Culture

2026.02.18

屋根で、井戸で、死者を呼ぶ。あなたも今日からできる!?禁断の「魂呼」とは

父親の目の前には、娘が横たわっている。その日は雨が激しく降っていたが、父親はかまうことなく陰陽師を屋根に上らせて魂を呼びもどすように命じた。父親というのは平安時代に権力の絶頂を極めた藤原道長。亡くなったのは娘の嬉子(きし)。屋根の上で雨に打たれていたのは、陰陽師の中原恒盛(なかはらのつねもり)である。

古くは平安時代の『小右記』や『栄花物語』にも登場する「魂呼(たまよばい)」とは、読んで字のごとく魂を呼ぶこと。なにせ相手は魂なので、呼んだからといって毎回もどってくるとは限らない。が、いつか私にも試さずにいられない時が来るかもしれない。死人を蘇らせる禁断の儀礼、伝授します。

死者の魂を呼びもどす「魂呼」

『月岡芳年新聞小説插絵』
出典:国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/851214)

あたりまえだが、死者は生き返らない。死んでいるから死者なのだ。生き返ったら、それは別のなにかである。とはいえ誰にでも取りもどしたい魂の一つや二つあるだろう。取りもどしてからのことは後から考えればいい、と考えたかどうかは知らないが、娘を生き返らせたいと願った藤原道長の想いに嘘偽りはなかったはずだ。

肉体から離れた魂をふたたび肉体にもどす「魂呼」。
死者の魂を呼びもどすこの儀式は、古くは平安時代、藤原道長の娘の嬉子が死んだ数日後に行われたという記録が残されている。
藤原道長の娘の嬉子は、午後の二時から夕方にかけて亡くなったという。死因は妊娠中に患った病とも物の怪のせいだとも言われる。その日は夜になるにつれて雨脚が激しかったそうで、さぞかし冷たい雨が悲しみに追い打ちをかけたことだろう。道長は陰陽師に魂呼を行わせたとある。しかし、嬉子は息を吹き返さなかった。嬉子の遺体は火葬され、もはや魂を宿すための肉体はこの世にない。

正しい魂の呼びもどし方

陰陽師は嬉子の着物を持って屋根に上り、北を向き、抜け出たばかりの魂を招くように呼びかけたという。
でも嬉子の魂は戻らなかったじゃないか、という読者の声が聞こえてくる。なにせ相手は魂である。呼んで戻ってくるなら、誰も死を悲しんだりしない。そもそも、あるかなきか分からない魂である。

じつは、魂呼の方法は屋根に上るだけではない。ただ声の限り叫んだところで魂は戻りはしないのだ。場所、タイミング、手順、それに道具だって必要なのである。

魂を見つけだせ!

見たことはないけれど、魂は高いところを飛んでいるイメージがある。縁の下や下水道をふらふらしているとは考えにくい。
というわけで、魂呼をすると決めたら、目指すは高い場所だ。平安時代の陰陽師もそうした。家のなかでもっとも高い場所、それは屋根である。魂呼は屋根の上で行われることが多い。死は待ってくれない。雨だろうが槍が降っていようがお構いなしに、死はやって来る。心を決めて、屋根に上りたい。

しかし、魂がいつもお空にあるとは限らない。
もしも魂呼に失敗したら、次の場所へさっさと移動しよう。魂はまだ、家のなかにあるかもしれない。死体を安置している部屋へ急いでもどり、死者の枕もとで「おーい!」とか「〇〇さーん!」といったふうに大きな声で呼びかける。
魂の姿形が見えずとも呼ぶ価値はある。屋根とちがって雨に打たれる心配はないのだから、膝をついて気が済むまで声をかけること。

まだ魂がもどらない? それなら場所を変えて井戸へ行こう。
井戸で魂呼をするときは、死んだ後よりも死ぬ前の方が効果が期待できる。と、言われている。
ああ、もうダメかもしれない……その瞬間、井戸へ向かって駆けだし、頭を井戸のなかに突っこむ。そして大きな声で死(にそうな)人の名前を呼ぶ。一人でなく、何人かで叫ぶのもいい。そちらではないですよ、こっちですよ。と、魂を招くのだ。

『月岡芳年新聞小説插絵』
出典:国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/851216)

屋根にも枕もとにも井戸にもいない。となれば、水辺だ。魂は、池や沼にいるかもしれない。
そのほかにも庭、戸口、木の上で魂呼が行われた記録がある。ただ、行われたというだけで儀礼が成功したかどうかについては書かれていない。

これは大事なことだが、魂呼をしたところで死者が蘇る保証はないのである。もしかすると魂を求めて走りまわるより、最後の時をすぐ近くで過したほうがよかった、ということになるかもしれない。くれぐれも、後悔のない選択をしてほしい。

魂はタイミングが大事!

魂呼は死ぬ前と死んだ後とでは、どちらのほうが成功率が高いのだろうか。これはかなり重要な問題だ。ここが生死の分かれ道といっても過言ではない。

じつは魂呼の方法は、死亡する前と後とで方法がちがう。息を引きとるタイミングが分かれば助かるのだけど、そうもいかないのが死というもので、あれは往々にして突然やってくるのである。だから、魂呼をするつもりなら、生きているうちからすぐに動ける準備をしていたほうがいい。

魂を呼びもどしたい相手がすでに死んでいる場合は、屋根で「おーい!」と叫ぶとか、枕もとや井戸に向って呼びかけるということは、すでに紹介したとおりである。
もしも、まだギリギリ生きている状態にあるなら、屋根へダッシュ。そそくさと屋根に穴を開け、下に向かって魂がお空に飛んでいかないように叫ぼう。「もどれ!」でもいいし、名前を呼ぶのでもいい。傘や着物を屋根のうえで振りまわすのも有り。魂が目に見えればそんな苦労はしないが、見えることはほぼないので虚空に向って声を大にして叫ぶしかない。

重要なのは、相手が生死の境をうろうろしているタイミングに声をかけること。人生のあらゆる局面と同じで、すべてが終わってからでは遅すぎるのだ。
誰が魂を呼ぶか、も重要。一般的には、死者に近しい人が良しとされている。親が死んだならその子ども、夫が死んだなら妻。大きな声で、ということも大切。できれば近所の人も巻きこんで、一緒に叫ぼう。

道具を厳選しよう!

件の陰陽師は魂呼の道具に死人(嬉子)の着物を選んだが、着物でなくても大丈夫だという。屋根の上で桝を叩きながら死人の名を叫んだという例もあるし、屋根で傘を開いたとか、鍋の蓋を使った人もいる。味噌や米を使ったという人もいて、こうなってくるとなんでもいいような気がしてくるが、やはり衣服は魂呼の定番だ。

死人が普段から着ていた気に入りの衣服なら、いっそう効果あり。魂もさぞかし肌馴染みがいいことだろう。
ただ、これらの道具は屋根で魂を呼びもどす場合に限る。枕もとで傘やら鍋の蓋をもってうろうろして魂がもどって来たという話は(私はいまのところ)読んだことがない。

生きている魂

『月岡芳年新聞小説插絵』
出典:国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/851217)

ついさっきまで生きていた人がある時点からとつぜん死体になり、動かなくなってしまう。死の現象は現代人にとっても受け入れがたい。もしかすると「魂」という考えは、生きていたときと同じ姿形で横たわりながら、しかし息をしていないという不可解な事実をなんとか受け入れ、説明しようとして生まれたのではないかと私は思っている。目に見えない何かが体から離れたから死んだのだ、と。
死んでなお、魂だけは生きていると信じたかったのかもしれない。そう思うことが、残された人たちの心の拠り所になっただろうから。

日本では古くから肉体は魂の容器であり、魂はそこから離れて飛ぶと考えられてきた。これはなにも日本に限った考えではない。
魂呼は、中国の『礼記』にも記されている古い儀礼だ。ただ、中国での魂呼は日本とすこし方法が異なる。「復」と呼ばれる招魂儀礼では、魂を呼びもどす準備は死を迎える前からはじまっている。そして死んだかどうかをしかるべき方法で確認した後、魂呼の儀礼が行われる。

魂を信じるかどうかはさておき、日本人はお盆になると故人の霊のための居場所を用意するし、お墓を何度も訪ねる。私たちの日常のなかには、日本古来の死生観がまだ残されている。

おわりに

魂呼の目的は、魂を呼びもどすことにある。身体から離れてしまった魂を大きな声で、その人の名前を叫んだり、呼びかけたりすることで、ふたたび身体に呼び返し蘇らせるのだ。魂の存在そのものを信じる人も少なくなった現代では効果のほどは怪しいが、人が死ぬことはいつの時代も変わらない。これまでも人間は死につづけてきたし、これからも人間は死につづける。そして自分の死期を知っている人はいない。

会えなくても、もどらなくても、どうかもう一度。魂を呼びもどしたくなったら、一目散に屋根を目指してほしい。

【参考文献】
『死の儀法』ミネルヴァ書房、2008年
柳田国男『定本柳田国男集 』第15巻、筑摩書房、1969年

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馬場紀衣

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。
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