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Culture
2019.11.29

聞香とは?京都の香木店で「香りを聞く」体験徹底レポート!作法や道具も紹介

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平安時代の貴族は、自ら香原料を調合して、自分だけの香りを創っていた。薫物(たきもの)を部屋や衣裳にたき込めて、香りで「自分」を表現したという。当時は香り一つで誰かが分かったほど。

そんな奥の深い「香り」には、じつに様々な楽しみ方がある。そのうちの一つが「聞香(もんこう)」だ。今回は、このめくるめく「聞香」の世界を肌で感じるために京都へ赴いた。

「何の匂いや…。どっかで嗅いだことある。ああ。なんやっけ? あっ。『匂い』言うたらあかんのや。『香り』言わなあかん」

これは、京都弁丸出しの私の脳内音声だ。久しぶりに脳を高速回転させたら、こんなことになった。じつは、鼻からくる香りに対して、これまでの記憶の中の匂いと照合させているところだ。正直、もう記憶の糸どころの騒ぎではない。記憶の塵みたいなものをたぐろうとしたが、混乱の極み。香りを味で分析することがいかに難しいか、改め…

「あっ。お茶の焦げた匂いや!」
こうして、私の聞香(もんこう)体験が始まった。

聞香体験ができる香木業の老舗「山田松香木店」とは?

京都御所の西側、烏丸通りを西に入って一筋目。角を曲がって室町通りについたところで、どこからともなくお香の香りが漂ってきた。目星の店は、まだ150mほど先のはず。そうして、顔を上げて歩き出すと、まあ、なんと。この界隈、漂う空気が半端じゃない。イメージ通りのまさしく「The京都」だ。近くにはちりめん山椒やら、唐紙やらのお店が軒を連ねる。その中に、今回取材先の店がある。

それが、山田松香木店(やまだまつこうぼくてん)だ。

京都御所のすぐそばにある山田松香木店京都本店

中に入ると、様々な商品に目が奪われる。一口に「香り」といっても、多くの種類があり、それぞれ生活の中で取り入れる形式も異なる。

店内には多様な「香り」の商品が並ぶ

さらに進んでいくと、奥には壁一面の見事な薬棚。江戸時代に薬種業で創業した山田松香木店ならではの風景だろう。その後、薬種の中の「香り」に特化し、現在の香木業に移行していく。

店内奥の薬棚

じつはこれまでの歴史の中で、京都御所西地域は火事が多かったのだとか。天明の大火や御所焼けなどを体験しつつ、店は場所を移しながら続いてきたという。平安時代より続く「日本の香りの文化」を、発祥の地で正統に伝承することを社是としているのだそうだ。

そもそも聞香って何?

さて、今回体験する「聞香(もんこう)」について、山田松香木店の安里菜絵(あんりなえ)氏が教えてくれた。

「聞香は『香りを聞く』ということ。『聞く』という言葉には、『理解する』という意味合いもあります。ただ単に、匂いを嗅ぐのではなく、聞くように心を傾けて香りと対話していただければと思います」

香りを聞く聞香体験の様子

そもそも「香」は仏教伝来とともに伝わり、その歴史は古いとされる。
唐から来日した鑑真(がんじん)によって「煉香(ねりこう)」が伝えられ、それが平安時代には「薫物(たきもの)」として貴族の間で流行する。「煉香」とは、粉末にした香木や天然香原料を調合し、蜜・梅肉等で練り合わせたもの。その後、時代とともに「香り」の主流も移り変わる。室町時代には、武士の間で「香木(こうぼく)」が好まれ主流となる。そうして、香りを楽しみ味わう「香道」へと繋がっていく。

香炉の上に載っているのが「香木」を小さく加工したもの

「香木」とは樹木より採れる香料全般のことをいう。

香木には、伽羅(きゃら)・沈香(じんこう)・白檀(びゃくだん)という種類がある。このうち、沈香とは、樹木の中で樹脂が長い年月をかけて熟成され、良質の香材となったものを指す。ちなみに、木そのものが香りを放つのではなく、熱すると樹木の中の樹脂が香気を放つ。じつは「伽羅」は「沈香」の中の最上品のことだ。産出量が僅かであるため、昔は金と等しいほどの価値を持ったのだそうだ。

有力者たちも好んで「香木」を収集をしていた。特に、室町幕府八代将軍の足利義政(あしかがよしまさ)は、大量の香木を所持していたという。ちなみに、香木の難しいところは、外観では識別できないところにある。香木を分類しようにも手間取るばかり。そこで、編み出されたのが「六国五味(りっこくごみ)」だ。

「六国(りっこく)」とは伽羅(きゃら)・羅国(らこく)・真南蛮(まなばん)・真那賀(まなか)・寸門陀羅(すもんだら)・佐曽羅(さそら)の六種をいう。簡単にいえば、香木を産地などで分類する。

また、香りを味に置き換えて分類するものもある。これが「五味(ごみ)」だ。甘(かん)・酸(さん)・辛(しん)・鹹(かん)・苦(く)の五種類の味を指す。ちなみに、辛(しん)は辛い、鹹(かん)は塩辛いという意味だそうだ。

いざ、幽玄の世界へ!聞香体験

山田松香木店では、本格的な「香道」に入る前の入り口として、簡単に「聞香」の体験ができるコースを用意している。茶道と同じく一定の作法はあるが、イスで気軽に体験ができ、「香り」の奥深さを体感することができる。

聞香体験ができる部屋(京都店)

茶道と同じく、お手前をするスタッフと多くて10名の人数が同時に体験をすることができる。

聞香を行うには準備がいる?

未知なる世界へと足を踏み入れるためには、まず準備が必要だ。
聞香にも決まった作法があり、いきなり香りを聞くわけではない。少しずつ準備をしながら、自ら香りを聞く心構えを行う。

ただ、今回の聞香体験の場合は、すべて山田松香木店の方が準備をしてくれる。今回は安里菜絵(あんりなえ)氏が全て行ってくれた。落ち着いた中にも、一つ一つの所作が無駄なく手際が良い。それでいて優雅でもある。

山田松香木店の安里菜絵(あんりなえ)氏

聞香で必要なのは、香木と香りを出すために熱を加えるための道具だ。それが香炉(こうろ)である。香炉に香炉灰を入れ、炭団(たどん)に火をつける。火を熾(おこ)した炭団を、香炉の中央に埋め込み、あとは体験者の前で香炉を整えていく。

香炉の灰を整えているところ

さて、肝心の「香木」は、袋の中にある。月ごとに紐の結ぶ形が変わるという。10月は紅葉、もう少しあとになれば、水仙になるのだとか。こんな些細な部分にも、四季を大切にする日本人の心が表れている。

袋の中に香木が入っている

聞香の基本的な作法を学ぶ

準備が整えば、次に香炉の持ち方を丁寧に教えてくれる。
「上客から香炉が回ります。まず右手で持って、左手に香炉をのせ、香炉の足のひとつに人指し指を当て、親指を香炉の縁に掛けてしっかりと持ちます」

香りの聞き方を丁寧に教えてくれる

「反時計まわりにまわします。茶道と同じで、香炉の正面を自分から遠ざけます」
灰山をみれば、線が等間隔で引かれている。そのうち一番太いものが引いてあるところが正面らしい。香炉を水平に持ち、香木が落ちないようにしながら、自分の顔を恐る恐る近づける。

「息を吐くときは、顔を横に外して息を吐きます。それを三息、もしくは五息繰り返します。繰り返す間に、しっかりと香りを覚えて頂きます」

これが終われば、先ほどの動作を巻き戻して、次の客人との間に右手で置く。

香りを聞く

緊張しつつ、ここからが、ようやく「香り」を聞く体験だ。

香りを順番に聞いて、何番と何番が同じか違うかなどを当てる。
「5つの味を使って、甘い、酸っぱい、辛い、塩辛い、苦いで判断します。味で例えにくい場合は、雨の降った後の匂いなど、気軽に自分の身のまわりのもので例えればいいですよ」

香炉を左手に載せているところ

どの香りが同じ香りかが重要なのだという。例えば、「1番目と3番目が同じ香りで、あとは違う香りであった」というように判断するらしい。なんとかこれならできそうだ。こうして、回ってきた香炉に顔を近づけた。

香りに惑う

一番目の香りだ。
どこかで出会った香りだ。味で例えるといわれても、すぐには変換できない。苦い、いや、うん?一番近いのはソフト苦いという感じか。とにかく、最初のこの香りを覚えないと話にならない。なかなか例えるものがないうちに、二番目の香りが右から回ってくる。

同じだ。先と同じ気がする。確信はないが、少し苦いような香りだ。もっと大きく異なると思っていたが、もう、ほぼ同じだ。いや、同じ種類だから仕方ないのか。自問自答しながら混乱する。

カオスの中で、遂に三番目の香りを聞く。
あっ。先と違う。というか、二番目が違う。え?つまり、一番目と三番目が同じということ?カオスがさらにカオスを生み出す。こんなに鼻と脳をリンクさせた経験はない。普段の生活がいかに、研ぎ澄まされていないかということが身に染みた。

横ではうーんと唸る70代女性。ちなみに私の母だ。あれほど鼻に自信があると始まる前は意気揚々としていたが、苦戦を強いられているようだ。少しホッとする。

そして四番目の香り。これを聞いて確信した。一番目と三番目は同じだ。そして、二番目と四番目は香りが違う。四番目は…残念ながら味にたとえることができない。辛うじて違うということしか分からなかった。

最後、五番目。
香りを聞く前に、一番目と三番目の香りの例えがようやく頭に浮かんだ。
「お茶の焦げた香り」
お茶の葉を煎ったような香りだ。少し香ばしい焙煎のような感じだ。そうして、五番目の香りを聞く。

まさか。三息吸ったがやはり同じ。お茶の焦げた香りだ。つまり、一番目、三番目、五番目が同じ香りなのか。狐につままれたような不可思議な気持ちになりながら、恐る恐る隣を見ると、大仏のように微動だにしない母がいた。何度見てもホッとする。やはり、私だけではなく、皆がカオスの真っただ中なのだ。

記紙に書く

聞香体験で行われているのは組香(くみこう)でより味わい深いものにするために、季節や名所など様々な風情を取り入れている。そのうちの一つが今回の源氏香だ。

香りの組み合わせは52通り。源氏物語は54帳あるので、最初と最後を外して、残りの52パターンの中から回答する。ちなみに、5つの線は5つの香りを意味する。右から1番目に出てきた香り、2番目に出てきた香りを表す。同じ香りと思われた香り同士を横の線でつなぐ。違うと思われたらつなげずにそのままにする。

52の図から選ぶ

該当の図を見つければ、あとは「記紙(きがみ)」に筆で書きつけるだけだ。

私が導き出した答えは「1、3、5番が同じ種類、あとは別々の種類」。1、3、5番目が繋がっている図を探す。「柏木(かしわぎ)」だ。ちなみに、隣の70代女性(私の母)は「2、3番が同じ、4、5番が同じで、1番は違う種類」とのこと。2、3番目が繋がり、4、5番目が繋がっている図を探す。「松風(まつかぜ)」だ。同じ香りでも、ここまで人が導き出す答えに差異があるのかと驚く。

結果から点数を出す

答えを書きつけた記紙が回収され、それぞれ読み上げられる。隣から、母親のプライドのような得体の知れない熱気が伝わってくる。そうして、安里氏から粛々と答えが発表された。

「最初に焚いたお香が1番、次に焚きましたのが、3番の香り」

「そして次に焚いたのが1番の香り、そして次が5番の香り。そして最後が1番の香り。ということで、正解は柏木」

解説をきく

見事、まさかの正解である。母、破れたり。
正解の場合は「玉(ぎょく)」と書いてもらえる。ちなみに、取材中に「玉」が出たのは初めてなのだとか。褒められた。素直に嬉しかった。これは見事にハマる。いかに自分の嗅覚が頼りないかを改めて認識した。なかなかできない貴重な体験だ。

左側が正解

聞香の魅力にハマったら?

ちなみに、こうして私のように聞香の魅力にハマる人が必ずいる。じつは、聞香体験をしてもっと「香り」を楽しみたい方には、自分で香木をたいて香りを聞くことも山田松香木店ではできるという。それが「聞香実践体験コース」である。体験後は、香りに合わせたお茶と薬香菓子を頂くことができる。

聞香実践体験の部屋(京都店)

さらに、匂袋作りと薫物(煉香)作りの体験ができる「調香コース」も用意されている。 どちらも天然香原料を使い、自分だけのオリジナルの「香」の創作が可能だ。

「山田松としては、伝統文化の入り口として体験を開催しています。興味のある方はさらにステップアップして、最終お稽古に通われます」

茶道も嗜んだことのない私のような人間には、別世界の「香り」の世界。
香りは強すぎず、くどすぎず。
これは、香水をつける際に、私が母から教えてもらったことだ。なるほど。確かに、すれ違う瞬間の刹那、ほんのりと漂う香りがちょうどよい。しかし、聞香の場合には、クセ強く、独創的であれ。でないと、香りの微妙な違いを判別できない。我こそはと思うなら、百聞は一嗅にしかず。是非とも「聞香」を体験して頂きたい。

基本情報

店舗名:山田松香木店 京都本店
住所:京都市上京区室町通勘解由小路町164
電話番号:075-441-1123
公式webサイト: https://www.yamadamatsu.co.jp/material/

書いた人

日本各地を移住するフリーライター。教育業界から一転、ライターの道へ。生まれ育った京都を飛び出し、北海道(札幌から車で4時間、冬は-20度)で優游涵泳の境地を楽しむ。その後は富山県、愛知県へと流れつき、馬車馬の如く執筆する日々。戦国史、社寺参詣、職人インタビューが得意。