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Culture

2025.08.12

片岡千之助の連載 Que sais-je「自分が何も知らない」ということを知る旅へ!#007 映画『国宝』

“Que sais-je(クセジュ)?”とは、フランス語で「私は何を知っているのか」。自分に問いかけるニュアンスのフレーズです。人生とは、自分が何も知らないということを知る旅ではないでしょうか。僕はこのエッセイで、日々のインプットを文字に残し、皆さんと共有します。第7回の「旅」は…映画『国宝』。

映画『国宝』を拝見しました。少し長い文章になりそうですが、できる限り素直に自分の気持ちを込めて書きたいと思います。

7年前の今頃でしょうか、吉田修一さんの小説「国宝」が発売されました。発売当初より、僕の周りの大人はこぞって小説を読み、多くの方に勧められたことを覚えております。そして「いつか映像化される時は、千之助がやればいいね」と言われることも、少なくありませんでした。たしかに歌舞伎役者でもない限りこの物語を表現しきることは難しいだろうと思いましたし、当時は心のどこかしらで本当に僭越ながら、自分がやらせてもらえる可能性に期待をしていた時もありました。

そして約2年前、10年来お世話になっている舞踊家の谷口裕和先生のお稽古場に、今をときめく見目麗しい俳優さん、お二人がいらした時、一瞬でも期待に胸を高鳴らせた夢が潰えたのをよく覚えています。そこには李監督をはじめとしたスタッフさんもいらしていて、俳優さんのみならず撮影チーム皆さんの本気度を目の前で拝見しました。

正直に申しますと、心のどこかしらに「歌舞伎役者役が主役の映画を、主要人物に歌舞伎役者なしで作れるのか」という思いがありました。自分にはご縁のなかった作品への羨ましさや嫉妬に近い感情を持ちながら、お稽古場での時間を過ごしていたのも事実です。

少し話は逸れますが、見上愛さんとの初対面は稽古場でしたので、その後にNHK大河ドラマ『光る君へ』で、彰子と敦康として再びお会いできたときはびっくりしました。敬愛する田中泯さんは、家族ぐるみのご縁があり、15歳の頃よりお世話になっています。泯さんがお稽古場にいらした時は、何の縁だろうと不思議に思ったりもしていました。

話を戻しましょう。

そのようにして原作発売当初から、僕が『国宝』という作品に向ける気持ちは、決して素直で純粋な憧れだけではありませんでした。谷口先生をはじめとした、僕を除く僕の近しい方々の熱のこもった稽古風景が目の前で繰り広げられ、脳裏に焼きつけられ、そのたびに腹に刃を突き立てられるといったら過度な印象を与えてしまいそうですが、あえてそう言わせていただきます。そのような、今までにない感覚を経験しました。

舞踊『鷺娘』の拵えで

国宝という国宝

あっという間に、映画『国宝』が劇場公開されました。

日本で公開される前、カンヌ国際映画祭監督週間でスタンディングオベーションが起きたというニュースが流れてきたこともよく覚えています。日本で公開されるとボリュームの捻りを少しずつあげていくように、絶賛の声が周囲から聴こえてきました。

公開3日目には母が観に行きました。ただ一言「早く観なさい」との言葉だけでした。

しかし僕は、すぐには観にいけず、周りに置いてけぼりにされていきました。観なければと思っていても、素直に映画館へ行けない自分の幼稚さに腹立つときもありました。なぜすぐに行けなかったのかは、ここまで読んでくださった方ならばお察しいただけるかなと思います。

公開から1カ月が経ったある日、知り合いの方に「来週観るけど行かない?」とお誘いいただき、今だと思い便乗する形で鑑賞を決めました。そして当日、大きな嵐に真正面からぶつかりにいくように身構えた心を携え、映画館のシアタールームに入りました。

平日のお昼間にもかかわらず、満席に近い状況に圧倒されました。歌舞伎ファンとみえるお着物の方もいれば、男子学生さんだけの若い人たちも。老若男女問わずの席を見た時、自分が出演しているわけでもなしに感動し、まだ何も始まっていないのに感極まるという異様な感覚に襲われました。

そこからあっという間の3時間。横に置いていたポップコーンと飲み物は買った時とそっくりそのままの姿。ストローに3回ほど口をつけた程度でした。どこの場面でどんな涙を流したのか思い出せないほど知らぬ間に涙が流れていたと思います。

素晴らしかった、その言葉に尽きます。

人が作品にそそぐ熱が、時には何年やってきたかといった歴を凌駕するほどのパワーを秘めることがある。その実感は、一表現者として僕に何よりも希望を与えました。稽古場以来、僕のお腹に突き刺さっていた苦しみからの解放。見事に介錯をしていただけた。

喜久雄たちと時代は違えど、いつか自分が見る走馬灯をみせられたようでもありました。

「悪魔との取引」をする喜久雄で頭をよぎったのは、劇場の楽屋口にある神棚に、「自分の寿命を捧げるので今日の舞台が少しでも多くの方に喜んでいただけるものになりますように、よろしくお願い致します」といつも祈っていた自分です。4歳で初舞台を踏んだ時の花道で、あたたかい照明とお客様の喜びにあふれた拍手を浴びながら見たあの景色。21歳の頃、祖父との『連獅子』の千穐楽カーテンコールで見た、目の前で花火が打ち上がったように美しかった景色。まだ見ぬ景色は沢山ありますが、只々喜久雄のあの言葉の通り、ずっと「ある景色」を追い求めていくんだなと実感させられました。

また血を継いでいるからこその苦悩を、まじまじと見せつけてくる俊ぼんの生き様。曽祖父(十三代目仁左衛門)のように目が見えなくなっても、舞台に立ち続けた半二郎。そんな歌舞伎役者たちを支える女性の方々。挙げたらキリがないですね。

言葉では表現しきれない、賛辞をすれば本当にキリがない。ただ一つ願うならば、どうにか4時間半ver. も拝見したいです。兎にも角にも、素晴らしい作品をありがとうございました。これからの人生の中で色々なタイミングでまた拝見できたらと思います。

今回は、長い回となってしまいました。自分でもびっくり、、、。

次回はシェイクスピアの『ハムレット』についてかな。では、稽古に戻ります。引き続きよろしくお願いいたします。

関連情報

ルネサンス音楽劇『ハムレット』
主演:片岡 千之助
原作:ウィリアム・シェイクスピア
演出:彌勒忠史
日程:2025年9月3日(水)~9日(火)
会場:新国立劇場 小劇場
公式サイト

映画『爆弾』
2025年10月31日(金)公開予定
監督:永井聡
出演:山田裕貴、伊藤沙莉、染谷将太、坂東龍汰、寛一郎、片岡千之助、中田青渚、加藤雅也、正名僕蔵、夏川結衣、渡部篤郎、佐藤二朗
原作:呉勝浩「爆弾」(講談社文庫)
公式サイト

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片岡千之助

2000年生まれ。2004年歌舞伎座にて4歳で初代片岡千之助として初舞台を踏む。2011年、片岡仁左衛門と戦後初の祖父、孫での「連獅子」を実現させる。2012年(当時12歳)から自主公演「千之会」を主催するなど芸事への研鑽を積みながら、2017年にはペニンシュラ・パリにて歌舞伎舞踊を披露、2020年『カルティエ』腕時計パシャのアチバー(達成者)に選ばれる。また昨今では大学に復学しながら、主演映画を続けて勤め、現代劇舞台、ドラマと様々な分野で表現者として邁進している。
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和樂web編集部

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