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Culture

2023.09.01

「煎茶」をおいしく淹れる最高の魔法【彬子女王殿下が次世代に伝えたい日本文化】

「自分で淹れた急須のお茶とペットボトルのお茶と、どちらがおいしかった?」

心游舎を設立して間もない頃、開催した煎茶のワークショップに参加してくれた子どもたちにこのような質問をしたところ、三分の一くらいの子がこう言った。「ペットボトルのお茶の方がおいしい」と。これを聞いたとき愕然とした。私はとてつもなく大変なことを始めてしまったのではないか、と。

日本人の生活から離れてしまった「煎茶」

そもそも、ワークショップの開催要項には「ご自宅から急須と湯呑をお持ちください。お持ちでない方には貸し出しも致します」と書いてあった。でも、持ってきた子は約半分。それも、ほとんどが紅茶と共用の「ティーポット」で、「急須」を持ってきた子は二人しかいなかったのである。大学生のひとり暮らしなどで、わざわざ急須でお茶を淹れる人がほとんどいないであろうであろうことは理解できる。でも、ご家庭でお茶を淹れる人が斯くも少ないのかということは、心の底からの衝撃だった。

子どもたちにとってお茶とは、ペットボトルに入っていて、自宅の冷蔵庫にいつも入っているものなのだろう。だから、普段飲み慣れない味に対する忌避感があり、急須で淹れたお茶を、「苦い」とか「おいしくない」と思ったのだと思う。日本人の生活から、お茶がこんなにも離れてしまっているのかと、とても寂しい気持ちになり、またどうしたらおうちでお茶を淹れようという気持ちになってもらえるのだろうかと、自信を喪失させられたワークショップになった。

でも、後日参加してくれた子の親御さんから、このようなお礼のお手紙を頂いた。「あのワークショップ以来、息子がすっかり煎茶にはまり、毎日急須でお茶を淹れて飲むようになりました」と。やったことは決して無駄ではなかった。30人の参加者のうち、たった一人であったとしても、その子が日常生活の中に煎茶を取り入れてくれたのなら、心游舎の目的は達成している。参加者全員に届かなくても構わない。日本文化の良さを感じ、大切に思ってくれる人が一人でも生まれることを信じて、自分が楽しいと思うことを信じて、ワークショップをこれからも企画していこうと思うきっかけになるワークショップでもあった。

実は私も、煎茶はめんどう

とはいえ、私が毎日急須で煎茶を淹れて飲んでいるかと言えば、答えはNo。なにしろ、私は極度のめんどくさがり且つせっかちなのである。お茶を淹れた後の急須を洗うのが面倒。適温になるまでお湯を冷ますのが面倒。お茶が出るまでの間が持たないので、さっさと湯呑に注いでしまい、色も味も薄い煎茶になりがちである。そして、幸か不幸か、お茶屋や茶葉屋をやっている友人など、煎茶関係者が身近に多くいるものだから、彼らがおいしい煎茶を淹れてくれるのは知っている。自分で淹れた今一つの煎茶より、誰かが淹れてくれたおいしい煎茶が飲みたい。

そんなわけで、熱湯を注いですぐ飲めるほうじ茶や番茶は自分でもよく淹れるのだけれど、煎茶にはあまり手が伸びないと言うのが実情。私と同じような思いを抱えている方は、きっと他にもたくさんおられるはず。だから、ご家庭でお茶を淹れる人が減っているという結果につながっているのではないかと思っている。

江戸時代の急須。『色絵金彩唐子甕割文急須(いろえきんさいからこかめわりもんきゅうす)「與三造」銘』水越与三兵衛作 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

お茶をおいしくする魔法

言っていることとやっていることが矛盾しているのは百も承知なのだが、気付いたことがある。お客様の為であれば、私はそれなりの味の煎茶が淹れられるということに。自分の為に煎茶を淹れることはあまりないのだけれど、誰かからのリクエストならば淹れようと思う。それに、一人だと間が持たないお湯が冷めるまでの時間も、お茶が出るまでの時間も、キッチン越しにおしゃべりをしたり、お菓子を準備したりしている間に、いつの間にか頃合いになっている。普段なら面倒なはずの後片付けも、おいしく煎茶を淹れられた満足感で、さほど気にならない。友人が淹れてくれたお茶がおいしいのは、もちろん技術もさることながら、私のことを思いながら、丁寧に淹れてくれているからなのではないだろうか。誰かのために淹れて、誰かと一緒に飲むと言うことが、煎茶をおいしくする重要な要素なのではないかと思うのである。

そこで、冒頭の話に戻るのだ。ひとり暮らしで、わざわざ急須で煎茶を淹れないのはわかる。実際問題、ひとり暮らし中の私もそうなのだから。でも、ご家庭ではぜひ急須で煎茶を淹れて飲んでいただきたいのである。通学前、出勤前で慌ただしいかもしれないけれど、ひと手間かけて、あたたかい煎茶を朝食のときに飲むと、ちょっと特別な気持ちになりはしないだろうか。一日頑張ろうと思う切り替えのスイッチになるかもしれない。帰宅して、今日はああだった、こうだったと報告し合いながら煎茶を淹れたら、気付けば熱かったお湯は冷めているし、お茶はおいしく出ているはず。あたたかい煎茶で一息つけば、一日の疲れもきっと癒える。お茶を飲みながら、あれこれとおしゃべりをしながら過ごす時間は、家族の絆を深めるのにも一役買うに違いない。それは、冷蔵庫からペットボトルを出して、コップに注ぐという短い時間では、絶対にできないことではないだろうか。

飲んでくれる誰かのためを思ってお茶を淹れる。その思いが、お茶をおいしくするための最高の魔法なのだと思う。自分のために淹れるときでも、魔法をかけられるようになれたらいいのだけれど。

1892年『婦人風俗尽 煎茶会』尾形月耕 東京都立図書館所蔵
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彬子女王殿下

1981年12月20日寬仁親王殿下の第一女子として誕生。学習院大学を卒業後、オックスフォード大学マートン・コレッジに留学。日本美術史を専攻し、海外に流出した日本美術に関する調査・研究を行い、2010年に博士号を取得。女性皇族として博士号は史上初。現在、京都産業大学日本文化研究所特別教授、京都市立芸術大学客員教授。子どもたちに日本文化を伝えるための「心游舎」を創設し、全国で活動中。
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