Culture

2024.05.29

廃れて、革新して、与謝野晶子が花開く。江戸時代~現代の歌【和歌の歴史を彩る女性の恋歌・最終回】

「時を超える女性の恋歌たち」シリーズ後編、歌人の小島ゆかりさんに選んでいただいた、万葉時代から現代までの女性歌人の恋の秀歌30首を時代ごとに5首ずつご紹介していく全6回シリーズ。最終回の今回は「江戸時代~現代」です。

「時を超える女性の恋歌たち」シリーズ一覧はこちら。

江戸時代~現代

近世になると和歌はすっかり廃れ、誹諧に取って代わられます。その中で『閑吟集』などの中世歌謡に始まる歌謡の世界が、庶民の間で豊かに広まっていきます。和歌も次第に庶民に近づいてきますが、近世は女性が表に出るような時代ではなく、女性歌人も、女性の恋歌も、見るべきものはほとんどありません。
近代になると、正岡子規の短歌革新運動が始まります。その流れの中で、与謝野晶子が登場するのです。晶子は天才的ですが、決して突然登場したわけではありません。 過去の遺産と自分の中に蓄えてきたものが、夫の鉄幹を触媒にして開花した。その経緯が大切なポイントです。(小島ゆかり)

野に山に浮かれ浮かれて帰るさを閨まで送る秋の夜の月 
大田垣蓮月

『海人の刈藻』(1871年)

読み:のにやまにうかれうかれてかへ(え)るさをねやまでおくるあきのよのつき
意味:気が向いたら野や山に出かけては日暮れまで遊んでいる。まるで秋の夜の月が私を家まで送り帰してくれるような心地がする。

【解説】
大田垣蓮月(おおたがきれんげつ) 1791~1875年。夫の没後、尼となり蓮月と号す。この歌には、夫や子供と死別した後の、気楽でありながらも寂しさに耐えかねている気持ちが表わされている。三河の岡崎に住んでいるころの蓮月は、自作の和歌を書き付けた焼物をつくり、生活の糧にしていた。晩年は京都・西賀茂に移り、幕末の勤皇の志士と交流をもった。歌集『海人の刈藻(かりほ)』は歌友、近藤芳樹が編集。

向ひゐて千代も八千代も見てしがな空行く月のこととはずとも 
貞心尼

『はちすの露』(1835年)

読み:むかひ(い)ゐ(い)てちよもやちよもみてしがなそらゆくつきのこととは(わ)ずとも
意味:私はあなた(良寛)と向かい合って、千代も八千代もずっとともに生きていきたい。

【解説】
貞心尼(ていしんに)は長岡藩士の娘で、夫と死別後、仏門へ入る。名僧・良寛の晩年に寄り添って暮らし、良寛の没後に『はちすの露』を編む。なかでもこの歌は、良寛が「白妙の衣手寒し秋の夜の月中空にすみわたるかも」と詠んだのに返したもの。良寛が空にある澄んだ月を詠嘆したのに対して、貞心尼は、それ以上にあなたと一緒にいたいという思いを伝えている。

托鉢とともに生涯を送った僧侶・良寛。野辺の髑髏(どくろ)に書いた賛は「貴賤老少/惟自知」。身分や年齢に関係なく、人は死ねばみな同じだと諭している。『自画賛』 良寛 江戸時代・19世紀 東京国立博物館 

やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君 
与謝野晶子

『みだれ髪』(1901年)

読み:やは(わ)はだのあつきちしおにふれもみでさびしからずやみちをとくきみ
意味:私のこのやわらかい肌の下に熱く脈打っている情熱にまったく触れようともせず、社会道徳や倫理を説くばかりのあなた、寂しくはありませんか。

【解説】
与謝野晶子(よさのあきこ) 1878~1942年。大阪堺市生まれ。後に夫となる与謝野鉄幹主宰の新詩社に加わり、雑誌『明星』で活躍。これは晶子に男女平等の精神を教えた最初の男性である、河野鉄南(こうのてつなん)にあてたもの。明治の世に、この歌が与えた衝撃は計り知れない。日本の近代短歌の夜明けを象徴する歌。

与謝野晶子の肖像。近代日本人の肖像『与謝野晶子詩歌集』(創元社 1952年)より 国立国会図書館デジタルコレクション

それとなく紅き花みな友にゆづりそむきて泣きて忘れ草つむ 
山川登美子

『恋衣』(1905年)

読み:それとなくあかきはなみなともにゆづ(ず)りそむきてなきてわすれぐさつむ
意味:さりげなく紅い花(与謝野鉄幹との恋を意味する)を友達に譲り渡し、私は背を向けて泣きながら、憂いをわすれるといわれる「忘れ草」をつんでいる。

【解説】
山川登美子(やまかわとみこ) 1879~1909年。歌集に与謝野晶子、茅野雅子(ちのまさこ)合同の『恋衣(こいごろも)』がある。これは、登美子が、鉄幹との恋から身を引くことを決めたときの歌。その後、登美子は親の決めた相手と結婚するが、夫を結核で亡くし、自らも結核により29歳で永眠。登美子の歌は激情を底に秘めたところが特徴。

「忘れ草(カンゾウ)」。高岡市万葉歴史館フリー素材画像

唇を捺されて乳房熱かりき癌は嘲ふがにひそかに成さる 
中城ふみ子

『乳房喪失』(1954年)

読み:くちびるをおされてちぶさあつかりきがんはわらふ(う)がにひそかになさる
意味:口づけをされながらほてった乳房をあざ笑うように、癌はひそかに確実に私を蝕んでいる。

【解説】
中城ふみ子(なかじょうふみこ) 1922~1954年。北海道生まれ 。「潮音」ほかに参加。この歌は1954年、乳癌で入院中に『短歌研究』に応募して入選した作品。衝撃的な題名とともに、性愛の表現によって、その記憶とともに、愛そのものの罪の匂いさえ漂わせている歌は、新時代の短歌として賛否両論を集めた。これを収めた歌集『乳房喪失』発刊の1か月後、癌が進行し永眠。

Profile 小島ゆかり
歌人。1956年名古屋市生まれ。早稲田大学在学中にコスモス短歌会に入会し、宮柊二に師事。1997年の河野愛子賞を受賞以来、若山牧水賞、迢空賞、芸術選奨文部科学大臣賞、詩歌文学館賞、紫綬褒章など受賞歴多数。青山学院女子短期大学講師。産経新聞、中日新聞などの歌壇選者。全国高校生短歌大会特別審査員。令和5年1月、歌会始の儀で召人。2015年『和歌で楽しむ源氏物語 女はいかに生きたのか』(角川学芸出版)など、わかりやすい短歌の本でも人気。

アイキャッチ画像:栄斎重清『東京浅草観世音並公園地煉瓦屋新築繁盛新地遠景之図』,三浦武明,明治19. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1306096 (参照 2024-02-14)

※本記事は雑誌『和樂(2005年9月号)』の転載です。構成/山本 毅 
参考文献/『男うた女うた 女性歌人篇』(中公新書)、『女歌の系譜』(朝日選書) ともに著・馬場あき子

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和樂web編集部

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