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Fashion&きもの

2025.08.28

本を読む「筋力」が衰えていないか。美装にも通じる内省の力【着物家・伊藤仁美+ブックディレクター・幅允孝 対談】中編

京都・両足院に生まれ育った着物家・伊藤仁美さんの連載和を装い、日々を纏う。連載に伴う特別企画として、古来の自然観や価値観を受け継ぐ人々と仁美さんが対談し、日本の美の源泉を探ります。

今回は、図書館の選書や空間づくりなどを手掛けるブックディレクターの幅允孝氏と、「読書と美装」をテーマに語り合っていただきました。

前編はこちらから:図書館と茶室に共通すること。書き手と読み手をつなぐ美の意識

「書くことは自分を探すこと」

幅允孝(以下、幅) 2023年に開業したこの私設図書館「鈍考」を、僕は「読書の実験室」と捉えているんです。つまり、「どんな装置を整えれば、人は本を読みたくなるのだろうか?」という問いに対して、自分なりの仮説を立て、それを実証する実験の場でもあるのです。

エンターテインメントがあふれている現代において、たとえば動画コンテンツは「受動的」な楽しみです。対照的に読書は自発的な行為であり、自らの「内側を覗き込む」行為でもあります。僕はそれをしなくなってしまうと、やがて生成AIのようなテクノロジーに、自分たちの本能的な部分が駆逐されてしまうのではないか、という強い危機感があります。

生成AIは、質問に対して的確に見える回答を瞬時に導き出すことができますが、その情報は文脈や因果関係が希薄です。生成AIの時代だからこそ、自分の内側にあるモヤモヤとした感情や、胸の奥にある熱い思いを敏感に感じ取り、それを言葉として掬(すく)い上げていくことができるかどうかで、私たちが世の中を渡るための健やかさは変わっていくのではないでしょうか。

伊藤仁美(以下、伊藤) ここに初めて来た時、随筆家・白洲正子さん『比叡山回峯行』という著書を拝読しました。彼女は晩年のインタビューの中で、「書くことは自分を探すこと」とおっしゃっているのですが、『比叡山回峯行』の中でも、自らの目で見たもの、耳で聞いたことに対して非常に素直に向き合っておられるんです。効率化される現代社会の中で、内省する力というか、言葉に向き合うことは、非常に大切な営みだと思います。

BACH 京都分室 鈍考/喫茶 芳
1階には畳の間があり、3000冊が並ぶ本棚と手廻し焙煎のコーヒーが楽しめる喫茶スペースがある。1枠90分の予約制。週4日営業。1枠最大6名、1日3枠。施設使用料とコーヒー1杯で1人2,200円(税込)。HP:donkou.jp/

「ただそこにある」だけで美しいもの

伊藤 着物って順番通りに着ないと着れないところがあって、先に着物を着てから長襦袢を着ることはできないように、ある程度順番があるんですよね。肌に近いところから丁寧に着ていくことが大切で、先程幅さんが仰っていた読書の「筋力」が衰えると本が読めなくなっていくという点に、少し通じる部分があるように思います。

なぜ現代の日本では着物を着る人が減ってしまったのか、そしてなぜ今、私はあえて着物を纏う素晴らしさを伝えたいのか、その理由がまさに「筋力」にあるような気がするんです。

幅 というと?

伊藤 着物を纏うという行為は、着物を自分自身の体や心に合わせていくプロセスでもあるんです。当然自分の呼吸やその日の調子も意識しないといけなくて。すると、瞑想とまではいかなくても、自分自身と向き合い、間隔や周囲の環境にもアンテナを向ける貴重な時間になります。

幅 僕はもっぱら洋服ばかりで、着物を着ることはほとんどないのですが、考えてみると着物は単なる形だけでなく、生地のテクスチャーやデザイン、帯との組み合わせなど、重層的ですよね。情報が幾重にも重なり合うことによって、着る人のメッセージを増幅させる、奥深くて面白い存在だと思います。

伊藤 たとえば白洲正子さんは、着物について「着ている姿も、ハンガーに掛けてある姿も美しいことが条件である」とおっしゃっているんです。私は本にも同じようなことを求めているところがあります。手にとっても美しい、本棚に置かれているだけでも美しい本ってありますよね。そうした本はいつまでも持っていたいと思いますし、次代にまで受け継ぎたいと思うものです。

幅 僕は電子書籍も読むのですが、何度も読み返す本は断然紙です。やはり「本そのもの」として美しいものがありますね。ここにもいわゆる私家版としてかなり装丁に凝った貴重書なども、いくつかあります。

自分の「野生」を解き放て

伊藤 よく「本をどう選んだらいいかわからない」と話す人もいますが、幅さんはそういうときには何と伝えますか?

幅 そうですね、「Amazonの星ランクを気にしない」ということですかね。たとえ星が一つの本であっても、何か自分とのつながりが見つかればそれだけで十分価値があると思うんです。レストランを選ぶときでも、つい星の数やレビューを気にしてしまいがちですが、本を選ぶときは、ぜひ自分の「野生の勘」を解き放ってみてほしいと思います。

そのためには、やはり実際に本を手にしてみるのが一番なんですよね。書店や図書館に足を運び、実際に本に触れ、紙の質感や表紙のデザイン、本の重みなど、「手に取ってみたい」と感じるものがあると思うんです。そういう自分の五感を総動員して選んだ本は、きっと自分につながるものがあるはずだと思います。


編集部 伊藤仁美さんが主宰する「纏う会」では、生徒さんに鏡を見ずに、自分の感覚に従って着付けをしてみることを大切しているとお話しになっていましたよね。幅さんの本の選び方にも通じるものがある気がしました。

伊藤 まさにその通りですね。着物を纏うことで、常に自分の体の状態や心地よさに敏感であり続けると、だんだん自分の直感をスムーズに働かせることができるようになっていくと考えています。世間の評価や他人の意見に流されるのではなく、自分の内側から湧き起こる直感に従って、「心地よい」と感じるものを自分で選べるようになっていく。能動的に選択する力を鍛えることができると思っています。

幅 なるほど、そういうものなのですか。僕は本を選ぶという行為には、成功も失敗もないと思うんです。たとえ1冊のすべてを読み切らなかったとしても、そこから何か一つでも自分の中に残るものがあれば、それで読書の価値はあったと言えると思う。もし、どんな本を読んでも何も感じないのだとしたら、きっとそれは自分の心の内側にあるヒリヒリして敏感な部分を、何かで覆い隠して不感症になってしまっているのかもしれません。その膜のような部分をはぐことができれば、大抵の本は面白く、興味深く読むことができるはずです。

本に限らず、着物と身体の話もそうですし、食事でもそうだと思う。そういう「世界の迎え入れ方」をしていれば、きっと楽しく健やかに生きて死ぬことができるのではないでしょうか。
【後編に続きます】


(Text by Tomoro Ando/安藤智郎)
(Photos by Nakamura Kazufumi/中村和史)

Profile 伊藤仁美
着物家
京都の禅寺である両足院に生まれ、日本古来の美しさに囲まれて育つ。長年肌で感じてきた稀有な美を、着物を通して未来へ繋ぐため20年に渡り各界の著名人への指導やメディア連載、広告撮影などに携わる。
オリジナルブランド「ensowabi」を展開しながら主宰する「纏う会」では、感性をひらく唯一無二の着付けの世界を展開。その源流はうまれ育った禅寺の教えにある。企業研修や講演、国内外のブランドとのコラボレーションも多数、着物の新たな可能性を追求し続けている。
▼伊藤仁美さんの連載はこちら
和を装い、日々を纏う。

Profile 幅允孝
有限会社BACH(バッハ)代表取締役/ブックディレクター
1976年、愛知県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、青山ブックセンター六本木店などを経て2005年に有限会社BACH(バッハ)を設立。 人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、学校、ホテル、オフィスなどさまざまな場所でライブラリーの制作をしている。安藤忠雄氏の建築による「こども本の森中之島」ではクリエイティブ・ディレクションを担当。「ミライエ長岡 互尊文庫」や「早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)」での選書・配架、ロンドン・サンパウロ・ロサンゼルスのJAPAN HOUSEなどを手がけた。京都「鈍考/喫茶 芳」主宰。

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伊藤仁美

着物家/伊藤仁美 京都の禅寺である両足院に生まれ、日本古来の美しさに囲まれて育つ。長年肌で感じてきた稀有な美を、着物を通して未来へ繋ぐため20年に渡り各界の著名人への指導やメディア連載、広告撮影などに携わる。 オリジナルブランド「ensowabi」を展開しながら主宰する「纏う会」では、感性をひらく唯一無二の着付けの世界を展開。その源流はうまれ育った禅寺の教えにある。企業研修や講演、国内外のブランドとのコラボレーションも多数、着物の新たな可能性を追求し続けている。
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連載 伊藤仁美

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