Culture

2024.08.20

いま、泉鏡花『天守物語』を演じる意義とは? 現代劇の女方・篠井英介さんインタビュー・後編

現代劇の女方として40年ものキャリアを持ち、今も第一線で幅広く活躍されている篠井英介(ささいえいすけ)さん。前編では現代劇の女方としての生き方、これまでのキャリアについて語っていただきました。後編では泉鏡花作品、そして8月に上演予定『天守物語』の魅力についてお話を伺います。

撮影/今井裕治

前編はこちら

自分から声をかけて上演が実現した『天守物語』


——なんと、今回は演出の方に篠井さん自らがアプローチをされたとのことでしたが……

篠井英介さん(以下、篠井):演出の桂佑輔君は「PRAY▶︎」(プレイ)という劇団を持ってらして、すでに泉鏡花作品を何本か上演なさっていて、僕はそれを観客として観ていたんです。100人ぐらいの小劇場で、どれもよくできていて。桂君が日本の古典を大切に思っているという気持ちがすごく伝わってきて、その上で小劇場演劇として再構築していた。それで僕の方から、「そろそろ天守物語やらない?」って言ったら、やりたいですって。昔、僕は『天守~』は新国立劇場で一度やらせていただいていますが、それはとても豪華絢爛なものでした。

——今回は違うものになりそうですね?

篠井:そう、小劇場で桂君がやりたいと思う泉鏡花の天守物語を、僕が富姫でやってみませんかって、持ち掛けたんですよ。

小劇場で泉鏡花作品を上演

——ホームページやチラシの「制作」の箇所に篠井さんのお名前が書かれています。

篠井:基本的に責任者は僕たちで、いろんな事務的なことも含めて僕たちでやりましょう、というコンセプトで始まった企画なんです。やっぱり「ここにこんな女方がいますよ」「歌舞伎でも狂言でもない女方がいますよ」と世の中にアピールしていく姿勢は常に持っていたくて。そうしないと、未来がなくなってしまう気がします。女性の役を、これ篠井くんにいいんじゃない、と思っていただきたい。現代劇の女方の難しさはずっと若い頃から感じているので、この年になっても、そういうプレゼンテーションを大事にしたいんです。桂君と出会えたというのは、ひとつのきっかけになってくれました。

令和の時代に泉鏡花作品を上演するということ

——泉鏡花作品は難解なイメージがあります。青空文庫に収蔵されていますが、ちょっと読んでみよう、と思ったとしても読み切る前に挫折しそうというか……


篠井:難しいなと感じられるかもしれませんが、『天守物語』は ある意味ラブストーリーで、ファンタジーで、鏡花作品の中では分かりやすい方です。鏡花の言葉は読むより、人が発する方がひょっとしたら伝わりやすいのかなと思っているんですよ。

——元々、天守物語は戯曲ですよね。だから余計に文字で読むと難解で……

篠井:確かに、時々難しい、古い日本語が出てきます。生身の人間による演技は、表情や相手役との掛け合いも見られるでしょう。今、登場人物がどんな気持ちなのか格段に伝わりやすくなると思うんです。

——逆に、泉鏡花作品に触れてみようと思ったとき、舞台がいい窓口になってくれるということですか?

篠井:はい。やはり(坂東)玉三郎さんの存在は素晴らしくて。玉三郎さんの『天守物語』が古典としての決定版という感じですよね。本当にすばらしいです。ただ、今回はちょっと趣向を変えていて、着物は着ないですし、かつらも被りません。どこの国のいつの時代があんまりよく分からないようなビジュアルの、記号としての「男性」「女性」と曖昧な感じになる予定なんです。

——従来とは違うイメージの舞台になりそうですね。

篠井:ですから、そういう新しい、実験的な『天守物語』をお楽しみいただけるといいなと思います。一方で、言葉は一言をも変えずに、原作のままです。

——せりふはそのままで、どれだけ新たなものを生み出せるのか、という挑戦になるわけですか。

篠井:そうですね、僕と演出の桂くんは、鏡花や古典をとても尊敬していて、愛しています。そんな僕たちが今こういう感覚で捉え直して、お届けするというのが最大のテーマです。

女方に潜む色気と影

——泉鏡花作品は耽美で少し影がある雰囲気が、女方さんにぴったりだなと思います。

篠井:こう、芝居って元々は見世物でもあったわけです。おっしゃる通り、ちょっと見ちゃいけないものをのぞき見るワクワク感、みたいなものもあると思います。夏場の怪談じゃないですけど(笑)。

——見てはいけないものを見る感覚というんでしょうか。

篠井:アングラ演劇なんか、そういったスリルとかハラハラ感はかなりあったと思いますよ。それこそ美輪明宏さんとかはなんかその雰囲気を体現して、文学の歴史の一部としても息づいているし、もちろん芸術としても生き続けている。女方の歴史はそういうものと表裏一体でもあったのではないでしょうか。

古典はわからなくても構わない

——今、古典に触れる若い方がどんどん減っているように思えます。泉鏡花作品も、正直とっつきにくさはあるかなと……

篠井:日本語として難解な部分はたしかにあるでしょう。聞いていて、ところどころ分からない箇所もあると思います。それでも、なんて日本語って美しいんだろうと思えるのが、泉鏡花の文体です。それに、鏡花が描いた人間に対する愛、日本人が大切にしている粋が、どの作品の、どの人物にもこめられています。「あ、今、どこか懐かしい人たちを見ている」。そんな気持ちになっていただけたらいいなと思いますね。

——もしかしたら、古典に触れると、日本人は誰もが懐かしさを感じるのかもしれません。

篠井:美しいものを目の当たりにしたり、美しい言葉を聞いたりするとうっとり、ワクワクする。日本人にはそういうDNAがあって、小学生や中学生でも感じることができると、僕は信じています。 例えば、歌舞伎だと、雪の音を太鼓で示すでしょう。どんどん……って。本来雪に音なんかないのに、子どもでも、ああ、雪の音だってなんとなく理解する。そういう文化がまだちゃんと残っていると、僕は信じたいわけです。

——お祭りの盆踊りも、小さい子もすぐ踊り出しますよね。歌舞伎やお能の音や動きも、なんとなく「ああ」となります。

篠井:ですから、今度のお芝居も、そういう僕たちが大好きな古典のエッセンスをいかに現代的にアレンジできるか、だと思っています。皆さんに、鏡花は、天守物語は素敵でしょう? すばらしいでしょう? という熱い思いをお伝えできたら嬉しいです。

泉鏡花作品の言葉の美しさを、わからずとも感じてもらえれば

——作中で、お好きなせりふはおありですか?

篠井:有名なのは「……千歳百歳(ちとせももとせ)にただ一度、たった一度の恋だのに。」というせりふですね。僕は、

私一人は、雲に乗ります、風に飛びます、虹の橋も渡ります。図書様には出来ません。ああ口惜しい。あれら討手のものの目に、蓑笠着ても天人の二人揃った姿を見せて、日の出、月の出、夕日影にも、おがませようと思ったのに

という箇所が好きで。聞くだけだと、ちょっと分からないかもしれないですけども。恋に落ちたふたりが人間たちに追い詰められた場面です。富姫は妖怪なので雲にも乗るし、虹の橋も渡れるけれど、人間である図書之助にはできない。ああ悔しい、追っ手に私たちが手を携えて、天人のように空を舞っている姿を見せたかったのに、というせりふです。とても素晴らしくて、綺麗だなと、僕はいつも読むたびに思っていて。ここはなるべくほとんど1息で言うというプランを持って演じています。

——妖怪である富姫と、人間である図書之助の違いがはっきりしてしまう。

篠井:芝居として見てもらえば、「あの女性はこの人と恋をして、共に手を携えて暮らしていきたい。 幸せになりたいと思ったのに、今は追われている身なんだな」と、なんとなくわかると思うんです。「かわいそうだな。でも素敵だな、なんてきらびやかな美しい言葉なんだろう」と感じていただけるといいなと思います。全部、一言一句が理解できなくて、ちっとも構わないんですよ。

寝てしまうこともあるかもしれないけれども。古典に“触れる”とは


——すべてが理解できなくても良いんでしょうか?

篠井:歌舞伎だって、何度も見ていてもよく分からないところもいっぱいあるじゃないですか? でも、この人が敵でこのふたりがラブラブで……みたいな、ニュアンスはわかるようになっています。音や演奏を聴くだけでも、良い気持ちになるし、全てわからなくても楽しめる。そこがやっぱり古典の素晴らしいところですよね。

——聞き手の私自身、お恥ずかしい話ですが、寝てしまうことがあって、それもハードルになっているんじゃないかと。

篠井:僕、能が好きなんですけど、うとうとしてしまうときもありますよ。 あのお囃子聞いていて、いい気持ちになってスーッと……。それで目が覚めたら、10分くらい寝ていたはずなのに全くシテ(主役)が動いていないなんてこともある(笑)。

——篠井さんでもそんなことがあるのですか?

篠井:もちろん。でも、途中で寝ちゃって、起きてそのあと作品を見届けたら非常に爽快な気分になることに気がついたんです。音を聞きながら、美しい衣装を見て、「あ、なんか今、自分は遠い宇宙のどこかに行ってたな」という感覚。何度かそうした経験をしたら、もう分からなくて良いやって。

わからなくても、触れるだけで

——日本人は、理解をしようと試みてしまいませんか? それで、わからないと未熟だ、自分が悪いんだと思いがちというか。

篠井:ご自分それぞれの、「好きかも」「惹かれる」そういう感覚を大事にすればわからなくても究極問題ないと思います。古典って構えてしまいがちですが、こちらとしては、本当にお気軽に、劇場にお越しくださいとお伝えしたいです。

終始私たちスタッフをお気遣いくださり、穏やかでお優しい篠井さん。しかし、その中には女方としての強靭な芯をお持ちでした。まるで石川県の“郷土の花”、風雪に耐えて可憐な花を咲かせる、クロユリのよう。
これからも、我々の目を引き付けてやまない、美しい華を、舞台で咲かせてくれることでしょう。

PRAY▶︎vol.4 × 篠井英介 超攻撃型“新派劇”「天守物語」

日程
2024.8.22(木)‐27(火)

8月22日(木) – / 19:00
8月23日(金)14:00 / 19:00*
8月24日(土)13:00 / 18:00*
8月25日(日)13:00 / –
8月26日(月)14:00 / 19:00*
8月27日(火)13:00 / 17:00★

 ※開場は開演の30分前
​ ※「*」付の回はアフターイベント有り
 ※★は追加公演

会場:
東京芸術劇場シアターウェスト
〒171-0021 東京都豊島区西池袋1丁目 8-1 B1F

チケット:
<​2024年6月8日(土)発売>
一般 6500円
​​25歳以下 3500円
公式サイト

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宇野なおみ

歌舞伎を着物で観つつ和菓子を食べ茶を点て過ごす日々。実はTOEIC910点だが、あまり活用していない。旅行とコスメと本が好き。ラグビーとプロレスで叫んでいることもある。今日も漫画は面白い。
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