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Culture
2020.03.05

「どさ」「ゆさ」えっ今なんて言った?津軽弁はなぜ聞き取りにくいのか調査してみた

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津軽弁とは、青森県西部で使用されている方言です。
最近では様々な地域の特産物や行事を紹介するテレビ番組で、日本一聞き取りにくい方言と認定されました。そこで、なぜこれほど津軽弁は聞き取りにくいのか、その理由をご紹介いたします。

青森県民で知らない人はいない有名な会話

まずは例を取り上げて、津軽弁の謎に迫っていきます。

【津軽弁】
Aさん 「どさ」
Bさん 「ゆさ」
A、Bさん 「へばな~」

これら一連の会話は青森県民ならだれでも知っている有名フレーズですが、分かりますでしょうか?標準語ではこのような意味にになります。

【標準語訳】
Aさん 「どこに行くの?」
Bさん 「温泉に行きます」
A、Bさん 「じゃあね」

それでは詳しく単語に分解して、解説していきます。
はじめのAさんの「どさ」の「ど」はどこに?という意味で、「さ」は方向を示します。つまり「どこに行くの?」という質問です。
それに対して、Bさんは「ゆさ」と返事をしています。ここで「ゆ」は漢字で湯を表し、温泉という意味です。また、先ほどと同じように「さ」は方向を示すので、「温泉に行きます」という意味になります。
最後の「へばな~」というのは、「じゃあね」という意味です。詳しく説明しますと、「へば」が「じゃっ!」という意味で時間がないときに会話を切り上げる際使用します。「な~」は標準語の「ね~」という意味で、言葉に丸みを帯びさせる役割を果たします。

津軽弁は一言が短い

「どさ」「ゆさ」「へばな」の会話でお気づきになられた方もいるかもしれませんが、標準的な日本語と比べて津軽弁は会話中の単語と一文が極めて短いのが大きな特徴です。
他にも例を挙げますと、
「わたし」を「わ」
「おいしい」を「め」
「食べてください」を「け」
「はい、どうぞ」を「か」
などと、名詞や動詞を一文字でいうことができます。

寒さをしのぐための津軽弁

このように津軽弁の言葉が短くなった理由の一つとして、その厳しい気候が挙げられます。津軽弁が使われている青森県の西部では、10月中旬から3月上旬まで大雪が降ります。これは、日本海側から水分を多く含んだ空気が標高1,625メートル の岩木山にぶつかりでフェーン現象が生じることで起きる特徴的な気候です。フェーン現象とは、日本では主に日本海側から吹きこんできた気流が山脈の斜面にぶつかることで、温かく乾燥した下降気流が太平洋側の地域の気温を上昇させる自然現象を指します。しかしその手前にある地域、つまり日本海側にある青森県などの山脈地帯では著しく気温が低下しますので大雪の原因となるわけです。


今でこそ交通の便が発達して車やバスなどで中長距離を移動できますが、当然昔の時代にはそのような手段はありませんでした。時には1メートル以上積もった雪を徒歩で数キロかき分けながら、食材を買うために八百屋に行き、帰ってきたころにはすっかり冷えた体を温めるために温泉に向かっていました。
このような極寒かつ吹雪のせいで目を開けることすら困難であるなか、知り合いに遭遇したとき長話ができるでしょうか?できたとしても、凍傷になるか、最悪の場合そのまま凍死してしまう可能性さえ十分あります。
極限ともいえる大雪の環境で、なんとか口数を少なくしたいという人々の工夫から、津軽弁は一言が短い方言になっていったのです。

極寒の地、ロシアでも同様の傾向がある

青森県よりも緯度の高い極寒の地ロシアでも、寒さをしのぐために言語が変化した説があります。
ロシア語は、他言語と比較して「シャ」「シュ」といった短く切れるような音を頻繁に使います。実際に声に出してみると分かりやすいですが、これらは口をほんの少しだけ開けて発音します。‐50℃の寒さに耐え、肺を凍らせないためにこのような発音が多くなったのかもしれません。

歴史から読み解く青森県

ここまで青森県の寒さが理由として、一言が短くなり聞き取りにくい方言になったと解説してきました。

次は、青森の歴史の側面からなぜ津軽弁が聞き取りにくい方言になったのかを考察していきます。

縄文時代は、北日本と東日本が西日本にリードする形で発展をしており、その晩期には青森を発信地とする亀ヶ岡文化が東日本一帯を覆いました。
そんな中、北の北海道と南の本州、西の日本海側と東の太平洋側に囲まれた青森は様々な人や文化が飛び交い、遠くの地域との交流も可能にさせました。特に青森県の三方を囲む海の存在は大きかったと言われています。
しかし、時代が進むにつれ西方から来る新来の弥生人と、彼らが持ってきた稲作農耕と金属器の力によって、形勢は逆転し、日本列島の中心は一気に西日本に移っていきました。
しかしそんな中で、東日本の東北地方に住む民族は独自の文化を発展させていき、「蝦夷(えみし)」と呼ばれるようになりました。当時の中央政権であったヤマト政権に抵抗して服従しなかったことから、畏怖をこめてこのように名付けられたとされています。

そして蝦夷の民は、中央政権の支配が拡大する中で、中央からは監視の目が届きにくいという利点を活かし、本州とは異質の北海道の文化との交流を絶えず続けることができたそうです。
このように、本州とは離れた文化との交流が絶えなかったことが、標準語と全く異なる方言を生み出した一因であると考えられます。

津軽弁が早わかり。吉幾三さんのラップ「TSUGARU」

青森に移住したものの、津軽弁がなかなか分からない。そのような方にはこちらの曲がおすすめです。

青森県出身で夏祭りソング「立佞武多(たちねぷた)」を歌う、有名な演歌歌手の吉幾三さんが、2019年9月に津軽弁で歌ったラップ「TSUGARU」をリリースしています。

津軽弁を耳にしたことがない方は、一度聴いてみてはいかがでしょうか。ネイティブの正しい津軽弁が分かりますので、感覚的に津軽弁を習得するにはうってつけです。

まとめ

青森県西部の厳しい気候で言葉の単語や一文が短くなったこと、歴史的に見て中央が位置する西とはかけ離れた本州の最北端で独自の文化交流を続けてきたことから、日本一聞き取りにくい方言「津軽弁」が誕生しました。

本記事では津軽弁の発祥や歴史に触れたように、日本にある各地方の方言が存在する理由を調べてみるのも面白いと思います。あなたの街で使われている方言にも、興味深い理由があるのかもしれませんよ?

書いた人

讃岐うどんと瀬戸内国際芸術祭が有名な香川出身の物書き。うどんを自分で打つこともできるが、自宅でやると家中粉まみれになるのでなかなか作らせてもらえない。幼少期から茶道や琴など嗜んでいるいまどき珍しい和風っ子。しかし、甘露は和菓子よりもケーキなどのスイーツが大好きな和洋折衷な人間。