Culture

2024.02.23

豊かな自然が息づく「旧大佛次郎茶亭」が復活!鎌倉を愛した作家の思いを次世代へ

かつて幕府があった古都鎌倉は、神社仏閣など歴史的遺産や、山と海に囲まれた景観が魅力的です。多くの著名人や文化人もこの土地を愛し、住居を構えました。昭和の文豪として知られる大佛次郎(おさらぎじろう)は、自宅とは別に茅葺き屋根の別邸を所有していました。 一時解体の危機にさらされた名建築は、大佛文学を愛する人物が手を挙げ、その声に集まった有志が継承することに。1年間の大規模修繕を経て美しくよみがえった「旧大佛次郎茶亭」について、関係者に話を聞きました。

鎌倉で執筆生活をした大佛次郎の生涯

明治30(1897)年に横浜で生まれた大佛は、大正10(1921)年から鎌倉に移り住み、75歳で亡くなるまで終生を過ごしました。ユニークなペンネーム「大佛次郎」は、関東大震災で被災し、苦しい時期に支えられた長谷の大仏への思いからなのだとか。大正13(1924)年に娯楽時代小説『鞍馬天狗』を発表すると大衆の支持を集め、早々に映画化もされて一躍人気作家の仲間入りを果たします。戦後の混乱期に当時の日本人への自戒メッセージを込めた『帰郷』は、各国で翻訳されて高い評価を得ました。

愛猫家としても知られ、常に10数匹の猫に囲まれた生活を送り、「スイッチョねこ」をはじめとする童話や数々のエッセイも発表しています。

1953年書斎にて   撮影:安田三郎 大佛次郎記念館所蔵

存続の危機に立ち上がった人たち

大佛は昭和4(1929)年に建てた自宅と、路地を挟んだ向かい側にある茶亭を、昭和27(1952)年に取得していました。自宅を執筆や生活用のプライベートの場所とし、茶亭を友人や客人をもてなすオープンな場所と使い分けていたようです。

大佛が亡くなった後も親族が所有し、鎌倉の人々に「おさらぎ邸」と呼ばれて親しまれていましたが、親族の高齢化など所有が難しくなり、平成31(2019)年に苦渋の決断で売却が決まります。当時仲介を担当した岡崎麗さんは、「複雑な売却条件により、なかなか買い手が見つかりませんでした」。解体の可能性もあったなか、「かけがえのない文化遺産がなくなってしまう」との危機感を感じた個人が声をあげます。その声に賛同した有志で「一般社団法人大佛次郎文学保存会」が立ち上がり、令和2(2020)年に親族からの継承が決まりました。

試行錯誤のなか進められた大規模修繕

岡崎さんはその後、管理運営を行う株式会社原窓の代表として、「旧大佛次郎茶亭」に携わることになります。継承した時には柱が根腐れし建物が沈下するほど劣化が進んでいたので、根本的な修繕が必要でした。資料が残っていないため、手ばらしで解体し再生する作業は、試行錯誤の連続だったそうです。「現代の木造住宅はコンクリート基礎が一般的ですが、この茶亭は石場建てと呼ばれる、石の上に柱を据え置く工法で建てられています。そんな伝統的工法のままで構造の歪みを正して補強し、土壁の塗り直しや表具を整え、修繕は約1年に及びました」。修繕のさなかには、大工棟梁の名前とともに刻まれた「大正八年八月造」の墨書が見つかり、関東地方では珍しい関東大震災前の建物であることも明らかになりました。

撮影:大藪 誠二

オマージュを込めた芝棟

茶亭は、茅葺き屋根と数寄屋風建築を組み合わせた独特の風情が印象的です。修繕計画が持ち上がった時に一番に相談したのは、株式会社くさかんむり代表で茅葺き職人の相良育弥(さがらいくや)さんだったと岡崎さんは振り返ります。「大佛文学に精通しておられることを何より心強く思いました。遠方にも関わらず快諾してくれました」。そして提案されたのが「芝棟(しばむね)」と呼ばれる技法。芝棟とは屋根の一番高い所に土を載せ、そこに芝を植えて棟を固めることを指します。

撮影:大藪 誠二

大佛次郎の随筆『屋根の花』に、横須賀線の車窓から沿線の芝棟を眺める場面があることから出たアイデアでした。「芝棟の中にイチハツの球根を植えていますので、随筆と同じ景色を見るのが楽しみですね」

季節の樹木や建物から感じる大佛次郎の息づかい

約300坪の広い敷地の中に建つ茶亭は平屋建てで、左右対称に配置された茶室からは庭を眺めることができます。東の茶室からは梅が愛でられ、西の茶室からは藤が楽しめます。「当初からあると思われる老木が多いのですが、趣があって面白いです。今の時期は椿や水仙、ミツマタなどが見頃ですね」。東の茶室の縁側は、解体された大佛の自宅の建材を譲り受けて新たに設けられたもの。向かい側にあった自宅も長らく保存されていましたが、買い手が見つからず、令和2(2020)年に取り壊しとなりました。

撮影:大藪 誠二

「この時代に、鎌倉の中心地に300坪の邸宅が残っていることに価値があると思います。緑豊かな敷地に茅葺きの平屋がぽつんと建っているたたずまいを感じて欲しいですね」。作家としてだけでなく、鎌倉の自然を開発から守ったナショナルトラスト運動の立役者でもあった大佛。景観を守りたいと行動した心意気が、この場所を訪れると実感できそうです。

豊かな文化的な場として、次世代へ伝えたい

大佛次郎文学保存会では、大佛次郎の人となりや文学の素晴らしさを知ってもらうために、旧茶亭を文化活動を中心に貸し出しを行っています。そこから建物の維持費を生み出し、保存を続ける目的もあります。

令和5(2023)年の秋には、鎌倉出身の写真家・山上新平さんの写真展が開催されました。鎌倉の海を撮影したモノクロ写真を平置きするユニークな設営でした。「商空間のなかに明るく照らし出される展示と違って、茶室独特の自然光の中での表現は、茶亭が持つ空気感との調和がとても好評でした。紅葉が鮮やかな季節で、縁側で作品を見る人もいましたね」

現在、茶会やアート作品の展示など、様々な問い合わせが来ているそうです。鎌倉の地にある茶亭と、これからどんなコラボレーションが生み出されるのでしょうか。文化の発信地としての今後に、期待したいです。

基本情報

撮影:大藪 誠二

旧大佛次郎茶亭

神奈川県鎌倉市雪ノ下1丁目11-22
JR横須賀線・湘南新宿ライン「鎌倉」駅より徒歩9分
江ノ島電鉄線「鎌倉」駅より徒歩10分

問い合わせ:info@osaragijiro.jp
公式ウェブサイト
https://osaragijiro.jp/

アイキャッチ撮影:大藪 誠二

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瓦谷登貴子

幼い頃より舞台芸術に親しみながら育つ。一時勘違いして舞台女優を目指すが、挫折。育児雑誌や外国人向け雑誌、古民家保存雑誌などに参加。能、狂言、文楽、歌舞伎、上方落語をこよなく愛す。十五代目片岡仁左衛門ラブ。ずっと浮世離れしていると言われ続けていて、多分一生直らないと諦めている。
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