この「写し」があるからこそ、日本には貴重な古典芸術や工芸品が数多く伝授されてきた。現代によく使われる「オマージュ」という言葉とも違う、その根本となる作り手の思いに寄り添い、その精神を受け継ぐ、水脈とでもいおうか。そんなことを考えさせてくれる展覧会「NIGO®と半泥子」が、現在、三重県津市にある石水博物館で開催中だ。
陶芸という枠を飛び越えた二人が時空を超えて出会う
川喜田半泥子(かわきたはんでいし)は、陶芸好きによく知られている北大路魯山人(きたおおじろさんじん)と対比して語られる陶芸家だ。彼の生み出す作品は、実にユニークで、素人陶芸家と評されることもある。しかし、そこには画一化された様式美ではなく、陶芸という枠にはまらない自由自在な曲線美が表現されている。百五銀行の頭取として勤めながら、作陶にも決して妥協を許さない。それでいて、作品を売ることはせず、友人に譲ったり、寄贈したりしている。とにかく常識からは逸脱している陶芸家なのだ。
このスタイルに共感し、共鳴したのが世界的に活躍するファッションデザイナー、NIGO®だ。一見全く異なる世界にいる二人だが、陶芸に対するストイックな姿勢、自分のオリジナリティを追及する革新性など、意外な共通点があるように感じる。本展示は、半泥子の作陶に心酔したNIGO®の半泥子コレクション55点と、半泥子スピリットの「写し」を感じさせるNIGO®の作品25点を同時に鑑賞できる貴重な展覧会となっている。
図録冒頭の序文で、今回の特別展を担当された学芸員の龍泉寺由佳さんも次のように綴っている。「時空を超え、『茶の湯の茶碗』を介して出会ったNIGO®(1970-)と川喜田半泥子(1878-1963)。師弟関係でも伝統工芸でもなく、私淑によるそのつながりは、宗達・光琳・抱一と約100年おきに突出した才能が出現し、継承されてきた琳派の系譜を彷彿とさせる(後略)」。
100年近い時を超えて重なり合った二人の思い。「今までこれほどまでにのめり込んだものはない」というNIGO®と陶芸を結んだ縁を手繰り寄せ、半泥子との共通項を探りながら、陶芸の未来へと思いを馳せてみた。
異業種の分野で特異な才能を見せる二人のクリエイター
山間を抜けるとそこには周りの雰囲気とは異なるスタイリッシュなコンクリート造りの建物が現れる。ここが、半泥子が創設し、川喜田家の歴代当主が蒐集した美術品や史料を所蔵する石水博物館だ。博物館と名付けているのは、江戸時代に伊勢商人の豪商であった川喜田家の旧蔵資料を中心とし、茶道具、日本画、洋画、古書典籍、錦絵、伊勢商人関係歴史資料などが保存されているからである。この建物からも、ファッションにおけるデザインを極めたNIGO®との共通点が垣間見える。自然との調和を考えたシンプルな建築、絵も書も俳句も嗜(たしな)む半泥子の審美眼とセンスが感じられるこの場所で、年齢もジャンルも違う半泥子とNIGO®の感性が響きあっている。
10年ほど前から陶芸を始めたというNIGO®は、日本とパリを往復する忙しい生活の中、半泥子に傾倒し、何度もここを訪れていたという。その熱意と半泥子との共通性を感じたという学芸員の龍泉寺由佳さんの思いが重なり、石水博物館初の現存作家とのコラボレーション企画となった。1階にはNIGO®がコレクションした半泥子の作品が、年代も窯も異なる茶碗に、書画や茶道具を合わせ、順不同に並べられている。それがかえってリズミカルで心地いい。例えば、「波和遊(ハ・ワ・ユー)」とあて字したユニークな書の前に、整然と置かれた茶碗がアンバランスな魅力を奏でている。
時代を超えて生み出されるクリエーション
本展の企画に際し、NIGO®さんと数年にわたるやり取りをし、半泥子とNIGO®さんとのコラボレーションを実現させた龍泉寺さんに今回の見どころを伺った。
—— 今まで現存作家の作品は企画されてこなかったと伺いましたが、『NIGO®と半泥子』の展覧会開催に踏み切られた一番の理由はなんでしょう?
龍泉寺:NIGO®さんのストイックでイノセントな部分に、半泥子との共通点を感じたからです。毎月、KENZOの仕事でパリに行かれたり、ご自身のブランドもあり、いろいろな仕事でご多忙な中、石水博物館に足しげく通ってくださった。半泥子の作品をじっくりご覧になり、実際に半泥子が開いた廣永窯(現:仙鶴窯)で作陶も続けられている。その真摯な姿勢や、自分を通じて日本文化の素晴らしさ、茶の湯というもの、陶芸というものの素晴らしさを知ってほしいという願い。さらには半泥子の偉大さを伝えたいという、静かだけど強い思い。その無垢な気持ちに動かされました。
—— 何かに突き動かされて、迷いなく突き進むという点も、半泥子と似ているのかもしれませんね。
龍泉寺:半泥子は約25年の作陶期間に、千歳山窯と廣永窯で、3、4万点の作品を作っていますが、今回拝見したNIGO®さんの半泥子コレクションは非常に高い水準の作品が揃っていた。私が見たことのなかった作品もたくさんあって、これらを里帰りさせていただけるというのはすごく魅力的だなと。NIGO®さんと半泥子の共通点もいろいろ見出せたものですから、これは面白い展覧会ができるなという思いになりました。
二人の共通項をめぐる旅
—— NIGO®さんと半泥子の一番の共通点って何だと思われますか。
龍泉寺:まずお二人ともビジネスで成功された方ですよね。ご自身の仕事でも多忙を極めている中で、めちゃくちゃ忙しい時に陶芸をやりたくなるというところです。寸暇を惜しんで焼き物をやりたいっていう強い思いと、そもそも「茶の湯」がまずベースにある点、半泥子は表千家に、NIGO®さんは裏千家の茶道に精通していることも大きいですね。
—— なるほど。まずは茶の湯から入られたんですね。茶の湯を深く知る中で、そこからオリジナリティのある作陶の世界へと進まれた。
龍泉寺:そうです。それとNIGO®さんは毎月パリに行かれて、世界中でいろいろとお仕事をされていますが、世界へ出て、改めて日本文化って素晴らしいということに立ち返られたのではないかと思うのです。時代は違うんですが、実は半泥子も、100年以上前に海外旅行をしてるんですよ。
—— プライベートですか?
龍泉寺:そうです。まだ旅客機も飛んでいない時代、大正12(1923)年に半年間かけて北半球を一周しています。銀行は有能な番頭さんに任せて(笑)。まだそういうことが許された時代だったんですね。半泥子も世界に出て、西洋の人々が、半泥子も気づいていなかった日本文化を敬ってくれていたり、日本人の礼節はやはり良いものだと思ったり、日本文化の素晴らしさに気づかせてもらったんです。
—— あの時代、西洋ブームがあって、ヨーロッパの美術が日本に流れ込んできた時代ですよね。
龍泉寺:もちろん半泥子もボナールやマチスなども買ってきているんです。パリやロンドンでアンティーク家具も爆買いしています(笑)。でもそこで西洋かぶれにならず、帰国後、茶の湯にのめり込んでいくんです。
—— そこに行きつくってすごいですね。
龍泉寺:そこはNIGO®さんも一緒だなと思ったわけです。だからグローバルな視点で世界の文化を見てきて、「やっぱり日本文化っていいね」、「茶の湯って素晴らしいね」というところに行きついたのが、二人の共通点の一つだなと思います。
システマチックなビジネスと自然相手の作陶の違い
—— NIGO®さんは、ずっとファッションデザイナーとしてのビジネスを、半泥子は銀行家というビジネスを主体としながら、まったく違うクリエイティブな世界を成り立たせていますよね。
龍泉寺:NIGO®さんは、もともとクリエイティブな仕事をされていたのは大きいと思うんです。ただ、その服作りっていうのは、きっちり作る仕事なんだと。デザインしてサンプルまでは作っても最後は人の手に委ねるわけだから、自分がきっちりした仕事をしておかないと、きちんとした製品ができないんだ、とおっしゃっていました。だから焼き物も、どうしてもきっちりやってしまうと。その点、半泥子は基本は守りながらも、ちょっと崩した感じのものが多い。仕事とは全く結びつかないからこそ、自由なんでしょうね。そこが「かっこいい」と思われたそうです。それと、二人とも各地の陶芸家といろいろ交流して、いろいろな窯で焼いているんです。一つの焼き物に縛られていないところは、共通点だなと思います。
陶芸を核に自分自身がハブとなり次世代へとつなげていく
—— 半泥子はいろいろな窯元や陶芸作家とも繋がり、積極的に交流の場も作っていましたよね。
龍泉寺:半泥子は、荒川豊蔵(あらかわとよぞう)と金重陶陽(かねしげとうよう)、三輪休和(みわきゅうわ)の3人の陶芸家と「からひね会」を結成して、茶陶における「桃山陶」を受け継ぎ、茶の湯に関わる道具を制作していくんですね。単に趣味ではなく、陶芸における伝統も後世に伝えていきたいという思いが強くあったようなんです。三輪さんの窯には、NIGO®さんもお世話になっていらっしゃるんですが、半泥子に傾倒しているNIGO®さん、古田織部など桃山陶や光悦に傾倒していた半泥子というように、「写す」ことによって、陶芸の魅力を伝えている部分も似ていると思います。
—— NIGO®さんも作陶だけでなく、陶芸を次世代へとつなげていこうとされているんですか。
龍泉寺:自分がハブ的な役割になって、作家と作家を結んでいくという、モチベーションアップというか、お互い切磋琢磨する環境を自然に作り出していらっしゃる感じがします。その一つが、今回ご自身の作品を観に来てくださる若い世代のお客様に、半泥子の作品も観て、何かを感じてもらいたいという思いがあるようです。
—— 確かに現代って派閥じゃないけれども、何々焼という、焼き物のジャンルにすごく縛られている感じがするんです。有田や唐津、信楽に備前というように、その地域の特色だけで語られてしまうところがありますよね。それがすごく窮屈だなって思っていたのが、半泥子はそうじゃない。いろんな窯元と融合して、そこから新たなオリジナルを作った。NIGO®さんも本当に全国のいろいろな窯元を渡り歩いているんですね。
伝統だけに縛られない新たなリーダーの登場
龍泉寺:この間、武者小路千家家元後嗣の千宗屋(せんそうおく)宗匠が津に講演にいらした際に、お話しの前にここに立ち寄ってくださったんです。そしてご講演の中で、「半泥子の後が細川護熙(ほそかわ もりひろ)さんで、今そのポストにNIGO®さんがきた」と言われて。
—— それはすごいですね。陶芸界に新たな風が吹いているというか。作風にこだわらない焼締めも釉薬もあり、形も定型にこだわらず、自由な発想で作られている作家たちですね。
龍泉寺:半泥子は釉薬も自分で調合していましたし、常に独自の釉薬、新しいものを作ろうとしていました。半泥子の周辺にもそのような革新的な作家さんが多く、例えば萩焼の「休雪白(きゅうせつじろ)」というたっぷりの純白の藁灰釉(わらばいゆう)ををかけた茶碗があります。これは半泥子と交流のあった十代、十一代の休雪さんが開発したものです。それまで萩焼といえば、枇杷色というのがイメージカラーだったのを白に塗り替えてしまった。伝統と革新と言いますか、そういう感覚を半泥子もNIGO®さんも持っているのだなと思います。
—— 釉薬のかけ方や高台の削り方も半泥子は独特なものがありますよね。それがとても現代陶芸っぽいというか。NIGO®さんの作品にも同じようなものがあり、影響を受けている部分かなと思いました。茶碗もアシンメトリーで、歪みのバランスなども二人に共通する部分がありますよね。半泥子には時代を先取りしている感性があり、そういった部分がNIGO®さんのようなクリエーターたちに響いている気がします。
轆轤を引く姿も独自のスタイルを貫く
—— お二人の作陶姿もかっこいいんですよね。轆轤を回している姿も服装を含め、己を確立しているというか。
龍泉寺:本当にかっこいいんですよ。今回の展示では、若い世代の方が、NIGO®さんがやっているということをきっかけに観に来てくれたり、陶芸に興味を持ってくれる人がたくさんいるんです。その入り口もすごい面白いなと。半泥子はネクタイをして轆轤(ろくろ)を回していましたが、 NIGO®さんの正装はGジャン。歴史をしっかりと学び、伝統を尊重しながら、自分のスタイルを打ち出していく。半泥子もNIGO®さんもその辺がすごくストイックだなと感じています。
陶芸にも茶の湯にもまだ関わりのない世代にその魅力を発信
—— 実は、展示を見ていたお客さんが模擬の茶室の前で、「これを見ていると、茶の湯を始めたくなるよね」っておっしゃっていたんです。
龍泉寺:そう、それがNIGO®さんの望むところなんですよ。
—— それが展示を通して、ダイレクトに伝わっていることがすごいですね。
龍泉寺:NIGO®さんが、撮影もフリーにしてくださっているので、 若い世代の人が観に来て、SNSにどんどん上げててくれているんです。それで「陶芸がやりたくなりました」みたいなことを書いてる人もいたり。そういう狙いがどんどんハマっていく人なんですよ、NIGO®さんって。
—— 到達点が見えてる方たちなんですよね、NIGO®さんも半泥子も。NIGO®さんの30年後の作品を観てみたいなとすごく思いました。
龍泉寺:2025年12月23日でNIGO®さんは、55歳になられたんですけれども、半泥子がやきものを本格的に始めた歳も55歳なんです。だからまだまだこれからなんですよ。ちなみに、2025年に展覧会をやりたいというのは、25とNIGO®をかけていて、自身の作品も25点、半泥子のコレクション点数も年齢に合わせて55点、そういう仕掛けもバッチリ効いています。
—— そのあたりも半泥子と似ていますね。共通項がどんどん出てくるのが面白いし、時代の違うクリエーターがこういう形で出会い、熱狂的な思いが交錯し、100年後とか200年後に、その時代に見た人が、「陶芸のこういう系譜があるんだ」みたいに感じることがあるんじゃないかと。そう思ったらわくわくしてきますね。 ぜひ、皆さんも、石水博物館に来て、その共通項を探してみてほしいです。時代の生き証人として(笑)。今日はありがとうございました。
<特別展>NIGO®と半泥子 展覧会情報
開催期間/2025年11月15日(土)〜2026年1月12日(月・祝)休館日/※月曜日(祝日の場合は翌日)、展示替期間、年末年始(12月29日~1月3日)、冬期休館
開館時間/10:00~17:00(最終入場は16:30まで)
入館料/一般 500円・学生300円(中学生以下無料)※20名様以上の団体料金 400円
開催場所/石水博物館(〒514-0821 津市垂水3032番地18)
公式ホームページ

