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2019.12.26

寅さんにハマる理由は?初めて見る人必見!『男はつらいよ』入門ガイド

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『男はつらいよ』第1作公開から50年、あの寅さんが22年ぶりにスクリーンに帰ってくる-。第50作目の新作『男はつらいよ お帰り 寅さん』が、2019年12月27日から全国公開される。4Kデジタル修復でよみがえった過去の映像と、新たに撮影された映像を融合させ、半世紀の歴史を1本に凝縮。往年のファンはもちろん、今まで見たことがなかった人たちも楽しめる内容になっている。寅さんが今なお愛されているのはなぜか。にわかファンのライターが、寅さんの故郷、東京・葛飾柴又で11月初旬に開かれた「寅さんサミット2019」を訪ね、考えてみた。

実はワケありだった寅さんの家庭環境

ご存じ、『男はつらいよ』は、寅さんこと車寅次郎(渥美清)が、香具師の旅すがらマドンナと恋に落ち、故郷の葛飾柴又にふらりと戻ってきては、妹・さくら(倍賞千恵子)やその夫・博(前田吟)をはじめ家族や近所の人たちも巻き込んでひと騒動。失恋した挙げ句、再び旅立つのがお決まりのパターンだ。
私は最近まで『男はつらいよ』をちゃんと見たことがなかった。今40代だが、物心が付いた頃、『男はつらいよ』は、お盆とお正月になると新作が公開されていた。親戚が集まる行事とイメージが重なり、濃厚で心温まる人情ドラマなのかなと思い込んでいた。若い頃は孤高のままとがっていたくて、寅さんの世界が少し苦手だった。テレビで目にしたことはあっても、最後まで通して見たことがなかった。
それなのに興味を覚えるようになったのは、この秋に放送されたNHKのドラマ『少年寅次郎』を見たのがきっかけ。寅さんの少年時代を描いたストーリーで、意外なエピソードを知ったからだ。原作の山田洋次監督の著書『悪童(ワルガキ) 小説 寅次郎の告白』(講談社)を読むと、寅さんの複雑な生い立ちが書かれていた。そのエッセンスを列挙してみる。

実際に撮影に使われていた「くるまや」のセットの軒先 葛飾柴又寅さん記念館ⓒ松竹(株)

・寅さんは、父・平造が柴又の売れっ子芸者・菊との間につくった婚外子。団子店の軒先に置き去りにされたところを拾われた。命名された日にちなみ、誕生日はクーデター「二・二六事件」が起きた1936(昭和11)年2月26日。平造の妻・光子が「子供には罪はない」と、我が子同様に寅さんをかわいがって育てた

・平造は戦争で激戦地、パラオ・ペリリュー島に出征。日本軍1万人超のうち約200人とされる日本人生還者の1人。従軍時のショックから、酒浸りに。事あるごとに寅さんに辛く当たった

・寅さんには、光子の産んだ、腹違いのきょうだいが2人いた。妹・さくらの他に、兄・昭一郎がいたが、戦中に発疹チフスで亡くなった

・おいちゃん(平造の弟・竜造)とおばちゃん(竜造の妻・つね)の間に赤ん坊がいたが、東京大空襲で火の中を上野から逃げてくる途中で焼け死んだ

・寅次郎が中学生の時に育ての母・光子が病死。平造との確執が激化。やがてけんかをして家出をする

こうしてみると、寅さんの家庭はかなりのワケありだった。戦争の傷を抱えた平造が寅さんにした仕打ちはひどいもので、寅さんが道を踏み外しても不思議ではなかったほど。それを踏みとどまらせたのは、育ての母・光子とさくらの愛情だったのだ…。
本を読んだ後、あらためて『男はつらいよ』を見ると、新しい見方が広がってきた。毎度おなじみ、寅さんの実家の団子店「くるまや」でのシーンも、一見家族の団らんのようで、集まるのは腹違いの妹さくらやその夫と息子、おいちゃん、おばちゃんに、裏手の印刷工場を営むタコ社長や柴又帝釈天(題経寺)の寺男の源公といった面々。実は血のつながりは薄い。堅実な生活を営むさくら夫婦やタコ社長と、フーテンの寅さんとの間には埋めがたい生き方の違いがあり、毎回言い合いや取っ組み合いのけんかが始まる。そんな時、寅さんの広い額には汗がにじんでいる。真正面から向き合うからこその「汗」が、私には光って見えた。

「くるまや」の内部。この近くの茶の間を舞台に、寅さんやタコ社長らの掛け合いの名場面が繰り広げられた 葛飾柴又寅さん記念館ⓒ松竹(株)

柴又で暮らす人たちは、寅さんのハチャメチャな言動を「本当に馬鹿だねぇ」とあきれ、迷惑がってはいるが、彼の存在自体は排除しない。一方、寅さんも「それを言っちゃぁおしまいよ」と旅立っていくが、「今度こそ帰ったら皆で仲良く暮らすんだ」と毎回帰ってくる。
今は人間関係が希薄だ。SNSで簡単に「友達」になるが、一悶着あれば黙ってブロックして交流を絶つことも。貧困や格差、世代による分断が進み、反りの合わない者同士は、接触を避ける風潮が強くなっている。だからこそ、折り合おうと奮闘努力する「男はつらいよ」は、今の世の中に強いメッセージを放つのではないか。

過去の名場面と今がシンクロする新作

新作『お帰り 寅さん』は、さくらの息子、満男(吉岡秀隆)の視点で描かれる。50歳の満男は妻を亡くし、中学3 年の娘と二人暮らし。脱サラをして念願の小説家となり、新刊の売れ行きは上々なのに、心のどこかに空虚さを抱えている。思い出すのは、寅さんとの懐かしき日々。回想シーンなどで過去の映像の寅さん(渥美清)が「幻」のように現れる。満男は、妻の7回忌法要で訪ねた柴又の実家の「くるまや」で、両親や近所の人たちと思い出話に花を咲かす。書店のサイン会で、仕事で来日中の初恋の人イズミ(後藤久美子)と再会。満男はイズミを伴い、寅さんのかつての恋人・リリー(浅丘ルリ子)が営むジャズ喫茶へ行き、寅さんとリリーの過去を知らされる…。
さくらと博の結婚のいきさつ、寅さんとタコ社長(太宰久雄)の掛け合い、満男とイズミの青春、歴代マドンナたち。鮮明な映像でよみがえった過去の名場面が、カットバックでテンポよく差し込まれていて、『男はつらいよ』のおいしいところが一度に味わえる。年齢を重ねた主要キャストの中で、現代のシーンでは「不在」のはずの寅さんの存在感が、鮮やかに浮かび上がる。
『男はつらいよ』シリーズの製作が途絶えた1997年から22年間に、日本はバブル崩壊の後遺症に苦しみ、社会から豊かさと余裕と寛容さが急速に失われた。その最たるものが、2004年のイラク人質事件で国内に吹き荒れた「自己責任論」ではないだろうか。「貧しいのは本人の努力が足りないからだ」と切り捨てる考え方は、寅さんの行動原理と対極にある。新作の試写で寅さんが映るたびに、失ったものの大きさに気づかされて目頭が熱くなった。

山田監督「今の僕たちは幸せなのか」

あの寅さんを生んだ葛飾柴又の空気に触れてみたい-。11月2日「寅さんサミット2019」に足を運んだのは、そんな理由もあった。映画のロケ地になった地域が一堂に集まる祭典で、今回が5回目。京成金町線柴又駅を降りると、帝釈天の参道にある門前商店街が見えた。ガラス瓶が並ぶせんべい店や「草だんご」ののぼり旗がはためく和菓子店、威勢良く飛び交うかけ声…。昔ながらの下町情緒が残る商店街は、観光客や寅さんファンでごった返し、新作公開を前に沸いていた。その通りを抜け、特別座談会が開かれるサミット会場に向かった。

昔ながらの下町情緒が残る柴又帝釈天参道の門前商店街。多くのファンや観光客でにぎわっていた

ステージには、山田監督(88)、さくら役の倍賞千恵子さん(78)、博役の前田吟さん(75)、源公役の佐藤蛾次郎さん(75)が元気に登壇。「柴又にお帰りなさ~い」と聴衆に迎えられると、「ただいま」と山田監督らが笑顔で返した。「僕にとっては第二の故郷ですね。50年間ずっと、毎年何日も帰ってきてますからね」と山田監督。第1作からさくらを演じる倍賞さんは「私にとってもいろんな意味で原点。自分の生きていく道ができたところです」としみじみと語った。

葛飾柴又への思いを語る倍賞千恵子さん(左)と前田吟さん

新作の構想について山田監督は「10年も前から考えていた」と言う。シリーズ全49作をつなぐと83時間20分。「これをもう少し縮めて見たら、50年の歴史が浮かび上がってくるんじゃないか。それでどういう形で寅さんが現れればいいかと3年ぐらい前から考えてきました。昔の映像を映画の中にくるめるようにして提示できるという方法を見つけたので、50作目(の企画)を始めたわけです」。倍賞さんによると、渥美さんも生前、「『男はつらいよ』という長い長い1本の映画を撮っているのかもしれない」と語っていたという。「寅さんのシリーズは同じ人が演じている。そんな映画は世界で他にない。49作まで見ていくと、本当に柴又で暮らしている一つの家族が成長している感じがする」と山田監督。新作は50年かけて紡ぎ出されたドキュメンタリーなのだとも。
全編にあふれる自然な生活感はどうやって生み出されたのか。前田さんが演出についてこう明かした。「山田監督は演技をしたり、せりふをしゃべるのではなくて、本当にそこで働いたり、食事したりということを大事にしてきた。生活そのものの中でお茶を飲んだり、テーブルを拭いたり。芝居をさせない感じで、(シリーズ)初期の頃、新劇出身の僕には難しかったです」
新作の製作が決まった時、倍賞さんは、「らっきょう型にする、さくらのいつもの髪型ができなくなっている」ことがとっさに思い浮かんだという。心配する倍賞さんに、山田監督は「そのままでいいんだよ」。もっとも撮影に入ると、「もう少し老けてほしい」と言われたとか。
和やかな雰囲気の中、山田監督の表情が真剣になったのは、「令和になっても寅さんが必要とされるのはなぜか」と質問を投げかけられた時。山田監督は現代の日本社会に対する危機感を熱く語った。「50年前の日本、日本人は今よりも幸せだったと思いますね。あの頃はもっと未来があった。若者も元気だった。一生懸命働けば収入も上がってね。寅さんはその時代に生まれた。で、あのように自由奔放でメチャクチャなことをやって。皆は迷惑を掛けられながらも、寅さんを一人の人間として、自分たちの仲間として見ていた。今の時代はあの時代と比べると、万事窮屈になった。自由に伸び伸びできないし、寅さんのような悪ガキが許されない。ちょっとしたいたずらまでもが厳しく規制される。今の僕たちは幸せなのか。この映画を見ながら考えてほしい」。最後に観客へのメッセージとして「自分の住んでいるところや勤め先で新たなコミュニティーを作って、仲良く助け合って暮らす努力をなさってください。そのために、この映画が役立てばと思っております」と締めくくった。

「今の僕たちは幸せなのか、映画を見ながら考えてほしい」と呼び掛ける山田洋次監督

「くるまや」セットで寅さん体感

会場の熱気にあおられた私は、頭を冷やそうと、会場近くの江戸川河川敷へ向かった。第1作の冒頭に出てくる「矢切の渡し」の船着き場があった。

昔の風情を残す「矢切の渡し」。映画にも幾度となく登場している

10月の台風の影響で、対岸の松戸市側の桟橋が流されたため、柴又から出た木船は川を渡らずに往復する運航をしていた(12月15日に運航再開)が、長い列ができていた。運賃は大人300円。第1作では30円だったから、50年でちょうど10倍になったのか。そんなことを考えながら、映画のロケ地となった観光協会や自治体などが出展するサミットの会場へ戻った。新作のパンフレットによると、『男はつらいよ』全49作で撮影したロケ地は、1都1道2府40県と海外2都市。このうち今年のサミットには、過去最多の国内外19地域が参加した。第44作『寅次郎の告白』ロケ地の鳥取市の二十世紀梨カレーや、第28作『寅次郎紙風船』の静岡県焼津市の黒はんぺんなど、全国津々浦々のご当地グルメがずらり。『男はつらいよ』シリーズが、いかに日本各地の風土と結びついていたのか、あらためて感じさせられた。

過去最多の国内外19地域が参加した「寅さんサミット」。各地のご当地グルメが販売され、多くの家族連れでにぎわった

帝釈天の門の前を通りかかると、コスプレをした「なりきり寅さん」たちが集まっていた。ダボシャツに中折れ帽、蛇皮の雪駄に首から提げた帝釈天のお守りと、お決まりの寅さんスタイルもバッチリ。「若い寅」を名乗る1人は、糊ときなこを練って作ったほくろを左の眉頭に付ける念の入れよう。ちょっとした撮影会になっていて、観光客の求めに仁義を切るポーズで答えていた。シャッターの合図は、「チーズ」ではなく、「バター」。第1作で帝釈天の御前様(笠智衆)が言い間違えた名場面にちなんでのこと。百も承知の「なりきり寅さん」は、符丁のように「バター」と応じていた。

おなじみのスタイルで、ポーズをとる「なりきり寅さん」たち

最後に「葛飾柴又寅さん記念館」にも立ち寄った。『男はつらいよ』の世界観を体感できる記念館は、2019年4月にリニューアルオープンしたばかり。撮影スタジオ「くるまや」コーナーは、第1作から48作まで撮影に使用された、寅さんの実家の団子店「くるまや」のセットを、松竹大船撮影所から移設してきたもの。茶の間の柱の傷や年季の入った台所の小道具を見ると、寅さんたちの息づかいを感じた。店に掲げられた標語「言葉は心 一つの言葉で喧嘩して 一つの言葉で仲直り…」には、寅さん一家そのもので思わず笑ってしまった。
懐かしさで胸がいっぱいになったのは、昭和30年代の帝釈天参道を再現したコーナー。店舗兼住宅の木造2階建てが続く町並みは今とほぼ変わらないが、挨拶を交わす人たちの装いが時代を感じさせる。

精密に再現された柴又帝釈天参道の模型 葛飾柴又寅さん記念館ⓒ松竹(株)

見学者の中にひときわ熱心にのぞき込んでいる女性(40)がいた。聞くと、私と同じにわか寅さんファンだという。「この年になって初めて寅さんの世界の良さに気づきました。嫌なことがあると、ぷらっと旅に行きたくなるし。今って晩婚化が進んでいますよね。だから、なかなか結婚しない寅さんの気持ちもよく分かるんです。ほんの少し前の時代なのに、すごく懐かしいですね」と話してくれた。一緒に来ていた彼女の父親(68)は往年のファン。「額に汗して働くこと、精一杯生きる大切さを寅さんは教えてくれるんじゃないのかな。それが人間の本質なんだと思う。IT化が進んで体を使って働くことが少なくなっているけど。労働の後の一杯のビールはおいしいと感じる、あの気持ちを忘れたくないよね」
夕闇が迫る頃、柴又駅に着いた。見送るさくらと旅立つ寅さんの像が建っていた。その時、ふと座談会での山田監督の言葉を、不意に思い出した。「寅さんは死なないんです」。そうだ、寅さんはずっと旅に出ているんだ。つらいことがあったら、寅さんのことを思い出そう。そうしたら、寅さんはひょいと片手を挙げて帰ってきて、声を掛けてくれるはずだ。「おう、どうした。最近、元気でやってるか」

柴又駅前の見送るさくらと旅立つ寅さんの銅像

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番外篇 旅する寅さんをイメージ『男はつらいよ ビームス篇』

『男はつらいよ』の記念イヤーを祝おうと、文具や貨幣、年賀状など、さまざまなコラボ企画が展開されている。その中の一つ、ビームス ジャパンは、『男はつらいよ ビームス篇』と題し、旅に出る寅さんをイメージした、約40種類以上のユニークなオリジナル商品を販売している。

時計や衣装などが詰まった寅さんのトランク 葛飾柴又寅さん記念館ⓒ松竹(株)

寅さんの世界観を現代風にアップデートして作った「男はつらいよ ビームス篇」のグッズ。手前にあるのが雪駄スニーカー ビームス ジャパン提供

ビームス ジャパンは、セレクトショップを手掛けるビームスが、日本のモノ・コトの魅力を発信するために立ち上げたブランド。日本が誇るこの名作映画シリーズの世界観を、ビームスの審美眼を通して現代風にアップデートした商品を作ろうと、この企画はスタートした。
2019年7月の第1弾に続き、12月5日からは冬モデルの第2弾を実施している。今回新たに加わったのは、チェック柄のどてらダウンジャケットや、着心地のいいスウェット地を使ったカンガルーポケット付きの腹巻き。トランクと財布には、耐水性と耐久性に優れたコーデュラナイロンを採用。2時を示す文字盤が「寅」となっているセイコーの腕時計も。「機能性を重視しつつも、遊び心いっぱいのラインナップになっています」と同社の鈴木修司さんはアピールする。
「山田監督がおっしゃっていたように、寅さんのスタイルは渥美清さんがいたからこそ成立していました。なので、忠実に再現しようとは最初から考えていませんでした」と同社の鈴木さんは語る。コンセプトは、寅さんにあこがれる若いファンが身につけてみたいと思うグッズ。日本全国を旅した寅さんにちなみ、各地の名産品や伝統技術を随所に取り入れた。
一例を紹介すると、靴紐の上に鼻緒(取り外し可能)が付いている、ユニークな「雪駄スニーカー」。映画の中で寅さんはいつも裸足で粋に雪駄を履いているが、四季を通じて使ってもらうためにスニーカーにしたそう。スニーカーは、福岡県久留米市の靴メーカー、ムーンスターが製作。職人技が光る鼻緒は、京都のファッションブランド、ホールラブキョウトが手掛けた。鼻緒の色によって、ブラック、ベージュ、さくらの3種類あり、寅さんの妹の名前にちなんだ「さくら」では、桜の花柄がデザインされている。インソールには「男はつらいよ」の文字入り。鼻緒を止める鳩目には、寅さん好みの金色にした。細部に至るまでネタが仕込んであるのが楽しい。
規制が強化され、少し息苦しくなっている今の世の中だからこそ、寅さんマインドを楽しんでほしいと鈴木さんは願う。「ビームス篇のアイテムを身につけて、寅さんみたいに少し羽目を外して、自由に旅に出てほしいですね」

『男はつらいよ ビームス篇』詳細
会期:2019/12/5(木)〜1/28(火)

会場①:ビームス ジャパン
住所:〒160-0022 東京都新宿区新宿3-32−6 ビームス ジャパン1階
電話番号:03-5368-7300(代表)
営業時間:11:00 〜 20:00 (会期中無休)
会場②:ビームス ジャパン 渋谷
住所:〒150-0043 東京渋谷区道玄坂1-2-3 東急プラザ渋谷2階
電話番号:03-5422-3974(代表)
営業時間:10:00 〜 21:00 (会期中無休)
※一部商品は会期終了後も販売を継続
詳しくは、特設ページ: https://www.beams.co.jp/special/teamjapan/torasan/

書いた人

大阪生まれ、横浜育ち、名古屋を経て東京住まい。就職浪人ののち記者歴20年超。ロスジェネ世代ゆえの粘り強さとフットワークの軽さが身上。小4から新聞中毒。社会問題から舞台やアートなど全方位に興味があり。橋本治に私淑。国際演劇評論家協会(AICT)日本センター会員で『シアターアーツ』編集部員。