日本文化の入り口マガジン和樂web
11月30日(火)
念仏者は無碍の一道なり。(親鸞)
日本文化の入り口マガジン 和樂web
日本文化の入り口マガジン 和樂web
11月30日(火)

念仏者は無碍の一道なり。(親鸞)

読み物
Culture
2020.05.20

貧乏神ってどんな神様?姿や特徴・うちわを持つ理由や好物も紹介。もともとは福の神だった?

この記事を書いた人

おじゃる丸や桃鉄でおなじみの「貧乏神」。
それは、とり憑かれると貧乏になってしまうという、なんとも迷惑な神様。一度憑かれてしまうと、追い出すのはとても大変で、人や家族に災厄をもたらし、財産を食いつぶし、金運を追いはらってしまうと伝えられています。

日常会話のなかで、一緒にいると金運が下がるような人のことを「あいつは貧乏神だから」と呼ぶのを聞いたことがある人もいるかもしれません。

悪いイメージばかりが目立ちますが、仏典や浮世絵に登場する貧乏神は一般に知られている姿とはすこし違うようです。
今回は、不幸な容疑をかけられたユニークな神様の知られざる事実を紹介します。知れば、貧乏神のイメージが変わるかも。

貧乏神ってどんな姿?

「貧乏神」と聞いてどのような姿をイメージしますか。
貧乏神は、これまでいろいろな姿形で描写されてきました。あるときはとがった頬をしたねずみ風な容姿、またあるときは乞食のようにしょぼくれた姿で。

「びんぼうがみさま」福知伸夫 再話・絵、2011年、福音館書店

絵本や昔話に見られるように、やはり、ほとんどの方が思い浮かべるのは、やせこけた貧しい身なりの、不健康そうな老人のイメージではないでしょうか。

幕末から明治前期にかけて活躍した浮世絵師、月岡芳年(1839 -1892年)も貧乏神を描いています。

「芳年存画 邪鬼窮鬼」月岡芳年 国立国会図書館デジタルコレクション

こちらの貧乏神もやはり、くたびれた様子で顔色が悪く、幸せそうには描かれていません。どちらかと言えば、やっぱり、近寄りたくないイメージです。

由緒正しき貧乏神は女性だった

男性の姿で描かれることの多い貧乏神ですが、実は、由緒正しい貧乏神は女性。「由緒正しい貧乏神」とはなんぞや、と思われるかもしれませんが、これは仏典『涅槃教(ねはんきょう)』に記されています。

貧乏神にはお姉さんがいた!

仏典『涅槃教』によると、貧乏神すなわち「黒闇天(こくあんてん)」には美人で器量よしの姉がいたそうです。その名を「吉祥天(きっしょうてん)」といいます。福を招く吉祥天にたいして、黒闇天は不吉と災いをもたらします。

あるとき、吉祥天が家を訪ねてきたことを喜んだ主人は彼女を招き入れもてなします。しばらくすると、みすぼらしい身なりの黒闇天がやってくるのですが、貧乏神だと知った主人は激怒。黒闇天を追いだそうとしたのですが、姉妹揃って一緒に家を出ていってしまったとか。

これは、福だけを招くことはできない、吉凶は表裏一体であることを教えてくれる物語でもあります。

貧乏神の必需品が、うちわの理由


貧乏神が女性と分かったところでもうひとつ、忘れてはならないものがあります。彼女の装いをさりげなくグレードアップしてくれる必須アイテムの存在です。それは、髪飾りでも化粧品でもなく、「うちわ」。先に紹介した月岡芳年の画でも、貧乏神はうちわを手にしています。これにはもちろん、理由があります。

じつは、貧乏神は味噌が大好き。なかでも、焼き味噌には目がありません。
彼女は手にしているうちわで焼き味噌をあおぎ、その匂いを堪能するほどの味噌好きなのです。

江戸時代には、貧乏神送りと称して焼き味噌を川に流す習俗もあったようです。

貧乏神の渋団扇

「貧乏神の渋団扇」ということわざを聞いたことがあるかもしれません。

渋団扇は、和紙の表面に柿渋を塗ったもので、丈夫なので火をおこすときなどに使われます。
「貧乏神の渋団扇」とは、貧乏神は渋団扇(うちわ)を使い、ますます貧乏人をあおりたてることを指すのですが、渋団扇には貧乏神がつくとの俗信もあります。

貧乏神は貧乏の神様…じゃない!

金運を下げる元凶とされたり、家の中に不幸を招く厄介者として嫌われがちな貧乏神ですが、日本各地には「貧乏神神社」という貧乏神を祭神とする社が残されています。

世にも珍しい、貧乏神を祭る神社

東京都文京区春日の「太田神社」には次のような由緒が伝えられています。
江戸時代、小石川に住む貧乏な旗本の夢に一人の老婆が現れ、自分は貧乏神だと宣言します。「あまりにも居心地が良く長くお世話になってしまったので、お礼に福を授けよう」。主に無断で勝手に住みつくとは、全くいい迷惑に思えますが、貧乏神は自分の祀りかたを指南し、旗本がそのようにしたところ本当に福が訪れたと言います。

江戸時代には、福を授けてくれる神社として信仰を集めていたそうです。
貧乏神が福を運んでくるというお話は、古くは江戸時代の奇談集『兎園小説』にも出てきます。

福の神に転じる貧乏神

江戸時代の奇談集『兎園小説』には「窮鬼(きゅうき)」という貧乏神を題材にした話があります。

文政4(1821)年、江戸に年中災い続きの家があり、その武家に仕える男が1人の僧と会います。男が「どこから来たのか」と尋ねると、僧は「今まで男の仕えていた屋敷にいた」と答え、次のように言葉を続けます。「あの家には病人が続出しているが、すべて貧乏神である私の仕業だ。あの家は貧窮極まった状態なので、ほかの家へ行く。今後、あなたの主人の運は上を向く」。

そうして僧は姿を消し、その後、男の仕える家は次第に運が向いてきたそうです。

変化する貧乏神のイメージ

不幸を招くと信じられている貧乏神が、実は福の神様で、手にしたうちわで味噌の芳香を楽しむ女性だった……。

そうなってくると、私たちの知っている貧乏神のイメージはだいぶ変わってきます。どこか爽やかな風が(味噌好きであることはおいといて)吹いてくる気さえしませんか。

※更新された麗しき貧乏神のイメージ図

また、近年では児童書やアニメの影響のためか、貧乏神のイメージはだいぶ変化しているようです。

あるときは正体不明の布袋(「おじゃる丸」)、あるときは貧乳を気にしている美少女(「貧乏神が!」)。もはや、どこにも従来の悪神の雰囲気は見当たりません。

それでもやっぱり、できれば貧乏神には近づきたくないものです。

書いた人

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。