12,1月号2024.11.01発売
愛しの「美仏」大解剖!
Culture
2024.04.22
「時を超える女性の恋歌たち」シリーズ一覧はこちら。
馬場:鎌倉から後って、歌にとっていいことはひとつもないわね。応仁の乱(※注35)だから。戦国乱世で、辞世の歌しか出てこない。 小島:歌にとっての暗黒時代(笑)。 馬場:江戸時代なんか、恋はお家のご法度。だから恋の歌はもとより、芭蕉さん(※注36)とか蕪村さん(※注37)に全部してやられちゃって(笑)。 小島 俳諧に取って代わられましたからね。そんな時期を経て、近代になって与謝野晶子が出てくるんですね。 馬場:どう思いますか、与謝野晶子って。 小島:昔は大嫌いでした。女のいやな部分を強くもっているようで。でもそれは、若気の至りでした。自分も歳を重ね、晶子の生涯にわたる作品を読んでさまざまな心情に触れて、すごく好きになったんです。今でも彼女の若いころの歌はちょっと恥ずかしい気持ちもありますが・・・。 馬場:歌人に、あなたの青春の恋の歌を出してくださいって言うと、みんないやがるのよね。 小島:恥ずかしいですよね 。 馬場:晶子が最後まで自分の恋歌の代表としたのは、「なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな」(※注38)。 小島:美しいですね。 馬場:美しいけど、万葉時代から変わらないのよ。笠郎女と同じじゃないですか。与謝野晶子の『白桜集』(※注39)の中に、本歌取りがあるわよ。 小島 『白桜集』はいい歌集。私は大好き。
馬場 殊に晩年がいいの。孤独になって、鉄幹(※注40)との恋を反芻した歌は、まるで和泉式部。 小島:鉄幹を立ち直らせるために、一生懸命資金繰りをして、フランスに行かせましたね。 馬場:それが、送り出してからあっという間に寂しくなってしまうのよ。子供を取るか、夫を取るかで、結局恋を取って。 小島:そうしてフランスに行って、「ああ皐月(さつき)仏蘭西の野は火の色す君も雛密粟(こくりこ)われも雛密粟」(※注41)と歌っています。 馬場:私は『佐保姫』(※注42)が好きだわ。この中で晶子は、死んだ山川登美子にあてた鉄幹の挽歌を読んで、ショックを隠せないの。 小島:死んだ人に嫉妬しているんですよね。登美子への挽歌は、鉄幹生涯の名歌だもの。妻としてはつらかったと思いますよ。 馬場:それでも、鉄幹を亡くして、女としての苦労を如実に歌っている。その後、『夏より秋へ』(※注43)があるんだけれど、米騒動(※注44)に賛同して過激な評論を書く一方で、美しい王朝風の歌をつくっているのね。あれが晶子の本当の姿じゃないかしら。歌だけを見て生命力がなくなったって、絵空事として捉えてはダメ。 小島:鉄幹亡き後、ふたりの愛情物語を、かみしめながら振り返ってますよね。もう一度生きているみたいな感じで、あの歳月の深みというのが素晴しい。 馬場:男女の問題とか、世の中のこととか、晶子は自分の実体験を踏まえてしか、思想を語らなかった。借り物の思想じゃなかったの。 小島:小賢しくないですよね、晶子って。 馬場:そこが垢抜けしないことにもなるんだけれど、すごいところでもあったわけよ。 小島:こうやって見てくると、女の恋の歌というのは、ずいぶん最近までひとつのパターンであったことがわかりますね 。 馬場:今だって、ほとんどが万葉のパターンを踏襲しているだけなのよ。違うのは場面だけ。 小島:『万葉集』の本歌取りは今も盛んですね。 馬場:平安の王朝時代の歌は技巧的で、頭でつくる部分がかなりあるの。それも歌の楽しみ方のひとつで、恋に変わりはない。 小島:本当に、女の恋の歌の底を流れているものは同じだとわかります。だから、現代の私たちが読んでも、感情の起伏がわかるし、面白く読めるのですね。
Profile 馬場あき子 歌人。1928年東京生まれ。学生時代に歌誌『まひる野』同人となり、1978年、歌誌『かりん』を立ち上げる。歌集のほかに、造詣の深い中世文学や能の研究や評論に多くの著作がある。読売文学賞、毎日芸術賞、斎藤茂吉短歌文学賞、朝日賞、日本芸術院賞、紫綬褒章など受賞歴多数。『和樂』にて「和歌で読み解く日本のこころ」連載中。映画『幾春かけて老いゆかん 歌人 馬場あき子の日々』(公式サイト:https://www.ikuharu-movie.com)でも注目を集めている。
Profile 小島ゆかり 歌人。1956年名古屋市生まれ。早稲田大学在学中にコスモス短歌会に入会し、宮柊二に師事。1997年の河野愛子賞を受賞以来、若山牧水賞、迢空賞、芸術選奨文部科学大臣賞、詩歌文学館賞、紫綬褒章など受賞歴多数。青山学院女子短期大学講師。産経新聞、中日新聞などの歌壇選者。全国高校生短歌大会特別審査員。令和5年1月、歌会始の儀で召人。2015年『和歌で楽しむ源氏物語 女はいかに生きたのか』(角川学芸出版)など、わかりやすい短歌の本でも人気。
※本記事は雑誌『和樂(2005年9月号)』の転載です。構成/山本 毅 参考文献/『男うた女うた 女性歌人篇』(中公新書)、『女歌の系譜』(朝日選書) ともに著・馬場あき子
和樂web編集部
記事を読む
命のやり取りをする刀剣に惹かれる。阿部顕嵐が語る「あらん限りの歴史愛」vol.1
Why were they drawn with paper in their mouths? Yujo's depicted by Ukiyoe artists.
Q&Aで知る清少納言。『枕草子』を生んだ女性はどんな人?
金沢・近江町市場で【加能ガニ・香箱ガニ】を買う! 取り寄せる!
【特別寄稿 彬子女王殿下】最愛のおばあちゃま、三笠宮妃殿下との思い出
紫式部の娘は父親似だった? 藤原賢子(大弐三位)の華麗なる生涯
激動の時代を駆け抜けた! W年表で知る、白洲次郎と正子の生涯【白洲正子編】
手芸を芸術に昇華! アプリケ作家・宮脇綾子。制作に生きた90年の人生を追う
師走の意味や由来とは?「師」って誰のこと?語源説についても紹介
※和樂本誌ならびに和樂webに関するお問い合わせはこちら。 ※小学館が雑誌『和樂』およびWEBサイト『和樂web』にて運営しているInstagramの公式アカウントは「@warakumagazine」のみになります。 和樂webのロゴや名称、公式アカウントの投稿を無断使用しプレゼント企画などを行っている類似アカウントがございますが、弊社とは一切関係ないのでご注意ください。 類似アカウントから不審なDM(プレゼント当選告知)などを受け取った際は、記載されたURLにはアクセスせずDM自体を削除していただくようお願いいたします。 また被害防止のため、同アカウントのブロックをお願いいたします。