com/battleofpride2023/

阿部顕嵐 オフィシャルサイト https://alanabe.com/
阿部顕嵐 オフィシャルFC https://fc.alanabe.com/

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阿部顕嵐

阿部顕嵐 (あべ あらん) 1997年8月30日生まれ、東京都出身。 俳優としての活動を中心に、映画、ドラマ、舞台と幅広い作品に参加。 主演ドラマ『oddboys』(テレビ東京)、『BLドラマの主演になりました』(テレビ朝日&TELASA)、主演映画『ツーアウトフルベース』、主演舞台『桃源暗鬼』、PARCO劇場開場50周年記念シリーズ『ラビット・ホール』(第31回読売演劇大賞・優秀作品賞受賞)『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』Rule the Stage 等の作品に多数出演。 JR東海「そうだ京都、行こう。」では今年含め2年連続夏のPRキャンペーンを担当。 2024年は9月19日(木)より放送スタートのMBS 毎日放送 ドラマフィル枠『スメルズライクグリーンスピリット』にて柳田役、11月には自身初のプロデュース舞台作品 東洋空想世界『blue egoist』を東京THEATER MILANO-Za、大阪オリックス劇場にて上演する。 また、「7ORDER」のボーカルとしての音楽活動や、自身のオリジナル作品の企画プロデュースなど、活動は多岐にわたる。
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