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Culture
2019.11.06

篠山紀信の「写真力」とは? その秘密を探る「超写真論 篠山紀信 写真力の秘密」

この記事を書いた人

篠山紀信。
この写真家の名前から、何を想像しますか?

山口百恵や松田聖子をはじめとした、あまたのグラビアや写真集、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの「最後の2ショット」。または衝撃を与えた宮沢りえのヌード、『演劇界』の表紙写真かもしれません。「日本を代表する写真家」として、すぐに名が挙がるのがこの人でしょう。80歳近くなった今もなお、精力的に活動を続けている、紛れもないトップランナーです。幾度も社会現象を巻き起こし、今まで一度も篠山紀信の写真を見たことがない、という日本人は少ないと思います。

社会現象、エンターテインメントといった「新しいもの」を作り続けてきた篠山紀信の写真力の秘密とは何なのか?『超(メタ)写真論 篠山紀信 写真力の秘密』(2019年9月20日発売)は、2012年から始まった「篠山紀信展 写真力」の内容を手掛かりに、篠山紀信の「超写真論」を7章にわたって紐解いています。

著者である後藤繁雄さんは、長年、カメラマン・篠山紀信とタッグを組んできた編集者。「篠山紀信展 写真力」の企画者・プロデューサーでもあり、篠山紀信の写真を間近で見続けてきました。

この写真展は日本各地、さらには台湾で開催。最後を飾る集大成として、東京のギャラリー・アーモで開催された巡回展は「The Last Show」と題され、ついに累計来場者数が100万人を突破しました。

「超(メタ)写真論」とは何か?写真が持つ「永遠の嘘という真実」

ジョンレノン/オノヨーコ 1980年 カバー下にも使われている写真。写真展入り口に大判で掲示されていた

昭和48年(1973年)に出版された、『スター106人』という、当時人気絶頂だったスターたちの写真集があります。その帯のコピーは「キミの真理ちゃん/わたしのひろみ/ボクの貴ノ花/俺の池玲子――」というフレーズで始まっていました。
筆者の後藤氏はこの写真集を「篠山が古臭い作家主義を捨て、完全に『表装写真家』に変成した記念すべき写真集」(p127)と記しています。

この「わたしの」「ボクの」というフレーズは、大衆がスターに持ち続けていた、不思議な感情を見事に表しています。
篠山紀信という写真家は、いつも「時代のスター」を撮り続けてきました。その写真を見た私たちは、樹木希林さんに親しみを持ち、渥美清さんを「寅さん」と呼び、羽生結弦さんの成長に驚き、浅田真央さんを「大人になって」と目を細めてきました。
実際に会ったことがある、話したことがある人など、ほとんどいないというのに、です。

「真央ちゃん元気そう」、「綾瀬はるかの肌がキレイ」。日々語られる「スターの像」は、「篠山紀信の撮ったスターの写真」から受け取る、いわば「嘘」なのです。

熊本市現代美術館 2012年6月30日

例えば、「写真力展」第一の部屋「GOD」には、故・大原麗子さんが大河ドラマ「春日局」に主演したときのポートレイトが展示されています。かすかにほほ笑む大原麗子さんは、とても綺麗で印象的です。
実はこの写真は、遺影に使われました。最後まで女優として旅立ったという事実は、逆に女優という生き物がフィクションにしか存在しないという「嘘」=性質を浮き彫りにしているように思われます。

私はかつて子役として活動したときに、「銀幕」で活躍した女優さんたちを見たことがあります。彼女たちの中には、表舞台に出ないと決めたあと関係者にすら会わずに亡くなったという方々がいました。
大原麗子は最後まで女優であった、という矜持を、亡くなるはるか前に撮られた写真が逆説的に述べている。壁を埋めるような大きい写真の前で絶句してしまいました。

篠山紀信は女優を撮ることについて、本の中でこう語っています。

「女優を撮影するときは、僕も綺麗に見えるライティングをして撮る。言ってみればそれは嘘を撮っているわけですよ。じゃあ女優さんの素顔、寝て起きて歯でも磨いている写真が、女優の本当の素顔なのかと言ったら僕はそうは思わない。誰が見ても素敵、ああこんな美しい人が、と思えなければいけない。それが僕は女優の真実だと思うんですよ。(後略)」(p64)

筆者の後藤氏は第3章「『写真力』をめぐる4つの秘密」で、いの一番に「強靭な『表層』のつくり方」を挙げています。

「表層的であることは、『ホンモノ』を求めない、『ホンモノ』のふりをしないということだ。」(p117)

グラビアを撮ることを「職業」として選んだ写真家の撮った、ウワベをつかみ、ウワベだけを表現した写真の下には、「何もなさ」が広がっているのです。

エンターテインメントが持つ明るさとは裏腹に、驚くほど皮肉で暗い。光あるところには闇がある、という二面性を、常に第一線を軽やかに歩いている(ように見える)篠山紀信という写真家が内包していることに驚くと同時に、どこか納得します。

東京オペラシティ アートギャラリー 2012年12月24日

薄皮一枚の「表層」が、実は奥深いものを多量に含んでいる。

嘘を嘘として撮った写真は、見た人にとって、「その写真」という事実になってしまうのです。
「写真力展」第二の部屋「STAR」は、ひたすら有名人のグラビアが並んでいる部屋で、「誰もが知るスター」の顔が次々現れます。「表層」はこんなパワーがある。その美しさ、強靭さを目の当たりにして圧倒されました。

歌舞伎のポートレイトが伝える「虚実皮膜」

青森県立美術館 2014年9月12日

「写真力」の秘密として最後に挙げられているのが「『虚』と『実』のポートレイト術」です。先ほど嘘こそが女優の真実だという発言を引用しましたが、篠山紀信は「まず被写体に対するリスペクトがないとダメ」とも言い切っています。「自分のイメージにこだわるんじゃなくて、その人ありきだから。その人がどんな人か。基本的に、その人の中にないものを写真にしたってしょうがない」と続けます。(p166、一部引用)「虚」を撮るものの、それは「実」が基になっているのです。

「『虚』と『実』のポートレイト術」という見出しから「虚実皮膜」(きょじつひにく、またはひまく)という言葉を思い出しました。元々は「虚実皮膜論」と言い、浄瑠璃作家近松門左衛門が芸術とは、虚構と事実の微妙な間に存在すると述べた芸術論のことです。演劇にも、常に「虚」と「実」がつきまとっています。

そう考えると「虚」と「実」がもっとも現れているポートレイトは、もしかしたら歌舞伎役者を舞台上でとらえた「ポートレイト」(舞台写真ではなく)なのかもしれません。

歌舞伎役者の姿は、どう見ても現実ではありません。白塗り、かつら、キラキラやハデハデな着物、果ては女に扮した男が登場。しかしその中には好意、憎悪、醜聞、悲哀、複雑な人間の感情がぎっしりと詰め込まれ、観客は「実」を基に舞台を楽しみます。

篠山紀信の撮り続けたスターの一人に、十八代目中村勘三郎さんがいます。もう芝居を「実」で観ることは叶いませんが、ニューヨークで笑う姿、芝居小屋・金丸座で「中村屋一門」で笑う姿、野田秀樹と稽古する姿。写真を見るたびに、人々は十八代目中村勘三郎の演技を、芝居を思い出していることでしょう。
もしかしたら、そのとき一緒に芝居を見た人のことが急に蘇るかもしれない。写真という嘘が確かにあった過去という「現実」をきらめかせるのです。

舞台という「虚」の中で生きる役者を嘘で撮った写真。それを見た人間は涙し、思い出し、心を揺さぶられる。「虚」が「実」に働きかけ、ときには押し流してしまうのです。

写真展は、東日本大震災の被災者を撮った写真が飾られた「ACCIDENT」と名付けられた部屋で終わります。「虚」は見られず、「実」がこれでもかと差し迫ってくる。芸術なのか、記録なのか、哀悼なのか、生命力なのか。
「何を撮ればいいのか全く想像がつかなかった」(p88)まま訪れた被災地で、何が撮られたのか。
写真と言うメディアが持つ可能性を常に探っている篠山紀信が、ファインダー越しにこちらを見て問いかけているような気持ちになりました。

写真の登場は人々の記憶を作り替え、携帯電話についたカメラは習慣を変えました。人間は「見たい」「知りたい」という飽くなき欲望を抱いていることに気づかされます。中でも今という時代は、一番見たいのに、見られない。その飽くなき欲望を「写真」として見せてきたのが篠山紀信という写真家なのでしょう。

表紙/ジョンレノン・オノヨーコ 1980年、カバー裏/最上もが 2015年 カバー裏にはプリントシール機でのショットが。

本の中で、篠山紀信と自身のカメラ、写真は何度も「大きな目玉」と表現されていました。大きな目玉が何を見てきたのか、文章で紐解いた『超写真論 篠山紀信 写真力の秘密』。篠山紀信自身が取り組んできた数々の試み――リオのカーニバルを撮った『オレレ・オララ』からラブドールという特殊な人形を撮った『快楽の館』など、時にはタブー視すらされる写真たちに対し冷静かつ熱心に分析しています。

著者の後藤氏は篠山紀信をイノベーターだと言います。撮った瞬間からもう過去になる、写真というメディアで未来を切り開こうという姿勢。こんな風に生きることもできるのだ、とそのパワーと身軽さが本の中から浮かび上がってくるようです。
本中には記事でご紹介した大原麗子さんの写真のほか、「写真力」展の写真も収められています。展示に間に合わなかったという方も写真の巨大さや雰囲気を感じられますよ。

「篠山紀信の写真が気になったことがある」という方、「何かを見たい」とふと思った方は必見ですよ!

超写真論 篠山紀信 写真力の秘密

著/後藤繁雄
定価 本体2900円+税
判型/頁 A5判/368頁
オールカラー

『超写真論 篠山紀信 写真力の秘密』ご購入はこちら

書いた人

歌舞伎を着物で観つつ和菓子を食べ茶を点て過ごす日々。実はTOEIC910点だが、あまり活用していない。旅行とコスメと本が好き。ラグビーとプロレスで叫んでいることもある。今日も漫画は面白い。