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2024.04.22

哀しく想うは夫の面影。和歌の暗黒期を救った、与謝野晶子のこと。馬場あき子×小島ゆかり特別対談【時を超える女性の恋歌たち・4】

2024年NHK大河ドラマ『光る君へ』で注目されている和歌。現代歌壇を代表する女性歌人の馬場あき子さんと小島ゆかりさんによる「女性の恋歌」をテーマにした特別対談(『和樂』本誌2005年9月号掲載)、今回は近代の歌人・与謝野晶子です。

「時を超える女性の恋歌たち」シリーズ一覧はこちら

鎌倉時代以降、和歌にはいいところなしの時代。それを救ったのが近代の与謝野晶子

松尾芭蕉の俳諧紀行文『奥の細道』の全文を、文人画家として知られる与謝蕪村が書写し、関連する絵を添えたもの。『奥之細道図(おくのほそみちず)』 重要文化財 京都国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

馬場:鎌倉から後って、歌にとっていいことはひとつもないわね。応仁の乱(※注35)だから。戦国乱世で、辞世の歌しか出てこない。
小島:歌にとっての暗黒時代(笑)。
馬場:江戸時代なんか、恋はお家のご法度。だから恋の歌はもとより、芭蕉さん(※注36)とか蕪村さん(※注37)に全部してやられちゃって(笑)。
小島 俳諧に取って代わられましたからね。そんな時期を経て、近代になって与謝野晶子が出てくるんですね。
馬場:どう思いますか、与謝野晶子って。
小島:昔は大嫌いでした。女のいやな部分を強くもっているようで。でもそれは、若気の至りでした。自分も歳を重ね、晶子の生涯にわたる作品を読んでさまざまな心情に触れて、すごく好きになったんです。今でも彼女の若いころの歌はちょっと恥ずかしい気持ちもありますが・・・。
馬場:歌人に、あなたの青春の恋の歌を出してくださいって言うと、みんないやがるのよね。
小島:恥ずかしいですよね 。
馬場:晶子が最後まで自分の恋歌の代表としたのは、「なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな」(※注38)。
小島:美しいですね。
馬場:美しいけど、万葉時代から変わらないのよ。笠郎女と同じじゃないですか。与謝野晶子の『白桜集』(※注39)の中に、本歌取りがあるわよ。
小島 『白桜集』はいい歌集。私は大好き。

出典:日本文学アルバム 第16 亀井勝一郎, 野田宇太郎, 臼井吉見 編 筑摩書房 1955 国立国会図書館デジタルコレクション

馬場 殊に晩年がいいの。孤独になって、鉄幹(※注40)との恋を反芻した歌は、まるで和泉式部。
小島:鉄幹を立ち直らせるために、一生懸命資金繰りをして、フランスに行かせましたね。
馬場:それが、送り出してからあっという間に寂しくなってしまうのよ。子供を取るか、夫を取るかで、結局恋を取って。
小島:そうしてフランスに行って、「ああ皐月(さつき)仏蘭西の野は火の色す君も雛密粟(こくりこ)われも雛密粟」(※注41)と歌っています。
馬場:私は『佐保姫』(※注42)が好きだわ。この中で晶子は、死んだ山川登美子にあてた鉄幹の挽歌を読んで、ショックを隠せないの。
小島:死んだ人に嫉妬しているんですよね。登美子への挽歌は、鉄幹生涯の名歌だもの。妻としてはつらかったと思いますよ。
馬場:それでも、鉄幹を亡くして、女としての苦労を如実に歌っている。その後、『夏より秋へ』(※注43)があるんだけれど、米騒動(※注44)に賛同して過激な評論を書く一方で、美しい王朝風の歌をつくっているのね。あれが晶子の本当の姿じゃないかしら。歌だけを見て生命力がなくなったって、絵空事として捉えてはダメ。
小島:鉄幹亡き後、ふたりの愛情物語を、かみしめながら振り返ってますよね。もう一度生きているみたいな感じで、あの歳月の深みというのが素晴しい。
馬場:男女の問題とか、世の中のこととか、晶子は自分の実体験を踏まえてしか、思想を語らなかった。借り物の思想じゃなかったの。
小島:小賢しくないですよね、晶子って。
馬場:そこが垢抜けしないことにもなるんだけれど、すごいところでもあったわけよ。
小島:こうやって見てくると、女の恋の歌というのは、ずいぶん最近までひとつのパターンであったことがわかりますね 。
馬場:今だって、ほとんどが万葉のパターンを踏襲しているだけなのよ。違うのは場面だけ。
小島:『万葉集』の本歌取りは今も盛んですね。
馬場:平安の王朝時代の歌は技巧的で、頭でつくる部分がかなりあるの。それも歌の楽しみ方のひとつで、恋に変わりはない。
小島:本当に、女の恋の歌の底を流れているものは同じだとわかります。だから、現代の私たちが読んでも、感情の起伏がわかるし、面白く読めるのですね。

晶子が詠んだ雛密粟とは、ひなげしのこと。
※注35 応仁の乱(おうにんのらん):1467年から11年間、東軍・細川勝元と西軍・山名持豊とのあいだで続いた戦乱。これにより、京都は荒れ果て、室町幕府は衰え、戦国時代へと移っていった。
※注36 芭蕉(ばしょう):松尾芭蕉。1644~1694年。芸術性の高い誹諧を完成し、俳聖と呼ばれる。代表作に『おくのほそ道』『野ざらし紀行』『笈の小文』など
※注37 蕪村(ぶそん):与謝蕪村。1716~1783年。俳人であり、俳画の創始者。江戸誹諧中興の祖
※注38 意味:なんとなく、あなたが待ってくれている気がして花野に来たら、夕月の夜が迎えてくれた
※注39 『白桜集(はくおうしゅう)』 1942年、与謝野晶子の没後に出版された遺詠集。歌集名は法名・白桜院にちなんで名付けられた。
※注40 鉄幹(てっかん):与謝野鉄幹。1873~1935年。雑誌『明星』を創刊し、短歌革新とともに詩歌による浪漫主義運動の中心となる。1901年、晶子と結婚。
※注41 意味:5月のフランスの野原はひなげしの花が咲き乱れて、まるで炎のよう。あなたの心のようですし、あなたを追ってやってきた私の心のようでもあります
※注42 『佐保姫(さおひめ)』 1909年に刊行された与謝野晶子第八歌集。
※注43 『夏より秋へ』 1914年に刊行した、与謝野晶子の詩歌集。
※注44 米騒動(こめそうどう):1918年に発生した、米価高騰を原因とする全国的規模の民衆運動。

Profile 馬場あき子
歌人。1928年東京生まれ。学生時代に歌誌『まひる野』同人となり、1978年、歌誌『かりん』を立ち上げる。歌集のほかに、造詣の深い中世文学や能の研究や評論に多くの著作がある。読売文学賞、毎日芸術賞、斎藤茂吉短歌文学賞、朝日賞、日本芸術院賞、紫綬褒章など受賞歴多数。『和樂』にて「和歌で読み解く日本のこころ」連載中。映画『幾春かけて老いゆかん 歌人 馬場あき子の日々』(公式サイト:https://www.ikuharu-movie.com)でも注目を集めている。

Profile 小島ゆかり
歌人。1956年名古屋市生まれ。早稲田大学在学中にコスモス短歌会に入会し、宮柊二に師事。1997年の河野愛子賞を受賞以来、若山牧水賞、迢空賞、芸術選奨文部科学大臣賞、詩歌文学館賞、紫綬褒章など受賞歴多数。青山学院女子短期大学講師。産経新聞、中日新聞などの歌壇選者。全国高校生短歌大会特別審査員。令和5年1月、歌会始の儀で召人。2015年『和歌で楽しむ源氏物語 女はいかに生きたのか』(角川学芸出版)など、わかりやすい短歌の本でも人気。

※本記事は雑誌『和樂(2005年9月号)』の転載です。構成/山本 毅
参考文献/『男うた女うた 女性歌人篇』(中公新書)、『女歌の系譜』(朝日選書) ともに著・馬場あき子

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和樂web編集部

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