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2024.02.29

紫式部が光源氏たちに背負わせたものとは? 馬場あき子×小島ゆかり対談・4【現代人にも響く『源氏物語』の恋模様】

『和樂』2007年10月号に掲載された、『源氏物語』についての歌人の馬場あき子さんと小島ゆかりさんの対談。その内容は今読み返してみても新鮮で、千年も前の物語がとても身近に感じられます。

シリーズ一覧はこちら

▼対談その1~3はこちら。
『源氏物語』は恋愛のお手本! 馬場あき子×小島ゆかり対談・1【現代人にも響く『源氏物語』の恋模様】
平安朝に本当の恋はあったのか? 馬場あき子×小島ゆかり対談・2【現代人にも響く『源氏物語』の恋模様】
「誠実なプレイボーイ」光源氏は当時の理想像。馬場あき子×小島ゆかり対談・3【現代人にも響く『源氏物語』の恋模様】

【馬場あき子×小島ゆかり 対談】その4
源氏は零落した中流の女に癒される

馬場:ここでもうひとつ、零落(※注16)した女の話をしましょうか。たとえば、夕顔は三位中将(さんみのちゅうじょう)の娘なのに、零落するとどこまでも落ちていき、五条の長屋みたいなところに住んでいた。
小島:非常に貧しい場所として描かれています。
馬場:末摘花(すえつむはな)は、食べるものにも窮している宮家の姫君。そういう女がいっぱいいたのでしょう。母方に力がないと、どんどん零落してしまう。家を支えるために、姫君には力のある夫が必要なのね。
小島:そうしないと、侍女たちを雇うこともできず、零落する一方で。
馬場:空蝉(うつせみ)は零落した中流の女のひとりだけど、空蝉の継娘の軒端荻(のきばのおぎ)はかわいいわね。
小島:ぼんやりしているうちに源氏と契り、あらどうしたのかしらと思って。
馬場:おかしいわね、あれは(笑)。
小島:源氏は空蝉だと思って忍んで来たのに、触ってみたらふくよかな体つきで、人違いだとわかるけれど、すぐに取り繕うわけですよ。
馬場:女性を辱めないように。
小島:立派ですよ、源氏はその点で。
馬場:末摘花にだって、あれほどつくして。
小島:絶対に恥をかかせませんからね。

左/『源氏物語絵色紙帖 末摘花 詞西洞院時直』・右/『源氏物語絵色紙帖 花散里 詞近衛信尹息女』 重要文化財 土佐光吉 紙本金地着色 4帖のうち甲帖 桃山時代 25.7×22.7㎝ 京都国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

馬場:花散里(はなちるさと)はどういう女性かよくわからないけど、この人は非常に世事に長けた世話女房的な存在ですね。それで源氏も大事にしていた。
小島:お世話焼きおばさんみたいな感じかな。
馬場:こうやって見ていくと、源氏にとって青春時代の恋は、全部失敗に終わっています。
小島:源氏を人間的に成長させるために、中流の女に目を向けさせて滑稽な面を見せている。そんなところに、紫式部のストーリーテラーとしての才能を感じずにはいられません。
馬場:天皇家の娘に惹かれるのが源氏として正統な恋だけど、ときどき藤原の女や中流の女に激情をもよおす。これは異質なもの、知らない女に対する憧れがあるからでしょう。
小島:源氏はそこで人間的な姿を見せる。
馬場:紫式部は、その辺が実にうまい。
小島:考えてみますと、夕顔にしても六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)にしても、自分の一代は非常に寂しく哀しい人生だったけれど、娘はとてもいい人と出会っている。哀しいだけでは終わらせていないところが、物語としての面白さですよね。
馬場:紫式部は、当時の人たちがこうあってほしいと思う物語に仕立てていったのですよ。
小島:六条御息所の娘は、斎宮(さいぐう)から秋好(あきこのむ)中宮になる。夕顔の娘は玉鬘(たまかずら)として幸せになり、明石上(あかしのうえ)も寂しい思いをするのだけれど、娘の姫君は中宮になる。
馬場:ひとりの人生で終わりではなく、物語がどんどん続いていく。
小島:二代で完結させるのですからね。源氏物語は、恋や政治の陰を主軸にしながら、人間の細部の情感も描写も緻密ですね。
馬場:だからこそ、名作なのですよ。
小島:それから、源氏に最も慕われた藤壺が、意外にも精神的には恵まれていなかった。その一方で、源氏の人生で最も愛された紫上(むらさきのうえ)(若紫)には子供を産ませていない。
馬場:それは、恋の罪を負わせているのよ。
小島:登場人物が犯した罪は、最後には必ずはね返ってきています。

左/『源氏物語絵色紙帖 柏木 詞中院通村』・右/『源氏物語絵色紙帖 若紫 詞西洞院時直』 重要文化財 土佐光吉 紙本金地着色 4帖のうち丙帖(左)と甲帖(右) 桃山時代 25.7×22.7㎝ 京都国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

馬場:源氏だって、最後には妻に迎えた女三宮(おんなさんのみや)を柏木に奪われる(※注17)のですから。
小島:柏木はかわいそうな男です。
馬場:その柏木を源氏は無理やり酔わせて(※注18)、自分も酔ったふりをして言うのよね。
小島:君は年老いた自分を嘲笑(あざわら)っているだろう、君にもいつかわかるよ、と。
馬場:いやな言業ね。自分がやったことを少しは考えなさいって言いたくなるわ(笑)。その源氏が、柏木と女三宮の子を抱いたときにやっとわかるのよ。父である桐壺帝は、実は藤壺との関係を知っていたのではないかと。
小島:その怖れはまた、薫(かおる)を抱いた場面でも襲ってきますからね。
馬場:そうして、最後には源氏が罪の報いを受け止めて、黙って自分の子として育てる。
小島:源氏は罪の意識をもち続けて生きていたのですね。そこには、怖れと畏れの両方がある。紫上も我慢と忍耐を続けてきた人です。
馬場:最初は誘拐同然で源氏の元に連れてこられて、源氏好みに躾けられて。
小島:その紫上が亡くなってしまうと、源氏は魂を抜かれたようになります。あれも、紫式部が源氏にそれだけのものを負わせているのでしょう。
馬場:後を追うように病気になり、出家。源氏は紫上亡き後、あっという間にだめになる。
小島:柏木も弱かったけど、源氏も弱かった。
馬場:結局、光源氏という人は、女の支えがないとたちまち、はかなくなるのです。
小島:そういった意味でも、源氏物語は、魅力的な女性たちがあってこその物語なのですね。

『源氏物語図屏風』 伝土佐光則 紙本墨画 六曲一双 江戸時代・17世紀 各85.7×289.4㎝ 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

※注16 零落(れいらく)
家が傾き落ちぶれること 。
※注17 柏木に奪われる
40歳を迎えた光源氏は、朱雀(すざく)院の娘・女三宮の降嫁を受け入れる。女三宮を見た頭中将の息子・柏木は密通し子をもうけたことで、源氏を欺く。
※注18 源氏は・・・
第41帖「幻」で、源氏は紫上の死後、喪に服したまま出家し、52歳の生涯を閉じる。続く「雲隠(くもがくれ)」は巻名だけで物語は空白のまま。

Profile 馬場あき子
歌人。1928年東京生まれ。学生時代に歌誌『まひる野』同人となり、1978年、歌誌『かりん』を立ち上げる。歌集のほかに、造詣の深い中世文学や能の研究や評論に多くの著作がある。読売文学賞、毎日芸術賞、斎藤茂吉短歌文学賞、朝日賞、日本芸術院賞、紫綬褒章など受賞歴多数。『和樂』にて「和歌で読み解く日本のこころ」連載中。映画『幾春かけて老いゆかん 歌人 馬場あき子の日々』(公式サイト:https://www.ikuharu-movie.com)でも注目を集めている。

Profile 小島ゆかり
歌人。1956年名古屋市生まれ。早稲田大学在学中にコスモス短歌会に入会し、宮柊二に師事。1997年の河野愛子賞を受賞以来、若山牧水賞、迢空賞、芸術選奨文部科学大臣賞、詩歌文学館賞、紫綬褒章など受賞。青山学院女子短期大学講師。産経新聞、中日新聞などの歌壇選者。全国高校生短歌大会特別審査員。令和5年1月、歌会始の儀で召人を務める。2015年『和歌で楽しむ源氏物語 女はいかに生きたのか』(角川学芸出版)など、わかりやすい短歌の本でも人気。

アイキャッチ画像『源氏物語絵巻』早蕨 藤原隆能著 徳川美術館 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1685003 (参照 2023-10-13)

※本記事は雑誌『和樂(2007年10月号)』の転載です。構成/山本 毅

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山本 毅

昭和のころからファッション雑誌の編集に携わり、重ねたキャリアだけは相当なもの。長らく渋谷の隣駅(池尻大橋)近くに住んでいたが、諸事情により実家(福岡県飯塚市)に戻る。以後もライターの仕事に携わることができ、現在2拠点生活中。LCCの安さに毎回驚きながら、初めて住んでみた人形町・日本橋エリアでの生活が楽しくて仕方がない!
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